【今日の1枚】Ivory/Sad Cypress(アイヴォリー/糸杉の物語) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Ivory/Sad Cypress
アイヴォリー/糸杉の物語
1980年リリース

キーボード中心の無駄の無いアレンジが特徴の
ジェネシスタイプのシンフォニックロック

 イギリスから端を発したパンク/ニューウェイヴの影響下で、人知れずドイツで自主制作されたアイヴォリーのデビュー作。音楽家にしてベルリンの市民オーケストラの指揮者を長年務めていたウルリッヒ・ゾンマーラッテ(1914年10月21日生まれ)を筆頭に、そのキーボードを中心とした本アルバムは、とてつもない完成度を誇ったシンフォニックロックになっており、ジェネシスタイプのグループとしては最右翼と呼ばれている。アルバムのタイトル曲である『糸杉の物語』は、変拍子と技巧を伴う演奏の中で叙情性を秘めた曲になっており、今聴いても斬新で色褪せない名曲である。

 アイヴォリーの歴史は、1970年の中頃にミュンヘンの郊外で活動していた複数のアマチュアグループから始まっている。主にホテルやクラブでヒット曲をダンス向けに演奏しており、時折、屋外のフェスティバルにも参加していたという。その中にはPIPEDREAMというグループで、ドラマーのフレデリック・リットミュラーがおり、他にベーシストのチャーリー・シュクテル、ギタリストのホルシュト・ポラントが在籍していたという。また、別のグループであるMY SOUNDにはキーボード奏者のトマス・ゾンマーラッテがおり、それぞれ後にアイヴォリーのメンバーとなるミュージシャンがミュンヘンのクラブで活動をしている。後にトマスはMY SOUNDが解散した機にPIPEDREAMに合流することになる。一方、もう1人のメンバーであるトマスの父のウルリッヒ・ゾンマーラッテ(1914年10月21日生まれ)は、音楽家としてハノーヴァー交響楽団をはじめとした市民オーケストラの指揮者を長年務めてきた人物であり、この時60歳を過ぎていたという。彼はジェネシスやイエス、ジェントル・ジャイアントのような英国のプログレッシヴロックの複雑な音楽に魅了され、ドイツ国内では様々なスタイルの音楽の編曲に携わり、サウンドトラックやラジオ放送向けのオーケストラアレンジも担当していたという。ウルリッヒはシンセサイザーのような電子音楽の可能性に気付き、若いミュージシャンと共にプログレのイディオムを用いて、自分の作品を解釈したいと常に考えていたとされている。そこで息子のトマスとチャーリー、ホルシュト、フレデリックと共に新たなグループを1976年に結成することになる。

 結成当時はインストの曲のリハーサルから始めており、翌年の1977年にはミュンヘンのスタジオで録音を開始し、新しい音楽を探求しつつ、商業的なプレッシャーの無い自由な音楽表現を行っていたという。まもなくギタリストのホルシュト・ポラントが脱退。代わりにゴディー・ダウムが加入し、もう1人、ゴディーが目をつけていた地元のロックグループであるGARESSING HANDSの中心人物だったギタリスト兼ヴォーカリストのクリスチャン・マイヤーも加入する。こうしてグループは、キーボード奏者にウルリッヒとトマスの親子を中心に、ギターとヴォーカルにクリスチャン・マイヤー、リードギターにゴディー・ダウム、ドラムスにフレデリック・リットミュラー、そしてベースとフルートにチャーリー・シュクテルという5人のラインナップに固まり、グループ名をアイヴォリーと命名している。ほとんどの曲はウルリッヒが書いていたが、『糸杉の物語』の歌詞はシェイクスピアから、また『タイム・トラベラー』はトマスが書いている。彼らは自分たちの曲によるアルバムを制作、録音をすることを望み、1978年から1979年にかけてリハーサルが続けられたとされている。しかし、ウルリッヒ以外のメンバーは学生だったため、ライヴを行うことができず、親しい友人以外に知名度を上げることはできなかったという。ただ、幸いなことに録音自体はウルリッヒが所有するライロック・スタジオを利用することができ、金銭的な制約は無かったため、16トラックの録音に数百時間を費やすことが出来たという。音楽的な独立性を保つために5曲入りのアルバムは、メジャーレーベルからオファーを受けたものの、最終的には作曲家兼パブリッシャーで有名なラルフ・シーゲルのジュピター・レーベルから1980年2月にリリースされる。当時プログレミュージシャンとして世界最高齢であり音楽家であるウルリッヒ・ゾンマーラッテと、20歳前後の若きミュージシャンによって作られた本アルバムは、ジェネシスを彷彿とさせる叙情性と技巧を伴う素晴らしいシンフォニックロックとなっている。

