古今東西プログレレビュー垂れ流し

古今東西プログレレビュー垂れ流し

ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

トッド・ラングレンのユートピア、アルバムアート

Todd Rundgren's Utopia/Same
トッド・ラングレンズ・ユートピア/ファースト
1974年リリース

トリプルキーボードを駆使した
未来的なテクニカル・ポップ

 アメリカのミュージシャン兼プロデューサーとして名高いトッド・ラングレン率いるプログレッシヴロックグループ、ユートピアのデビューアルバム。そのアルバムは前半の3曲がライヴ録音、後半の大作がスタジオ録音といった構成になっており、テンション高めのアナログシンセサイザーやハモンドオルガンといったトリプルキーボードを駆使したポップでメロディアス、そして技巧さもあるアメリカらしいプログレサウンドになっている。トッド自身はエレクトリックギターとヴォーカルを担当しており、彼のソングライティングの能力や演奏技術の高さを改めて認識することになるキーボードロックの名盤でもある。なお、本アルバムはビルボード200で最高34位を記録している。

 トッド・ラングレン(トッド・ハリー・ラングレン)は、1948年6月22日にアメリカのペンシルベニア州南東部フィラデルフィアで生まれたミュージシャンである。彼の両親はスウェーデン系移民の血を引く父親とオーストリア系(ドイツ系)移民の血を引く母親を持ち、比較的に裕福な家庭で育ったという。そんなトッドが17歳の時に、フィラデルフィアを中心とするポール・バターフィールド・ブルースバンドの影響を受けたウッディーズ・トラックストップというグループを出発点に、1967年にベーシストのカーソン・ヴァン・オステン、ドラマーのトム・ムーニー、ヴォーカル兼キーボードのロバート・アントニと共にナッズを結成。このグループで『Open My Eyes』や『Hello, It's Me』といった曲を発表して注目されることになる。この頃のトッドはイギリスのロック(ローリング・ストーンズやザ・ビートルズ、ザ・フー、ヤードバーズ、ザ・ムーヴなど)をはじめ、アメリカのベンチャーズやビーチ・ボーイズ、そしてローラ・ニーロなどのミュージシャンから音楽的に影響を受けたという。他にもギルバート・オサリバンやR&Bのギャンブル&ハフ、デルフォニックス、オージェイズなどの名も挙がっている。この間にナッズとして1968年に『ナッズ』、1969年に『ナッズ・セカンド』、1971年に『ナッズ・サード』と3枚のアルバムを発表したが、2枚目のアルバムでトッドとカーソンの2人が脱退したため解散。21歳のトッドは一時的にコンピュータープログラマーとして働くことを考えたが、ニューヨークへ渡り、ボブ・ディランやジャニス・ジョプリンのマネージャーとして知られるアルバート・グロスマンに拾われ、レコーディング・エンジニアとしてスタジオワークをこなしていくようになる。グロスマンは、同名のテープ会社との合弁事業であるアンペックス・レコードを設立したばかりで、ウッドストック近郊にベアーズビル・スタジオを建設している。しかし、1970年にジャニス・ジョプリンのアルバム『パール』のプロデューサーとして起用されるが、ジャニスと衝突して降板。そんなトッドだったが、その年の9月には初のソロアルバム『ラント』をアンペックス・レコードよりリリースしており、翌年の6月にはソロ第2作の『ラント:ザ・バラッド・オブ・トッド・ラングレン』をリリースしている。そして1972年には初の2枚組アルバムである『サムシング・エニシング』を発表し、同アルバムからシングル『I Saw the Light(瞳の中の愛)』が全米16位まで上昇。さらに1973年後半にリリースされたシングル『Hello It's Me』は5位に達したという。これによってローリングストーン誌の「史上最高のアルバム500枚」リストで『サムシング・エニシング』が173位にランクインしている。

 これを機にトッドはニューヨークに自身のためのスタジオを新築。同年3月に4枚目のソロアルバム『A Wizard, a True Star(未来から来たトッド)』をリリースし、これまでのストレートなポップソングからプログレッシヴなサウンドに劇的に変化したという。トッドはアルバム発売後の数週間でグランド・ファンク・レイルロードのアルバム『ウィー・アー・アン・アメリカン・バンド』とニューヨーク・ドールズのセルフタイトルのデビュー・アルバムの2枚をプロデュースしている。前者のアルバムは全米チャートで2位を獲得し、同名のシングルは全米1位になる。そして後者はパンクロックの先駆けとなった作品として著名である。トッドは1973年に自身のソロアルバムに参加してくれたメンバーを集めたグループ、ユートピア・マークⅠを結成。最初のメンバーはトッド・ラングレン(ギター、ヴォーカル)以外に、ハント・セールス(ドラムス)、トニー・フォックス・セールス(ベース)、デイヴィッド・メイソン(キーボード)、ジャン=イヴ・ラバット(キーボード、ギター)で構成されていたという。このメンバーでトッドは野心的なステージショーを考えており、ツアーは4月に始まったたものの、残念ながらわずか数週間で中止となったという。その後、トッドはユートピアの改良版の構想を練り始めたが、シンセサイザーを多用した2枚組のアルバム『トッド』を録音し、1974年2月にリリースしている。そんな中、リズムセクションを担当していたセールス兄弟が脱退してしまったが、トッドはセッションミュージシャンのケビン・エルマン(ドラムス)とジョン・シーグラー(ベース)のフュージョンジャズの感性に注目したという。さらにトッドはデイヴィッド・メイソンとジャン=イヴ・ラバットの代わりに、ムーギー・クリングマン(キーボード)とラルフ・シュケット(キーボード)と迎え、彼らをユートピアの新しいメンバーとして選んでいる。トッドはポップ志向のロックからプログレッシヴロックへと音楽スタイルを広げることを決意し、3人のキーボーディストを含む6人編成のグループとしてライヴ活動を行っている。本アルバムのほとんどはスタジオで録音されたものの、オープニングトラックの『ユートピア・テーマ』は、1974年4月25日のコンサート(フォックス・シアター)のライヴ録音である。こうして1974年10月4日にトッド・ラングレンズ・ユートピア名義でデビューアルバムがリリースされることになる。

