【今日の1枚】The Moody Blues/夢幻 | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

古今東西プログレレビュー垂れ流し

ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

The Moody Blues/On The Threshold Of A Dream
ザ・ムーディー・ブルース/夢幻
1969年リリース

その美しい旋律が恍惚感を誘う
完成度の高いトータルアルバム

 ロック界において最古参に位置し、プログレッシヴロックの草分け的存在であるザ・ムーディー・ブルースの4枚目にあたるスタジオアルバム。セカンドアルバムの『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』ではオーケストラと共演し、サードアルバムの『失われたコードを求めて』では精神世界の探求をテーマにしたコンセプトアルバムにするなど、常に革新性のある音楽を追求してきた彼らが、メロディと構成に力を注いだトータルアルバムとして確立したのが本作品の『夢幻』である。たおやかに紡ぐようなメロトロンやギターの音色、そして何よりもコーラスの美しさが恍惚感を誘うような完成度の高いサウンドになっている。本アルバムはグループ初となる全英アルバムチャートで1位を記録し、73週のあいだチャートインするロングヒットとなった作品でもある。

 ザ・ムーディー・ブルースはイギリスのウェスト・ミッドランズ州のバーミンガムで、1964年に結成したグループである。メンバーはレイ・トーマス(フルート、ハーモニカ、パーカッション)、マイク・ピンダー(キーボード)、グレアム・エッジ(ドラムス)、デニー・レイン(ギター)、クリント・ワーウィック(ベース)の5人であり、ドラムス以外全員がヴォーカルを担当している。1964年5月にバーミンガムで初のコンサートを行い、当時はR&B系のサウンドを中心に演奏していたという。1965年にデッカ・レコードと契約を結び、デビューアルバム『ザ・マグニフィセント・ムーディーズ』をリリースし、ベッシー・バンクスの曲をアレンジしたシングル『ゴー・ナウ』が全英1位、全米10位を記録する大ヒットをしている。1966年になるとクリント・ワーウィックとデニー・レインが脱退。デニーは後にポール・マッカートニー率いるウイングスに加入することになる。2人が続けて脱退するという憂き目に遭ったが、代わりにジョン・ロッジ(ベース、ヴォーカル)とジャスティン・ヘイワード(ギター、ピアノ、シタール、ヴォーカル)を迎え入れている。この時にグループはメロトロンやシンセサイザーなどの電子楽器を駆使した前衛的な音楽性に変わっていくことになる。1967年に発表されたセカンドアルバム『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』では、当時としては珍しいオーケストラとの競演で新たなロックのスタイルを築き、プログレッシヴロックというジャンルを生み出した草分け的な存在となっている。1968年には精神世界の探求をテーマとしたコンセプトアルバム『失われたコードを求めて』がリリースされ、現代社会の物質主義から超自然的、宇宙意識へと到達していくサウンドと哲学的な歌詞が注目を浴びた作品となっている。このアルバムでメロトロンの比重が増し、ポップさの中に荘厳さのあるザ・ムーディー・ブルースのサウンドが確立されていくことになる。そして1969年4月に前作のコンセプトを広げ、サウンド面や構成面を一段とアップしたのが本アルバム『夢幻』である。

★曲目★
01.In The Beginning(導入部)
02.Lovely To See You(うれしき友)
03.Dear Diary(ディア・ダイアリー)
04.Send Me No Wine(セント・ミー・ノー・ワイン)
05.To Share Our Love(愛の楔)
06.So Deep Within You(君の心に深く)
07.Never Comes The Day(今日も明日も)
08.Lazy Day(レイジー・デイ)
09.Are You Sitting Comfortably(アー・ユー・シッティング・コンフォタブリー)
10.The Dream(夢)
11.Have You Heard - Part I(ハヴ・ユー・ハード パートⅠ)
12.The Voyage(航海)
13.Have You Heard - Part II(ハヴ・ユー・ハード パートⅡ)

