Jasper Wrath/Jasper Wrath
ジャスパー・ラス/ファースト
1971年リリース
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多彩なジャンルを取り込んだ
美しく幻想的なサイケデリックロック
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後の1980年代にアーク・エンジェルを結成するジェフ・カンナータによって結成されたアメリカのプログレッシヴロックグループ、ジャスパー・ラスの唯一のアルバム。そのアルバムはフォークやトラッド、クラシックなどの要素を取り込んだサイケデリック性の高いプログレッシヴロックであり、ピアノやオルガン、ハープシコード、チェレステといった多彩なキーボードと6弦&12弦ギター、そしてフルートが主導する幻想的なサウンドとなっている。フォークロック中心だった1960年代のアメリカの音楽を継承しつつ、新たなサウンドを構築しようとした彼らの捻りのあるセンスが聴き取れる貴重なアルバムでもある。
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ジャスパー・ラスは1969年にアメリカのコネチカット州ニューヘヴンで結成されたグループである。オリジナルのラインナップはパワートリオグループであるクリストファー・ホークのドラマーだったジェフ・カンナータと、コネチカット州を拠点とするローカルグループ出身のキーボード奏者のマイケル・ソルダン、同じくローカルグループ出身のギタリストのロバート・ジアノッティ、そしてベーシストのフィル・ストーンの4人である。彼らはカヴァー曲の多かった以前のグループから離れ、他の音楽の方向性を追求するためにジャスパー・ラスという新たなグループを結成している。中心的存在だったジェフ・カンナータは、クリストファー・ホーク在籍時に英国のピンク・フロイド、ザ・ムーディー・ブルースといったプログレッシヴなサウンドやザ・ビートルズに影響を受けたと言われている。彼は結成から半年ほどかけて新曲を作り、グループと共にコネチカット州の沿岸都市ミルフォードで初のギグを行っている。この時、多くの観客はジェフ・カンナータがドラムを叩いていたのでクリストファー・ホークのライヴだと思っていたらしく、全く聴いたことの無いプログレッシヴなサウンドに驚いたという。後にカンナータが作成したデモ曲はニューヨークとロサンゼルスのレコード会社に送っている。数週間後にロサンゼルスに拠点を置くMGMレコードが興味を持ち、ニューヨークオフィスでレーベル向けのライヴ・ショーケースを開催するよう要請。彼らはニューヨークに足を運んでライヴを行い、初めてレコード会社と契約を結ぶことになる。彼らはニューヨークのフィル・ラモーンのA&Rスタジオで、プロデューサーにジョーイ・レヴィンとジム・キャロルを迎え、約6週間ほどかけてレコーディングを行っている。そして1971年にMGMの子会社であるサンフラワーからデビューアルバム『ジャスパー・ラス』がリリースされる。そのアルバムは様々なジャンルを取り込んだサイケデリック性の高いプログレッシヴロックとなっており、多彩なキーボードとギター、そしてアメリカらしいハーモニーやコーラスを湛えた美しくも幻想的なサウンドとなった逸品である。
★曲目★
01.Look To The Sunrise(ルック・トゥ・ザ・サンライズ)
02.Mysteries ~You Can Find Out~(ミステリーズ~あなたは知ることができる~)
03.It's Up To You(イッツ・アップ・トゥ・ユー)
04.Autumn(秋)
05.Odyssey(オデッセイ)
06.Did You Know That(あなたは知っているか)
07.Drift Through Our Cloud(漂う雲)
08.Portrait:My Lady Angelina(ポートレート:マイ・レディ・アンジェリーナ)
09.Roland Of Montevere(モンテヴェレのローランド)