★曲目★
01.Utopia(ユートピア・テーマ)
02.Freak Parade(フリーク・パレード)
03.Freedom Fighters(自由の戦士たち)
04.The Ikon(アイコン)

 アルバムの1曲目の『ユートピア・テーマ』は14分を越える大曲であり、1974年4月25日のジョージア州アトランタにあるフォックス・シアターで行われたコンサートでのライヴ録音。未来志向のシンセサイザーを多用し、ヘヴィなギター、そしてジャズロック風のリズムセクションで構成された高密度のアンサンブルとなっている。トッドの経歴を思わせるポップでメロディアスなサウンドになっているが、全体的にサイケデリックでスペイシーなハードロックといった感じである。2曲目の『フリーク・パレード』も10分を越える大曲であり、フランク・ザッパを彷彿とさせるジャズテイストの強い楽曲。変化に富んだサウンドが特徴で、キャッチーなベースリフとセンセーショナルなモーグシンセサイザーによるブレイク、壮大なシンセサイザーサウンドに続き、そして終盤のスウィンギーなリズムとピアノなど、数々の素晴らしい音楽的アイデアが盛り込まれている。3曲目の『自由の戦士たち』は、トッド・ラングレン特有のヴォーカルハーモニーとキャッチーなリズム、そして情熱的なギターによるプログッシヴポップ。AORやレゲエの要素があるポップソングで、本アルバムの中で最も親しみやすい曲になっている。4曲目の『アイコン』は30分を越える大曲。センセーショナルなモーグやクラビネット、ピアノのキーボードワークによる変化に富んだ展開、ブレイクと加速、そしてトッド・ラングレンのインスピレーションあふれる情熱的で鋭いギターソロが盛り込まれている。6人編成のグループのメンバー全員がスポットライトを浴びるようなスリリングなジャムセッションがあり、エマーソン・レイク&パーマー風のリターン・トゥ・フォーエヴァーを思わせる部分もあれば、リック・ウェイクマン時代のイエスを思わせる部分もあり、いくつかの英国プログレを彷彿とさせる要素がある。それでも無駄な部分や冗長な部分は一切なく、プログレッシヴロックの傑作といえる1曲となっている。

 本アルバムは批評家の反応は賛否両論だったものの、ビルボード200で最高34位を記録している。1975年10月にはグループ初の完全ライヴアルバム『アナザーライヴ』をリリース。このアルバムには後にグループの主力メンバーとなるロジャー・パウエル(キーボード、プログラマー)とウィリー・ウィルコックス(ドラムス)が参加した初のアルバムであり、一方、キーボード奏者のラルフ・シュケットとムーギー・クリングマンが参加した最後のアルバムとなったという。ドラマーだったケビン・エルマンは家族経営のレストラン「ビーフステーキ・チャーリーズ」の営むためにグループを脱退している。1975年10月9日にユートピアはロンドンのハマースミス・オデオンで初のイギリス公演を行っている。メンバーはトッド・ラングレン、ジョン・シーグラー、ロジャー・パウエル、ウィリー・ウィルコックスという小規模な編成で、バックコーラスは後にソウルスターとなるルーサー・ヴァンドロスとアンソニー・ヒントンが務めたという。この時にグループ名をユートピアと短くしている。その後、4人は1976年にディスコ・アレンジのスタートレックのテーマ曲やオリジナル曲を収録したインストゥルメンタル・アルバム『ディスコ・ジェッツ』を録音。さらに4人は同年にトッド・ラングレンのソロアルバム『フェイスフル』も参加し、初来日を果たしている。1977年にはサードアルバム『太陽神』をリリースするが、4枚目のアルバムからポップ化指向がさらに進んだという。音楽性を変えながら1986年まで活動したが、1984年の『Oblivion』と1985年の『POV』のアルバムをリリースしたPassportレーベルが倒産。過去3枚の作品からの楽曲と新たに録音された2曲を収録したコンピレーションアルバム『Trivia』をリリースした後、ユートピアは解散することになる。1992年に一時的に再結成を果たし、来日公演が実現。この模様を収めたライヴアルバム『Redux '92:Live in Japan』をリリースしている。その後もメンバーと繋がりはあるものの再結成はかなわなかったが、2011年1月29日と30日に1974年時代のユートピア・マークIIのメンバー(トッド・ラングレン、ムーギー・クリングマン、ラルフ・シュケット、ジョン・シーグラー、ケビン・エルマン)がニューヨーク市のハイライン・ボールルームで2夜連続で再結成ライヴを行うために集結。その理由は、公演の収益をムーギー・クリングマンの癌治療費に充てるためである。10か月後の2011年11月に、1975年以来初めて「トッド・ラングレンズ・ユートピア」としてライヴツアーを行っている。メンバーはラングレンの他にクリングマン、シュケット、シーグラー、エルマン、グレス、サルトンという顔ぶれだったが、残念ながらクリングマンは2011年11月15日に死去している。ラルフ・シュケットも2021年4月7日に73歳で死去しているが、その後もメンバーを替えながらライヴを続けているという。

トッド・ラングレンズ・ユートピア debut album coverトッド・ラングレンズ・ユートピアのメンバー写真トッド・ラングレンのユートピア、ギター演奏トッド・ラングレン、レコーディングスタジオにて

 

