【今日の1枚】Trace/Trace(トレースの魔術) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

古今東西プログレレビュー垂れ流し

ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Trace/Trace
トレース/トレースの魔術
1974年リリース

オランダが誇る天才キーボディスト、
リック・ヴァン・ダー・リンデン率いる
トレースの衝撃のデビュー作

 元EKSEPTIONに在籍していたキーボディストのリック・ヴァン・ダー・リンデンが、当時オランダの最高のドラマーと呼ばれた元フォーカスのピエール・ヴァン・ダー・リンデンと、元ソリューションやリヴィン・ブルースなど複数のグループを渡り歩いてきたベーシストのヤープ・ヴァン・エリクを呼び寄せて結成したトレースのデビューアルバム。そのアルバムは音楽の西洋的構築性をつきつめたバロックを基調とする究極の作品であり、メロトロンやエレクトリックピアノ、ハープシコード、オルガンといった様々な鍵盤楽器で、テクニカルにそして華麗に繰り広げられたシンフォニックロックである。3人のコンビネーションも完璧で、唯一無二の強烈な個性を発した凄まじいキーボードによる構築美が展開する歴史的名盤である。

 トレースの中心的存在であるリック・ヴァン・ダー・リンデンの経歴について記しておこう。彼はオランダのアムステルダム近くの小さな村落であるホーフトドルフで5人兄弟の4番目に生まれ、生後5週間目で家族と共にロッテルダムに移住している。リックが13歳になったときピアノを弾くことに興味を抱き、15歳になるとハールレム音楽学校の有名な教師、ピエット・ヴィンセントの下で個人指導を受けるようになる。やがて17歳になったリックはハールレムの大学に進学し、オルガンの奏法をマスターして2年間で課程を修了する。そして19歳になったリックはハーグス・ロイヤル高等音楽学校に入学し、ピアノやオルガンを専攻して、将来は音楽教師となって後輩に教えて暮らすことを考えていたという。彼がミュージシャンの道を目指すきっかけになったのは、イギリスのロックミュージックとの出会いである。強い衝撃を受けた彼は1963年に自分自身の音楽の可能性を広げたいと考え、これまでクラシックやジャズ、バレエ音楽を親しんできたが、ナイトクラブでフォックストロットやブギウギ、ブルースやタンゴ、ポップス、シュトラウスのワルツといったキャバレーミュージックをプレイする日々を送ることになる。1965年にはピアノ、ベース、ドラムスのトリオ編成のグループを結成したり、ブラスセクションを入れた9人編成のグループを作ったりして当時のヒット曲のカヴァーを演奏する一方で、オランダの国内を回るシンフォニー・オーケストラのピアニストとしてバッハやラフマニノフ、ベートーヴェンなどを演奏していたという。

 1966年、ジャズクラブでザ・ジョーカーズというグループでトランペットを演奏していたレイン・ヴァン・ダー・ブリークと知り合い、“EKSEPTION”というグループを結成する。当初はグループの強化を図るため、ギター&ヴォーカル、サックス&フルート、ドラムス、ベーシストの4人を加入させるが、1967年にその4人が次々と脱退。後任としてベーシストにコア・デッカー、ドラムスにピーター・デ・リーウェが加入する。ちょうどその頃、ロッテルダムで行われたキース・エマーソン率いるザ・ナイスの『ブランデンブルグ協奏曲』のパフォーマンスに衝撃をを受けて、ロックとクラシックの融合に心を揺さぶられ、オルガンとエレクトリックピアノを使用した演奏を試みるようになる。EKSEOTIONはオランダの重要な音楽イベントであるジャズフェスティバルに参加し、ディジー・ガレスピーの『Taboe』の規定曲とハチャトリアンの『剣の舞』、アート・ブレイキーの『Avila At The Tequila』を演奏して見事優勝し、プロデビューを果たすことになる。しかし、フィリップスからシングル1枚をリリースすることになったが、フィリップスのアートディレクターで審査員だったトニー・ヴォスからカヴァー曲ではリリースできないとアドバイスをもらう。クラシック畑で育ったリックは、ザ・ナイスのようにクラシックの楽曲をもっとモダンにエレクトリックなアレンジにできないかと考えて、シングルにベートーヴェンの交響曲第5番『運命』とハチャトリアンの『剣の舞』を提案する。当初はリックの冗談かとメンバーは思ったが、その曲をアレンジしたシングルを1969年3月にリリースしている。トニー・ヴォスの妻がラジオDJとして働いていたインディペンデントのラジオ局でその『交響曲第5番』をオン・エアしたところ、リスナーの間で話題となりオランダ国内で大ヒットすることになる。フィリップスはEKSEPTIONのシングルの成功からアルバムのリリースの声がかかり、最新の機材を揃えたレコーディングスタジオで、バッハの『トッカータ』や『アリア』、サン=サーンスの『死の舞踏』、ガーシュウィンの『ラプソディー・イン・ブルー』など、緻密なアレンジを加え、さらにダイナミックに演奏した内容を収録している。そのような曲を集めたEKSEPTIONのデビューアルバムは世界規模で売り上げを伸ばし、後に彼らはヨーロッパとカナダのツアーを行っている。その頃には新たにハモンドオルガンが追加され、リックの音楽の幅はますます広がるようになる。ついにはセカンドアルバムでリックの夢だったロイヤル・フィル・ハーモニーとの共演を果たすことになる。しかし、いつまでも順風満帆とはいかず、セカンドアルバムリリース後にリック自身の音楽の追求と目的によって、2人の脱退の強要をはじめとした人事の横行などでメンバーと敵対。1973年のアルバム『トリニティ』をリリース後、なんとメンバーからリックの脱退を要請させられることになる。