 アルバムの1曲目の『導入部』は、グレアム・エッジによる電子音のエフェクトを集中的に使用した楽曲。「偉大なるコンピュータ」の音に似せており、ロボットエフェクトとエレクトロニクスの世界を描いたものにしている。そして2曲目の『うれしき友』では一転してジャスティン・ヘイワードの親しみのある楽曲に変わり、ヴォーカルのハーモニーが素晴らしいブリティッシュロックとなる。この曲は現在でもライヴで使用される人気ナンバーの1曲となっている。3曲目の『ディア・ダイアリー』はレイ・トーマスによる最高傑作と言われた楽曲で、シュールな社会批判を歌ったもの。メロトロンとフルートによる荘厳さのあるバックと少し滑稽なエフェクトがかったヴォーカルが印象的である。4曲目の『セント・ミー・ノー・ワイン』は、ジョン・ロッジが手掛けた気の利いたギターが心地よいアップテンポのラブソング。フォーク的な手法でありながら、ほんのり響いたストリングスが効果的である。5曲目の『愛の楔』もジョン・ロッジが手掛けた楽曲であり、こちらはリズムセクションとエレクトリックギターによるアップビートの楽曲。ドライブ感のある1960年代のロックスタイルだが、彼らの持つ心地よいハーモニーが古臭さを打ち消している。6曲目の『君の心に深く』は、マイク・ピンダーの楽曲で途中でメロトロンやフルートを個別に使用しており、まるでザ・ビートルズとヤードバーズをミックスしたようなサウンドにしている。7曲目の『今日も明日も』は、ジャスティン・ヘイワードによる最高の楽曲の1つに数えられるメロディアスな逸品で、アコースティックギターをベースに感情的なヴォーカルライン、そしてメロトロンやハーモニカを加味したハーモニーのバランスが素晴らしい。8曲目の『レイジー・デイ』は、レイ・トーマスの楽曲でイギリスの労働者の平均的な日曜日について歌ったものであり、辛辣な歌詞が印象的である。ヴォーカルハーモニーの横で奏でられる不機嫌そうなファゴットが微妙な田舎臭さを表現している。9曲目の『アー・ユー・シッティング・コンフォタブリー』は、ヘイワードとトーマスの共作であり、牧歌的な雰囲気の中で中世音楽の様式を加味した楽曲。端正なアコースティックギターによるフォーク調の内容だが、フルートの音色がケルト的なムードを作り出しているのが印象的である。10曲目の『夢』は、グレアム・エッジの楽曲で、1曲目の電子音のエフェクトによるより哲学的な厳粛さを歌詞に載せて、マイク・ピンダーによる11曲目の『ハヴ・ユー・ハード パートⅠ』によどみなく繋げている。この曲は抑制された魅惑的なプログレッシヴな3部曲になっており、神秘的な雰囲気に包まれた12曲目の『航海』では、グリーグとドビュッシーへの素晴らしいオマージュとなっている。メロトロンやフルート、チェロ、ピアノによるシンフォニックな流れが、めぐるめく夢を表現しているようにも聴こえる。最後の『ハヴ・ユー・ハード パートⅡ』は、アコースティックギターと柔らかなヴォーカルを加味した楽曲に戻し、再び電子音のエフェクトの渦の中へとフェードアウトしていく。こうしてアルバムを通して聴いてみると、グループにとってもこれまで以上にレコーディングとミキシングに力を注いだ野心的なアルバムとなっており、エフェクトを駆使したインスト曲が多くなっているように思える。テーマは「夢」だろう。良い夢に戻るには、いくつかの悪い夢を経ないといけないという暗示が導入から最後まであり、サウンド面だけではなく構成面でも優れたプログレッシヴな作品ともいえる。