トッド・ラングレンズ・ユートピア debut album

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はスタジオですら楽器にしてしまう音の魔術師、トッド・ラングレンが率いるプログレッシヴロックグループ、ユートピアのデビューアルバムを紹介しました。トッド・ラングレンといえば未知の音楽領域へと進み始め、エレクトロニックミュージックやプログレッシヴロックだけでなく、ミュージックビデオ、コンピュータ・ソフトウェア、インターネット音楽配信においても先駆者となったミュージシャンとして著名です。また、彼は敏腕プロデューサーであり、ギタリストとしての腕前も素晴らしいのですが、私個人としてはユートピアのメンバー共々、何度も来日して公演を行うほどの親日のミュージシャンであることも付け加えておきたいです。彼はかのザ・ビートルズのメンバーとの接点が多くあったことから、当時に関わったミュージシャンとの音楽エピソードは数知れませんが、成功も失敗も彼なりにしっかりと音楽に反映しているのが面白いです。トッドは大ヒットしたシングル『I Saw the Light(瞳の中の愛)』が、キャロル・キングの男性版と揶揄されたことに不快感を示したそうです。彼は当時さまざまな幻覚剤を試しており、その曲が収録しているアルバム『サムシング・エニシング』の大部分が定型的で怠惰から生まれたものだと考え、次は「より折衷的でより実験的な」アルバムを作ろうとしたといいます。次の1973年のアルバム『A Wizard, a True Star(未来から来たトッド)』の中で、トッドは「あと1年待てば、ユートピアはここにある」という歌詞を歌っており、自身のグループであるユートピアの結成に繋げています。元々、グループの最初の活動は野心的で派手なステージショーの下で演奏するライヴ中心だったそうです。それがライヴ曲を含めたデビューアルバムの構成や2枚目で完全ライヴアルバムをリリースするという、トッド・ラングレンが狙うユートピアのスタンスが垣間見えます。

 さて、そんなユートピアのデビューアルバムですが、はっきり言って3台のキーボードとギター、そしてリズムセクションという楽器で魅せた音の魔術師トッド・ラングレンの神髄ともいえる作品です。トータルアルバムの時間がA面で28分40秒、B面で30分26秒というレコードフォーマットの限界を越えた作品でもあり、アルバム全体の折衷的な勢いとエネルギーが凝縮されており、ソロ演奏も優れています。キース・エマーソンやリック・ウェイクマン的なキーボードフレーズがありますが、クラシックをベースとしたシンフォニックテイストははっきり言って無いに等しく、どちらかというとジャズロックをベースに、そこにサイケデリアやファンク、ディスコ、レゲエ、カントリーといった要素を加味しているところがあります。技巧的でありながら非常にメロディアスであり、こういった親しみやすい曲作りはヒット曲を多く生みだしてきたトッドらしいといえます。そう考えると本アルバムはプログレッシヴロックやフュージョンといったジャンルだけではなく、トッド・ラングレンのキャリアにおいて、極めて独特といえる位置にあると思います。

 本アルバムはユートピアがこのスタイルからあっという間に離れて、ありきたりなパワーポップグループになってしまう前のプログレッシヴな感性が息づいた作品になっています。ぜひ、彼のミュージシャン兼プロデューサーとしての有り余る感性と天才ぶりを聴き取ってほしいです。

それではまたっ!
 

 

 

Flame Dream Calatea ジャケット画像

Flame Dream/Calatea
フレイム・ドリーム/カラテア
1979年リリース

妖しく煌びやかなキーボードと

管楽器による技巧系シンフォニックロック

 ジェネシスやイエス、ジェントル・ジャイアントの影響を受けたスイスのプログレッシヴロックグループ、フレイム・ドリームのデビューアルバム。そのアルバムは煌びやかなシンセサイザーやピアノ、妖しいサックスやフルート、そしてギターによる変拍子を多用したフレーズの多い緻密なアンサンブルが特徴のシンフォニックロックとなっている。フレイム・ドリームは解散まで6枚のアルバムを残しているが、2025年になってようやくヴァーティゴから初CD化され、その圧巻とも言えるクオリティの高さに現在注目されているグループでもある。

 フレイム・ドリームは1977年にスイス中央部にある都市ルツェルンで結成されたグループである。結成当時のメンバーはウルス・ワルディスピュール(ギター、ヴォーカル)、ローランド・ルックシュトゥール(キーボード)、ピーター・ファーラー(ドラムス)、ウルス・ホチュリ(ベース)、ピーター・ウルフ(木管楽器、ヴォーカル)である。彼らは英国のジェネシスやイエス、ジェントル・ジャイアント、さらにはヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレイターといったグループの影響を受けており、キーボードを主体とした複雑なリズムセクション上のプログレッシヴロックを目指していたという。彼らはロジャー・ディーン風のロゴを使ったライヴ用のポスターを作成し、派手なライト演出を含めたライヴステージが有名であり、ジュネーヴのレコード店に、新しいプログレグループがこの地域で演奏するというチラシが出回ったほどである。その後、多くのファンを獲得した彼らは1978年末にアルバム用のレコーディングのため、イエスやピュルサーも利用したジュネーヴのアクエリアス・スタジオに入っている。彼らは「カラテア」と呼ぶ世界をコンセプトとしたストーリーを元に歌詞や楽曲を練り上げたデビューアルバム『カラテア』が、1979年1月にフィリップスよりリリースされる。そのアルバムはジェネシス的なメロディックなシンセサイザーパートとイエス的な多重コーラスやギターフック、ジェントル・ジャイアント的な変拍子を多用したフレーズなど、1970年代のクラシカルなプログレと1980年代のネオプログレ、そしてジャズロックのタッチを巧く融合したスタイリッシュなサウンドになっている。

★曲目★
01.Gate To Calatea(カラテアへの門)
02.Survey From The Summit(サミットからの伝言)
03.Volcano(火山)
04.Pyramids(ピラミッド)
05.Apocalypse Of Sounds(音の黙示録)
06.Gate Out Of Calatea(カラテアからの脱出)