 才能に満ち溢れたミュージシャンがこれで終わるわけはなく、リックはACEというグループ名で自身のキーボードプレイを発揮できるベースとドラムを加えた新たなトリオ編成を目指すようになる。ちょうどその時、オランダのトップグループであるフォーカスにいたドラマーのピエール・ヴァン・ダー・リンデンが脱退したという情報を得た彼は、ピエールの誕生日である1974年2月19日にコンタクトを取り、承諾を得ることに成功する。リックからの誘いを受けたピエールは最高のプレゼントだと喜んだという。そして同時期に様々なグループを渡り歩いていたベーシストのヤープ・ヴァン・エリクと会い、リックのオファーを受理。こうしてオランダで最高のドラマーとベーシストを得たリックは、トリオグループとしてスタートを切ることになる。リハーサルはリックの自宅で行われ、曲はEKSEPTION脱退後に書き溜めたものを使用したという。アレンジはセッションの中で行われ、ヤープは複雑なベースラインを、ピエールはジャジーで洗練されたドラムパターンを、それぞれ3人がミュージシャンとしてのテクニックと情熱を注いだという。こうして完成したアルバムは多くのレコード会社から契約のオファーが殺到したことは言うまでも無い。しかし、リックはこれまで不当な扱いを受けたフィリップスから破格の条件をもらったことで再び契約している。1974年5月、オランダの各プレスがACEの誕生を報じたが、ACEというグループ名はすでにイギリスに存在していたため、急遽TRACEというグループ名に変更して同年9月にデビューアルバムをリリースする。

★曲目★
01.Gaillarde(ガイヤルド)
02.Gare Le Corbeau(ル・コルボーの駅)
03.Gaillarde(ガイヤルド)
04.The Death Of Ace(ザ・デス・オブ・エース)
05.The Escape Of The Piper(ザ・エスケープ・オブ・ザ・ピーパー)
06.Once(ワンス)
07.Progression(プログレッション)
08.A Memory(ア・メモリー)
09.The Lost Past(ザ・ロスト・パスト)
10.A Memory(ア・メモリー)
11.Final Trace(ファイナル・トレース)
★ボーナストラック★
12.Progress(プログレス)
13.Tabu(タブー)

 デビューアルバムは11曲が収録され、そのオープニングを飾る1曲目の『ガイヤルド』は、まさにリックが描いたクラシックとロックの融合を試みた作品である。バッハの『イタリア協奏曲第3楽章』とポーランドの伝統的な舞踏曲を盛り込み、トリオ編成である3人の持てる力量を遺憾なく発揮した素晴らしい曲である。2曲目の『ル・コルボーの駅』ではヤープのファズベースのソロをはじめ、ピエールのバリエーション豊かなドラミングなど、3曲目の『ガイヤルド』まで息をつかせぬ、それぞれのテクニカルな演奏が堪能できる内容になっている。4曲目の『ザ・デス・オブ・エース』は、グリーグの『ペールギュント組曲』の中の曲をロック調にアレンジしている。ちなみにリックはノルウェーのグリーグの家を訪れて、そこにあったピアノを弾いてきたといわれている。タイトルから分かるとおり、ACEというグループ名が使われなかったことから決別の意味を込めたと考えられる曲名になっている。5曲目の『ザ・エスケープ・オブ・ザ・パイパー』は、ライヴ中に遠くから聴こえてくる何かの音によってステージが中断され、やがて何台かのバグパイプが空を飛んできてグループの音を掻き消してしまったという、リックが見た夢にまつわる曲である。実際にバグパイプが使用され、吹き続けるために掃除機を利用したというから驚きである。6曲目の『ワンス』は、オルガンとともにジャズエッセンスの強いリズムを基調としたエネルギッシュな曲。7曲目の『プログレッション』は、激しいリズム上でメロトロン、ピアノ、シンセサイザー、ハープシコード、オルガンなど、いくつもの鍵盤楽器によるコンビネーションプレイを見せた革新的な組曲になっている。8曲目の『ア・メモリー』は、かつてEKSEPTION時代のツアー中、ドイツのホテルでスウェーデンのギター&ヴォーカルデュオのNOVAと出会い、彼らのフォークソングの旋律の美しさに感動してそのメロディを曲にしたものである。9曲目の『ザ・ロスト・パスト』は、まさにピエールの驚異的なドラムソロをメインとしたテクニカルな内容になった楽曲である。11曲目の『ファイナル・トレース』は、荘厳なチャーチオルガンを加えた1曲目の『ガイヤルド』と酷似した曲。リックのオルガンやシンセサイザーといった鍵盤楽器の利点を最大限に発揮した究極の内容になっている。こうしてアルバムを聴いてみると、3人のコンビネーションに少しもブレが無く、1曲1曲それぞれ彼らの演奏のスキルの高さをまざまざと思い知らしめた内容になっていると感じられる。何よりもロックというダイナミズムの中に伝統的なクラシックの様式や美学が活きており、リック・ヴァン・ダー・リンデンのクラシックを基調としたレベルの高いアレンジが功を成しているといえる。

