【今日の1枚】Kansas/Point Of Know Return(カンサス/暗黒への曳航) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Kansas/Point Of Know Return
カンサス/暗黒への曳航
1977年リリース

アメリカンプログレッシヴロックの最高峰である
カンサスが放った夢幻のサウンドスペクタクル

 大ヒットとなった前作のアルバム『永遠の序曲』と並ぶ、ハードロックとプログレッシヴロックを基調とする新たな音楽のスタイルを見出し、究極ともいえるサウンドスペクタクルを実現したカンサス通算5枚目のアルバム。全米28位の『帰らざる航海』、全米6位の『すべては風の中に』のシングル曲を含む、全米アルバムチャートで最高4位まで上昇したグループ最大のヒットアルバムとなっている。ケリー・リヴグレンとスティーヴ・ウォルシュの2人が手がけたキャッチーなメロディの中で息づく夢幻の音世界は、あまりにもドラマティックであり、揺るぎ無いアメリカン・プログレッシヴロックの地位を確立した名盤である。

 元々、カンサスはギタリスト兼クラリネット、シンセサイザーのケリー・リヴグレンとベーシストのデイヴ・ホープ、ドラマーのフィル・イハートの3人を中心に、カンサス大学の音楽教授の息子のヴァイオリン兼ヴォーカルのロビイ・スタインハートを加えたホワイト・クローヴァーという名で活動していたグループである。ミクスチャー・ミュージックの先駆的ミュージシャンであるフランク・ザッパに触発された演奏を続けていたが、後に英国へ音楽留学したドラマーのフィル・イハートが、全盛期だった英国のプログレッシヴロックを目の当たりにして路線変更することになる。そんなカンサスのデビュー以来の歴史を紐解くと、様々な楽曲を取り入れては常に自分たちの音楽スタイルを模索し、向き合ってきたグループだといえる。ヴォーカル兼キーボードのスティーヴ・ウォルシュ、ギタリストのリッチー・ウイリアムスを加えた6人で、1974年のメジャーデビューアルバムとなった『カンサス・ファースト・アルバム』では、英国のイエスやキングクリムゾンといった王道のプログレッシヴロックとクラシカルなヴァイオリンをフィーチャーしたアプローチに加えて、世界的に旺盛だったハードロックが融合したものである。翌年にリリースされたセカンドアルバムの『ソング・フォー・アメリカ』は、カントリーミュージックが混在する曲調ながら、10分を越える大曲があるなど新たなプログレッシヴロックを提示した作品となっている。同年にリリースされた3枚目となる『仮面劇』では、ギターがメインになっているもののクラシック調でありながらポップで洗練された名曲『銀翼のイカルス』が収録されており、メンバーの演奏力を一段と高めたアルバムとなっている。そんな新たな楽曲を取り入れ、試行錯誤ともいうべき模索の中で完成したのが、1976年にリリースされた歴史的名盤『永遠の序曲』だろう。これまでのアルバムとは一線を画するほど、メロディ、テクニック、アンサンブルが充実しており、英国には無いオリジナリティあふれる画期的なアルバムとなった。この金字塔ともいえる『永遠の序曲』の大ヒットで、彼らを取り巻く状況は一変し、カンサスはアメリカにおけるプログレッシヴロックの筆頭となる。彼らはアルバムの商業的な成功で一段と自信を持ち、前作の延長線上にあたる5枚目のアルバム『暗黒の曳航』を1977年にリリースすることになる。本アルバムではケリー・リヴグレンが楽曲制作の中心となっていた前作と違い、スランプに陥っていたスティーヴ・ウォルシュが楽曲制作に加わり、グループとして最も充実した作品となっている。

★曲目★
01.Point of Know Return(帰らざる航海)
02.Paradox(逆説の真理)
03.The Spider(スパイダー)
04.Portrait (He Knew)(神秘の肖像)
05.Closet Chronicles(孤独な物語)
06.Lightning's Hand(稲妻の戦士)
07.Dust in the Wind(すべては風の中に)
08.Sparks of the Tempest(閃光の嵐)
09.Nobody's Home(遅れてきた探訪者)
10.Hopelessly Human(望みなき未来)

