Mona Lisa/Grimaces
モナ・リザ/しかめつら
1975年リリース
◆
狂おしい歌声と哀愁のギターとキーボードによる
「バロックの演劇化」を形成した傑作
◆
アンジュの弟分として注目を集めたフランスのプログレッシヴロックグループ、モナ・リザのセカンドアルバム。そのアルバムはデビュー作の陰鬱なムードの支配から脱し、パワフルなリズムセクションとハードでありながら哀愁のあるギター、メルヘンかつ仄暗さのあるキーボード、そして何よりも狂おしくも胸を打つ演劇的なヴォーカルなど、ダークな切迫感と悲壮感を強めつつフランスらしい耽美性を持った世界を構築している。この作品から音響や照明、コスチュームといったスタッフがクレジットされており、後のシアトリカル性の高いパフォーマンスを身上とする彼らのアイデンティティが確立された逸品でもある。
◆
モナ・リザはフランスのパリの南にある都市オルレアンで、1973年に結成されたグループである。モナ・リザの原型となったのはオルレアンで活動していたフェルナンドス・グループというバンドであり、1966年頃にフランシス・ブーレ(ドラムス)、ジャン・ポール・ピエルソン(ギター)、ジャン=リュック・マルタン(ベース)が在籍していたという。3人はグループから離れて、新たにサンダー・サウンドというグループを結成。そのグループにギタリストのクリスチャン・ガラが加入し、主にR&Bやブリティッシュロックを演奏している。やがて1968年頃には地元のクラブでギグを行うようになり、後にヴォーカルとしてジャン=ジャック・フーシェが加入し、主にレッド・ツェッペリンやディープ・パープルのようなハードロックを演奏していたらしい。当時のオルレアンではサンダー・サウンドの他に、N.S.U.やメタカロン・エクシペイントといったグループが存在し、それらが英語からフランス語のオリジナル曲を演奏するようになったことを受け、サンダー・サウンドも新たなアイデンティティを求めるようになり、この時にグループ名をモナ・リザに変更してフランス語の歌詞になったという。1971年の1月まで精力的に作曲やギグを続けていたが、メンバーが兵役のためにグループは1972年まで活動を中断している。この年にモナ・リザのメンバーは当時、フランスで注目されていたロックグループ、アンジュのコンサートを観て、「プログレッシヴロック」という自分達の音楽の方向性を確信することになる。ジャン=ポール・ピエルソンはギタリストからピアノやオルガンを弾くキーボーディストとなり、彼らは新たな方向性を元に中央フランスのコンテストに出場して優勝を果たしている。グループとして順調な活動を始めたが、1973年にヴォーカルのジャン=ジャック・フーシェが脱退。代わりにちょうどその年の2月に解散したN.S.U.というグループに在籍していたドミニク・ル・ジュネが加入する。このドミニクがモナ・リザに加入したことは、地元のオルレアンではちょっとしたニュースになったという。後の4月に地元でギグを再開した時にはモナ・リザの知名度はさらに高くなり、やがてオルレアンの劇団に曲を提供する話が持ち込まれる。この劇団に曲を提供した経験が、モナ・リザのシアトリカルなスタイルに影響を与えた大きなきっかけとなっている。
1973年10月にアンジュのマネージャーからArcaneレーベルを紹介され、同レーベルと3年の契約を結ぶことに成功し、ファーストシングル『Illusion D'un Temps/Voyage Vers L'Infini』をリリースしている。この時のメンバーはフランシス・ブーレ(ドラムス)、ジャン・ポール・ピエルソン(ギター、キーボード)、ジャン=リュック・マルタン(ベース)、ドミニク・ル・ジュネ(リードヴォーカル、サックス、フルート)、クリスチャン・ガラ(ギター)、ジル・ソルヴェス(ギター)の6人となっている。シングルリリース後にアンジュ、アトールと共にステージに立ち、ドミニクの友人でアンジュのギタリストでもあるジャン=ミシェル・ブレゾワールをプロデューサーに迎えたファーストアルバム『L'escapade』を12月にリリースする。しかし、アルバムは商業的には成功しなかったが、モナ・リザは新たな可能性を求めて90分のライヴショーを展開したツアーを決行する。そのステージはアンジュやジェネシスの影響を受けたと思われる視覚的な側面に力を入れたもので、最初にツアーを共にしたのは北アイルランド出身のFruupp(フループ)である。1975年になると前半はツアーと演劇用の曲作りに明け暮れ、9月にようやくアンティーブ・アズールヴィル・スタジオに入りセカンドアルバムをレコーディングしている。この時にギタリストのジル・ソルヴェスが脱退しており、5人のメンバーで臨んでいる。プロデューサーには前作と同じようにジャン=クロード・ポニャンが担当し、音響エンジニアにジャン=ピエール・マシエラとベルナール・ベランの協力を得て、1975年11月にセカンドアルバム『Grimaces(しかめつら)』をリリースすることになる。そのアルバムは力強いシンフォニックなテーマの中で、ドミニク・ル・ジュネの極めて叙情的なパフォーマンス、そしてフルートパートのややフォークっぽい雰囲気など、アンジュやジェネシス流のシアトリカル・プログレッシヴロックに寄せた彼らの音楽性が確立された傑作となっている。