 本アルバムはセールス的に成功を収め、グループ初の全英アルバムチャート1位獲得を果たし、73週チャートインするロングヒットになったという。また、5月31日にアメリカでもリリースされ、こちらもグループ初となるビルボード200でトップ20にランクインされるという快挙を成し遂げている。彼らはレコーディング終了後の2月18日にBBCの番組「トップ・ギア」のためにスタジオライヴを録音し、4月2日にはBBCの「ザ・トニー・ブランドン・ショウ」のためのスタジオライヴも行うなど、ラジオやテレビに引っ張りだこだったといわれている。彼らは芸術的にパッケージ化されたゲートフォールドカバーで自分たちの作品をリリースし、さらにメンバーのソロ作品をリリースするために、スレッショルド・レコードを設立。名称は本アルバムのタイトルにある『On the Threshold of a Dream』から採用されている。このレーベルの第一弾として5枚目のアルバムとなる『子供たちの子供たちの子供たちへ』を1969年11月にリリースし、1970年に『クエスチョン・オブ・バランス』、1971年に『童夢』、1972年に『セブンス・ソジャーン』といった大ヒットアルバムを送り続けることになる。その後、メンバー個人のソロアルバム制作やレーベルの運営といった活動が中心となり、グループとしての活動が停滞。そんな中、1974年4月にアメリカのカリフォルニア州に移住していたマイク・ピンダーが、家族との生活を優先させるためグループから一時離脱している。その後、1977年に開催されたロイヤル・アルバート・ホール公演のライヴ音源とスタジオアウトテイク5曲を収録したアルバム『コート・ライヴ+5』がリリースされ、同アルバムの売り上げが好調だったことから1978年に正式に再始動している。この時にマイク・ビンダーも『新世界の曙』のレコーディングに合流したが、彼は続くツアー参加に難色を示し、レコーディング途中でアルバム制作から抜けている。マイクが脱退したことで長年ザ・ムーディー・ブルースのプロデューサーを務めてきたトニー・クラークも「マイクがいないムーディー・ブルースをプロデュースする意味がない」という理由で抜けてしまう。このような騒動の中でメンバーと共に長くエンジニアを担当してきたデレク・バーナルズが生オーケストラを使ったアレンジを加えてアルバムを完成させている。その後のツアーから新たなキーボード奏者にパトリック・モラーツが参加し、1981年に『ボイジャー - 天海冥』をリリースしている。このアルバムは9年ぶりとなる全米1位を獲得し、ザ・ムーディー・ブルースの復活を印象させたという。しかし、すでに音楽界ではプログレッシヴな音楽は淘汰されており、彼らの音楽もポップな大衆音楽へと変化していくことになる。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は常に革新性のある曲を作り続ける最初期のプログレッシヴロックグループ、ザ・ムーディー・ブルースの4枚目のアルバム『夢幻』を紹介しました。以前に私が最も好きな『童夢』をすでに紹介していますが、ザ・ムーディー・ブルースでもう1枚好きなアルバムを挙げるとしたら、間違いなく本作品を挙げます。決して飛びぬけた名曲があるわけではありませんが、アコースティックギターやメロトロンも然る事ながら彼らのコーラスワークの美しさが堪能でき、何よりもよどみのない曲のつながりによるアルバム全体の楽曲構成が素晴らしいです。社会的な批判や内省的な恋愛、懸命に働く労働者といった複雑な歌詞を含む曲をすべて「夢」で内包して最後に解放するといった流れになっており、まさしく邦題の『夢幻』の言葉通りの内容になっています。そこには牧歌的なフォークやクラシックという過去の幻影と電子音による未来への示唆といった暗示もあり、彼らのコンセプチュアルな表現がにじみ出た傑作と言っても過言ではないと思います。また、後のレーベル名に使われる「Threshold」という単語が、アルバムタイトルに用いられた記念すべき作品でもあります。

 さて、本アルバムはグレアム・エッジも語っていますが、レコーディングはツアーに追われることも無く、心底集中できた1枚だったと言っています。前作の『失われたコードを求めて』で得たレコーディングの知識とスタジオ技術、そしてこれまでのステージで経験した演奏力がうまく融合されており、最後の『ハヴ・ユー・ハード』の曲も1966年に作られた曲でしたが、『航海』を挟む3部に分断して書き直したことで抒情性のある楽曲に生まれ変わったとされています。このクラシックを内包した3部曲はおそらく1960年代のザ・ムーディー・ブルースにおける最高の曲になったのではないかと思っています。また、ジャケットデザインは当時、グラフィックデザイナーのフィル・トラヴァースをスタジオに呼んで曲を聴いてもらい、さらにインスピレーションが広がるように歌詞も渡したそうです。それがあの宇宙空間を漂う不思議な器械のような物体に植物が生えた絵になっていて、特徴的なザ・ムーディー・ブルースの数あるジャケットデザインの中でも、これほどアルバム内容とリンクしているものはないと今でも思っています。

 早い時期に革新性と叙情性を武器に『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』や『失われたコードを求めて』といったフォークやブリティッシュロックをベースにプログレッシヴな作品を発表してきた彼らが、より構成面に力を注いで進化したアルバムが本作品です。彼らの卓越したメロディやハーモニーはもちろんのこと、コンセプトアルバムとしての完成度の高さをぜひ味わってほしい1枚です。

それではまたっ!