【今日の1枚】Tibet/Tibet(チベット) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Tibet/Tibet
チベット/チベット
1979年リリース

ツインキーボードが織りなすオリエンテッドな
演奏が繰り広げられた逸品

 ザ・ビートルズの東洋的アプローチの影響下にある音楽を追究し始めてから、10年以上のキャリアがあるにも関わらず、たった1枚のアルバムのみを残して消えたドイツのプログレッシヴロックグループ、チベットの唯一作。そのサウンドはツインキーボードによる美しいメロディを主軸に置いた、クラシックやファンク、ジャズ、ハードロックといった様々なエッセンスのある楽曲が散りばめられている。1979年というプログレッシヴロックが衰退していた時期にリリースされたアルバムだが、1970年代初期を思わせるハモンドオルガンやメロトロンを含めた演奏が繰り広げられた好作品である。

 チベットはドイツのルール地方にあるヴェルドールという小さな町に住むユルゲン・クルチュ(ベース)と、高校に進学して知り合ったフレッド・テスケ(ギター)と一緒にグループを結成したのが始まりである。高校を卒業後、フレッドは兵役に行ってしまったため、ユルゲンはアートスクールに進学。そこでオルガンを買い、1960年代後半にカヴァーバンドだったファイン・アーツというグループに参加し、その後にノストラダムスというグループにドラマーとして一時的に在籍している。1970年にクラシックの教育を受けたキーボード奏者のディーター・クンパキシュキスと、ファイン・アーツ時代に交流のあったベーシストのカール=ハインツ・ハマン、後に兵役を終えたギタリストのフレッド・テスケが加わり、新たなグループであるチベットを結成する。チベットというグループ名は、ザ・ビートルズの東洋的なアプローチの影響下にある音楽を追究していたユルゲンが提案したものである。

 チベットはシタールやタブラ、フルート、ヴァイオリン、サックスなどの楽器を用いたオリエンタルな演奏を目指していたが、キーボードを主体としたヴォーカリスト不在の即興的なインストゥメンタル曲を作るようになり、1972年10月にフェルバッハで行われたギグを皮切りに、ドイツの様々なフェスティバルに参加。この頃にローディー兼ライトショーといったステージを担当するヴォルフガング・ヴィルカが加わり、プロジェクターやスライドを使用し、さらに音楽のリズムに合わせた光の変化やエフェクトを使ったステージが評判になる。とくにクラブやバーなどの会場で視覚的なステージを披露し続けるうちに、次第にチベットの名が知られるようになっていったという。チベットがドイツ国内で貢献した出来事といえば、ジャーマン・ロックファミリーという独立団体を創設したことだろう。当時のドイツではロック・プレスが存在しなかったため、大規模なロックのコンサートを企画する団体が無かったのである。チベットはコンサートのツアーを企画し、ハードロックグループのアウト・オブ・フォーカスやジャズロックグループのエンブリオ、サイケデリックジャズグループのクラーンのコンサートを実現している。こういったグループとの知己を得て、チベットはインド音楽やフリーな即興を中心としたサウンドから、ピンク・フロイドやエマーソン・レイク&パーマーといったプログレッシヴなサウンドに接近していくことになる。1974年にはクラーンのメンバーからの薦めもあって、英国のウインザー・フリー・フェスティバルに参加。1975年にも参加して、かのジンジャー・ベイカーやホークウインドといったグループと演奏し、3度のアンコールを受けるほど大成功を収めている。しかし、直後に長いロード生活に疲れたキーボード奏者のディーター・クンパキシュキスが脱退。代わりに同じくクラシックの教育を受けたデフ・バリンが加入する。デフが加入したことにより、作曲重視のグループに変わり、アルバム制作を意識するようになる。いくつかのレコード会社にアプローチしたが実現せず、最終的にマギーという17歳の女性シンガーを迎えて16トラックのスタジオでレコーディングし、シングル曲を自主制作し、独自レーベルのEye Recordsからリリースしている。女性シンガーはシングルのみでグループから離れてしまったが、録音した他のマテリアルを聴いたメンバーは、やはりヴォーカルの必要性を考え、デフの友人であるクラウス・ヴェルトマンを加入させている。歌詞はインターナショナルな市場を意識して、英国人のアラン・ボレルによって英語化し、クラウスはすでに録音されていた数曲にヴォーカルを重ね、グループはさらに数曲を録音してフルアルバムを制作。セッションは金銭的な都合から1976年12月、1977年10月、1978年9月と3回に分けられて行い、サウンドエンジニアにヘルムート・ロールを迎えてレコーディングされている。最後のセッションには脱退したディーター・クンパキシュキスが参加している。こうして完成したアルバムはプロモーターのユルゲン・ヴィギンクハウスを通じて、1979年5月にベラフォン・レコードの子会社であるホット・スタッフからリリースすることになる。アルバムはデフ・バリンのスペイシーなシンセサイザーと、ディーター・クンパキシュキスの美しいメロトロン、ハモンドオルガンという、ツインキーボード形態をとったオリエンタル性の強いメロディアスなサウンドとなっている。

★曲目★
01.Fight Back(ファイト・バック)
02.City By The Sea(海を臨む街)
03.White Ships And Icebergs(白い船と氷山)
04.Seaside Evening(浜辺の夕暮れ)
05.Take What′s Yours(テイク・ホワッツ・ユアーズ)
06.Eagles(鷲)
07.No More Time(ノー・モア・タイム)