 このデビューアルバムはオランダ国内で大絶賛を浴び、瞬く間に50,000枚以上を売り上げたという。その後、ヨーロッパ各地でリリースされ、合わせて十数万枚のセールスを記録する。トレースの知名度は遠くアメリカや日本にも紹介され、世界的に認知されるようになり、クラシックやジャズの愛好家も聴いたと言われている。彼らは自分たちの演奏に自信を持ち、セカンドアルバムのレコーディングを開始するが、ドラマーのピエール・ヴァン・ダー・リンデンが脱退してしまう。代わりに後にマリリオンのドラマーとして活躍するイアン・モズレイが参加し、カーヴド・エアのダリル・ウェイもヴァイオリンで参加したセカンドアルバム『鳥人王国』が1975年にリリースされる。1976年にはサードアルバムである『ホワイト・レディース』では、かつて在籍していたトランペッターのレイン・ヴァン・ダー・ブリークを除くEKSEPTIONのメンバーによって制作されている。3枚ともリックの強烈な個性と緻密なアレンジの発揮されたキーボードロックとなっており、プログレッシヴロックの歴史的名盤として数えられている。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はオランダの偉大なキーボーディスト、リック・ヴァン・ダー・リンデン率いるトレースのデビューアルバムを紹介しました。リック・ヴァン・ダー・リンデンは、個人的にキース・エマーソンやリック・ウェイクマンと並ぶほどの天才キーボーディストだと思っています。このアルバムはちょうどフォーカスと共に好んで聴いていて、ギタリストのヤン・アッカーマンのギターに痺れて、リック・ヴァン・ダー・リンデンの華麗なキーボードに溜息を漏らしていたことを思い出します。ホントにオランダは世界的なミュージシャンが多いです。トレースは3枚のアルバムを出していますが、ファーストアルバムの『トレースの魔術』は、まさにリックの多彩なキーボードプレイを前面に出したプロモーション的な内容であり、セカンドアルバムの『鳥人王国』はさらにクラシカルな楽曲を基にダイナミックな内容となっていてトレースの最高峰のアルバムと呼ばれています。そしてサードアルバムはヴォーカルを加えたコンセプトアルバムとなった傑作です。紙ジャケのリマスター盤では、これまで聴こえていなかったオルガンの軋み音やシンセサイザーで使用したと思われる隠し音などもあって、飛躍的に音質が良くなっています。

 さて、リック・ヴァン・ダー・リンデンは2006年に逝去していますが、かつて在籍していたEKSEPTIONのアルバムのクレジットを見ますと、J.S.バッハをはじめ、ベートーヴェン、ハチャトリアン、アリビノーニ、ガーシュウィン、チャイコフスキー、モーツァルト、リムスキー=コルサコフ、グリーグといったクラシックの作曲家たちの作品を盛んに取り上げています。クラシックとロックの融合は、ザ・ナイスのキース・エマーソンを皮切りに多く演奏されることになりますが、リックの功績はクラシックの様式や伝統を壊すことなく、「美」の部分をうまくロックにアレンジしていることだと思います。グリーグの『ペールギュント組曲』をロック調にアレンジする際、わざわざノルウェーのグリーグの生家まで訪れていることから、彼なりにクラシックに対する敬意があったのだろうと考えています。

 トレースのアルバムはそんな音楽の様式美が散りばめられた名盤です。彼らの驚異的なテクニックによるクラシックとロックのダイナミズムをぜひ堪能してほしいです。

それではまたっ!