 アルバムの1曲目の『カラテアへの門』は、緻密なリズムセクション上でメロトロンを含むキーボードやギターリフ、サックスによるアンサンブルと、イエス風のコーラスハーモニーを披露した楽曲。メロディックなモーグシンセサイザーはジェネシスのスタイルに近く、スペースを埋めるようなピーター・ウルフのサックスとフルートが特徴である。2曲目の『サミットからの伝言』は、抒情性のあるフルートやギターをメインとしたシンフォニック調の美しい楽曲。途中から変拍子やブレイクのある曲調に変化し、後半ではサックスとキーボードによる軽快なジャズロックとなっている。3曲目の『火山』は11分を越える大曲であり、本アルバムのハイライト的な楽曲。ローランド・ルックシュトゥールによる流麗なピアノソロから始まり、ジェネシス的なメロウなキーボードの音色とジェントル・ジャイアント的な複雑なフレーズが交錯した火山の威厳さを物語ったサウンドとなっている。クラシカル的なチェンバロをバックにして歌うコーラスはイエス風であり、フルートやメロトロン、ハープシコードがさらにクラシカルさを演出している一方、シンセサイザーやギターのフレーズがフュージョン的である。4曲目の『ピラミッド』は、ピアノやシンセサイザー、そしてサックスによるユニゾンが展開するジャズロック。ローランド・ルックシュトゥールのキーボードの巧みなプレイを改めて堪能でき、シンフォニックなサックスの演奏がジャズの雰囲気をさらに高めている。5曲目の『音の黙示録』は、クラシカルなフルートとピアノによる初期のジェネシスを彷彿とさせる幻想的な楽曲。2分以降からは複雑なリズムセクションやギター、シンセサイザーが加わり、よりオリエンタルな雰囲気を持った楽曲となっていく。6曲目の『カラテアからの脱出』は、メロトロンを使用したキーボードやサックスを中心としたジェントル・ジャイアント的な複雑性を持った楽曲。中盤はフルートを用いたリリカルな展開を経て、後半の部分はよりハードでダークな雰囲気に満ちており、アルバムを心地よい形で締めくくっている。

 本アルバムは複雑なインストゥルメンタルのテーマと要求の厳しいハーモニーに満ちており、間違いなくプログレファン向けの高水準のサウンドを提示したものになっている。彼らはすぐにレーベルをヴァーティゴに移籍し、1980年にセカンドアルバム『エレメンツ』を発表。そのアルバムは繰り返し登場するテーマをメインに、クラシックなメロディライン、ポリフォニックなコーラス、そして力強いベースラインを持った長尺の楽曲の多い作品となっている。しかし、本アルバムではギターパートが無くなってしまったことで、ギタリストのウルス・ワルディスプールが脱退しており、4人編成で臨んだ内容になっている。1981年にはロサンゼルスを拠点とするギタリストのデイル・ハウスキンスがゲストとして参加したサードアルバム『アウト・イン・ザ・ダーク』をリリース。そのアルバムは円熟期を迎えた彼らの最高傑作と呼ばれており、後のスイス国内のみならずドイツやイタリアを含めたツアーで成功を収めることになる。しかし、1982年のアルバム『Supervision』、『Travaganza』は、楽曲をより現代化し、幅広い聴衆に受け入れられるように、1980年代のニューウェーブに根付いたサウンドを生み出したが、6枚目のアルバム『8 on 6』では以前の成功を取り戻すことができなかったという。より短く歌モノ中心の楽曲は、プログレッシヴロックのファンにはあまり受け入れられなかったことが原因である。1986年頃からメンバーの制作意欲が薄まり、残念ながら同年に解散することになる。その後、彼らの残した作品は米国への輸入され、違法ブートレグやプログレ専門サイトへの多数のオンライン投稿といった間接的な手段を通じて、過去数十年にわたり世界中のプログレッシヴロックファンからかなりの支持を得てきたという。そんな折、2020年代にピーター・ウルフ、ローランド・ルックシュトゥール、ピットファーラー、ウルス・ホチュリのオリジナルメンバーが集結し、休止状態だったフレイム・ドリームの活動を再開。2024年に18年ぶりとなる最新アルバム『サイレント・トランジション』がリリースされる。そのアルバムには英国ブリストル出身のギタリスト、アレックス・ハッチングスが参加しているという。また、これまで再発されてこなかった彼らの6枚のアルバムが、2025年に初めて正規でCD化されており、多くのプログレファンを喜ばせている。

Flame Dream Calatea プログレッシブアルバムジャケットフレイム・ドリーム、カラテアのメンバー写真フレイム・ドリームのメンバー写真フレイム・ドリーム、カラテア、プログレバンド、1979年フレイム・ドリーム メンバー foto

 

フレイム・ドリーム カラテア アルバムジャケット

 皆さんこんにちはそしてこんばんはです。今回は1970年代後期のスイスにキラ星の如く出現したプログレッシヴロックグループ、フレイム・ドリームのデビューアルバム『カラテア』を紹介しました。スイスのルツェルン出身といえば、ドイツ語圏のアレマン語を使う地域として有名ですね。そんなフレイム・ドリームは日本でのリリースが無かったため、日本でも知る人ぞ知るプログレグループでしたが、実は1980年初頭のヨーロッパでは最も著名な同ジャンルのグループの1つだったそうです。彼らの特徴はイエスやジェネシス、ジェントル・ジャイアントを彷彿とさせたサウンドであり、しかも当時としては長尺ともいえる楽曲を大胆に取り入れたことで、多くのプログレファンから支持されたといいます。また、彼らの派手な演出のライヴステージは人気が高く、ツアーはスイス国内をはじめ、ドイツやフランス、ベルギー、スペイン、イタリア、スカンジナビアに赴き、さらには足を運んでいないアメリカでもファンがいたそうです。そのため、サードアルバムの『アウト・イン・ザ・ダーク』のレコーディングには、アメリカ人で凄腕のギタリストであるデイル・ハウスキンスや再結成したアルバムには英国ブリストル出身のギタリスト、アレックス・ハッチングスが参加しており、双方ともフレイム・ドリームのアルバムに参加したことを誇りにしていると言っています。そんなフレイム・ドリームですが、アルバムリリース後に再発が全くされておらず、2025年にようやく6枚の作品の初CD化がヴァーティゴから果たされています。これまでブートレグや非正規盤ばかりだったため、プログレファンからしたら、きっと喜んだのではないかと思われます。

