1994年にボブ・ジェイムス(Bob James)のライヴでサポート・メンバーとして参加していたマイケルのファンだった私は、ライヴ終了後につたない英語で話しかけたのでした。
で、彼の口から「トーコ・フルウチは知ってるかい?」という言葉が出たのでした。
恥ずかしながらその時は私は全く聞いたことがありませんでした。
マイケルは彼女のアルバムのプロデュースを終えたばかりだと、興奮気味に話してくれたのでした。その口調からは、自信作が出来上がったことが手に取るようにわかりました。
それから一年以上待たされてリリースされたのが、「Strength」でした。

発売と同時に手に入れたこの作品、期待を越える出来に驚きました。
プレイ・ボタンを押すと同時にエンジニア、レイ・バーダニ(Ray Bardani)らしい、くっきりとした重低音(プログラミングされたベース)が耳に飛び込んできて、「コリーナ=バーダニ」の世界に引き込まれます。
一曲目の「朝」は、ミディアム・スローで、プログラミングされたドラムス(絶品!)とベース(これも絶品!)の上で、ニック・モロック(Nick Moroch)のリズム・ギターが軽快にリズムを刻みます。
そして亡きマイケル・ブレッカー(Michael Brecker)のテナー・サックスが軽やかにヴォーカルをエスコートします。
もうこれだけで、マイケル・コリーナの世界へ引き込まれます。
二曲目のアルバム・タイトル曲「Strength」は、とても軽快な曲です。
スティーヴ・ジョーダン(Steve Jordan)のタイトなドラムスとジェイムス・ジナス(James Genus)の安定した重低音の上で、デイヴィッド・スピノザ(David Spinozza)のギターが活躍します。なんと左右二つのリズム・カッティングとセンターのアドリブ・ソロを一人でこなしています。この時期のスピノザのプレイはそれほど多くないので、貴重なプレイです。
と、快調にアルバムは幕を開けます。
古内東子の作詞・作曲能力の素晴らしさはもちろん、NYで録音されたバック・トラックが完璧です。
時間をかけて丁寧に作られたことは、ミュージシャンの人数でもわかります。
ドラムスには、スティーヴ・フェローン(Steve Ferrone)、オマー・ハキム(Omar Hakim)、スティーヴ・ジョーダンの三人。
ベースには、ウィル・リー(Will Lee)とジェイムス・ジナスの二人。
キーボードはプロデューサーでもあるマイケル・コリーナが全面的に担当していて、二曲にボブ・ジェイムスがゲストとして参加しています。
ギターは、ニック・モロック、デイヴィッド・スピノザ、チャック・ローブ(Chuck Loeb)、そしてソロ・デビュー4年前のギル・パリス(Gil Parris)が曲ごとに参加しているのです。
フュージョンからスムース・ジャズのファンにとっては、見過ごすことのできないメンツでしょ?
しかもソロイストとして、マイケル・ブレッカー、ランディ・ブレッカー(Randy Brecker)、デイヴィッド・サンボーン(David Sanborn)がそれぞれ一曲ずつ的確なプレイを聞かせてくれます。
各ミュージシャンに聞かせどころが用意してあって、ファンは看過できません。
とにかく、プロデューサー・マイケル・コリーナの目が隅々まで行き届いていて、統一感のある素晴らしい作品になっているのです。
最初に聞いた時の私の衝撃は、崎谷健次郎のアルバムを初めて聴いた時と似ています。
曲の良さと、過不足ないバックの演奏。
このアルバムの評価がどんな位置にあるのかを、私は全く知りません。
けれども、私はこの作品はJ-POPあるいはJ-AORの傑作だと断言します!
プロデューサーであるマイケル・コリーナを私が初めて知ったのは、デイヴィッド・サンボーンの1981年のアルバム「夢魔(Voyeur)」です。

当時の私のしょぼいステレオ(大学の生協で購入したAIWAのミニ・コンポ)で聴いても、それまでのレコードとは全く違うサウンドだったのです。
それぞれの楽器の音が非常にクリアに録音されていて、自分の目の前で演奏されているかのような臨場感を味わえたのです。
そのサウンドを作り上げたのが、マイケル・コリーナとエンジニアのレイ・バーダニだったのです。
その後すぐにマイケル・フランクス(Michael Franks)の「愛のオブジェ(Objects Of Desire)」に夢中になった私は、ここでも「コリーナ=バーダニ」コンビの名前を見つけるのでした。

それからは、「コリーナ=バーダニ」コンビは重要な作品を手がけていきます。
マーカス・ミラー(Marcus Miller)のデビュー作「Suddenly」、サンボーンの「Backstreet」、マイケル・ジョンソン(Michael Johnson)の「Lifetime Guarantee」、ボブ・ジェイムスの「Obsession」と続きます。
90年代になってからもその勢いは衰えず、ボブ・ジェイムスのアルバムはもちろん、アンディ・スニッツァー(Andy Snitzer)の「Ties That Bind」、ビル・エヴァンス(Bill Evans)の「Push」&「Touch」、マリリン・スコット(Marilyn Scott)の「Take Me With You」、ギル・パリスの「Gil Parris」など、私が持っているものだけでもこんなにあります。
そしてコリーナは、ボブ・ジェイムスの1994年の作品「Restless」に参加したのをキッカケに、ボブの来日公演に同行して来たのでした。

そのバンドには、コリーナのもう一人の友人マックス・ライゼンフーヴァー(Max Risenhoover)もドラマーとして参加していました。
マックスは、コリーナが関係している作品に「ドラム・プログラミング」というクレジットで名前を見かけます。つまり、シンセサイザーやコンピューターを使ってドラムスのパターンを作ることですね。とかく冷たくなりがちなプログラミングですが、マックスの作品は、打ち込みとは思えない非常にリアルな音作りとグルーヴ感で、当初から注目していました。ただし、生のドラムスを叩いているのは、どのCDを探してもほとんど見当たりません。
ボブのバンドでドラムを叩く姿を見れるのは、期待と不安が半々でした。
ところが、普通のプロのドラマーよりもウマいぐらいで、驚きました。ちゃんとジャズ・ドラムもやってて、とても器用な人という印象でした。なるほど、これだけドラムスのことがわかっているから、「血の通った」プログラミングができるんだと、納得しました。
で、「Strength」にもマックスは参加しています。一曲目と五曲目を聴けば、彼のドラム・プログラミングの素晴らしさがわかるんじゃないでしょうか?
ということで、古内東子のアルバムなんですが、バックのことばかりになってしまいました。
古内東子は、かなりクセのある歌い方なので、聴く人によって「好き嫌い」がはっきりわかれてしまうかもしれません。私はとてもスタイリッシュな印象で大好きです。
また、彼女の曲も素晴らしい(だからコリーナがプロデュースを引き受けたんだと思います。)んですが、詞の内容も(特に)女性にうけそうな瑞々しさにあふれていて、魅力的です。
彼女の大ブレイクのキッカケになったヒット曲「誰より好きなのに」は、「Strength」の翌年。
さらにベストセラーになって、レコード大賞アルバム賞を獲得したアルバム「恋」を発表したのは、1997年のことでした。
「恋愛の教祖」なんて呼ばれて一時はもてはやされた彼女は、現在弾き語りに近いかたちで、地道に活動をしているようです。

ヒット曲「誰より好きなのに」収録のアルバム「Hourglass」。
ジャケットの印象のとおり、カラフルで明るい作品です。