【今日の1枚】Pink Floyd/The Dark Side of the Moon(狂気) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Pink Floyd/The Dark Side of the Moon
ピンク・フロイド/狂気
1973年リリース

人間の内なる闇を音で表現した
ロック史に残る不滅の名盤

 ロジャー・ウォーターズが全面的に歌詞を担当し、1973年にリリースされたピンク・フロイドの通算8枚目のスタジオアルバム。「人間の内面に潜む狂気」を描いた作品を作りたいウォーターズの提案によって実現したアルバムであり、その哲学的な歌詞に加え、それを際立たせた立体的な音作りで仕上げた驚異のコンセプトアルバムとなっている。また、エンジニアのアラン・パーソンズによる笑い声、会話、爆発音、振り子時計、飛行機音、レジスター、心臓の鼓動といった効果音を巧みに使用し、録音した音を1つ1つのテープに貼り付けるという原始的な手法で作られており、極めて完成度の高い作品として知られている。本アルバムはビルボード200においてピンク・フロイドが初の全米チャート1位となった作品であり、その後741週(約15年間)チャートインし、カタログチャートでは1630週(約30年間)ランクインするというロングセラーのギネス記録を打ち立てた歴史的なアルバムでもある。

 ピンク・フロイドはロジャー・ウォーターズ、リチャード・ライト、ニック・メイスンの3名を中心に様々なグループ名を経て、シド・バレットを含む4人体制になった際にピンク・フロイド・サウンドから改名したグループである。1960年代のピンク・フロイドは、サイケデリックロック全盛の時代にクラブUFOといったアンダーグラウンドシーンで人気を博し、複数のレコード会社による争奪戦の末、EMIから1967年に『夜明けの口笛吹き』でアルバムデビューを果たしている。当時のピンク・フロイドは作曲兼ギタリストでありカリスマ的な存在でもあったシド・バレットのワンマンバンドである。しかし、バレットは過度のLSD摂取による奇行が目立ち始め、翌年の1968年に彼の役割を補う形でデヴィッド・ギルモアが加入。バレットをライヴに参加させずに曲作りに専念してもらうために、一時は5人体制となって活動を続けたが、それすら不可能となるほど重症となり、1968年3月にバレットは脱退することになる。バレット脱退後、ウォーターズ、ライト、メイスン、ギルモアの4人は、サイケデリックロックから方針転換し、より独創性の高い音楽を追求。1968年のセカンドアルバム『神秘』は、約12分のインストゥメンタル曲を収録しており、直感的な即興音楽ではなく構成力に磨きをかけたサウンドに変化している。さらにこの頃のピンク・フロイドは、後のグループの音楽性に大きく影響するテレビ映画などのサウンドトラックも担当し、その一方で精力的にライヴを行っている。そんな中、1969年発表のアルバム『ウマグマ』は、メンバー4人それぞれの力量を示したスタジオアルバムと彼らの高いパフォーマンスの一端が垣間見えるライヴアルバムの2枚組となっている。1970年に入るとグループはより意欲的になり、前衛音楽家のロン・ギーシンを招いてオーケストラを全面的に取り入れたアルバム『原子心母』を発表し、批評家から大絶賛を浴びて全英1位を記録。このアルバムからピンク・フロイドはプログレッシヴロックの代表するグループとして認知されるようになる。

 1971年にはグループが「初めてバンドがクリエイティビティを獲得した」と語った23分を越える大曲『エコーズ』を収録したアルバム『おせっかい』を発表。アルバムリリース後にはライヴツアーを敢行し、同年8月に初来日。音楽フェスティバル「箱根アフロディーテ」などでコンサートを行っている。ツアーが終了すると、ロジャー・ウォーターズは次のアルバムの制作に先立って、若者たちが抱える現代社会の不安感や疎外感、その一方で物質主義で貪欲でもある「人間の内に潜む狂気」をテーマにした作品にしようと提案する。メンバーはこのアイデアを元に組曲を作り上げ、1971年11月20日にアメリカ・ツアーを終了後、1972年1月20日のイギリスツアーのコンサートから早速『A Piece for Assorted Lunatics』というタイトルで組曲として披露している。これが後に大ヒットアルバムとなる『The Dark Side of The Moon(狂気)』であり、たった2ヶ月の間にまとめ上げたことになる。これ以後のコンサートでも引き続き演奏し、2度目の来日となった1972年3月の8公演でも『狂気』が披露されている。この来日公演では『月の裏側-もろもろの狂人達の為への作品-』と題された歌詞カードが観客に配布されたという。彼らは1972年5月31日から1973年2月9日にかけて、EMIレコーディングスタジオでこの『狂気』のアルバムレコーディングを行い、エンジニアには『原子心母』以来のアラン・パーソンズが務めている。アラン・パーソンズはウォーターズの歌詞を際立たせるために効果音を演出として巧みに利用。当時はサンプラーが無かったため、笑い声や会話、爆発音、振り子時計の音、飛行機音、レジスター、心臓の鼓動といった効果音を録音して1つ1つテープに貼り付けるという原始的な手法をとっている。こうして最初から最後まで曲と曲がつながっており、複数の曲があたかもひとつの作品のようになった究極のコンセプトアルバム『狂気』が、1973年3月1日にリリースされる。
 
