【今日の1枚】Il Paese Dei Balocchi/子供達の国 | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Il Paese Dei Balocchi/Il Paese Dei Balocchi
イル・パエーゼ・ディ・バロッキ/子供達の国
1972年リリース

白昼夢的な幻想に包まれた
バロック調のヘヴィシンフォニック

 カルロ・コローディの小説『ピノキオの冒険』で、遊んでいるうちにロバになっていく「おもちゃの国」をグループ名にしたイタリアン・プログレッシヴロックグループ、イル・パエーゼ・ディ・バロッキの唯一作。そのアルバムはレコードでいうA面を主人公が理想の世界と理想とする人物像を探し求めて旅に出る物語になっており、B面ではその理想にたどり着いたものの実は幻想であったことに気付いて夢と希望が崩れ去っていくコンセプトアルバムになっている。ストリングスオーケストラを擁しており、ヘヴィながらもイタリアらしい情緒とハモンドオルガンによる切れ目のない演奏が、まるで夢の中にいるような錯覚に陥るコラージュ的な作品となった逸品である。

 イル・パエーゼ・ディ・バロッキは、1971年にイタリアのローマでオルガン奏者であるアルマンド・パオーネが中心となって結成されたグループである。パオーネは1947年にナポリで生まれて、幼少期は両親の都合でドイツで過ごしている。10代でピアノを習い、イタリアに戻った15歳のの若さでプロのミュージシャンとなり、20歳の頃にはナポリの有名なシンガーソングライターの1人となっていたという。しかし、当時のイタリアではビートグループが全盛であり、彼はシンガーソングライターの限界を感じて、もっと重厚な音楽を作りたいという想いでグループの結成を考えるようになる。その一方で、1965年にローマで誕生したアンダー2000というビートグループが存在する。メンバーはファビオ・ファビアーニ(ギター、ヴォーカル)、レモ・バルダッセローニ(ヴォーカル、キーボード)、アルド・パレンテ(ヴォーカル、ベース)、サンドロ・ラウダディオ(ドラムス)の4人で、ジャンルはギターとオルガンをベースにした初期のニュー・トロルスからさほど遠くないサイケデリックなロックを演奏していたという。3枚のシングルをリリースしたが、1970年にソロに転向したアルド・パレンテとレモ・バルダッセローニが脱退。残ったファビオ・ファビアーニとサンドロ・ラウダディオは、遠征したローマでグループを結成したいと考えていたアルマンド・パオーネと合流することになる。そこへ新たにベース兼アコースティックギターにマルチェッロ・マルトレッリ、そしてイタリアのアドリア海沿岸の小都市ペスカーラ出身のキーボーディストであるフランコ・ディ・サバティーノが加わった新グループ、イル・パエーゼ・ディ・バロッキを1971年に結成する。彼らは結成後間もなく、レコードの契約を得るためにローマの“パイパー・クラブ”を中心にライヴ活動を開始。3月にはイタリアの30以上のプログレッシヴ系アーティストが参加した伝説の野外ライヴ“VILLA PAMPHILI”に参加している。さらにスイスのTVにも出演するなど精力的な活動と音楽性が認められ、CBS傘下のCGDレーベルと契約することに成功する。しかし、この契約前にキーボーディストのフランコ・ディ・サバティーノが脱退している。彼は同じローマ出身のグループであるイル・ロヴェッショ・デッラ・メダーリャの5人目のメンバーとなり、1973年の名盤『汚染された世界』の作品に関わることになる。サバティーノが抜けて4人となったメンバーは、1972年8月からローマのスタジオに入ってレコーディングを開始。プロデューサーにアドリアーノ・ファビ、オーケストラアレンジにクラウディオ・ジッジが担当した本デビューアルバムが1972年末リリースされることになる。そのサウンドは主人公が理想とする世界を探し求め、そこに待ち構えていたものは幻想だと気づいて夢や希望が崩れ去っていくストーリー性のあるコンセプトアルバムとなっており、バロック調のハモンドオルガンとヘヴィさと繊細さを併せ持ったギターが絡む混沌としたシンフォニックロックとなっている。

