【今日の1枚】Cico/Notte(チコ/夜の闇の中で) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Cico/Notte
チコ/夜の闇の中で
1974年リリース

甘美なヴォーカルとオーケストラ
アレンジが冴えたカンタウトーレの名作

 元フォルムラ・トレのヴォーカル兼ドラマーのトニー・チッコが、グループ解散後にチコという名でリリースした初ソロアルバム。そのアルバムは彼の切なくも甘美なヴォーカルとオーケストラストリングスを中心とした哀愁のカンタトゥーレとなっており、そのリリシズム溢れるメロディはイタリアの歌モノの中でもイ・プーと並ぶ随一の美しさを誇った名作となっている。美しいキーボード兼オーケストラアレンジを担当しているのは、後にイタリアのクラシック&ポップスの分野で活躍するパオロ・オルミである。

 トニー・チッコはイタリアのナポリで1949年11月28日に生まれている。彼はナポリの音楽院を卒業後、様々なクラブでドラマーとして演奏し、1968年に元イ・ガンティのチェッコ・マルセラによって設立されたグループ、ル・コーゼ・デル・アルトロ・モンドに参加している。後の1969年にギタリストのアルベルト・ラディウスとキーボード奏者のガブリエレ・ロレンツィと共にフォルムラ・トレを結成し、イタリアの偉大なシンガーソングライターであるルーチョ・バッティスティのコンサートに同行。後に設立したばかりのレーベルであるヌメロ・ウーノからデビューし、1973年までに4枚のスタジオアルバムをリリースしている。フォルムラ・トレは多くのヒット曲を生み出す一方、その高い演奏技術とパフォーマンスに人気が集まり、イタリアにおける初期のプログレッシヴロックグループとして評価を得ていたという。しかし、1973年のアルバム『La grande casa(神秘なる館)』を最後にグループは解散し、アルベルト・ラディウスとガブリエレ・ロレンツィは、レコードプロデューサーであるジュリオ・ラペッティとレーベルであるヌメロ・ウーノ主導による音楽プロジェクトグループ、イル・ヴォーロに参加。一方のトニー・チッコは、チコという芸名で自身のアルバムに向けたソロ活動を開始している。彼は最初に自分で作り上げた曲にロマンティズムな色合いのある歌詞を盛り込みたいと考え、劇場や映画、テレビで脚本や作詞を手掛けていたカルラ・ヴィスタリーニに依頼している。レコーディングにはトニー・チッコ(ドラムス、ヴォーカル)以外に、セッションミュージシャンであるシルヴァーノ・キメンティ(ギター)、アメデオ・トンマーソ(ベース)、そしてトニー・チッコの兄であるチロ・チッコもパーカッションとして参加。また、パーカッション兼キーボード奏者で参加したパオロ・オルミが美しいオーケストラアレンジを手掛け、かくもリリシズム溢れるメロディを湛えたデビューアルバム『夜の闇の中で』が1974年にCBSからリリースされる。ヴィスタリーニが描いた夜の女王が天を支配して、未だ闇にならぬ空から地上の動物や人間を見下ろした童話の世界のようなジャケットアートのように、切なくも甘美なヴォーカルや哀愁感漂う管弦楽器によるオーケストラを中心としたイタリアン・カンタトゥーレの名盤と呼ばれた1枚となっている。

★曲目★ 
01.Insonnia(眠れぬ夜の中で)
02.Il Successo(あの日の出来事)
03.Se Mi Vuoi(もしも私を望むなら)
04.I Cattivi Consigli(よくない話)
05.Il Fiore Rosa(バラの花の如く)
06.Il Prete E Il Semplice(僧侶として)
07.Il Gatto Di Casa(家猫)
08.Non Dire Di No(ノーと言わないで)
09.Distrazione Mentale(うつろな心)
10.Più(もっと)
11.La Notte(夜の夢の中で)

