沈んだ泥舟中国共産党ですが、もの作りに対する根本的な姿勢が、毛沢東(もう・たくとう 中国共産党の初代主席)文化大革命(1966〜1976)ゆえに失われました。
共産主義者は資本家や権力者、権威者、宗教家などを労働者の敵とみなし、大学教授、医者、弁護士、経営者、技術者、専門家など指導する側を徹底的に粛清(虐殺)して行きました。
この民度の低下をアメリカや先進国のせいにして、中国共産党は正しいとの強弁を繰り返して来ました。
が、その虚偽ももはや通用しなくなりました。
共産党が資本を得たその瞬間から堕落が始まるのは当然です。
香港を狙ったのは、中国共産党幹部らがドルを得るためにも、香港を手中に収めておかなければならないためです。
神なき平等の虚偽の人体実験も、資本という誘惑には勝てないと私たちは理解しました。
かつて暴力革命を成し遂げたソ連(現ロシア)では、マルクス主義の原理主義者らが「商品の価値はかけた時間と重さだ」と、収穫した麦等に水をぶっかけて腐らせてしまいました。
これがソ連の大量の餓死者の原因となりました。
ソ連の自動車や様々な製品が余りに重い(当時)のは、このマルクスのデタラメの故です。
神は、商品の価値はAI(人工知能)やロボット等で作り、人が介入することのない世界を目的とされました。
人は神の愛と創造と奉仕のために生まれて来ました。
ですから衣食住の基本と、スポーツや芸術とは商品でも商売でも経済でもなく、営業でもありません。
結論を何度も申し上げますが、右翼は強者の屁理屈、左翼は弱者を食い物にするのです。
右翼は中間層から上を伸ばすことで経済は回ると言います。
アベノミクスがその典型です。
左翼は利用できる弱者のみを助ける、枝野幸男立憲民主党の政策です。
人がその創造された目的を失い、人が考えた価値観でこの世界を支配すれば、中国共産党や北朝鮮の轍を踏みます。
社会資本主義とは、中道保守を本流とした循環型資本主義です。
血液が身体を循環するように、資本は世界を循環するのです。
電気はエネルギーから出て、プラスからマイナスへと向かい、N(ニュートラル、ノース)という出口へと向かいゼロ(原点)になります。
ですから、悪を行えば必ずゼロすなわち蕩減(とうげん・罪が無くなった次元)への条件が加味されます。
刑務所はそのシンボルです。
罪が無条件で解放される事は、科学的にもあり得ませんが、神はノーサイドにされようとしますし、悪魔サタンは永遠に追及しようとします。
習近平氏が中国国民から奪った資本と時間と自由は、逆の蕩減条件で習氏にのし掛かりますし、金正恩氏にも全く同じ原理でゼロになろうという力が働くのは、創造原理がそうなっているからです。
誰もが平等に神の下のゼロ起点に返るのには、例外など絶対にありません。
素粒子と反素粒子が生まれたのも、このような科学的な相対性の原理からです。
岸田新総裁は、「我が国から弱者とか低所得者とか、貧困層とかを絶対に無くする」と表明すべきです。