★曲目★
01.Il Trionfo Dell'Egoismo, Della Violenza, Della Presunzione E Dell'Indifferenza(夢の国へ)
02.Impotenza Dell'Umiltà E Della Rassegnazione(あきらめ)
03.Canzone Della Speranza(希望の唄)
04.Evasione(逃亡)
05.Risveglio E Visione Del Paese Dei Balocchi(子供達の国)
06.Ingresso E Incontro Con I Baloccanti(子供達との出会い)
07.Canzone Della Carità(愛の調べ)
08.Narcisismo Della Perfezione(自己陶酔)
09.Vanità Dell'Intuizione Fantastica(虚栄)
10.Ritorno Alla Condizione Umana(夢から覚めて)

 アルバムの1曲目の『夢の国へ』は、重厚なハモンドオルガンのリフから始まり、突然にバロック調のストリングスの響きがカットインする楽曲。一瞬、ドラマティックとも言えるこの曲調の落差は、他に類を見ないほど緊迫感がある。2曲目の『あきらめ』は、遠くから微かに響くギターの音色から一転して大きく鳴り響き、厳かなコラールと共にヘヴィなギター、オルガンによるユニゾンで重なり合っていく楽曲。ヘヴィな中でも混沌とも言えるハモンドオルガンの響きが非常にミステリアスである。3曲目の『希望の唄』は、突然にアコースティックギターの爪弾きに変わり、サイケデリックなキーボードと共に神聖なコーラスが響き渡った楽曲。後にストリングスアレンジの中で歌う憂いのあるヴォーカルがあまりにも儚げで美しい。4曲目の『逃亡』は、夢の中にトリップするようなフェイジングされたギターの響きから静かなオルガンの音色が特徴の楽曲。やがてリズムが刻まれると少しずつ音が沸き上がっていき、風のようなノイズ音と共に波打つ広い海を思わせる曲想に感嘆する。最後は力強いドラミングの中でゆったりとしたギターとオルガン、そしてコーラスが溶け合いながら終わっている。5曲目の『子供達の国』は、クラリネットのソロから低いストリングスの音色が次第に厚みを増していき、後にオルガンとベース、そしてフルートによるリフレインが繰り返される、まさに「おもちゃの国」をモチーフにした楽曲。オルゴール音から荘厳なチャーチオルガンが響き、巡るましく曲調が変化していく。6曲目の『子供達との出会い』は、妖しいギターとオルガンのリフレインが続き、フェードアウトすると悠然としたアカペラが始まる楽曲。7曲目の『愛の調べ』は、後に歌を遮るようなバロック調のヴァイオリン曲を思わせるクラシカルな展開になる。これはクラウディオ・ジッジによるストリングスのみで演奏された楽曲である。8曲目の『自己陶酔』は、2本のアコースティックギターをバックにしたヴォーカル曲になっており、空白のあるところがどこか虚ろな感じを思わせる小品になっている。9曲目の『虚栄』は、ベースと共にリフレインするオルガンから静かにリフを刻み始めるギター、そしてパーカッション音とベース音となってブレイク。うねるキーボードとギターによる不気味なアンサンブルに変化する摩訶不思議な楽曲。最後は再び反復するようなリフが続き、内省的なトリップ感が凄まじい。10曲目の『夢から覚めて』は、アルマンド・パオーネの圧巻ともいえるオルガンの独奏。これまでのテーマを交えた内容になっており、重厚なパイプオルガン風の音色で終えている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、1つの曲にバロック音楽やロック、トラディショナル、サイケデリックといった音楽をコラージュした内容になっているが、シンプルなトーンで繰り返されるギターを中心にハモンドオルガンやストリングス、コーラスを絶妙なアレンジで独自の世界観を作り上げている。曲調は穏やかながらも様々に変化し、徐々に聴き手を夢想感を誘いながら最後に目が覚めるようなパイプオルガンで終えているストーリー性は見事だと思える。