1曲目の『ルック・トゥ・ザ・サンライズ』は、軽快なリズムセクションとアコースティックギター、そして存在感のあるベースラインが特徴のキャッチーなナンバー。アメリカらしいハーモニーを湛えた明るい内容になっており、ドラムブレイクやほのかに漂うキーボードの音色が効果的である。2曲目の『ミステリーズ~あなたは知ることができる~』は、サイケデリックな雰囲気のあるギターから始まり、後に端正なピアノをバックにしたヴォーカルが美しいメロディアスな楽曲。ブリティッシュ然としたヘヴィロックといった感じで、そこに力強いコーラスワークがアメリカンである。3曲目の『イッツ・アップ・トゥ・ユー』は、フルートとアコースティックギターをバックに歌う牧歌的なフォークロック。これまでとは打って変わってしっとりとした内容となっており、時々ヴォーカルのハーモニーがクロスビー・スティルス・ナッシュを彷彿とさせる。4曲目の『秋』は、フルートとピアノのクラシカルな雰囲気が漂うシンフォニックな楽曲。エレガントなピアノとフルートに手数の多いドラミングで畳みかけるアレンジはプログレッシヴである。5曲目の『オデッセイ』は、サイケデリックな要素を加味したフォーキーな楽曲。非常に美しいメロディとヴォーカルに、絡みつくようなフルートの音色が印象的である。最後は夢心地なサイケワールドに突入する。6曲目の『あなたは知っているか』は、ドラムソロからピアノ、ギターが加わり、ファンキーなノリに変化する楽曲。まるでジャズっぽいウェス・モンゴメリーのようなリードギターが効いていて、非常にリズミカルな内容に終始している。7曲目の『漂う雲』は、ザ・ビートルズの影響を受けたようなメロディとコーラスが印象的なサイケデリックな楽曲。多彩なパーカッション楽器をバックにした独特のリズムが心地よい。8曲目の『ポートレート:マイ・レディ・アンジェリーナ』は、穏やかなフルートの音色から端正なピアノが加わり、憂いのあるヴォーカルやコーラスワークが美しい楽曲。後にピアノとオルガンによる荘厳さを演出し、誘うようなフルートが優しいアルバム随一の名曲。9曲目の『モンテヴェレのローランド』は、アルバムの曲中で最もプログレッシヴな楽曲。大々的にオルガンを起用しており、変拍子を交えた曲調の中でサイケデリックなギターやピアノ、手数の多いドラミングなど、インスト中心のアンサンブルを強調した内容になっている。最後はマーチングドラムとフルートを中心としたシンフォニックな展開で終えている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、1960年代のサイケデリック&フォーク音楽と1970年代初頭のキーボードやフルートを加味したシンフォニックな音楽の奇妙な組み合わせとなった、独特のプログレッシヴサウンドになっていると思える。そこにアメリカらしいハーモニーやコーラスワークが合わさり、キャッチーだがポップ過ぎず、英国とはまた違った幻想的で美しさのある曲に仕上げている。
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アルバムリリース後、アメリカ全土のツアーが予定されていたが、ギタリストのロバート・ジアノッティが脱退してしまう。メンバーは何か月もかけて後任を探したが適任者が見つからず、グループは活動停止に追い込まれることになる。その後、カンナータとソルダンの2人は、音楽の可能性を探るために渡英している。しかし、英国の労働許可証の取得が困難となったため、2人はスペインのマヨルカ島で休暇を取り、いくつかの曲を共作している。コネチカットに戻った2人は、イギリスにロンドン滞在中に入手したメロトロンを武器に改めて適任となるメンバーを探したという。かつてメンバーだったベーシストのフィル・ストーンがフルートをマスターして復帰。そしてカンナータは地元のグループであるHOOKAからジェームス・クリスチャンをヴォーカル兼ギタリストとして招き入れている。また、4歳からクラシックを学んでいたジェフ・バッターを新たなキーボード奏者として採用している。もう1人リードギターにスコット・ジトもグループに加わっていたが、数年後に脱退している。こうして新メンバーによるジャスパー・ラスが1976年に再結成され、ライヴを中心に活動を開始。そのライヴで演奏された『You』という曲が、Future Music Recordsからシングルでリリースされ、地元のコネチカット州で大ヒットとなる。しかし、商業的な音楽の道に進むかどうかメンバー同士で意見が分かれ、同年にグループは解散することになる。解散後、ジェームズ・クリスチャンとフィル・ストーン、ジェフ・バッターは、アイズを結成して1978年に1枚のアルバムをリリース。その後、ジェームズ・クリスチャンはジェフリアのスピンオフグループであり、グラムメタルとして一世風靡するハウス・オブ・ローズのフロントマンとして活躍することになる。