 アルバムの1曲目の『帰らざる航海』は、自信作と言っていたスティーヴ・ウォルシュが手がけた曲。オルガンとヴァイオリンがユニゾンする躍動的なメロデイの中でスティーヴの伸びやかなヴォーカルが冴えており、この1曲でより楽曲が洗練されて、アメリカ特有とも言える心を弾ませるような爽快感に満ちた名曲となっている。2曲目の『逆説の真理』は、キーボードとヴァイオリンのリフがスピーディーに展開するナンバー。インストゥメンタル部分は変拍子があり、緊張感あふれるアンサンブルにただただ圧倒されてしまう。3曲目の『スパイダー』も全曲同様にパーカッションを前面にしたキーボードとヴァイオリンによる凄まじいインストゥメンタル曲。複雑に楽器が絡むもユニークとも言える展開に一気に聴けてしまう逸品である。4曲目の『神秘の肖像』は、ベースラインとオルガンで始まり、タイトなリズムセクションの中でヴァイオリンとギターのリフが特徴の骨太なハードロックである。5曲目の『孤独な物語』は、スティーヴの優しいヴォーカルが印象的な曲。随所にピアノやシンセサイザーがアンサンブルに加わり、センチメンタリズムなメロディラインへと移行していく。後半ではギターのリフとシンセサイザーによる壮大なアプローチがあり、プログレッシヴな展開が待っている。6曲目の『稲妻の戦士』は、ギターをメインにしたハードロック系のアンサンブルとヴォーカルが突き進むような楽曲であり、まさにタイトルにある「稲妻」を彷彿するような内容である。7曲目の『すべては風の中に』は、アルバムの中で最もヒットした曲であり、後に世界のミュージシャンのカバーし、TVCMでも取り上げられることが多い歴史的な名曲である。アコースティックギターによる流麗なアルペジオによるアンサンブルに唄われるバラードであり、ヴァイオリンのソロが奥ゆかしいほどクラシカルにまとめられており、憂いを帯びたメロディはどこか感傷的な気分になってしまう素晴らしい曲である。8曲目の『閃光の嵐』は、ツインギターのそれぞれの役割が表れた楽曲であり、重厚なリズム上で歌うソウルフルなヴォーカルが特徴である。9曲目の『遅れてきた探訪者』は、アルバムの中で最も壮大なクラシカル曲であり、ヴァイオリンとピアノがファンタジックな印象を与え、どこかロマンティックさも感じられる素敵な曲である。10曲目の『望みなき未来』は、ヴァイオリンとオルガンがどこかオリエンタルなムードを漂わせるシンフォニックな楽曲。ハードなギターのリフとリズムセクションが重厚であり、ヴァイオリンのオルガンのアンサンブルは華麗を通り越して壮観ですらある。こうして聴いてみると、前作よりもハードロック的な要素のある曲が増えてはいるが、バラードやR&Bなどバラエティに富んだ楽曲がそろい、過去の4枚のアルバムの良い部分を継承して昇華させていると感じる。テクニカルな演奏を意識してハードロック調にシフトするグループは数多くあるものの、『すべては風の中に』といったバラード曲を組み入れているところを見ると、グループ自体が非常に充実していたということであろう。

