Raw Material/Raw Material
ロウ・マテリアル/ファースト
1970年リリース
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管弦楽器やメロトロンをフィーチャーした
実験性の高いサイケプログレッシヴロック
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稀少性の高いレーベルであるエボリューションからリリースされた英国プログレッシヴグループ、ロウ・マテリアルのデビューアルバム。そのサウンドはフルートやサックス、ビブラフォンといった楽器をはじめ、メロトロンやオルガン、ファズの効いたギターによるサイケデリック性の高いヘヴィなジャズロックとなっている。その独特なリズムからなるジャンルを越えたごった煮的なサウンドは、あまりにヴァラエティに富んでおり、サイケデリックからプログレッシヴロックに移行する1970年代初頭の英国ロックのフレイヴァーが詰まった逸品となっている。
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ロウ・マテリアルは1969年に英国のロンドンで結成されたグループである。中心メンバーはロンドン出身のコリン・キャット(ヴォーカル、キーボード)とフィル・ガン(ベース、ギター)であり、2人はノーウッド工科大学の同級生である。2人はドラマーのポール・ヤングを加えたトリオでジャムセッションを行いながら演奏レベルを上げ、大学を卒業する直前にギタリストのジョン・ブロックハーストを雇ってクリームに触発されたR&Bを演奏していたという。この頃にグループ名をロウ・マテリアルと名乗っている。彼らはロンドンのクラブを拠点に演奏していたが、プロになるためにキャットとガンが作曲したデモテープをいくつかのレコード会社に送りつけ、興味を持ったエボリューションというレーベルと契約することになる。このエボリューションは同年に設立したばかりの新進気鋭のレーベルであり、1969年にディヴ・スチュワートやゴングのスティーヴ・ヒレッジが、学生時代に結成したユリエル(URIEL)の後継グループとして知られるアーザケルの唯一のアルバムをリリースしている。こうして1969年9月にサウンドエンジニアのヴィック・カッパースミス=ヘブンによって書かれたシングル『タイム&イリュージョン/ボボズ・パーティー』をリリース。そして1970年1月にはエド・ウェルチがプロデュースとアレンジを担当した『ハイ・ゼア・ハレルヤ/デイズ・オブ・ザ・ファイティング・コック』を続けてリリースしたことで、英国と欧州地域で人気が上昇し、彼らは欧州ツアーを行っている。1970年7月にはドイツのハウプトシュタディオン・スタジアムで3日間にわたって行われたアーヘン・オープン・エア・ポップ・フェスティバルに出演している。このフェスティバルには、アモン・デュールⅡやゴールデン・イヤリング、エドガー・ブロートン・バンド、テイスト、キーフ・ハートリー・バンド、プリンシパル・エドワーズ・マジック・シアター、イフ、クインテセンス、ピンク・フロイド、クロコダイル、カン、クラフトヴェルクも出演したという。その欧州ツアーの最中に出会ったミック・フレッチャー(ヴォーカル、サックス、フルート)がグループに加入。フレッチャーは6歳の時からピアノを習い、20歳になった時にサックスに転向したばかりのアーティストであり、以前に在籍していたSteamでリードシンガー兼フルートを務めていたという。また、英国に戻った時にギタリストのジョン・ブロックハーストが脱退し、Deep Feelingのメンバーであったディヴ・グリーンをメンバーとして迎えている。こうして新たな5人のメンバーでアルバムレコーディングに臨み、エド・ウェルチがプロデューサーを務め、ロビン・シルベスターがエンジニアを担当したデビューアルバム『ロウ・マテリアル』が1970年10月リリースされる。そのアルバムはヤードバーズ風のR&Bとジャズが混同したサイケデリックな色合いの強いサウンドに、メロトロンやフルート、サックス、ビブラフォンがフィーチャーされた実験性の高い内容になっており、さまざまなスタイルが折衷的にブレンドされた1970年代初頭の芳香が漂う逸品となっている。
★曲目★
01.Time & Illusion(タイム&イリュージョン)
02.I'd Be Delighted(アイド・ビー・ディライテッド)
03.Fighting Cock(ファイティング・コック)