 さて、そんな本アルバムですが、巨大なゲートを通り抜けてカラテアと呼ばれる世界を見つけた3人の友人の視点からなるコンセプト作品になっています。楽曲はジョン・アンダーソンやピーター・ガブリエルを彷彿とさせるヴォーカルをはじめ、ピアノをはじめとするキーボードやギター、ベース、パーカッションに加え、管楽器も取り入れた反復するテーマに、クラシック音楽的な旋律をテクニカルに聴かせたスタイリッシュなプログレサウンドになっています。これらの中でもイエスの影響が最も顕著で、グループのスタイルは多重ヴォーカルハーモニーをはじめ、クラシックにインスパイアされたピアノとハーシコードのイントロ、リック・ウェイクマン風の奇妙なシンセサイザーパート、スティーヴ・ハウ風のギターフックなど、英国プログレ特有の幻想的なブレイクに満ちたサウンドになっています。さらにメロディは妖しくメランコリックであり、ダイナミックで複雑なリズムセクションの上で、軽快なジャズロックのタッチのあるフルートとサックスのパートが施されており、サウンド自体に緻密性をもたらせています。この高水準に提示したサウンドが、次のセカンドアルバム『Elements(エレメンツ)』やサードアルバム『Out In The Dark(アウト・イン・ザ・ダーク)』で確立するシンフォニックロックになっていくことになります。

 本アルバムはクラシカルなキーボードやフルートを中心としたシンフォニック要素や繊細なリズムセクションとサックスによるジャズロック要素まで、スイスのグループらしい技巧的でメロディアスな作品となっています。イエスやジェネシス好きはもちろん、カテドラルやイエッダ・ウルファ好きの方にもぜひ聴いてほしいアルバムです。

それではまたっ!

 

 

 

 

ダンカン・マッケイ Chimera アルバムジャケット

Duncan Mackay/Chimera
ダンカン・マッケイ/キメラ
1974年リリース

多重キーボードによる
技巧性と構築性にあふれた名盤

 英国出身ながら南アフリカを拠点に活動し、渡英後に10ccやキャメルなどでその辣腕を発揮したキーボード奏者、ダンカン・マッケイのデビューアルバム。そのアルバムは兄弟のゴードン・マッケイ(ヴァイオリン、エレクトリックピアノ、ピアノ)とマイク・グレイ(ドラムス)という変則ツインキーボードトリオによるカラフルで構築的なサウンドになっており、エマーソン・レイク&パーマーやトレースを彷彿とさせるテクニカルながらポップセンスにあふれた傑作となっている。南アフリカのヴァーティゴからリリースされて以来、約34年後の2008年に英国のセカンド・ハーヴェストから初CD化を果たすが、後のダンカン・マッケイの活躍を鑑みても再発されなかったのが不思議なほど、長いあいだ幻とされていた作品でもある。

 ダンカン・マッケイは、1950年7月26日にイングランドのヨークシャー州リーズで生まれたミュージシャンである。彼は幼少のころからヴァイオリンを学んでおり、11歳で英国で最も有望なヴァイオリン奏者の1人として選ばれている。その後、シュルーズベリー公立学校で音楽奨学金を得た後、1967年にヴァイオリンのLTCL(英国トリニティ・カレッジ・ロンドン)とLRSM(英国王立音楽検定)のディプロマを取得して学業を終えている。1970年には作曲家でピアニストでもあるセルジオ・メンデスのグループ、セルジオ・メンデス&ブラジル'66に誘われ、メンバーの一員として演奏している。この頃に彼は作曲をはじめ、ピアノやオルガンといったキーボードの魅力に触れている。英国ではエマーソン・レイク&パーマーやジェネシス、イエスなど、キーボードを主軸としたプログレッシヴロックが台頭しはじめたのを横目に、ダンカン・マッケイはピアノをはじめ、ハモンドオルガンやシンセサイザーといったキーボードを使いこなしたオリジナルの楽曲の作成に勤しんでいたという。彼は兄弟のゴードン・マッケイと共に音楽の活動拠点として南アフリカに渡り、さらに楽曲の構築性を高めながら何度もスタジオでリハーサルを行い、1974年4月に南アフリカのヨハネスブルグにあるガロ・レコーディング・スタジオに入り、アルバム用のレコーディングを開始している。レコーディングには兄弟のゴードン・マッケイ(ヴァイオリン、エレクトリックピアノ、ピアノ)、マイク・グレイ(ドラムス)が参加し、当のダンカン・マッケイは作曲やプロデュースをはじめ、ハモンドB3オルガンやデノンエレクトリックピアノ、クラヴィコード、ARPシンセサイザーといったキーボードを担当したという。また、ミキシングエンジニアにはトニー・ブレット、録音エンジニアにはピーター・スウェイツ、テープオペレーターにはスティーブ・プレステージという顔ぶれで、1974年に南アフリカのヴァーティゴからデビューアルバム『キメラ』がリリースされることになる。そのアルバムはザ・ナイスやエマーソン・レイク&パーマーを思わせる大曲志向のクラシカルなキーボードロックになっており、テクニカルながらポップセンスにあふれた極上のサウンドになっている。

★曲目★
01.Morpheus(モーフィアス)
02.Twelve Tone Nostalgia(トゥエルブ・トーン・ノスタルジア)
03.Song For Witches(魔女のための歌)
★ボーナストラック★
04.The Opening(オープニング)