★曲目★
01.At This Very Moment(アット・ディス・ヴェリー・モーメント)
02.In Hora Uhima(最期の時)
03.Sad Cypress(糸杉の物語)
04.Time Traveller(タイム・トラベラー)
05.My Brother(マイ・ブラザー)
★ボーナストラック★
06.The Great Tower(大きな塔)
07.Incantation(呪文)
08.Construction N.2(構造 N.2)
09.Barbara(バーバラ)

 アルバムの1曲目の『アット・ディス・ヴェリー・モーメント』は、まさにジェネシスから影響を受けたと思わせるオルガンから始まり、ピーター・ガブリエルを思わせるクリスチャン・マイヤーのヴォーカルが印象的なナンバー。ジェネシス風だが、ポップで聴きやすいメロディが魅力的でウルリッヒの作曲能力の高さがうかがえる。2曲目の『最期の時』は、荘厳な鐘の音から始まり、ツインキーボードを最大限に活かしたユニークでスリリングなナンバー。4分過ぎのインタープレイでは英国のプログレが元となっているようなアグレッシヴなキーボードプレイが堪能できる。3曲目の『糸杉の物語』は、シェイクスピアの歌詞を借用したタイトルになっており、アルバムの中でも最も聴き応えのあるナンバー。イントロの美しいシンセサイザーのアンサンブルから始まり、2分40秒すぎから一転してアップテンポの展開となる。複雑な変拍子を伴うアンサンブルは英国のあらゆるプログレには無いオリジナリティーにあふれており、聴く者を圧倒させてくれる。後半の泣きのギターと憂いのあるヴォーカルも素晴らしい。4曲目の『タイム・トラベラー』は、トマスのペンによるインストゥメンタル曲。鮮やかな転調を見せる美しいキーボードとクラヴィネットが印象的な曲である。5曲目の『マイ・ブラザー』は、約14分近い大曲になっている。クラシックをベースにしつつ、いくつもの細かいメロディが積み上げられた内容になっており、使い古されたアレンジと斬新ともいえるアレンジが同居した楽曲になっている。以上がアルバムに収録された5曲だが、ボーナストラックについても触れておこう。ボーナストラックの4曲はグループ分解後に再度、ウルリッヒを中心にギタリスト兼ヴォーカルのクリスチャン・マイヤーとドラマーのトマス・カールと共に小編成で続けたナンバーであり、1983年から1987年までに録音されたものである。6曲目の『大きな塔』は、鮮やかなオルガンサウンドを中心とした10分近いナンバーで、本アルバムの『糸杉の物語』を彷彿させるアンサンブルが堪能できる。7曲目の『呪文』は、これまでとは違うポップなナンバーとなっており、荘厳なキーボードと柔らかいギターが印象的な曲になっている。8曲目の『構造 N.2』は、ウルリッヒのキーボードソロとなっており、コンピューター音源を使用した作りになっている。9曲目の『バーバラ』は、14分を越える大曲で本アルバムの『マイ・ブラザー』と匹敵するくらいの感傷的なラブソングになっている。クラシックの音楽家であるウルリッヒが、過去のあらゆるクラシックな音楽を現代風にアレンジしたと思うくらいの効果的な音作りが印象的だ。こうしてアルバムを聴いてみると、音楽家のウルリッヒの作曲センスとアレンジが素晴らしく、彼が魅了されたプログレッシヴなサウンドのインスピレーションを元に、キーボード、とりわけシンセサイザーの可能性を最大限に引き出した傑作になっていると感じられる。

