Francoise Hardyの「Gin Tonic」 | "楽音楽"の日々

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音楽、映画を中心にしたエンタテインメント全般についての思い入れと、日々の雑感を綴っていきます。

フランソワーズ・アルディ(Françoise Hardy)が、6月11日に亡くなりました。80歳でした。

 

彼女に関する評伝は専門家がいろんなところで書くと思います。私はフレンチ・ポップスに精通しているわけではないので、私個人の思い出と共に彼女の作品をここに残しておきたいと思います。

 

私が彼女を知ったのは、1973年。ラジオから盛んに流れてきていた「さよならを教えて(Comment te dire adieu)」でした。

 

 

イントロのピアノとベースによるフレーズはとても印象的で、現在でもこのイントロだけでこの曲だと直感的にわかる素晴らしさです。

Francoiseのヴォーカルと同じ旋律をなぞっているフリューゲルホルン(トランペット?)が、このメロディの美しさを際立たせています。訃報を受けて今回調べて初めて知ったのですが、この曲は元々アメリカ人が作った曲らしいです。それを気に入ったフレンチ・ポップスの重鎮Serge Gainsbourgがフランス語の歌詞を書いて、Francoiseが歌ったのが大ヒットしたということです。この曲をきっかけにして、彼女はSergeとその奥様Jane Birkinとの交流が始まったようです。

そういえば、私のFrancoiseの印象は、昨年亡くなったJane Birkinにとても似ているのです。商業的成功に固執することなく、自分の思うがままに音楽活動を続けたことも共通しています。また、モデルや女優としての活動を通じて「ファッション・アイコン」として大衆に支持されたことも共通しています。

 

そんなこととは関係なく、中学生の私はこんな風に耳元で囁いてくれる女性が現れてくれることを固く信じていたのでした。

 

 

その後、我が国ではドラマで印象的に使われた彼女の曲が、リヴァイヴァル・ヒットしました。

 

 

私はそのドラマを見ていなかったので、それほど思い入れはありません。

 

 

Francoiseのアイドル歌手としてのヒットは、1960年代に集中しています。私は大人になってから、彼女のベスト・アルバムも購入して思い出を楽しんでいました。

 

 

彼女が自ら楽曲を作るようになってからは、日本でヒット曲に恵まれることはありませんでした。私も、「さよならを教えて」の人として、甘酸っぱい思い出と共に過去の引き出しにしまっていました。

 

 

時は流れて、1980年。私は様々なジャンルの音楽を楽しんでいましたが、中でもフュージョン音楽の魅力にのめり込んでいたのでした。

そんな私の目の前に現れたのは、懐かしい名前Francoise Hardyの新作「Gin Tonic」だったのです。

 

このアルバムが彼女のディスコグラフィーの中でどのような評価を得ているのか、私は全く知りません。けれども、その当時フュージョン音楽が好きだった私の周辺では、かなりの盛り上がりを見せていました。と言うのも、このアルバムは英米の音楽界ではありえないフランスらしいメロディーとコード進行で作られていながら、演奏はジャズやフュージョン音楽を得意としているに違いないプレイヤー達が腕を競っているような素晴らしさなのです。残念ながら、演奏しているミュージシャンのクレジットは皆無です。それでも、じっくり聴く価値がある作品だと思っています。

多くの曲を作り、アレンジも担当している音楽監督は、映画音楽の世界で熱狂的なファンの多いGabriel Yaredです。彼の個性的な楽曲とアレンジが英米で発展してきた音楽と混じり合って、ワン・アンド・オンリーの世界を作り出した、まさに「フュージョン音楽」だと言えます。そんな楽曲に独自のヴォーカルでその世界観を表現するFrancoiseの歌声。いわゆる「フレンチ・ポップス」と思って聴いたら、気持ち良く裏切られる作品です。

 

この時期、彼女はライヴ歌唱からは引退していましたので、動画はありません。けれども、公式のチャンネルにこのアルバムの楽曲が全部アップされています。これらをピックアップして、私のお気に入りを紹介したいと思います。

 

 

アルバムのトップは、「JAZZYに暮れて(Jazzy Retro Satanas)」です。

 

 

パワフルなピアノと存在感抜群のベースに乗って、Francoiseの自信に溢れたヴォーカルが登場します。60年代のヒット曲の頃とは、随分印象が違います。耳に残るサビのメロディーと、賑やかな女声コーラス。さらに派手なホーン・セクションが気分を上げてくれます。見事なアレンジと演奏。まるでアメリカ録音かと思うようなジャジーな楽曲です。リズムの感じは、ずっと後に登場する「エレクトロ・スウィング」の元になってるような気がします。

 

 

「折れた小枝(Branche Cassée)」は、従来の彼女のイメージに近い楽曲です。

 

 

ピアノをバックに展開される優しい歌声に引き込まれます。ここで注目したいのは、ダイナミクス溢れるストリングスです。まるで一人の人物が弾いているような、繊細な表現です。

 

 

「Bosse Bossez Bossa」は、ブラジルとフランスの幸せな融合を感じさせます。

 

 

エレクトリック・ピアノと上品なクィーカのイントロで始まりますが、リズムは全くボサノヴァではありません。それでもブラジルの香りを感じるのは、絶妙なアレンジのせいなのでしょう。メロディーとコード進行は、いかにもフランスらしいのですが、ボサノヴァの展開の仕方にも近いのかもしれません。

効果音のようにも聞こえるコーラスがかなり個性的で、耳に残ります。

 

 

そして、このアルバム中最も話題になったのが、「Juke Box」です。

 

 

おしゃれなファンク、といった印象です。Stevie Wonderのことを歌った曲ですが、大胆にも彼の代表曲「I Wish」の有名なフレーズを導入しています。こういった使い方は、英米の音楽界ではあまり記憶にありません。リスペクトしてるんだから、このくらい使っても良いでしょう?というフランスらしい解釈なのかもしれません。この曲、大好きです。

 

 

もう一曲、ジャジーなやつを。「まだ見ぬ人へのシャンソン(Chanson Ouverte)」です。

 

 

メロディーは明らかにフランス産なんですが、ジャジーですねー。まるで深町純のようなシンセの節回しが、私のツボです。この曲でもピアノが大活躍ですが、ギター好きにはたまらないプレイが印象的です。ギターだけ聞いていても十分楽しめます。三連の曲ですが、さしずめ「ジャズ・ワルツ」といった趣です。

 

 

最後に「午前0時の女(Minuit Minuit)」です。

 

 

まるで、当時のJ-POPのようなアレンジと演奏です。それにフレンチ・ポップスのメロディーが乗っかると、独特の雰囲気になるんですね。やはり、サビのメロディーが印象的です。

 

 

と、いろんなタイプの曲が満載で、FrancoiseとGabriel Yaredが創り出す世界にどっぷり浸かることができるアルバムでした。当時は、繰り返し繰り返し聴いたものです。

私にとっては、このアルバムを残してくれたことだけでも、Francoiseに感謝なのです。

 

 

 

世間一般の評価とは大きくかけ離れているかもしれませんが、私にとってはFrancoise Hardyと言えば、アルバム「Gin Tonic」なのです。

 

私の青春の一ページを鮮やかに彩ってくれた彼女に、心から感謝です。

 

R.I.P.