 アルバム1曲目の『モーフィアス』は、時には楽しくリズミカルに、時にはワイルドで荒々しいハモンドオルガンやピアノ、ARPシンセサイザーを中心とした壮大なシンフォニックロック。本トラックは非常にブリティッシュナイズされたダンカン・マッケイがヴォーカルが多くフィーチャーされている。タイトルとは裏腹に夢のような、あるいは夢幻的な要素は一切なく、リック・ウェイクマンを彷彿とさせる清らかなシンフォニックから、キース・エマーソン風のハードなホンキートンク調まで、スタイルが次々と変化した熱狂的な内容になっている。2曲目の『トゥエルブ・トーン・ノスタルジア』は、冒頭に聴こえるノスタルジックな音色から力強いハモンドオルガンのパッセージが支配した画期的なシンフォニックロック。ドラマチックで落ち着いた雰囲気からJ.S.バッハのクラシカル要素を組み入れ、マッケイのハモンドオルガンから生み出す重厚でサイケデリックな雰囲気が感情と情感を添えている。派手な曲調の後には、オルガンと共にベースペダルとドラムによって曲にジャジーさを増しているのが心地よい。3曲目の『魔女のための歌』は19分を越える大曲となっており、冒頭の風や雷鳴、雨の効果音からキース・エマーソンを彷彿とさせるキーボードプレイが炸裂する楽曲。パトリック・モラーツのアルバム『レフュジー』やキース・エマーソンのピアノインストゥルメンタルに非常によく似ている。7分頃になるとハモンドオルガンが再び登場し、ベガーズ・オペラのアラン・パークを彷彿とさせたようなクラシック風のメロディの数々で楽しませてくれる。重厚な展開が続くが、最後は内省、そしてユーモアを交えたピアノジャズとバロックの融合によって締めくくられている。ボーナストラックの『オープニング』は、2009年のCD化から収録された1990年に録音された楽曲。現代的なシンセサイザーとサックスが主体となった非常にエレクトロニックなサウンドになっており、少し本アルバムの雰囲気とは合っていないが、ジャジーなピアノは聴きどころがある。

 本アルバムリリース後、ダンカン・マッケイは急遽イギリスのロンドンに戻り、スティーブ・ハーレー&コックニー・レベルのメンバーとして活動する。コックニー・レベルはロンドン出身のロックグループで、1970年結成以来、全英アルバムチャートやシングルチャートにランクインする人気グループだったが、1974年にグループ内の問題が頂点に達し、ドラマーのスチュアート・エリオットを除くすべてのミュージシャンが、成功を収めたイギリスツアーの終わりに脱退。後にスティーブ・ハーレーをフロントマンに据えて再出発した際に呼ばれたのがダンカン・マッケイである。マッケイはコックニー・レベルで活動をしつつ、ソロアルバムの制作も邁進し、1977年にセカンドソロアルバム『スコアー』をリリースしている。同年にコックニー・レベルから離れた彼は10ccに参加し、1978年から1981年まで演奏。また、1978年からはケイト・ブッシュの初期3枚のアルバム『キック・インサイド』、『ライオンハート』、『ネヴァー・フォー・エヴァー』にも参加し、1977年から1979年までアラン・パーソンズ・プロジェクトにもキーボード奏者として参加している。さらにキャメルの1981年のアルバム『ヌードの物語 - Mr.Oの帰還 - 』と1982年の『シングル・ファクター』をはじめ、ハードロックグループであるバッジーの1982年のアルバム『デリバー・アス・フロム・イービル』にも参加しているという。面白いことに1980年代初頭には、イエスのキーボード奏者の候補にも名前が挙がっていたと言われている。1978年にはエレクトロニック・ミュージックに傾倒した3枚目のソロアルバム『VISA』をリリースしており、様々なグループやアーティストと数年間活動した後、1990年に4枚目のソロアルバム『A Picture of Sound』をリリース。最近では2004年に南アフリカのシンガーソングライターであるグレッグ・マキューアン=ココヴァオスと組んだアルバム『The First Time』を完成させており、イギリスのベテランDJのマーティン・ターナーによってラジオ・キャロラインで初めてオンエアされ、10ccの公式ファンサイトでもレビューされたという。これだけ輝かしい経歴を持つダンカン・マッケイだが、ソロアルバムに至っては長い間再発されることもなく、CD化となったのは2000年代以降である。現在では2019年にベル・アンティークのCDリマスター盤が最新版となっている。

ダンカン・マッケイ キメラ アルバムジャケットダンカン・マッケイ『キメラ』ジャケット画像ダンカン・マッケイ『キメラ』ジャケット写真ダンカン・マッケイ、キメラ、キーボード演奏

 

ダンカン・マッケイ キメラ アルバムアート

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は10ccやキャメル、バッジーといった様々なグループに参加して功績を残したキーボード奏者、ダンカン・マッケイのデビューアルバム『キメラ』を紹介しました。ダンカン・マッケイは多くの名アルバムに参加していたこともあり、個人的に当初はセッションミュージシャンやスタジオミュージシャンかなと思っていましたが、実は1970年代にソロアルバムをリリースしていたことを知ったのは2000年代以降です。特に本アルバムの『キメラ』や『スコアー』はリリース後に長い間再発がなされておらず、2004年頃にようやくCDで再発されたというのが実情です。このCD化で初めて『キメラ』や『スコアー』というアルバムを知ったということになります。10ccやキャメルのアルバムに参加しながら完成させたセカンドソロアルバム『スコアー』も魅力的ですが、ザ・ナイスやエマーソン・レイク&パーマーにも迫る重厚なキーボードロックを披露した本アルバムも素晴らしく、もっとキーボード奏者であるダンカン・マッケイを高く評価しても良いのではないかと思います。

 さて、本アルバムですが、ダンカン・マッケイが20歳を越えて南アフリカで音楽活動をしていた時期に作成し、リリースした作品です。クラシックをベースにした多彩なキーボードを組み込み、ジャズやクラシック、ロックというジャンルを融合し、まさしく『キメラ』というタイトル通り、彼の変幻自在なキーボードプレイが楽しめる逸品になっており、11分、8分、20分という大曲3曲で構成された本アルバムは、彼の作曲能力や演奏力の高さを指し示したものになっています。やはりインスト面のピアノやハモンドオルガンのスタイルはキース・エマーソンを彷彿としており、他にもパトリック・モラーツやリック・ウェイクマンにも寄せている内容もあります。それでも非常にユーモアがあり、くるくる変化する曲調は絶妙であり、きっと当時のマッケイはアイデアを駆使しつつ楽しみながら演奏していたのではないでしょうか。3曲ともそれぞれあまり長く感じないほど、素晴らしい構成力を持った楽曲になっています。たぶん、そのスタイルとポテンシャルが10ccやキャメルといった大グループに誘われるきっかけになったのではと個人的には思っています。

 本アルバムは後に様々なグループに参加して名を馳せるキーボード奏者のデビューアルバムです。クラシカルながらジャジーな一面のあるテクニカルで変幻自在なキーボードロックをぜひ堪能してほしいです。

それではまたっ!
 

