早いもので、もう8月ですね | 路地裏の骨董カフェ

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アートとふるもの好きが嵩じて、明治、大正、昭和初期のインテリアや雑貨を取り扱う古物商を始めました。また、古時計や蓄音機などを中心に修理・調整をしています。
引き続き情報交換をお願い致します。

早いもので、長い梅雨が明けたかと思うと、もう8月です。7月の振り返りになりますが、以前と同様外出は控えて、時計の修理に没頭していました。


まずは、フランスのDEP社の小ぶりなトラベル時計です。以前ブログでご紹介した斬新な文字板が目を引く時計ですが、ゼンマイを巻く芯が折れていて、ネジの溝を切るダイスを用意し切り直したのはいいのですが、巻く方向に対して逆で、巻くたびにネジが緩んで使い物になりません。そのまま、お蔵入りとなっていました。


意を決して、時計旋盤を入手しました。アメリカ製で台数も多く出回るマーシャル・ピアレスの8mm旋盤です。手元の拡大はデジタル顕微鏡を用意して老眼対策。削るための道具は、ハイスの完成バイトを研いで作成。しばらくは加工の練習が続きました。
下が折れた巻き芯で、上は試作中の失敗したものです。


加工した芯棒に歯車を四角に加工したものを噛ませたのですが、使うと巻き締める段階で滑るため実際は使えません。
手間はかかりますが、部品全体を旋盤で削り出す必要があります。
4mmの真鍮棒から、同じ寸法に削っていきました。慣れないと綺麗な線を出すのが難しいですね。



一番太い部分をヤスリで四角に加工して完成です。何本か加工してようやく使える部品を作成しました。左巻きのネジ切りのダイスを入手して、これで巻きネジが外れる心配もなくなりました。
ずっと懸案になっていた時計ですが、時間はかかりましたが、なんとか実用レベルに戻せて安堵しました。

次は、昭和初期頃の愛知時計です。
面取りガラスを組み合わせた、振り子室のデザインが美しい時計ですが、残念ながら頭の部分が欠損しています。


オリジナルの飾りを調べたところ、ありました。


中央の飾りは落ちていますが、頭のデザインはおよそわかります。少し頭でっかちの印象で、重く感じますので、心もち薄くする事にしました。

別に修復不能な愛知時計がありましたので、部材はその時計の側板から取る事にしました。
曲線は、倉庫から電動糸鋸を出して、ニワカ日曜日大工です。


そのままでは、色味が違いますので、色を合わせて再塗装しました。
木の飾りですが、オリジナルは大きめのものが使われていたようですが、他のデザインも参考にして今回はおとなしくオシャレな雰囲気のものにする事にしました。
お湯丸で型取りをして、レジンで複製しました。


木の質感に色を調整して、頭に付けましたが、飾りは取り外しができるように、両面テープで止めただけにしています。


機械は、ゼンマイのコハゼの先が折れていて、加工して止まるには止まりますが、歯も傷めているようです。これはいずれ破損の原因となりますので、部品はそっくり同じ愛知時計の部品と交換しました。(右を左に交換)


機械はオーバーホールして、ゼンマイの清掃、油引き、部品の洗浄、ホゾの詰め、振りの調整など、一通りのメンテナンスをして、無事復活しました。なかなかのべっぴんさんに戻りました。


続いて、こちらも頭の飾りが欠損した、佐藤時計です。
スリムで斬新なデザインの時計です。
オキュパイドジャパンと書かれていますので、アメリカ占領下の昭和22年から27年の製造と分かります。


四角で、シンプルの方がいいのですが、欠損した部分の再塗装が難しく、ここは手間ですが、オリジナルに合わせた部材を作る事にしました。

型取りするにも、手元にオリジナルはないので、木を削って作る事にしました。
プロクソンの木工旋盤です。大きなものの加工はできませんが、小さいものなら加工できます。


一度塗装したのですが、木の目が荒いので、砥の粉を塗って、磨いた後に再塗装しています。
色味を合わせるのが一番苦労します。
程よいつや消し具合が出ればOKです。


機械は、刻印のないアンソニア型、ゼンマイ切れもなくいい状態でした。


一通りのメンテナンスをして、こちらも無事元に状態に戻りました。

スリムロングなデザインで、振り子も長いので、ゆったり動きます。


色々と遠回りして時間はかかりましたが、苦労して完成した時計を眺めながら安堵するときが、時計から元気がもらえて疲れが取れます。


当時の機械式時計は、職人さんがそれぞれ分業しながら、一台一台個性や表情ある時計を作っていたんですね。細かい加工や細工が施されていて、とても魅力があります。