【今日の1枚】Vangelis/Heaven And Hell(天国と地獄) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Vangelis/Heaven And Hell
ヴァンゲリス/天国と地獄
1975年リリース

イエスのジョン・アンダーソンと共演し
ヴァンゲリスの鬼才ぶりが発揮された名盤

 元アフロディーテズ・チャイルドのメンバーであり、ギリシャが生んだキーボード&シンセサイザー奏者であるヴァンゲリスが1975年にリリースした2枚目のソロアルバム。そのサウンドは自身がマルチに楽器を使いこなし、オーバーダビングで処理された緻密で実験的な楽曲になっており、クラシックとロックが見事に融合した鬼才ヴァンゲリスの出世作にして出発点となった作品となっている。イエスを脱退したリック・ウェイクマンの後任として名前が挙がるほど、ヴァンゲリスを高く評価していたジョン・アンダーソンがヴォーカルとして共演した名盤である。全英アルバムチャート31位を記録。

 ヴァンゲリスの本名はヴァンゲリス・オデッセイ・パパサナシューであり、1968年から1971年まで活動をしていたギリシャの4人組グループ、アフロディーテズ・チャイルドのメンバーだったキーボード奏者である。そのグループが1968年にリリースしたファーストアルバム『エンド・オブ・ザ・ワールド』からシングルカットされた『雨と涙』が大ヒットとなり、その後イタリアのサンレモ音楽祭にも出場し、アフロディーテズ・チャイルドの名は世界中に知られることになる。しかし、1970年頃にヴァンゲリスと他のメンバーとの意見の相違から、メンバーはバラバラとなり活動休止に陥ってしまうが、レコード会社の契約を満たすために再度メンバーが集結。1971年にレコード2枚組のコンセプトアルバム『666 - アフロディテス・チャイルドの不思議な世界』をリリースした後に正式に解散している。すでにアフロディーテズ・チャイルドで作曲を手掛けていたヴァンゲリスはその後、作曲家兼キーボードとシンセサイザーを駆使するマルチアーティストとして活動することになる。1973年に初のソロアルバム『Earth(アース)』をリリースし、そのアルバムは5種のキーボードとパーカッション、そしてタブラといった民族楽器を1人で演奏する多才ぶりを発揮している。そんな彼の動きにいち早く目を付けていたのがイエスのジョン・アンダーソンである。1973年にイエスの6枚目のスタジオアルバム『海洋地形学の物語』でキーボード奏者のリック・ウェイクマンが脱退し、その後継者としてヴァンゲリスを加入させようとしていたという。しかし、結果として加入には至らなかったが、ジョン・アンダーソンの彼に対する評価は高く、後にジョン&ヴァンゲリスというユニットを組み、イエスとは別に継続的な活動を貫くことになる。その布石となる共演を初めて交わしたのが本アルバムの『天国と地獄』である。ヴァンゲリスはソロ活動をするにあたってロンドンのマーヴル・アーチにプライベートスタジオの「ニモ」を開設している。この個人所有のスタジオは1987年まで使用され、初めてレコーディングされたのも本アルバムである。ヴァンゲリスは聖歌隊を除くすべての楽器を演奏し、パート1の締めくくりにジョン・アンダーソンがヴォーカルを務める『ソー・ロング・アゴー、ソー・クリア』を収録。約6週間をかけてレコーディングを行い1975年9月に完成。契約したRCAレコードよりその年の12月に『天国と地獄』というタイトルでリリースされることになる。アルバムは前作のプログレッシヴ性の強いロックサウンドから脱却し、よりクラシカルなアレンジを施した独創的な『天国と地獄』を描いており、シンセサイザー奏者ヴァンゲリスの鬼才ぶりが発揮された傑作となっている。

★曲目★
01.Heaven And Hell Part1(天国と地獄 パート1)
 a.Bacchanale(バッカス祭)
 b.Symphony To The Powers B 1st Movement(シンフォニー・トゥ・ザ・パワーズ B ムーヴメント1)
 c.Symphony To The Powers B 2nd Movement(シンフォニー・トゥ・ザ・パワーズ B ムーヴメント2)
 d.Symphony To The Powers B 3rd Movement(シンフォニー・トゥ・ザ・パワーズ B ムーヴメント3)
02.So Long Ago,So Clear(ソー・ロング・アゴー、ソー・クリア)
03.Heaven And Hell Part2(天国と地獄 パート2)
 a.Intestinal Bat(インテスティナル・バット)
 b.Needles & Bones(ニードルズ・アンド・ボーンズ)
 c.12 O'Clock (12オクロック)
 d.Aries(白羊宮)
 e.A Way(ア・ウェイ)