 

 

Exodus The Most Beautiful Day アルバムジャケット

Exodus/The Most Beautiful Day
エクソダス/最も美しい日
1980年リリース

仄暗いシンセサイザーを最大限に活かした
東欧シンフォニックロックの逸品

 1970年代から1980年代におけるポーランド屈指のプログレッシヴロックグループ、エクソダスのデビューアルバム。そのアルバムは適度な重厚感と疾走感を湛えたスペイシーなシンセサイザーを中心に、スティーヴ・ハウ風の12弦ギターやハイトーンのヴォーカルから東欧のイエスと呼ばれ、欧米とは異なる独自の透明感を湛えた味わい深いシンフォニックロックとなっている。
1980年代当時、エクソダスはポーランドのロック音楽のトレンドである「Muzyka Młodej Generacji(ヤングジェネレーションの音楽)」の1グループと見なされ、また、ドラマー向けの音楽誌「Magazyn Perkusista」(2018年7~8月号)で、本アルバムは「ドラマーにとって最も重要なポーランドのアルバム100選」で87位にランクインしている。

 エクソダスは1976年の秋にポーランドの首都ワルシャワにで結成されたグループである。元々はワルシャワにあるリヴィエラ・レモント・クラブで演奏していた兄弟のアンジェイ・プチンスキ(ギター、ヴォーカル)とヴォイチェフ・プチンスキ(ベース、ギター)が率いるロックグループ、Źródło(ジルドゥウォ)が母体となっている。初期メンバーには、パヴェウ・ビルラ(ヴォーカル)、ヴワディスワフ・コメンダレク(キーボード)、イェジー・マフニコフスキ(ドラムス)も含まれていたが、マフニコフスキは1年後にズビグニェフ・フィクに交代している。プチンスキ兄弟はグループ名を旧約聖書『出エジプト記』の英訳であるエクソダスと変え、1977年にアンジェイの自宅でデビューアルバム『Nadzieje, Niepokoje(組曲「希望、不安」)』を録音している。しかし、録音したデモテープはリリースされることは無く、後の2006年にコンピレーションアルバム『The Most Beautiful Dream; Anthology 1977–1985』の一部としてリリースされることになる。この音源を録音した直後、彼らはポーランド各地で10回以上のコンサートを行い、1977年のウッチのポーランド舞台見本市をはじめ、1978年と1979年にはポズナンの国際ステージ、1978年にはソポトのポップセッション、そして1979年にはルバンの音楽キャンプといった数多くのイベントで演奏したという。特に彼らはイギリスのポップグループであるザ・ルベッツと共に、ソビエト連邦や西ドイツ、ハンガリーなど、ヨーロッパ各地をツアーすることが多かったとされている。アンジェイはいくつかのミュージカル公演のために作曲し、その中でも最も人気があったのは1977年の『希望と不安』、1979年の『仮面』、1980年の『最後の旅する劇場』である。後者の2曲はTVPによって撮影されて放送されたものの、残念ながらテープは消去されている。しかし、公演の1つの断片が残っており、テレビ映画『マウス』で使用されたという。こうした活躍からエクソダスはクラクフのグループSkaldowieと共に、1979年のマルチン・ワシレフスキ監督のテレビバレエ公演『魔法の旅』に参加している。彼らにアルバムリリースの話が舞い込んだのが結成から4年後の1980年である。3月にレコーディングを行い、1980年にポーランドのレコードレーベル「Muza」からデビューアルバム『The Most Beautiful Day(最も美しい日)』がリリースされる。そのアルバムは20分近くに及ぶ組曲を筆頭に、シンセサイザーを多用した東欧独特の冷ややかで繊細なシンフォニックロックが全編で発揮された1枚となっている。

★曲目★
01.Ci Wybrani(選ばれし者たち)
02.Stary Noe(星空ノエ)
03.Złoty Promień Słońca(黄金の太陽の光)
04.Widok Z Góry Najwyższej(最高峰からの眺め)
05.Ten Najpiękniejszy Dzień - Suita(組曲「この最も美しい日」)
 a.Leśne Wspomnienie(森の記憶)
 b.Czas Już Iść(行く時間だ)
 c.Wyścig Z Czasem(時間との競争)
 d.Najpiękniejszy Dzień(最も美しい日)

 アルバムの1曲目の『選ばれし者たち』は、奇妙なシンセサイザーシーケンスや荒々しいドラミング、そしてヘヴィなギターによるハードロック風の楽曲。まるで曲調がフランク・ザッパやヴァニラ・ファッジに影響を受けた不協和音を多用した前衛音楽のようだが、キレのあるリズムと優れたヴォーカルハーモニーでバランスをとっているのが面白い。2曲目の『星空ノエ』は、美しくも正確なアコースティックギターのアルペジオをバックにしたバラード曲。ビルラのヴォーカルは優雅な多様性を披露した絶妙なパフォーマンスを見せており、聴く者に安らぎを与えている。3曲目の『黄金の太陽の光』は、多彩なキーボードとプログレらしい変拍子がありながらもメロディックな優雅さを継続した素晴らしい楽曲。ビルラのハイトーンのヴォーカルが冴えており、演奏もイエスのようなドラマティック性を持った魅力的な展開がある。4曲目の『最高峰からの眺め』は、初期のトニー・バンクスを思わせるシンセサイザーコーラスとハーケット風の明朗なアコースティックギターの音色をバックにしたシンフォニック性の高い楽曲。音楽はキーボードによるメロディで穏やかに流れつつ、ギターフィルがリズムセクションを支配している。5曲目の『組曲「この最も美しい日」』は、4つの楽章に分かれた19分に及ぶ大曲。最初は素晴らしいシンセサイザーワークとドラミング、そして脈打つベースによる高揚感あふれる楽曲。3分辺りからヴォーカルが入り、ボリュームペダルを使ったギターワーク、フルートストリングスによる爽快なアンサンブルは聴きどころでもある。6分過ぎからはエレクトリックギターのエフェクトや伸びやかなシンセサイザー音を中心とした楽曲となり、まさに時間を表したような心地よくゆったりとした流れになっている。11分辺りから独特なギターエフェクトを使用したソロ展開となり、13分から疾走感あふれるキーボードとギターのアンサンブルとなっている。最後は美しいシンセサイザーの音色と荘厳なコーラスワーク、そしてギターによるシンフォニックな展開でフェードアウトしている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、12弦ギターやハイトーンヴォイスから確かにイエスを彷彿とさせる一方で、シンセサイザーはジェネシスのトニー・バンクスを思わせる。複雑な展開はできる限り排除し、両グループの緻密性やメロディアスな部分を巧みに利用した素晴らしいアルバムである。

