【今日の1枚】Kerry Livgren/Seeds Of Change(闇の支配者) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Kerry Livgren/Seeds Of Change
ケリー・リヴグレン/闇の支配者
1980年リリース

豊かな想像力をヘヴィに具現化した
もうひとつのカンサス

 偉大なるアメリカンプログレッシヴロックグループであるカンサス全盛期を支えた、ギタリスト兼ソングライターであるケリー・リヴグレンの初ソロアルバム。そのサウンドは時代に合わせてポップ化が推し量られ、グループとしての活動が不安定となっていくカンサスとは違い、トランペットやハーモニカ、ホーンといった楽器を組み込み、グループの原点ともいえるシンフォニックで壮大なスケールの楽曲で構成されている。スティーヴ・ウォルシュやフィル・イーハート、ロビー・スタインハートといったカンサスのメンバーだけではなく、当時ブラック・サバスに在籍していたロニー・ジェイムス・ディオをはじめとする多くのゲストが参加した傑作アルバムとなっている。

 ケリー・アレン・リヴグレンは、1949年に9月18日にアメリカのカンサス州にある都市トピカで誕生している。彼は幼い頃から音楽に惹かれ、最初はクラシックとジャズを多く聴いていたという。すぐにギターの魅力に取り付かれ、安価なステラギターを使って作ったエレキギター、シアーズのアンプを購入してギターを学び、より創造的な表現とオリジナリティを求めるために作詞作曲にも手を付けている。この頃には高校の友人であるジョン・プリブル(ドラム)、スコット・ケスラー(ベース)、ティム・ストラウス(ギター)、ダン・ライト(キーボード)の5人編成であるギムレッツを結成し、英国のロックとサイケデリックロックを融合したオリジナル曲を演奏をしている。1967年にトピカ・ウェスト高校を卒業した後、彼はウォッシュバーン大学在学中までギムレッツで演奏を続け、1969年にはメロトーンズという黒人主体のR&Bグループに加入し、そこでキーボード奏者のドン・モントレと出会うことになる。友情を育んだリヴグレンとモントレはグループを離れて、リン・メレディスが所属するリーズンズ・ホワイに参加。2人はスコット・ケスラーとダン・ライトを呼び寄せ、新たなメンバーと共にギムレットを一時的に再結成している。後にリヴグレンが曲を書くために使用していた鉛筆の名前にちなんでグループ名をサラトガに変更している。1970年には同じカンサス州で活動をしていたホワイトクローバーと合流して1970年にカンサスを結成することになる。この時のメンバーはケリー・リヴグレン(ギター)、フィル・イハート(ドラム)、ディヴ・ホープ(ベース)、リン・メンディス(ヴォーカル)、グレッグ・アレン(ヴォーカル)、ドン・モントレ(キーボード)、ダン・ライト(キーボード)、ラリー・ベイカー(サックス)で活動をしていたが、このラインナップは1年程しか続いていない。1971年にイーハートとホープがグループを脱退して再度ホワイトクローバーで活動したため、リヴグレンはグループを立て直して存続させている。しかし、財政的な問題が生まれ、ジェファーソン・エアプレインのレーベルとのレコード契約が実現せず、ついにカンサスは1973年に解散することになる。後にリヴグレンはイーハートから再結成したホワイトクローバーに誘われることになる。この時のホワイトクローバーにはロビー・スタインハート(ヴァイオリン)、スティーヴ・ウォルシュ(ヴォーカル)、リッチー・ウィリアムス(ギター)、フィル・イハート(ドラム)、ディヴ・ホープ(ベース)が在籍していたという。