 本アルバムは先にも触れたが、全米4位まで上がり、400万枚を売り上げる大ヒットとなった。とくにシングルカットされた『すべては風の中に』は全米で6位に入り、カンサスの代表曲のひとつとなっている。ブリティッシュ・プログレのキーボード主体のサウンドをアメリカンロックの要素を取り入れたロビー・スタインハートのバイオリンを随所に盛り込んだハードロック色の強いサウンドは、アメリカにおけるプログレッシヴロックの完成形ともいえる内容である。まぎれもなくアメリカでもトップクラスのグループとなったカンサスだが、彼らの取り巻く状況は変わりつつあったという。イギリスではカンサスが標榜していたプログレッシヴロックが淘汰され、アメリカでもパンク/ニューウェイヴが台頭する流れがあり、また、ジャーニーやボストン、ELO、TOTOといった産業ロック、またはAORが流行り、アメリカの音楽シーンで求められるサウンドにも変化が訪れていたという。こうした状況にカンサスは1979年に『モノリスの謎』、1980年に『オーディオ・ヴィジョン』とコンスタントにアルバムを発表するものの、プログレ色を徐々に失っていくことになる。やがてグループの方向性を見失い、1981年にはソロとして活動することを決意したスティーヴ・ウォルシュがグループからの脱退。また、1983年のアルバムの『ドラスティック・メジャーズ』では象徴的存在だったヴァイオリン奏者のロビー・スタインハートとケリー・リヴグレンが脱退してしまい活動停止することになる。しかし、3年の沈黙を経て、1986年にスティーヴ・ウォルシュが復帰し、リッチー・ウィリアムス、フィル・イハートの3人と、元ディキシー・ドレックスに在籍し、後にディープ・パープルに加入する天才ギタリストのスティーヴ・モーズを迎えて、アルバム『パワー』で華々しい復活を遂げることになる。


 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は以前に紹介した『永遠の序曲』に続き、カンサスのもうひとつの名盤と言われる『暗黒の曳航』を紹介しました。過去にも触れましたが、このカンサスの『永遠の序曲』と『暗黒の曳航』の2作品は、当時アメリカンロックを好んで聴いていた時代にレコードで購入したアルバムです。今ではCDとして所有していますが、1曲目にある『帰らざる航海』を聴くと、当時いろんな音楽を聴いて明け暮れた若い頃の自分に立ち返ってしまいます。あの頃の私はドキドキしながらアルバムを手にして、ジャケットやらライナーノーツやら穴が開くほど眺めながら聴いたものです。Rod Dyerが手掛けたジャケットアートは、まさに崖っぷちにいる船を象徴としていて不吉なイメージがありますが、直訳すると「戻る場所を知っている」と解釈できて、まさに先の見えない音楽シーンの中でも「まだ行ける」という前向きなメッセージが込められている気がします。後にアメリカでは数々のアメリカンロックやハードロック、AOR、そしてメタルに至るグループが誕生しますが、カンサスのアルバムに影響されたアーティストがどれだけいたことか。かの天才ギタリストのイングヴェイ・マルムスティーンやアルバム『パワー』でギタリストとして迎えられるスティーヴ・モーズもカンサスのファンだったと言われています。そういう意味ではアメリカのロックシーンの中でもカンサスの立ち位置がどれだけ重要だったのかが良く分かります。

 カンサスは1980年代にスティーヴ・ウォルシュの脱退を機に最終的に活動停止に追い込まれることになります。しかし、1986年に復活して1990年代までグループとして存在し続けることができた理由のひとつとして、本アルバムに収録されている『すべては風の中に』の曲にあると思います。この曲はバラード曲としては歴史的な名曲として数多くのアーティストがカバーしています。カンサスは1983年から活動停止中でしたが、実はこの『すべては風の中に』がTVCMで使用され、数々のアーティストがカバーされるという“流れ”があり、カンサスの復活を望むファンが多くいたそうです。これは当時のアメリカの音楽シーンで美しいメロディを主体とするバラードが好まれた時期に重なったことにも起因しています。1986年の復活の際には8年ぶりにアルバムを発表したボストンの『サード・ステージ』と並んで、華々しく復活したグループとしてよく特集が組まれていました。今ではカンサスといえば『すべては風の中に』が代表曲となっている所以はここにあります。私としてもロックグループが作られたバラード曲は数多く聴きましたが、カンサスの『すべては風の中に』は別格だと思います。そんな美しいバラードが収録された本アルバムは、この上ない充実した作品です。ぜひ、聴いたことのある人も無い人も、この機会に改めて堪能してほしいです。

それではまたっ!

 

【追記】

カンサスの創設メンバーでヴァイオリニスト/シンガーのロビー・スタインハート(Robby Steinhardt)が7月17日、フロリダ州タンパの病院で急性膵炎の合併症により71歳で亡くなりました。謹んでご冥福をお祈りします。