会場の熱気は、もはや天井を突き抜けそうだった。
スタッフの声に、客席がまたざわめく。
「――412番さん、どうぞ!」
呼ばれた女性は、胸の前で両手を握りしめながら舞台へ上がってきた。少し緊張した声。
「う、後ろからそっと抱きしめてもらって……耳元で囁いてほしいです!」
「おぉ〜!」
客席がどよめく。ケビンが楽しそうに身を乗り出した。
「続くねぇ、ハグ系が! みんなテリィに抱きしめてほしいんだね!」
「そりゃそうだろ」
マイケルが笑う。
「じゃあ、シチュエーションは俺が考える!」
彼は勢いよく前へ出た。
「えっと……ごめんね、お名前聞いていい?」
「chiharuです」
「chiharuさんね」
マイケルは腕を組み、少し考える仕草をする。
「たとえば……仕事でいろいろあって、考え事しながらバルコニーから外を見てる。そこへテリィが帰ってくるわけ」
客席が「きゃ〜……」とすでに甘い空気になる。
「で、なんか寂しそうな後ろ姿だったから、テリィがそっと後ろから抱きしめる」
「いいねぇ」
ケビンが頷く。
「んで、セリフ……」
マイケル、急に詰まる。
「セリフが浮かばない! テリィ、それはお前が考えないと!」
客席爆笑。するとケビンがすかさず横から口を挟む。
「いつもより化粧濃いね、はダメだぞ? 言っとくけど」
会場、大爆笑。テリィは呆れた顔でケビンを見る。
「お前、それ本気で言ったら追い出されるぞ」
「えっ、ダメ?」
「ダメに決まってるだろ!」
マイケルまで吹き出した。笑いの余韻が残る中、chiharuさんが舞台中央へ立つ。照明が少し落とされる。
「じゃあ、スタート」
マイケルの合図。chiharuさんはバルコニーを見つめるように背を向けた。そこへ、テリィが静かに歩み寄る。
さっきまで笑っていた空気が、不思議なくらい変わった。彼はそっと腕を伸ばし、後ろから包み込むように抱きしめる。
歓声。けれど次の瞬間、会場が静まり返った。テリィが耳元へ顔を寄せる。低く、優しい声。
「……そんな顔してると、離したくなくなる」
一瞬の静寂、そして。
「きゃああああああ!!!」
会場が揺れた。ケビンが頭を抱える。
「おい!! なんでお前、毎回ナチュラルにそういうセリフ出てくるんだよ!?」
マイケルも笑い転げている。
「これはダメだろ……反則だろ……!」
chiharuさんは完全に崩れ落ちそうになっていた。
◇
呼ばれて現れたのは、最初からかなり興奮した様子の女性だった。
「名前を呼んでほしいです、それとハグ、それとそれと……!」
「おいおい、大丈夫か?」
マイケルが優しく笑う。
「ちゃんと息継ぎして。慌てなくても大丈夫だから」
その声音に、客席のマイケルファンから黄色い声。
「マイケル〜!!」「素敵〜!!」
マイケルは照れたように笑って手を振った。ケビンが笑いながら言う。
「続きがあるみたいだから、ちゃんと聞こうぜ」
女性は頑張って息を整えた。
「時計をもらいたいです……!」
「時計!?」
テリィは少し困ったように、自分の腕を見る。
「時計はさっき渡した以外ないけどな……どうするか……」
そう言いながら、自分の今日の身なりを見下ろす。
胸ポケットから、淡い色のハンカチを取り出す。
テリィがモデルを務めたHERMES、角には小さく刺繍。――Terrence G.
「これでいいか?時計でなくて悪いけど」
「おい!それお前、世界にただ一つのハンカチじゃないのか、刺繍で名前が入ってるやつ!」
会場が「わぁぁ……!」「いいなぁ!」と沸く。
「ありがとうございます!」
ミカエルモさんは深々と頭を下げた。
宝物みたいにハンカチを受け取る姿に、客席から温かな拍手が起きる。
「では、次はハグだっけ?」
ケビンが腕を組む。
「今回は俺がシチュエーション考える番だな」
「頼むぞ、ロマンチスト」
マイケルが茶化す。ケビンは真剣に考え込む。
「デートの待ち合わせ、キッチン、悩んでる姿……他にある?」
そして突然、ぱっと顔を上げた。客席がざわめく。
「久しぶりの再会。駅まで迎えに来たテリィが、人混みの中で……えっと……ミカエルモさんを見つけるわけ」
「おぉ〜!」
「で、ようやく会えたから、そのまま抱きしめる」
マイケルが頷く。
「いいじゃん」
「しかも、ちょっと走ってきた感じな!今度はテリィがな」
「たしかに、待ち侘びてた感じでいいな、それ」
会場爆笑。
「では、再会編いきます!」
ミカエルモさんが舞台端へ。少し離れた位置にテリィ。
「よーい、スタート!」
ミカエルモさんが小走りで近づいていく。その瞬間、テリィの表情がふっと緩む。
「そこで待ってて」
テリィの台詞に言われた通り足を止めるミカエルモさん。
テリィが走って近づく。自然に腕を広げ、そして、そのまましっかり抱き寄せた。悲鳴混じりの歓声。さらに耳元へ低く囁く。
「……やっと会えたな、ミカエルモ」
会場、崩壊。
「名前呼びぃぃぃ!!」
「無理ーーーー!!」
ケビンがガッツポーズ。
「よし、決まった!」
マイケルはもう笑いすぎて立っていられない。