 リヴグレンがグループに参加する前に、ホワイトクローバーは5曲入りのデモテープを送っており、プロデューサーのドン・カーシュナーはそれに興味を持って彼らと契約。グループ名を再度カンサスに改名して1974年にデビューアルバムがリリースされる。後に『ソング・フォー・アメリカ』、『マスク』と続けてアルバムをリリースしてカルト的な人気を博すが商業的には芳しくなかったという。作曲を行っていたウォルシュは行き詰まり、リヴグレンが次のアルバムの作詞作曲を兼ねることになる。それがカンサスの大ヒットアルバム『永遠の序曲』である。収録されている『キャリー・オン・ウェイワード・サン』はカンサス初のヒットとなり、シングルチャートで11位を記録することになる。リヴグレンはさらに次のアルバム『暗黒の曳航』のために『すべては風の中に』を書き、こちらも6位にランクインするというカンサスを代表した大ヒット曲となる。1979年初頭にリヴグレンは、超自然的存在によって書かれた啓示であると主張するユランティアブックという論文に興味を持ち、後のアルバム『モノリスの謎』の歌詞に反映させている。その後リヴグレンはユランティアの教義を拒否し、モノリスをサポートするグループのツアー中にキリスト教に改宗し、福音派クリスチャンとなっている。一方、リヴグレンはカンサスはレコード会社の意向もあってポップ化になっていくのを横目に、自身が作詞作曲する音楽がどこまで通用するか試したいこともあり、1980年にソロアルバムを出すことを決意する。ゲストにはスティーヴ・ウォルシュやフィル・イーハート、ロビー・スタインハートといったカンサスのメンバーやヴォーカリストにロニー・ジェイムス・ディオを迎え、ジェスロ・タル、アンブロシア、アトランタ・リズム・セクションのメンバーを含めた総勢19人のゲストが参加したアルバム『闇の支配者』が1980年にリリースされることになる。そのアルバムはヘヴィでありながらグループの原点ともいえるシンフォニックで壮大なスケールの楽曲で構成されており、多彩な楽器を組み込んだリヴグレンの作詞作曲の能力を遺憾なく発揮した傑作となっている。

★曲目★
01.Just One Way(ジャスト・ワン・ウェイ)
02.Mask Of The Great Deceiver(マスク・オブ・ザ・グレート・デシーヴァー)
03.How Can You Live(ハウ・キャン・ユー・ライヴ)
04.Whiskey Seed(ウイスキー・シード)
05.To Live For The King(トゥ・ライヴ・フォー・ザ・キング)
06.Down To The Core(ダウン・トゥ・ザ・コア)
07.Ground Zero(グラウンド・ゼロ)