★曲目★
01.La Mauvaise Réputation(悪評)
02.Brume(霧)
03.Complainte Pour Un Narcisse(ナルシスへの哀歌)
04.Le Jardin Des Illusions(幻想の園)
05.Accroche-Toi Et Suis-Moi(しっかりついてこい)
06.Au Pays Des Grimaces(しかめつらの国で)
07.Manèges Et Chevaux De Bois(回転木馬)
★ボーナストラック★
08.Manèges Et Chevaux De Bois~ライヴ~(回転木馬~ライヴ~)
アルバム1曲目の『悪評』は、ジョルジュ・ブラッサンスの有名な曲のカヴァー。コミカルなシンセサイザーとオルガン、粘っこいギター上で時につぶやき、時に叫ぶ一人芝居に近い演劇的なヴォーカルが支配している。リズムセクションとキーボードのエネルギーが楽曲の骨組みを構築し、怪しげなヴォーカルにしっかりと付き従っており、まさに劇的なシアトリカルロックを形成した内容になっている。2曲目の『霧』は、ギターのアルペジオとキーボード、そして厳かなコーラスによる奇妙な躁鬱感がともなう楽曲。間奏部ではパーカッションやフルートをフィーチャーしており、メロウなギターが展開している。どこか脆さのあるワウギターに対して端正なメロディで支えるキーボードのバランスが素晴らしい。3曲目の『ナルシスへの哀歌』は、最も典型的なプログレッシヴな手法を取り入れた複雑なアレンジで構成された楽曲。柔らかなフルートやエキセントリックなヴォーカル、軽快なギター、そしてパワフルなリズムがこの曲を実に素晴らしいものにしており、滑稽さとおぞましさが同居するフレンチ・シアトリカルロックを如実に表した逸品である。4曲目の『幻想の園』は、フルートやオルガンを駆使した妙な神秘性を秘めたシンフォニックロック調の複雑な楽曲。勇壮なマーチングリズムとハーモニウムのようなキーボードとギターのユニゾンが中心で突き進み、パワフルなヴォーカルがともなうドラマティックな展開が素晴らしいヘヴィロックの一面を魅せた内容になっている。5曲目の『しっかりついてこい』は、ヴァイオリン風のエレクトリックギターとリリカルなキーボード、複雑にリズムによって力強いヴォーカルを呼び起こした楽曲。フルートとピアノによる柔らかなミドルテンポの悠然たるクラシカル展開から、一転して反復のワウギターによるコミカルなフレーズによるエネルギッシュなヴォーカルになるという奇想天外さが持ち味の内容になっている。6曲目の『しかめつらの国で』は、ドミニクの語り口調の不気味なモノローグから始まり、パーカッションとシンセサイザーによる幽玄な雰囲気から、パンチの効いたロックセクションが登場し、効果的な変化が加わり、パワフルなリズムの演奏となって転調につぐ転調を繰り返し、七変化のヴォーカルをともなう狂気に満ちた演奏となる。狂乱の後は正気を取り戻したようなハーモニウム調のギターと美しいキーボードによって終えているのが印象的である。7曲目の『回転木馬』は、サーカスようなジングルと歓声、笑い声から始まり、コミカルなシンセサイザー音と共に効果音を含んだメリーゴーランドのような雰囲気から、赤ん坊の泣き声を皮切りにテンポの速いロックチューンに変化する楽曲。愛らしいキーボードのメロディとオルガンの伴奏に対して、不安定なギターや不気味なヴォーカルが、無邪気さの中にダークな切迫感と悲壮感がにじみ出ている。ボーナストラックの曲は、CD盤に収録された1978年1月24日にカレーの青少年センターのSalle Jean Vilarで録音されたライヴ曲。オリジナル曲とは違ってコミカルさはほとんど無く、パワフルでワイルドなパフォーマンスとなっている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、前作のサイケデリック性はほとんどなく、曲の構成面とアンサンブルを重視し、ヴォーカルが映えた場面作りに特化した楽曲が多い。狂気にも似た劇的な変化や複雑なアレンジもどこかユーモラスでメルヘンチックであり、フランスらしい耽美的な要素が見え隠れする逸品である。
◆
11月にリリースされた本アルバムは高く評価され、直後のコンサートでは前半を『かもめのジョナサン』をテーマにした組曲、後半を新譜からの曲を演奏するなど大胆な試みを行っている。しかし、メンバーのクリスチャン・ガラとジャン・ポール・ピエルソンの2人のギタリストが口論となり、ジャン=ポールが脱退してしまったことでグループは一度解散している。フランシス、ジャン=リュック、ジャン=ポールの3人は、一時デニー・フランクのグループで活動し、そのグループでギタリストを務めていたパスカル・ジャルドンと出会う。パスカルを迎えて再度モナ・リザの再編成を試みようとするが、クリスチャン・ガラは最後まで抵抗してグループに帰属することはなかったという。