04.Pear On An Apple Tree(ペア・オン・アン・アップル・ツリー)
05.Future Recollections(フューチャー・リコレイションズ)
06.Traveller Man(トラベラー・マン)
07.Destruction Of America(ディストラクション・オヴ・アメリカ)
★ボーナストラック★
08.Bobo's Party(ボボズ・パーティー)
09.Hi There Hallelujah(ハイ・ゼア・ハレルヤ)
10.Days Of The Fighting Cocks ~Alternate Version~(デイズ・オブ・ザ・ファイティング・コック~オルタナネイト・バージョン~)
アルバムの1曲目の『タイム&イリュージョン』は、フルートに導かれ、オルガンを中心に長いインストルメンタルブレイクとビブラフォンが特徴になった楽曲。ヴォーカルパートの後にはパンチの効いたドラムスと鋭いハモンドオルガン、そして澱んだベースと共に煌めくピアノによるグルーヴ感のある長いインストルメンタル演奏に突入する。後半にはサックスが少しだけ加わり、曲のテンポが巧みに上がっていく流れが味わい深い。2曲目の『アイド・ビー・ディライテッド』は、コリン・キャットの唸るようなリード・ヴォーカルと優れたサックスとジェスロ・タルを思わせるフルートをフィーチャーしたクールなブルース曲。ヴォーカルはミック・ジャガーを意識したようなシャウトがある。3曲目の『ファイティング・コック』は、悲哀のある初期のキング・クリムゾン風の嘆きから始まり、スキン・アレイやレア・バードのような熱狂的なピアノとサックスによるサイケ風アンサンブルに突入する。オルガンを中心としたバッキングの上で聴かせるサックスのソロが素晴らしい。4曲目の『ペア・オン・アン・アップル・ツリー』は、エネルギッシュなギターとピアノの連打で、足を踏み鳴らしたくなるようなシャッフルベースのブルージーな楽曲。ヴォーカルは1960年代を思わせ、全体的にノリの良いサウンドに仕上げている。5曲目の『フューチャー・リコレイションズ』は、夢見るようなきらめくエレクトリックピアノと、柔らかなギター、そして暖かなヴォーカルによるバラード曲。ビブラフォンが効果的であり、ザ・ムーディー・ブルースを思わせるメロディアスな楽曲になっている。6曲目の『トラベラー・マン』は、疾走感のあるドラミング上で、ワイルドなハーモニカとうなるギターが特徴なロックンロール。ヴォーカルがイアン・アンダーソンに似ており、ジェスロ・タルからの影響が強い楽曲になっている。7曲目の『ディストラクション・オヴ・アメリカ』は、アメリカをテーマにした詩が朗読されるオープニングのバックでメロトロンとヴァイヴを使用したプログレッシヴな楽曲。最後はカモメの鳴き声やエフェクトを使用しながら静かに幕を閉じている。ボーナストラックの3曲は、2019年のリマスター化されたベル・アンティーク盤に収録されたもの。シングルでリリースされたものだが、ツインギターによる力強いハードロックになっている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、思った以上にフルートとサックスの演奏は素晴らしく、中でもビブラフォンを含めたオルガンの音色が非常に効果的である。繊細でソフトなサイケデリック性のあるブルースロックという感じだが、彼らなりに時代を見据えた新たな音楽を目指した野心的なアルバムと言ったところだろう。
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アルバムはドイツやスペイン、イタリアで評価が高まり、国内よりも欧州で人気を得たという。1970年10月にはアイマーク・レコードが、ロウ・マテリアルにカヴァーアルバムの制作を依頼。アルバムは『Kid Jensen Introduces Sounds Progressive』というタイトルでリリースされ、スペンサー・デイヴィス・グループの『I'm a Man』やクリームの『Badge』、ファミリーの『Second Generation Woman』、フリートウッド・マックの『Man of the World』などが収められている。1971年には本アルバムのジャケットに草木が生い茂った草原に立つ5人のメンバーを描き、イタリアのCBS盤、スペインのZel Recordsからもリリースされることになる。しかし、所属していたエボリューションが1971年に閉鎖することになり、同年に急遽、RCAが新たに設立したプログレッシヴ専門レーベルであるNeon Recordsに移籍する。