 アルバムの1曲目の『眠れぬ夜の中で』は、バスドラに導かれピアノの和音による不安さと夢見がちなストリングスによる対比が印象的な楽曲。愛することを思って眠ることができない午前3時の少年を描いており、劇的なチッコのヴォーカルが素晴らしい内容になっている。2曲目の『あの日の出来事』は、チッコのドラミングとしての腕前を披露したアップテンポの楽曲。リズミカルなピアノとギターのカッティングなどロック色が強く、軽快ながらもテクニカルに攻めている。3曲目の『もしも私を望むなら』は、シングルカットされた屈指の名曲。憂いのあるヴォーカルや味のあるギターをはじめ、ストリングスやフルートの音色が美しく、まさしく夢心地な世界を描いた曲となっている。4曲目の『よくない話』は、こちらも美しく流麗なピアノとストリングスを中心としたバラード曲となっており、小鳥を手にした裸同然の少年の前に、剣を手にした少女との対峙を描いた歌詞となっている。5曲目の『バラの花の如く』は、フルートとストリングスの音色で始まり、美しいピアノをバックに高域のチッコのヴォーカルが印象的な楽曲。アルバムの中でも最もストリングスが強調された内容になっている。6曲目の『僧侶として』は、パオロ・オルミが弾くパイプオルガンから始まり、クラシカルな雰囲気からチッコのドラムとベース、そしてキーボードによるプログレ感が漂う楽曲。ディスコ風のスペイシーなギターやピアノソロなど、リズミカルとなったストリングスなど、様々な要素を加味した内容となっている。7曲目の『家猫』はクラシカルな弦楽四重奏的な演奏から不協和音となって、ポップな色合いの強いサウンドとなる。軽快なリズムと合わせたヴォーカルとピアノのアレンジが、まるで猫のイメージにぴったりである。8曲目の『ノーと言わないで』は、チェンバロ風に響くアコースティックギターの爪弾きから始まり、ピアノをバックにしっとりと歌うヴォーカル、そして柔らかなストリングスが印象的な楽曲。ドラムが控え目になっているためかチッコの歌声が映えており、非常にバランスのとれた内容になっている。9曲目の『うつろな心』は、アコースティックギターとバスドラム&ベースをバックに、アメリカンなスティールギターを加味させた楽曲。アルバムの中では異色の楽曲だが、チッコの歌心が堪能できる1曲でもある。10曲目の『もっと』は、美しいピアノとアコースティックギター、ストリングスをバックにした抒情的な楽曲。そのロマンティックな雰囲気はイ・プーのイメージに近い。11曲目の『夜の夢の中で』は、1曲目と双璧となるメイン曲であり、ピアノのイントロからかすれかかったチッコの歌声が身に染みる。さりげなく入るストリングスやギターが劇的である。感情の高ぶりをストリングスや楽器で表しており、ドラマティックな展開が聴きどころである。こうしてアルバムを通して聴いてみると、派手さは無いものの比較的おだやかに、そして抑えめにしつつ、ストリングスでドラマティックにバックアップした楽曲が多く、曲のイメージを広げたアレンジャーのパウロ・オルミの手腕が光った作品になっているように思える。それにも増してトニー・チッコの情感あふれるヴォーカルは素晴らしく、このアルバムを持って一級品であることが改めて証明されたと言えよう。