 アルバムの1曲目の『ジャスト・ワン・ウェイ』は、壮大なホーンセクションをバックに偉大なドラマーであるバリモア・バーロウのリズミカルなドラムと共に、ジェフ・ポラードのハスキーなヴォーカルが冴えた楽曲。リヴグレンはギター、ピアノ、キーボードを演奏している。さりげなくR&B風のギターを奏でるリヴグレンだが、間奏には伸びやかなギターソロが展開されている。2曲目の『マスク・オブ・ザ・グレート・デシーヴァー』は、荘厳なシンセサイザーとホーンセクションを中心としたヘヴィな楽曲。特筆すべきはロニー・ジェイムス・ディオの卓越した力強いヴォーカルだろう。ディオを以前から知っていたリヴグレンは、この歌詞で表現しようとした暗い感覚を投影できる声を望んでいたという。シンフォニックな一面があり、美しくもドラマティックな展開が秀逸な逸品である。3曲目の『ハウ・キャン・ユー・ライヴ』は、アメリカンポップともいえるキャッチーなメロディとなった楽曲。ヴォーカルはスティーヴ・ウォルシュ。リヴグレンはギター以外にオルガンを奏でている。煌びやかなキーボードをバックにコーラスが一段と映えており、シングルとして出しても遜色ない出来栄えである。歌詞はリヴグレンが決めた答え以外に、人生の意味に対する答えをなぜ誰も見つけられないのかについて、自問自答を交えて訴えたものである。4曲目の『ウイスキー・シード』は、哀愁のハーモニカが映えた南部のバイユー・ダージュの曲で、マイロン・ルフェーブルをヴォーカルに据えたなかなかヘヴィな楽曲になっている。リヴグレンはギター、キーボード以外にリードヴォーカルを務めている。ちなみにこの曲はニッケルの半ズボンを売ってしまうほど、路上生活を送っていたという酔っぱらいを描いた内容になっている。5曲目の『トゥ・ライヴ・フォー・ザ・キング』は、ブルージーな雰囲気のあるスローバラード曲で、ヴォーカルはロニー・ジェイムス・ディオである。リヴグレンの哀愁のギターが素晴らしく、後半の荘厳なコーラスとディオのヴォーカルの掛け合いはハードロックとしても逸品である。歌詞はリヴグレンが新たに見出した信仰とそれに伴うライフスタイルを肯定した内容になっている。6曲目の『ダウン・トゥ・ザ・コア』は、ブルージーなデイビー・モアレのヴォーカルとヘヴィなリヴグレンのギターを中心とした楽曲。バックヴォーカルにはリヴグレンの妻であるビクトリアが務めている。7曲目の『グラウンド・ゼロ』は、8分を越える大曲になっており、多彩な楽器と変調を駆使したシンフォニックなプログレッシヴロック。デヴィッド・パックがリードヴォーカルを務めているが、カンサス出身であるロビー・スタインハートのヴァイオリンやフィル・イーハーツの容赦ないドラムが強調された内容になっており、クラシカルなピアノや哀愁のギター、劇的なホーンセクションなど、壮大なスケール感のある曲構成になっている。ドナ・ウィリアムスをはじめとする女性コーラス隊も映えており、ドラマティックでありながらロマンティックな要素もある素晴らしい楽曲である。こうしてアルバムを通して聴いてみると、多彩なゲストを交えつつもカンサスとはまた違ったアメリカンハードプログレを意識した楽曲となっていると思える。当時のカンサスというというグループ内の状況と個人的な関係、そしてキリスト教に傾倒した過渡期にあった作品あることにも興味深く、リヴグレンが自らの信仰を公に宣言するという大きなリスクを伴いながらも、本来彼がやりたかった楽曲を魅せつけたこのアルバムは進歩的であると見なされなければならないだろう。

 リヴグレンはその後もカンサスで『オーディオ・ヴィジョンズ』のアルバムに貢献。しかし、彼の歌詞のキリスト教的な視点が高まったことで、メンバーの間で緊張が高まり、その結果、1981年にスティーヴ・ウォルシュは脱退。その後、200人以上のオーディションの中からジョー・エレファンテが就任している。1982年にリリースした『ヴィニール・コンフェッションズ』のアルバムは、主にキリスト教に基づいた歌詞に新たな聴衆を魅了し、当時誕生したばかりのコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックのフォーマットのラジオ放送されるようになったという。この影響で1983年にリリースする『ドラスティック・メジャーズ』のレコーディング途中で、ロビー・スタインハートが脱退。一方のリヴグレンもグループの音楽的方向性にますます不満を抱くようになり、レコーディング直後に自ら脱退することになる。カンサスを離れた彼は、1983年にCBSのために2枚目のセルフプロデュースアルバム『タイム・ライン・ウィズ・ホープ』をリリース。その後はADというクリスチャンロックグループを結成して活動を開始。ADは1985年に『アート・オブ・ザ・ステート』、『レコンストルスション』といったアルバムをリリースしたが、財政難のため1986年に活動を休止。1989年には初の全インストゥルメンタルアルバム『One of Some Possible Musiks』をリリースし、ダヴ賞、インストゥルメンタル・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞している。その後もソロアルバムやコンピューターアニメーション長編映画『Odyssey into the Mind's Eye』のサウンドトラックを手掛け、演奏だけではなく作曲プロデュースを行うなど活躍。一方のカンサスのさまざまなツアーに時折出演し、 1995年にはフリークス・オブ・ネイチャーに新曲を提供している。これがきっかけで2000年には、カンサスのメンバーはリヴグレンのスタジオに再集結し、すべてリブグレンが書いた新しいアルバム「Somewhere to Elsewhere」をレコーディングをすることになる。その後はカンサスが過去に録音された素材のコレクションを元にしたプロト・カウと呼ばれるグループを結成し、2004年に『ビフォア・ビケイム・アフター』をリリース。2006年に2枚目のスタジオアルバムにはリヴグレンが書き下ろした『ザ・ウェイト・オブ・グローリー』をリリースしている。2010年にリヴグレンは脳卒中を患い、ギターやキーボードを弾くことができなくなったが、他のグループメンバーと協力して4枚目のアルバムを完成させている。なお、カンサス州の偉大なるアーティストの1人として、2006年4月28日にカンサス州議会から表彰を受けている。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はカンサスのギタリストであるケリー・リヴグレンのソロアルバム『闇の支配者』を紹介しました。ケリー・リヴグレンといえば作詞作曲者としても有名で、カンサスの大ヒット曲『キャリー・オン・ウェイワード・サン』をを収録した4枚目のアルバム『永遠の序曲』や『すべては風の中に』を収録した5枚目のアルバム『暗黒の曳航』を手掛けています。カンサスが最も成功した時期に作詞作曲を手掛けたことでヒットの請負人とされた一方、キリスト教に入信したためにグループに亀裂を及ぼした人物とも言われています。彼はカンサスが結成される以前にホワイトクローバーとは別のサラトガというグループに在籍しており、サイケデリック兼シンフォニックな楽曲を作成しています。後に今ではカンサスⅠ~カンサスⅡと呼ばれるメンバーと共に活動をしますが、結果的に頓挫してしまい、ホワイトクローバーのメンバーと合流することになります。これがリヴグレンにとって最後まで尾を引くことなり、2000年代以降に自身がかつて在籍していたカンサスⅠ~カンサスⅡ時代の楽曲をまとめたプロト・カウというグループを結成したのでは?と言われています。そんなアメリカのトップにいたカンサスというグループ内で、他のメンバーとは少し違う立ち位置にいたリヴグレンの初ソロアルバムが本作品となります。