 アルバムの1曲目の『ファイト・バック』は、スペイシーなシンセサイザーとギターのアルペジオを経て、ドラムの切り返しからファンク色のあるヴォーカル曲に変貌する。ややハードロック要素のあるクラウスのヴォーカルとジャズ要素のあるデフのオルガンワークが冴えた曲である。2曲目の『海を臨む街』は、シンフォニックなピアノワークとギターが美しいイントロから、ブリティッシュポップのようなヴォーカルパートに移行する楽曲。中間部の哀愁のオルガンとメロトロンのインストと、クラウスの甘いヴォーカルは逸品である。3曲目の『白い船と氷山』は、静寂なメロトロンのソロから軽快なオルガンワークに移行するインストゥメンタル曲。アルバムの中でももっともプログレッシヴな曲であり、中間部ではクラシックやジャズ、フォークなどのエッセンスがあるなど、グループが持つ音楽性が詰まった秀逸な曲である。4曲目の『浜辺の夕暮れ』は、波の音に導かれながらタイトなリズムとオルガンに合わせた、ユルゲンの抒情的なギターワークと情感的なクラウスのヴォーカルが冴えわたったロマンティックな曲。5曲目の『テイク・ホワッツ・ユアーズ』は、ハードエッジなサウンドでありながら端正なオルガンワーク、手数の多いドラミングが印象的な曲。中間部からは即興的なオルガンとリズム隊によるテクニカルなアンサンブルが堪能できる。6曲目の『鷲』は、キャメルのアルバム『スノー・グース(白雁)』にも通じるファンタジックなサウンドになっており、ゆるやかなテンポで奏でられるオルガンやギターが、まるで雄大な空を飛ぶ鷲をイメージしているようである。7曲目の『ノー・モア・タイム』は、少し陰のあるヴォーカル曲であるが、どこかスペイシーでありながら非常にポップ感覚に優れたメロディアスなナンバーである。後半のシンセサイザーのソロと、タイトル曲の「もう時間が無い」と切に訴えるヴォーカルが相まってどこか悲しい雰囲気に包まれてしまう。こうしてアルバムを通して聴いてみると、ブリティッシュポップにも通じるメロディアスなヴォーカル曲と、メロトロンとオルガンによるシンフォニックな曲、即興性のあるジャズテイストの強い曲など、曲ごとに様々なジャンルの楽曲を忌憚なく演奏していることが分かる。演奏は10年近くのキャリアを裏付けするような安定感があり、非常に心地よいサウンドが随所に散りばめられている。元々、彼らは即興性の高いインスト曲を標榜していたので、3曲目の『白い船と氷山』や6曲目の『鷲』がサウンドの要であろう。時代の流れとはいえ、こうした優れたポップ感覚の楽曲を作れるグループが、たった1枚のアルバムで消えてしまったことは非常に残念である。

 チベットのデビューアルバムは、レコード会社のプロモーション不足もあって、セールス的に成功はしていない。しかし、レコーディングに参加したディーター・クンパキシュキスがグループに留まることになり、このメンバーで数回ギグを行っている。後にキーボード奏者のデフ・バリンとヴォーカリストのクラウス・ヴェルトマンが脱退。新たなヴォーカリストにリシャール・ハーゲルが加わり、幾度のツアーを行ったが、メンバーが他のキャリアを追求することを望んだため、1980年3月にエッセンのギグを最後に解散することになる。解散後のメンバーの動向は不明だが、残ったメンバーはセッションミュージシャンを経て、1985年にエレクトロニック・ロックグループのCinemaというグループを結成して、『Once Upon A Time』というアルバムをリリースしている。また、1994年にMusea RecordsがアルバムをCDでリリースすることを決定したとき、オリジナルのマスターテープがどこにも見つからなかったため、アルバム全体を再録音するようレーベルが手配したそうである。現リマスターのCDなどは、Musea Recordsがアナログレコードから表面のノイズを取り除くために、最先端の機器を使用して録音されたものである。


 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はドイツの隠れた傑作として名高い、チベットの唯一のアルバムを紹介しました。このアルバムはSHM-CDのリマスター盤で初めてお目見えしたもので、ジャケットの雰囲気から東洋的というかオリエンタル性の強いグループなのかな?と思っていました。しかし、実際に聴いてみると、クラシックやハードロック、ジャズ、ファンクといった多彩なジャンルからなる楽曲になっていて、ヴォーカル曲を含めて非常にポップ感覚に優れた作品になっています。プログレッシヴな要素は少し低いですが、上記でもあるように3曲目の『白い船と氷山』と6曲目の『鷲』のインスト曲は、ツインキーボードとギター、そして繊細なドラミングによるアンサンブルが絶品です。とくに6曲目の『鷲』は、キャメルを思わせるようなファンタジック性の強い優雅な楽曲になっています。この2つの曲だけでもこのアルバムの価値はかなり高いと思っています。たった1枚のアルバムとはいえ、10年以上のキャリアを持つメンバーの演奏テクニックは申し分なく、時代背景を無視した多彩なジャンルの楽曲を忌憚なく演奏しているのは逆に感心してしまうほどです。

 プログレッシヴロックが衰退した1979年にリリースされたアルバムとはいえ、オルガンやメロトロンを駆使した1970年初期のサウンドを継承したサウンドを聴くことができます。気になった人はぜひ聴いてみてほしいです。
 
それではまたっ!