 アルバムはロックグループであったフォルムラ・トレのメンバーが作ったとは思えないメルヘンチックなラブソングとなっていることに多くのファンは驚いたというが、3曲目の『もしも私を望むなら』のシングルがすぐにチャートインしたことから、好意的に受け入れられたのだろうと思える。トニーは作詞家のカルラ・ヴィスタリーニとのコンビで曲を作り続け、パオロ・オルミまたはジャンニ・マッツァが編曲として参加したソロアルバムを4枚リリースしている。1978年にはトニー・チッコ、カルラ・ヴィスタリーニを中心に、ダニーロ・ヴァオナ、ルイージ・ロペス、ジャンカルロ・ルカリエロ、ヴィオラ・ヴァレンティーノ、リッカルド・フォッリというイタリアの名ミュージシャンが参加したファンタジーを結成し、1枚のアルバムを残している。また、1979年にはパーカッショニスト兼キーボード奏者であるピノ・ダニエーレと共に、ルチオフルチ監督の映画『ゾンビ2』のサウンドトラックを手掛け、1985年にはディノ・カッパ(ベース)、マリオ・シリロ(ギター)と組んだトリオポップグループ、フォルツァ3を結成している。ソロアルバムの制作から遠ざかっていたトニーだったが、1989年にアルベルト・ラディウスとガブリエレ・ロレンツィからフォルムラ・トレの再結成に向けた話が舞い込み、1990年にアルバム『1990』でカムバック。1992年と1994年の2回のサンレモ音楽祭に参加し、1996年にはルーチョ・バッティスティの曲を再解釈したアルバム『La formula di Battisti』をリリースするなど話題を呼んだという。2013年には再度カルラ・ヴィスタリーニとタッグを組んだトニー・チッコの楽曲をメンバーが演奏した『La tua Africa』をダウンロードリリースし、2015年にはシンガーソングライターのジャンフランコ・カリエンドが作曲した『Amore Azzurro』の曲にも参加。この曲はラジオのテーマソングとなり、ビデオクリップとしても成功した曲となっている。トニー・チッコは2022年2月8日にはトリノで開催されるユーロビジョン・ソング・コンテスト2022のサンマリノ代表を選出する音楽祭「Una voci per San Marino」の参加者になるなど、現在、イタリア屈指のアーティストの1人として讃えられている。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は元フォルムラ・トレのドラマーとして活躍したトニー・チッコの初ソロアルバム『夜の闇の中で』を紹介しました。まるで童話の絵本のようなメルヘンチックなアルバムジャケットが美しいですね。この絵はアルバムの作詞家でもあるカルラ・ヴィスタリーニが描いたそうですが、そのままアルバムのイメージに直結しているといっても過言ではないです。そんなヴィスタリーニとタッグを組んで作られた本アルバムは、かつてプログレッシヴロックグループだったフォルムラ・トレのトニー・チッコとは到底思えないロマンティズムあふれた内容になっています。彼は後にアルバムを出す毎にどんどんポップ色が強くなっていきますが、本アルバムではファンタジックな要素が加味されていることから、彼の作品の中で最もプログレッシヴな味わいのあるアルバムとなっています。後にクラシック畑で活躍するキーボード奏者のパウロ・オルミによるオーケストラアレンジが利いていて、イ・プーにジャンフランコ・モナルディがいたように、ロマンチックな曲を盛り上げてくれています。アルバムは夢の中の男女を描いたラヴソングとなっていますが、歌詞の内容が女性であるカルラ・ヴィスタリーニであるからこそ描ける艶めかしい世界となっています。それを何となく物悲しい演奏とトニー・チッコの切なくも甘美なヴォーカルで歌い上げるというところから、イタリア屈指の歌モノ(カンタトゥーレ)として高く評価されたそうです。このアルバムから作詞家であるカルラ・ヴィスタリーニとトニー・チッコは長いあいだ協力関係を続けることになります。

 トニー・チッコを見ると、同じく人気グループからのソロ活動と甘いマスクと声を持ったイ・プーのリッカルド・フォッリを思い出す人もいるのではないでしょうか。フォッリはもっと新しいロック音楽を求めてグループから離れたものの、RCA時代はこれといったヒットもなく、古巣のCBSに移籍した後にポップ路線で成功することになります。一方のチッコはカルラ・ヴィスタリーニという稀代の作詞家やパオロ・オルミまたはジャンニ・マッツァがアレンジャーを迎えてポップな作品を作り続けましたが、次第に人気が急落。後に移籍したEMIお得意の男女混合スタイルのファンタジーというグループを結成しましたが、1枚のアルバムで終えています。ソロアルバムも途絶えてついに表舞台から消えたかと思われましたが、1980年代は主にCiccoという名で作曲家として活動していたようです。1990年にはフォルムラ・トレの再結成で再び脚光を浴びますが、彼の凄いところはその作曲家としての能力を再結成したフォルムラ・トレの楽曲に貢献しているところです。さらに様々なアーティストとのコラボレーション作品を出しており、もしかしたら2000年代の方が活動の幅は広いのではと感じます。

 そんな作曲家として能力を発揮し始めたトニー・チッコと作詞家であるカルラ・ヴィスタリーニの最初の作品です。たおやかな哀愁のオーケストラをバックに淡いヴォーカルという、美しい世界を彩った本アルバムをぜひ堪能してほしいです。

それではまたっ!