 アルバムは2部構成となっており、それぞれの中に細かなパートが配された組曲形式になっている。『天国と地獄 パート1』は、『バッカス祭』から始まり、酒神バッカスを祀る祭祀をモチーフとした乱舞曲となっている。ピッチを歪めたユニークなシンセサイザーと混声合唱団、ヴァンゲリス自ら叩いたドラムなどによって展開されている。力強い合唱団とシンセサイザーが中心となっているが、バックで煌びやかに響くエレクトリックピアノが良いアクセントとなっている。『シンフォニー・トゥ・ザ・パワーズ B』は、キリスト神学における第6階級の天使「ザ・パワーズ=能天使」を描いた楽曲。神の命によって天に背いた悪魔たちを滅ぼす役目だが、悪魔と接する機会が多いため堕落しやすいとされた天使である。3楽章に分かれており、ストリングス系のシンセサイザーから始まり、前曲同様のコーラスとピアノを加味したクラシカルなアプローチの強い楽曲。高らかなパーカッションと共に響き渡るコーラスや重厚なシンセサイザーは、もはや交響曲である。『ムーヴメント3』では一転して緊張を緩めたようなピアノによるソロが展開され、広い宇宙空間にいるような神秘性のある楽曲が展開される。このパートは1980年頃に故カール・セーガン博士が案内役を務めた科学番組で日本のTVでも放映された『コスモス』の挿入曲としても使われている。2曲目の『ソー・ロング・アゴー、ソー・クリア』は、そんな神秘的な音空間からジョン・アンダーソンの静かな歌い口から始まる。非常にナチュラルな音作りを徹底しており、優しい雰囲気に包まれた楽曲である。元々は『シンフォニー・トゥ・ザ・パワーズ B』の最終ムーヴメント曲として考えていたが、ジョン・アンダーソンのヴォーカルが映えるようにアレンジを加えたと言っている。そして『天国と地獄 パート2』はレコードでいうB面を使用した地獄編である。最初の『インテスティナル・バット』は、不気味なシンセサイザーと効果音を組み入れた内容になっており、まさにサスペンス映画や恐怖映画のサウンドトラックを思わせる楽曲である。『ニードルズ・アンド・ボーンズ』は、舞踏曲風でありながらコミカルな雰囲気を募らせた楽曲。独特なリズムが魔的であり、まさに骸骨が骨を軋みながら踊るようなイメージが想像できる。『12オクロック』は、静けさの中で死霊が呻くような沈痛さが漂う楽曲。パーカッションの合間で鳴り響く多彩な楽器とシンセサイザーで地獄の世界を描いている。次の西洋占星術の『白羊宮』は牡羊座のことで、実はヴァンゲリスの星座でもある。前曲での呻きは消えて、聖歌隊による神聖なコーラスと鐘の音、やがて美しいシンセサイザーによってまるで悪を祓い、優しく浄化しているようである。最後の『ア・ウェイ』は前曲と合わせた1曲だったが、『白羊宮』と分離したものにしている。これまでの曲とは一転して平穏な世界を描いた内容になっており、アナログシンセサイザーが持つレトロでモダンなトーンによる静かなシンフォニーとなっている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、レコードのA面、B面の表裏を利用した独創的な『天国と地獄』を描いており、ヴァンゲリスの個性が全面的に開花した作品である。決してテクニックや構築性に委ねた作風ではないが、まるでゆったりとしたスケールの中で1つ1つの音を配色しているようである。『天国と地獄』という難しいテーマで挑んだヴァンゲリスの個性的な音作りは、後に『炎のランナー』や『ブレード・ランナー』といった映画のサウンドトラック、テレビのテーマ曲などへと広がっていくことになる。

 アルバムは世界的に有名となっていたキーボード奏者のヴァンゲリスとイエスのジョン・アンダーソンとのコラボレーション作品ということで高く評価され、英国のアルバムチャートで31位という記録を打ち立てている。ヴァンゲリスはその後、ジョン・アンダーソンと相互のアルバムにゲスト参加するほど交友関係を深めて、1979年以降はジョン&ヴァンゲリス名義でアルバムを共同で制作してリリースしていくことになる。また、1975年にギリシャのハードロックバンドであるen:Socrates Drank the Coniumのアルバム『Phos』では、プロデューサー兼キーボード奏者として参加し、プロデュース&アレンジ能力を高めている。彼の知名度を世界的に高めたのは、1981年に公開された『炎のランナー』、1982年公開の『ブレード・ランナー』の映画サウンドトラックだろう。『炎のランナー』はビルボードチャートのシングルとアルバムで全米No.1となり、ヴァンゲリスにとって唯一の全米No.1となったアルバムである。また、インストゥルメンタル曲では唯一の全米No.1アルバムでもある。さらに1983年の日本映画『南極物語』でも音楽を手掛け、日本でもヴァンゲリスの名が広まるようになる。ヴァンゲリスは1980年には一度パリを拠点として活動していたが、1989年にギリシャへ帰国して、以後アテネを拠点として創作活動を続け、ソロアルバムやテレビのテーマ曲を制作。やがて1997年世界陸上競技選手権大会開会式の音楽や2000年シドニーオリンピック閉会式の曲、2002年FIFAワールドカップのテーマ曲、2004年アテネオリンピック誘致活動のアニメーションサウンドトラックなどのスポーツイベントのテーマ曲を手掛けている。また、2012年ロンドンオリンピックで表彰式のメダル授与時に『炎のランナー』のテーマ曲が使用されたことは記憶に新しい。2021年にはNASAの宇宙ミッションに触発されたスタジオアルバム『ジュノー・トゥ・ジュピター』をデッカレコードよりリリースされているが、これが彼の最後の作品となる。ヴァンゲリスは2022年5月17日に新型コロナウイルス感染症の治療を受けていたフランスの病院で、多くのミュージシャンから惜しまれつつ他界している。享年79歳である。