 本アルバムがリリースされた後、ラジオ番組でも紹介され、ロックチャートでも顔を出すほどメディアからの反応は好意的だったという。しかし、当初アリオラが配給を担当していたが、配給契約が更新されず、日本で発売された分を除くと、たった2,820枚売れただけだったと言われている。その後、学生だったメンバーが職に就くと自然消滅的にグループは分解していくことになる。しかし、ウルリッヒはギタリスト兼ヴォーカルのクリスチャン・マイヤーとドラマーのトマス・カールと共に小編成のアイヴォリーとして活動を続け、1983年から1987年にかけてボーナストラックにある数曲を録音している。また、1997年にはクリスチャン・マイヤーと合唱隊、それに女性ヴォーカリストのシルヴィア・ツァンゲンベルを迎えて、セカンドアルバムにあたる『Keen City』をリリースしている。なお、音楽家でキーボーディストのウルリッヒ・ゾンマーラッテは2002年に鬼籍に入っている。彼のクラシック分野での演奏は『Orchestral Works』や『Light Symphonic Music』などで聴くことができる。


 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はドイツの隠れ名盤と評されているアイヴォリーの『Sad Cypress(糸杉の物語)』を紹介しました。このアルバムは偶然CDショップで見かけて購入したものですが、最初はドイツ特有のロマンティズムなキーボードロックかなあ~と思いましたが、3曲目のタイトル曲である『糸杉の物語』を聴いてひっくり返りました。序盤のリリカルなアンサンブルからアップテンポの変拍子を伴う楽曲は、個人的に垂涎の内容になっていて、何度も繰り返して聴いたものです。この1曲だけでもこのアルバムの価値は相当あるものだと思います。また、トータル的に鮮やかなキーボードの音色と共にドラムのシンバルの響きが非常に心地よく、1つ1つの音が非常に丁寧に作られているな~と感心しました。1970年後期から1980年にかけてのドイツでは、エニワンズ・ドーターのメジャーデビューをはじめ、エデンやこの前に紹介したルソーなどが登場しており、パンク/ニューウェイヴの影響を受けつつも新たなグループが誕生していた時期でもあります。アイヴォリーもそれに乗っかるはずでしたが、なにせメンバーが学生と1人だけ熱意のある年齢60過ぎのキーボーディストですからねぇ。楽曲そのものよりも将来性を見たのかもしれません。

 さて、このアルバムの最大の特徴としまして、やはりキーボーディストで作曲を担当したウルリッヒ・ゾンマーラッテにあると思います。彼のクラシックをベースにした楽曲センスは素晴らしいのひと言で、まさにキーボードの可能性を最大限に活かした内容になっていると思います。彼はクラシックの分野からプログレに魅了されて、実際にグループを結成してアルバムをリリースした奇特な経緯の持ち主ですが、その大胆な転向が当時60歳を越えていたというのは凄いことです。ちなみに1997年のセカンドアルバムにあたる『Keen City』の時もキーボードを演奏しており、その時は83歳だったそうです。彼の音楽の創作に対する熱意は相当なもので、プログレを愛聴している私としては敬意に値するほどです。現在、往年のプログレッシヴロックのアーティストが鬼籍に入ったり、年齢によって引退を余儀なくされている状況ですが、ウルリッヒ・ゾンマーラッテほどではなくても、活動をしつつ長生きして欲しいなと願うばかりです。

それではまたっ!