新たにパスカルを加えて再スタートしたモナ・リザは、すべてのギグで大成功を収め、その勢いのままサードアルバムのレコーディングを開始する。1976年末にリリースした『グレゴワール氏の小さなヴァイオリン』は、モナ・リザが目指したシアトリカルロックのアイデンティティを確立したアルバムとなっており、フレンチ・シンフォニックロックの代表格となった記念碑的な作品になっている。彼らは後にArcaneレーベルが主催するツアーに参加し、アンジュやマグマと共演。モナ・リザは曲ごとにドミニクのコスチュームを替えたステージが評判となり、フランスで人気グループとなる。1977年には夏まで大規模なツアーが組まれ、後にエンジニアのフィリップ・オムヌを迎えた4枚目のアルバムのレコーディングに入っている。1978年1月にリリースされた『限界世界』は、彼らのスタイルが極限までに高められた傑作となっている。しかし、同年の5枚目のアルバム『AVANT QU'IL NE SOIT TROP TARD』がリリースした後、ロード生活に疲れたベーシストのジャン=リュック・マルタンが脱退。代わりにジャン・パタンが加わったものの、同年夏にパリのオリンピア劇場で予定されたコンサートの直前にキーボーディストのジャン=ポール・ピエルソンが倒れる事態が起こる。このことがきっかけで、ヴォーカリストのドミニク・ル・ジュネが脱退し、ギタリストのパスカル・ジャルドンも個人的な都合で脱退している。ドラマーのフランシス・ブーレがヴォーカルを担当し、1979年に6枚目のアルバム『VERS DEMAIN』をリリースするものの、結局グループはその年に解散することになってしまう。その後、解散から約20年経った1998年にVarsailleのメンバーをバックに、ドミニクがモナ・リザを再結成している。同年にスタジオアルバム『De L'ombre a La Lumiere』をリリースし、2000年には復活後の欧米ツアーの一環となったアメリカの『PROGFEST 2000』の公演を収録したライヴ盤をリリースしている。2021年にはフランシス・ブーレ(ヴォーカル)を中心にミシェル・グランデ(キーボード)、マシュー・グランデット(ドラムス、ギター、ベース)のトリオ編成で、モナ・リザ2020名義でアルバム『ヴィンセント&モナ』をリリースしており、現在でも精力的に活動を続けている。
◆
皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はフランスのシアトリカルロックの代表格であるアンジュの正統的後継者として評価されているモナ・リザのセカンドアルバム『しかめつら』を紹介しました。モナ・リザといえば、以前にレビューで紹介した次作の『グレゴワール氏の小さなヴァイオリン』や4枚目の『限界世界』が、彼らのシアトリカル性が開花したアルバムとして著名ですが、個人的にはこの『しかめつら』がモナ・リザの作品の中で一番好きです。演奏自体はやや粗雑さがありますが、このどこか退廃的で耽美的、寂寥感に満ちた雰囲気がたまらないです。クラシカルな旋律の中で哀愁のギターとキーボードが絡み合うのが感動的であり、また、狂気にも似たドミニク・ル・ジュネの演劇的なヴォーカルが支配していて、静と動といった緩急を駆使したドラマティックな展開が素晴らしいです。ところどころに軽いサイケデリックな影響も感じられますが、大部分は穏やかなフルートを加えたシンフォニックなオーケストレーションと多数のインストゥルメンタルによるサウンドスケープによって構成されているのが本アルバムの大きな特徴とも言えます。
さて、本アルバムはギタリストのジル・ソルヴェスが脱退して5人編成となった作品ですが、前作のドミニク・ル・ジュネのユニークな声とパフォーマンス、そしてアナログキーボードを中心としたダークさとサイケデリック性がありました。いくつかの素晴らしい瞬間があり、それなりに評価のあったデビュー作の結果に満足せず、新たにレコーディングスタジオを変えて録音をしています。前作同様にプロデューサーはジャン=クロード・ポニャンが担当していますが、音響エンジニアにジャン=ピエール・マシエラとベルナール・ベランの協力を得たことで、飛躍的に音響効果がアップした作品になっています。そのため、ドミニクの印象的でありながら過剰な歌唱パートが映えており、ハーモニウム風のオルガンといったレトロな音を交えて、祝祭や芝居小屋、または教会といったノスタルジックな雰囲気を効果的に作り出しているように感じます。この辺りが後にモナ・リザ特有の「バロックの演劇化」という音響効果を交えたシアトリカルな音楽を形成していくことになります。
本アルバムは次作の名盤と誉れ高い『グレゴワール氏の小さなヴァイオリン』につながるドラマティックな音楽性とテーマに基づいた物語性のあるサウンドが形成された野心作です。ドミニク・ル・ジュネの狂おしいほどの演劇的なヴォーカルに惹きこまれがちですが、エレキギターとキーボードのバランスが優れており、彼らのアレンジセンスが光った逸品でもあります。まるで怪しげなピエロに導かれて暗い見世物小屋に入っていくような気分になる本アルバムは、個人的にもっと評価されても良い作品だと思っています。
それではまたっ!