 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はギリシャが生んだ天才的なキーボード兼シンセサイザー奏者のヴァンゲリスのソロアルバム『天国と地獄』を紹介しました。ヴァンゲリスは映画『炎のランナー』と『ブレード・ランナー』のサウンドトラックで知ったアーティストで、そのテーマに沿った神聖ともいえる音作りに長く愛したものです。クラシックとロックの融合を試みたキース・エマーソンやリック・ウェイクマンといったキーボード奏者とは違い、技巧性よりもクラシック的なメイキングに比重を置いた音の色合いを大事にしていて、コンポーザーやアレンジャーとしての能力に長けたアーティストだと思います。本アルバムもそんなシンセサイザー奏者兼アレンジャーとしての才能を発揮したヴァンゲリスの個性が垣間見れる作品です。ヴァンゲリスのソロアルバムはどれも名作とされていますが、この『天国と地獄』だけは個人的に大好きで、この間やっとRCA盤の紙ジャケを入手したばかりです。羽の付いた両手首が鍵盤に向かうジャケットの絵柄が、まさにキーボード兼シンセサイザー奏者のヴァンゲリスの鬼才ぶりを物語っているようです。

 さて、本アルバムにはイエスのジョン・アンダーソンがヴォーカルとして参加している作品ですが、彼自身がリック・ウェイクマンの後任としてヴァンゲリスをイエスに加入させようとしたことは先にも述べました。結果として加入には至りませんでしたが、当時はヴァンゲリスの加入の話題はちょっとした事件でもありました。最初は当時のイギリス音楽業界組合による外国人を厳しく排除する方針があったからとか、ヴァンゲリス自身がニモスタジオを設立したばかりで創作活動が制限されることを嫌ったからという理由が飛び交っていたそうです。たぶん、そういった理由もあったのだろうと思いますが、一番はイエスの音楽的指向とヴァンゲリスの音楽的指向が大きく異なっていたからではないかというのが理由らしいです。よくよく考えてみると、イエスの音楽は構築性の高いシンフォニックなアレンジで聴かせるグループであり、それを支えているのはスピード感あふれる即興能力です。何度も何度もリハーサルを重ね、磨き上げた演奏だからこそシンフォニーの中で繊細な緊張感が生まれるのだと思います。一方のヴァンゲリスは即興性や構築性はあまり感じさせず、ゆったりとしたスケールの中でうまく音を配色している感じがします。そのような演奏を他者に委ねるのではなく自身の腕で構築している点も大きく違います。後にヴァンゲリス自身も「長い、長い、長いアルバムを準備するのは好きじゃない。座って何が来ても演奏するほうがわくわくする。だから、レコーディングは常に天国と地獄さ。』と語っていて、制作時は自身のインスピレーションを大切にしていることが分かります。それ以上に、ヴァンゲリス自身があまり儲け主義ではなかったことも要因とされています。そんな緩やかな時間感覚の中にもうひとつの世界が広がっているような音作りに惹かれたのがジョン・アンダーソンです。彼がヴァンゲリスというアーティストを求めたのは、常に構築性と即興性を求め続けるイエスというグループに身を置いた彼の極限までの緊張を優しく解してくれると考えたのかも知れません。以降のヴァンゲリスの交友はジョン・アンダーソンにとって自身の音楽人生の良い糧になったのだろうと思っています。

 先にも触れましたが、ヴァンゲリス(ヴァンゲリス・オデッセイ・パパサナシュー)は、2022年5月17日に新型コロナウイルス感染症の治療を受けていたフランスの病院で他界しています。亡くなって3か月経ちますが、ここで哀悼の意を表すると共に、これを機にもっと彼の作品に触れていこうと思っています。
 
それではまたっ!