また、ジェフ・カンナータとマイケル・ソルダンは、AORロックグループであるアーク・エンジェルを結成し、多くのセッションミュージシャンと共にレコーディングを行ったデビューアルバムを1983年にリリースしている。そのアルバムには元ジャスパー・ラスのメンバーだったジェームズ・クリスチャンとジェフ・バッターがゲストとして参加しており、主にヨーロッパで大ヒットしたという。その後カンナータはソロに転身し、グレース・スリックのアルバムの曲を提供するなど、作曲家としても活躍している。解散から20年後の1996年に、カンナータはジャスパー・ラスの音源を集めた2枚組のアンソロジーをまとめてリリースしている。2010年にはニューヘヴンで開催されたアクト・ワン・エンタテインメント50周年記念コンサートで一度限り、ジャスパー・ラスが再結成されてパフォーマンスを行っている。そこにはオリジナルメンバーのジェフ・カンナータとロバート・ジアノッティ、マイケル・ソルダン、ジェフ・バッターの姿があったという。
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皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はアメリカの最古参の部類に入るプログレッシヴロックグループ、ジェスパー・ラスのデビューアルバムを紹介しました。1971年のアメリカといえば、ウエストコーストやサザンロック、カントリー&フォークロックが根強い時代で、プログレッシヴロックといったジャンルが根付くのは、まだ数年先となります。そういえばスティクスやカンサスすらデビューしていないです。そんな1970年初頭に英国のプログレッシヴロックの影響を受けて作られたアルバムが本作品となりますが、はっきり言って面白いくらい様々なジャンルを取り入れたクロスオーバー・ヘヴィシンフォニックプログレとなっています。6弦&12弦ギターをはじめ、メロトロンはありませんが、ピアノやオルガン、ハープシコード、チェレステといった多彩なキーボードやフルートを駆使していて、さらにアメリカらしいハーモニーやコーラスワークが冴えたメロディアスな作風に好感が持てます。また、適度なサイケデリック風味の効いた捻りのあるセンスや畳み掛けるプログレッシヴ然としたアレンジもあり、全体的に聴きどころの多い楽曲となっています。1960年代と1970年代初頭の音楽の奇妙な組み合わせといっても良いですが、個人的には結構気に入っています。
さて、このジャスパー・ラスというグループには、いくつか面白いエピソードがあります。ジェフ・カンナータとマイケル・ソルダンは本アルバムリリース後に活動休止した際、渡英しています。そのロンドンに滞在中に2人は、かつてコネチカット州のウォーターベリーのパレスシアターで前座として参加したイエスのコンサートを思い出したそうです。その時カンナータとソルダンの2人はショー前のイエスの舞台裏に赴いてリック・ウェイクマンと出会い、当時謎に包まれていたメロトロンという楽器について尋ねたことがあったそうです。ウェイクマンいわく「メロトロンはキング・クリムゾンとムーディー・ブルース、そしてイエスの3グループにしかなく、値段は1台約16,000ドルという高価なものである」と言っていたようです。そんな話をウェイクマンから聞いていた2人でしたが、ロンドンに滞在中に、何と入手困難なメロトロンをわずか700ポンドで見つけて購入し、アメリカに送ったという嘘か本当か分からないエピソードが残っています。
また、グループ解散後の1977年に未発表のジャスパー・ラスのスタジオ音源を収録した2枚のアルバムをデルウッド・レコードからリリースしています。実はこの2枚のアルバムは2つの偽のグループからリリースされたという曰く付きの作品で、1枚はアーデン・ハウスというグループの『カミング・ホーム』というタイトルでリリースされ、もう1枚はゾルダー&クラークのデビューアルバムとしてリリースされたそうです。デルウッド・レコードは後に摘発されて消滅しますが、ジェフ・カンナータはその音源を回収して、1996年にジャスパー・ラスのクレジットで改めてライヴ曲を含めた2枚組のアンソロジー盤をリリースしたそうです。そのアルバムにはアーデン・ハウスとゾルダー&クラークとしてリリースした楽曲も収録されています。話を聞いて思わずそんな事ってあるんだ~と思いつつ、ちゃんと正規でリリース出来て良かった~と胸を撫でおろす自分がいました。紙ジャケ希望します。
それではまたっ!