★曲目★
01.Speak to Me(スピーク・トゥ・ミー)
02.Breathe(生命の息吹き)
03.On the Run(走り回って)
04.Time〜Breathe~Reprise~(タイム〜ブリーズ~リプライズ~)
05.The Great Gig in the Sky(虚空のスキャット)
06.Money(マネー)
07.Us and Them(アス・アンド・ゼム)
08.Any Colour You Like(望みの色を)
09.Brain Damage(狂人は心に)
10.Eclipse(狂気日食)

 アルバムの1曲目の『スピーク・トゥ・ミー』は、ニック・メイスンによるテープコラージュ。各楽曲の効果音の断片を組み合わせていて、アルバム全体をほのめかしている。2曲目の『生命の息吹き』は、本物語の主人公がこの世に生を受けてから、成長していくまでの過程を悲観的に描いた楽曲。メロディアスで落ち着いた曲になっており、天に昇るような歌声とギルモアの美しいギターワークが象徴的である。3曲目の『走り回って』は、PAアナウンスやスピーカーを横切るドップラー効果を模倣した脈打つようなシンセサイザーを中心となった楽曲。そして話し声や笑い声、飛行機音、爆発音、人の息を切らして走る音といった効果音が融合しており不安感をあおっている。4曲目の『タイム〜ブリーズ~リプライズ~』は、けたたましく時を刻む時計の音、チクタクというビートを刻んだ「時間」をテーマにしたメッセージ性の強い楽曲。ウォーターズのしっかりとしたベースとメイソンの控えめなドラムス、ライトの煌びやかなキーボードの音色、ヘヴィなギルモアのギターワークが冴えた内容になっている。女性コーラスはドリス・トロイ、レスリー・ダンカン、ライザ・ストライク、バリー・セント・ジョンの4人である。5曲目の『虚空のスキャット』は、ゲストのクレア・トーリーのソウルフルなスキャットとリチャード・ライトの素晴らしいピアノ&オルガンが織り交ぜられた楽曲。ピンク・フロイドでは珍しいジャズ・テイストに仕上がっている。6曲目の『マネー』は、シングルで大ヒットした楽曲。タイトル通り「お金」をテーマにしており、レジスターの音と小銭の音をリズミカルに演出している。ゲストのサックス奏者であるディック・パリーによるファンキーなサックスとギルモアによるギターが素晴らしい。7曲目の『アス・アンド・ゼム』は、荘厳なオルガンと美しいギターワーク、そしてサックスによる浮遊感のある楽曲。言葉の対比を用いた人生に対するメッセージが込められている。8曲目のヘンリー・フォードの自伝から引用した曲名『望みの色を』は、キーボードとギターによるカラフルな楽曲となったインストゥメンタル曲。9曲目の『狂人は心に』は、アコースティック ギターを使用し、人間の心の内面に潜む狂気を取り上げた楽曲。バッキングヴォーカルが素晴らしく、重ねられた笑い声やおしゃべりがひと時の幸福を描いているようである。10曲目の『狂気日食』はバッキングヴォーカルと共にウォーターズの言葉の羅列を繰り返す手法をとっており、最後は心臓の鼓動と共にジェリー・オドリスコルのセリフで締めくくっている。