 アルバムはリリースされたものの、たった1,800枚のプレスのみだったらしく、当時の音楽紙には取り上げられることもなかったという。それでも彼らはライヴの拠点であったローマのパイパー・クラブや様々なTV出演で、PFM(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ)やバンコ、カマレオンティ、イ・プーと親交を深めている。しかし、1973年にキーボーディストのアルマンド・パオーネがホテルのバーのピアニストとしてペルシャ湾に向かったため、グループは1974年に解散している。残ったメンバーは悲観したが、プロデューサーのアドリアーノ・ファビがグループの存続を促し、彼らはドイツやオーストリア、フランス、そしてスイスといったヨーロッパの国々のナイトクラブで演奏を続けている。ハンガリーとモントルーのスタジオでオーディションのレコーディングも行っており、2枚のシングルもリリースしている。後にウイッシュというグループ名に変えて活動してきたが、1979年に正式に解散している。マルチェッロ・マルトレッリは結婚するためにローマに戻り、セッションミュージシャンとして活躍。サンドロ・ラウダディオとファビオ・ファビアーニはスイスのザンクト・ガレンに家族と共に移住し、現在でも頻繁に会っているという。イル・パエーゼ・ディ・バロッキはたった1枚のアルバムを残して解散してしまったため、その名はしばらく埋もれたままになっていたが、1982年に日本のキングレコードより、ヨーロピアン・ロック・コレクションの1枚としてLP盤がリイシューされる。1988年にはいち早くCD化が実現され、その摩訶不思議なイル・パエーゼ・ディ・バロッキの曲想がプログレファンに注目されることになる。

◆  

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は情熱的なイタリアンシンフォニックロックの作品が多い中で、非常に内省的な作品となったイル・パエーゼ・ディ・バロッキの唯一のアルバムを紹介しました。このアルバムは以前にも紹介したイル・ロヴェッショ・デッラ・メダーリャ(RDM)の名盤『汚染された世界』と共に比較的早い段階で入手したアルバムです。今は紙ジャケに買い直しましたが、確かCDG盤の日本語訳のついたCD盤を持っていました。ほとんどコレクション化していたので、最近になってアルバムを通して聴いたのですが、こんなにドラマティックだったっけ?と思うくらい聴き入ってしまいました。シンプルな音ながら繰り返されるギターのトーンとハモンドオルガンの音色のマッチングが絶妙で、ストリングス、コーラスと共に静と動、明と暗が呼び起こされ、一種のトリップ感を味わえるシンフォニックロックになっています。とにかく1曲の中で様々な曲調がクルクル変わって、耳から離れられません。この手の音楽はクラウトロック系に多いと思いますが、この感覚は他にはあまり類のない音空間だと思います。それでも底辺にはアルマンド・パオーネのクラシックの感性が息づいていて、最後まで一気に聴ける作品になっています。紙ジャケで気付いたのですが、ゲイトフォードのアルバムジャケットだったんですね。内側のメンバーと共に写ったイタリアのモノトーンの風景写真が、本アルバムのイメージに繋がっているような感じがします。

 さて、本アルバムのオーケストラアレンジを担当したクラウディオ・ジッジという人物がいますが、彼はジャン=ピエール・ポジットというもう1つの名があり、イタリアではアレンジャー兼マルチミュージシャンとして活躍したそうです。ちょうど同じ時期にニュー・トロルスの『コンチェルト・グロッソ』やオザンナの『ミラノ・カリブロ9』、イル・ロヴェッショ・デッラ・メダーリャの『汚染された世界』のアルバムで共演したルイス・エンリケス・バカロフという、やはりオーケストラアレンジに秀でた人物がいます。それぞれアレンジ面でのベクトルは違うものの、ロックに大々的にオーケストラという古典的な手法を組み込むところに、当時のイタリアにおけるクラシックとロックの親密性を感じます。それぞれシンフォニックロックの名盤なので、ぜひ聴いてほしいです。ちなみにクラウディオ・ジッジは1972年にソロアルバムを出していまして、1978年には彼と同じローマ出身のマルチミュージシャン兼作曲家のロマーノ・ムスマッラと共にAutomatというグループを結成してアルバム1枚を出しています。そのアルバムはキーボードプログラミングによるエレクトロニック・ミュージックになっていて、YMOっぽくてなかなか面白いサウンドになっています。

それではまたっ!