夏の光は、容赦なく降り注いでいた。
村のホテルを出たときには、まだやわらかさを残していた空気も、歩き出してしばらくすると、じわじわと熱を帯びてくる。
舗装されていない道は、ところどころに小さな石や草が顔を出し、踏みしめるたびに、かすかな土の匂いが立ちのぼった。
ポニーの家までは、ほんの一キロ少し。
けれど、その距離が、今日はやけにゆっくりと感じられた。
少し前を歩くキャンディが、軽やかにスキップするように足を運んでいる。
その後ろ姿を、テリィは無言のまま見つめていた。
「……」
自分でも、わかっている。どうかしている、と。
さっきの、あの部屋でのことが、まだ身体のどこかに残っている。
それが消えきらないまま、目の前のキャンディを見てしまうから――余計に、意識してしまうのだ。
風に揺れる髪。肩口でふわりと波打つ、やわらかな金色。時折、耳へかける仕草。
その何気なさに、視線が引き寄せられる。
名前を呼ばれて振り向いたときの、あの笑顔。
何の疑いもなく、まっすぐこちらを見る瞳。
からかえば、きょとんとした顔をして、すぐに悔しそうに唇を尖らせる。
その変化さえも、いちいち愛おしい。
声を立てて、無邪気に笑う彼女。何も隠さずに。
その一つひとつが、まるで無防備に差し出されるように、テリィの心を引き寄せてくる。
(……まいったな)
胸の奥で、苦笑が浮かぶ。
視線を少し下げる。
ワンピースの薄い布地。陽に透けて、身体の輪郭をやわらかく映し出す。
揺れるスカートの裾。そのたびにのぞく、引き締まった足首。
細い腕が、陽の光を受けて白く浮かび上がる。
何気ないはずの光景が、やけに鮮明に、強く、目に焼きつく。
(――ほんとに、俺、どうかしてる)
今の自分は、こんなことばかり考えている。
呆れるように、心の中で呟く。けれど、視線は外せなかった。
「ねえ、テリィ」
ふいに、キャンディが振り返る。
歩みを少し緩めて、こちらを待つように立ち止まる。
「まだ、ボーッとしてるの?」
ほんの少しだけ、首を傾げる仕草。また、心が引き寄せられる。
テリィは、言葉を返す代わりに、そのまま歩み寄った。
そして、自然な動作で、キャンディの手を取った。
「……テリィ?」
少しだけ驚いた声。けれど、手を引かれるままに、彼女は抵抗しなかった。
そのまま、指が絡む。ぎこちなさは、なかった。ただ、当たり前のように。
「転ぶなよ」
軽く言う。それは理由であって、理由ではない。
キャンディは一瞬きょとんとして、それから、ふっと笑った。
「大丈夫よ、子どもじゃないんだから」
「さっきまで跳ねてただろ」
「それは……楽しいからよ」
「じゃあ、なおさらだ」
そんな他愛のないやり取り。
けれど、手の中にある温もりは、はっきりと、現実だった。
小さくて、やわらかくて、けれど確かに、ここにあるもの。
歩幅が、自然と揃っていく。ふたりで並んで歩く。
風が吹くたびに、草の匂いが揺れる。
遠くで、子どもたちの声がする。
それらすべてが、静かに、この時間を包んでいた。
テリィは、ふと空を見上げる。
眩しいほどの青。どこまでも続いていくような、夏の空。
――このまま、ずっと。
そんな思いが、胸の奥に浮かぶ。
特別なことは、何もない。ただ歩いているだけの、ありふれた時間。
けれど、こんなふうに、隣にいること。
手を繋いで、同じ方向へ歩いていくこと。
それが、どれほどの意味を持つのかを、テリィは、知っている。
失ったことがあるからこそ。
遠く離れた時間があったからこそ。
この一歩一歩が、確かなものとして、胸に積み重なっていく。
「ねえ、テリィ」
キャンディが、少しだけ顔を寄せる。
「なに?」
「ポニー先生、きっと驚くわよね、あちこちきれいになっていて」
「ああ、そうだな」
短く答える。けれど、その声は、やわらかかった。
握っている手に、ほんの少しだけ力を込める。
道の先に、ポニーの家の屋根が見え始めていた。
夏の光の中で、その白い壁が、やわらかく輝いている。
テリィは、隣の温もりを確かめるように、もう一度、指を絡め直した。
何気ない日常。穏やかな時間。
それは、特別な奇跡のように、今、ここにあった。