彼らは元ウェルカムに所属していたギタリストのクリフ・ヘアウッドを新たに加えて、英国ロンドンのピカデリーにあるコマンドスタジオに入り、プロデューサーにミッキー・クラークを迎えたセカンドアルバム『Time Is…』が同年にリリースされる。そのアルバムは前作よりもインストを強めたジャズ色を前面に出した内容になっており、まるでジェスロ・タルとヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレイターが合体したようなサウンドになっている。音楽評論家からは高く評価されたアルバムだったが商業的には芳しくなく、1枚のシングルをリリースした後にグループは解散している。解散後、ギタリストのディヴ・グリーンはドラマーのグレイグ・コリンジ、ベーシストのビル・ラッセル、そしてヴォーカル兼キーボード奏者のジム・マッカーティと共にThe Shootを結成。ベーシストのフィル・ガンはセッションミュージシャンとして活躍する傍ら、作曲家として活動を続けている。ヴォーカル兼サックス、フルート奏者のミック・フレッチャーは、アメリカに移住して音楽活動を続け、現在ではニュージーランドで余生を過ごしているという。ロウ・マテリアルが残した2枚のアルバムは、エボリューションとネオンという稀少レーベルからのリリースだったこともあり、いずれもプレミアの付いたレア盤となったことは言うまでもない。
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皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は稀少レーベルからのリリースだったためか、英国内ですらあまり認知されなかったというプログレッシヴロックグループ、ロウ・マテリアルのデビューアルバムを紹介しました。ロウ・マテリアルは2枚のアルバムを残していますが、インスト面を強化したセカンドアルバムの『Time Is…』のほうがプログレファンの評価が高いです。どちらもR&Bとジャズをベースにしたサイケデリック性の高いプログレですが、ファーストのほうがごった煮感が強く、1970年代初頭に多かった英国ロックのフレイヴァーが散りばめられていて個人的に好きです。もうひとつ彼らの稀少性を語るに外せないのが所属していたレーベルです。デビューアルバムのエボリューションというレーベルは、1969年にモハメド・ザッカリヤが所有する小さなレコード会社で、アルバム2枚とシングル17枚程度を輩出して2年程で閉鎖してしまいます。アルバム2枚というのは、本アルバムと上にも書いたディヴ・スチュワートやゴングのスティーヴ・ヒレッジが、学生時代に結成したユリエル(URIEL)の後継グループとして知られるアーザケルのアルバムです。また、セカンドアルバムをリリースしたネオンも短命に終わったレーベルで、2年程で11枚ほどのプログレッシヴなアルバムをリリースしていますが、その中にはインディアン・サマーやトントン・マクート、スプリングなどのアルバムがあります。強いて言うのであれば、どのグループもレーベルの閉鎖によって、1枚のアルバムを残して解散に追い込まれてしまったということでしょうか。そんな稀少というか弱小のレーベルに所属していたロウ・マテリアルのオリジナルアルバムが、超のつくプレミアとなったのも頷けます。
さて、アルバムのほうですが、1960年代のサイケデリックな音楽とブルース、ジャズの影響が感じられるサウンドになっていて、フルートやオルガンが中心ですが、1曲目からビブラフォンを使用した奇妙で雰囲気のあるトーンが面白いです。特に『おせっかい』時代のピンク・フロイドや『リザード』時代のキング・クリムゾンを思い起こさせる感じがします。『ファイティング・コック』ではテンポの速いブルース風の猥雑さがあり、『フューチャー・リコレイションズ』では夢心地のアシッド・ポップになっています。『トラベラー・マン』はフルートを多用したフュージョンになっていて、そのアレンジと果敢な演奏に驚かされます。アルバムはさまざまなスタイルの折衷的なブレンドといっても良いサウンドになっていて、アンダーグラウンドに押し留めておくにはもったいない実験性にあふれた作品だと思います。
ちなみにジャケットデザインは、ローブを着た古代のフルート奏者が、画面外の火山(おそらくベスビオ火山)から頭上へ上がる煙でオレンジ色の空が覆い隠される中、遠くから暗い獣たちに見守られている様子が描かれています。
それではまたっ!