 本アルバムは発表されるや全世界で大ヒットを記録し、特にアメリカでシングル『マネー』をきっかけに人気が急上昇して、ビルボード200でグループ初の全米チャート1位を記録する。また、日本でもオリコンチャートで最高2位まで上昇し、全世界で5,000万枚以上を売り上げることになる。このアルバム以降、ロジャー・ウォーターズは全作詞を手掛けるようになり、グループ内のバランスに大きな変化が生まれるきっかけとなった作品となる。その後『狂気』はビルボードのアルバムTOP200に741週間(約15年間)にわたりランクインし続けることは周知のとおりである。こうしてピンク・フロイドは一躍スターダムにのし上がることになるが、コンサートの観客数は大幅に増え、客層も変わっていったことに彼らの取り巻く状況は一変。ウォーターズとメイスンの離婚の危機や前作『狂気』の成功の重圧から、新たなアルバム作りは困難を極めることになる。これにより次なるアルバム『炎〜あなたがここにいてほしい~』がリリースするまで2年以上かかり、全米、全英ともに1位を記録したもののセールス面で伸び悩んだという。その後はピンク・フロイドが発表する大掛かりなコンセプトアルバムは、台頭するパンク/ニューウェーヴによって「オールドウェーヴ」とレッテルを貼られる批判の的となり、次第に幻想的な音創りは影を潜めていくことになる。それでも1977年発表の『アニマルズ』や1979年の2枚組となった『ザ・ウォール』という大ヒットアルバムを生み出し、芸術的なライヴと共に世界的な人気は変わらずに続いたという。しかし、グループの中心的存在となったロジャー・ウォーターズの独裁化が進み、リチャード・ライトを解雇するなど次第にメンバーとの間の亀裂が深まっていくことになる。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はピンク・フロイドの代表的なアルバムというだけではなく、ロック史に残る不朽の名盤でもある『狂気』を紹介しました。光を色に分散させるプリズムを描いたデザイナーのストーム・ソーガソン(ヒプノシス)による象徴的なアルバムジャケットが有名ですね。以前にもピンク・フロイドのアルバムを紹介した時に言いましたが、私はプログレッシヴロックを聴き始めた高校生の時、世界的に評価の高いピンク・フロイドの名盤『狂気』を聴き始めたのが原因で、一時ピンク・フロイドから離れてしまった1人です。エイジアをきっかけにキング・クリムゾンやエマーソン・レイク&パーマー、イエス、そしてフィル・コリンズをきっかけにジェネシスなど大御所を聴いていて、それぞれある程度の難解さはあっても聴き惚れていったものです。さて、ピンク・フロイドを聴くことになったわけですが、やっぱり名盤誉れ高い『狂気』に手を出しました。いや~失敗しました。楽曲内にある笑い声、会話、爆発音、振り子時計、心臓の鼓動の音といった効果音や抽象的なサウンドが前衛すぎて着いていけず、プログレを聴き始めた私にとって難解過ぎてそっ閉じとなりました。その後、様々なプログレッシヴロックを聴いて耐性が付いたわけではないのですが、実はウォーターズの哲学的な歌詞を際立たせる立体的な音作りをしていたと知って改めて聴き直した経緯があります。今では『原子心母』や『おせっかい』、『炎~あなたがここにいてほしい~』、『アニマルズ』、『ザ・ウォール』など好んで聴いていますが、ピンク・フロイドはこれまで曲中心だった私が歌詞にも着目するようになったグループと言っても過言ではないです。

 さて、本アルバムはロジャー・ウォーターズが人間に潜む狂気性をテーマにして、全編の歌詞を担った作品です。タイトルの『The Dark Side of the Moon』を直訳すると、「月の裏側」という意味になります。1曲1曲が継ぎ目なく繋がっていて、あたかもアルバム1枚が組曲のように構成されているのが大きな特徴です。プログレッシヴロックといえば哲学的な歌詞や凝った楽曲構成などは見受けられますが、本アルバムはとにかく緻密に作り込まれていることに驚きます。レコードでいうA面は、人間と時間との関係、そして幸福を成就する際の疎外感に焦点を当てた楽曲になっていて、2曲目の『生命の息吹き』で象徴的な鼓動音から詩への始まりを迎え、VCS-3の使用を伴う3曲目の『走り回って』で走っている人や息遣い、笑い声、飛行機音などが融合したサウンドスケープを生み出しています。『タイム〜ブリーズ~リプライズ~』では失われた時間との競争を描き、死の追悼と痛みを象徴した女性の即興ヴォーカルが感動的です。一方のレコードのB面では人間の貪欲と物質主義を焦点を当てた楽曲となっており、その象徴的である『マネー』から始まり、レジスターと小銭の音がドラムスの代わりにテンポ(7/4拍子)を刻んだユーモアたっぷりの楽曲となっています。そして『アス・アンド・ゼム』は暴力、『望みの色を』は無意味さ、『狂人は心に』は権威主義と社会からの逸脱の非難となっていて、最後の曲は社会からの精神的な逃避を描いています。エンディングにはアビーロード・スタジオのドアマンであるジェリー・オドリスコルのセリフ「実のところ、月に暗黒面なんていうものは存在しない。あらゆる面が闇だからだ。太陽が月を照らしているに過ぎないのさ」という言葉が小さく入っています。実際にその通りですが、光に照らされた月の向こうに暗い闇があることを人間になぞらえた素晴らしいアルバムだと思います。また、本アルバムでエンジニアを務めたアラン・パーソンズ抜きでは語れず、マイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』のエンジニアであるトム・ニューマンと共に優れたレコーディング・エンジニアとして名を馳せることになります。アラン・パーソンズは本アルバムのヒット曲として知られる『マネー』の曲で、冒頭のレジスターと小銭などの効果音はサンプラーが無いため、制作には1ヶ月近くかかったそうです。グループの力だけではなく、裏方であるエンジニアの力やセンスによってアルバムの完成度に影響することになったのもこの頃だと思います。

 本アルバムの『狂気』はデジタル化に伴い、5.1ch版サラウンド・オーディオ・システムに対応したマルチ・チャンネル版(SACD)やコレクターズ・エディションが発売されて、再度アルバムがチャートインするほど売り上げを伸ばしています。最近では2023年にリマスタリングされたステレオ・バージョン、アトモス・ミックスなどが収録されたデラックス・ボックス・セット『The Dark Side Of The Moon -50th Anniversary Box Set』が、リリース50周年を記念して発売されています。

それではまたっ!