 アルバムはトランペットやハーモニカ、ホーンといった楽器を使用し、R&Bやハードロックにも通じる多彩なジャンルを擁した楽曲が多く、非常に壮大なスケールで構成されています。カンサスのメンバーを含む実力者揃いの参加アーティストの中で、とりわけ目を引くのが、今は亡きロニー・ジェイムス・ディオです。彼が担当するヴォーカル曲が2曲もあるんですね。大変貴重です。当時、このアルバムがリリースされた時、ブラック・サバスのリードヴォーカリストであったロニー・ジェームス・ディオの参加は物議を呼び起こしたそうです。ブラック・サバスは一部のキリスト教徒によって悪魔的とみなされていたからです。ライナーノーツではリヴグレンが彼は悪魔的ではないと宣言していて、彼を起用したのは厳密にヴォーカルとしての能力を高く評価してのことだったと述べています。2曲目の『マスク・オブ・ザ・グレート・デシーヴァー』では、確かに悪魔的な歌詞ですが、崇高ともいえるディオのヴォーカルは素晴らしいものがあります。また、5曲目の『トゥ・ライヴ・フォー・ザ・キング』では、リヴグレンが新たに見出した信仰とそれに伴うライフスタイルを肯定したことで、ファンにとってはこの曲がグループへの別れの曲だと指摘する人もいるそうです。スティーヴ・ウォルシュもヴォーカルで参加していますが、ディオのヴォーカルにかき消されているのが印象的です。個人的には粒ぞろいの楽曲が多い中、最後の曲である『グラウンド・ゼロ』は、トランペットやハーモニカ、ホーンといった当時のカンサスというグループでは出来なかったと思える実験的な試みもあり、リヴグレンはこういった曲をやりたかったのかな~と今さらながら感じてしまいます。

 本アルバムはそんなケリー・リヴグレンが、カンサスでやりたかった楽曲がソロアルバムとして実現した作品です。トップグループ内に身を置いてさえも、どこか切なさや無念な思いが楽曲の中から見え隠れする感じがします。

それではまたっ!