 本アルバムは批評家から高く評価され、商業的に成功を収め、ダイヤモンド認定(20万枚販売)を獲得している。同年、彼らはポーランドの「Non Stop」誌の読者から最も期待されたロックグループに選出されている。彼らは国内でコンサートを行い、1981年に2枚目のスタジオアルバムの制作に入っている。10月から11月にかけてレコーディングを行い、1982年にセカンドアルバム『スーパーノヴァ』をリリース。このアルバムも批評家から絶賛され、1983年のポーランドのロックアルバム第1位となり、47万6000枚以上を売り上げたという。しかし、前作のようなプログレッシヴ色は薄まり、曲の長さがコンパクトになっている。これはポーランドのロックシーンの新しい音楽トレンドに追いつこうとした結果であったが、多くのプログレファンは批判したと言われている。1983年にギタリストのマレク・ヴォイツキが新たに加入し、同年に3枚目のスタジオアルバム『Hazard』をレコーディングしている。このアルバムはデビューアルバムと同様に、2006年にコンピレーションアルバム『The Most Beautiful Dream; Anthology 1977–1985』にも収録されている。彼らは新ラインナップでポーランドのロックシーンにおける「ロックブーム」のトレンドに貢献したいと考え、よりアグレッシブな演奏をするようになったという。しかし、1985年にグループは解散。再編成された後に彼らは一時的にマッドマックスという名前で活動を続けたという。このマッドマックスでの活動の痕跡は、ビャウィストクのポーランドのラジオ局のために録音された3曲と、『Atak Serce』のミュージックビデオのみである。マッドマックス解散後、キーボード奏者のヴワディスワフ・コメンダレクはソロ活動を開始し、2000年代まで20枚近くのアルバムを残している。ギタリストのアンジェイ・プチンスキはポーランドの独立系レコードレーベル、イザベリン・スタジオを設立し、後にユニバーサル・ミュージック・ポルスカの社長となっている。ドラマーのズビグニエフ・フィクは、1990年代に若いミュージシャンと共にオインクというオルタナティヴロックグループを結成している。ギタリストのマレク・ヴォイツキは「クロステーピング」と呼ばれる10本の指を使う独特のテクニックを持つ、ポーランドを代表するギタリストとなっている。ヴォーカルのパヴェウ・ビルラは音楽活動から離れ、現在はアメリカに住んでいるという。アンジェイと兄弟のヴォイチェフ・プチンスキは、その後セッションミュージシャンとして活躍したと言われている。1992年にエクソダスの全シングルが収録されたアルバム『Exodus: Singles Collection』がCDでリリースされ、2010年にはポーランドのポップシンガーであるスタチュルスキーがエクソダスの曲『Ponury pejzaż』をカヴァーし、アルバム『Magnificent Polish Hits 2』に収録。2000年代には次々と本アルバムを含めた作品がCDリマスター化されており、ポーランドにおいてエクソダスは未だに人気が高いことがうかがえる。

エクソダス「最も美しい日」LPジャケットエクソダス、ポーランドのシンフォニックロックバンドエクソダス:最も美しい日 メンバー集合写真エクソダス、5人組ロックバンド、1980年</div>

 

エクソダス『最も美しい日』アルバムアート

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はポーランドのイエスとも呼ばれるエクソダスのデビューアルバム『The Most Beautiful Day(最も美しい日)』を紹介しました。エクソダスというグループ名を聴くと、どうしてもアメリカのスラッシュメタルバンドを思い出してしまいますが、こちらは歴としたポーランドのプログレッシヴロックグループです。ポーランドのプログレといえば1970年代にニーメンのバックバンドだったSBB(シレジアン・ブルース・バンド)が有名ですが、1980年代ではエクソダスがポーランドのロック音楽のトレンドであるヤングジェネレーション・ミュージック(若者世代の音楽)の1つとされており、ポーランドのロックシーンを代表するグループだったそうです。そのため、本デビューアルバムとセカンドアルバムは商売的に成功し、10万枚以上売り上げたことを示すダイヤモンド認定を受けることになります。彼らの3枚のアルバムを聴くと、デビューアルバムがプログレ、セカンドアルバムがシンセポップ、サードアルバムがハードロックという時代に合わせた音楽を作り、彼らほどポーランドにおいて批評家やリスナーから高く評価されたグループは少なかったのですが、音楽の方向性を見失い解散することになります。しかし、エクソダスの残した作品やスタイルは、ANAMORやQUIDAMといったグループに引き継がれていくことになります。

 さて、そんな彼らのデビューアルバムですが、12弦ギターやハイトーンのヴォーカルがやはりイエスを彷彿とさせますが、美しいシンセサイザーコーラスがジェネシス初期のトニー・バンクスのようです。20分近くの大曲があることから、1970年代のクラシカルなプログレッシヴロックが展開していく流れになると思っていましたが、実に聴きやすく、パヴェウ・ビルラのヴォーカルは後のマリリオンにも通じる演劇的なインスピレーションを与えています。最後の組曲は圧巻のひと言で、当時20分にも及ぶ大曲を披露したことも驚きですが、あれほど高揚感と疾走感をあおるサウンドを創り出せるのはなかなかいないと思います。良くも悪くも1970年代のプログレと1980年代のネオプログレの中間的な位置にあるサウンドと言ってしまえばそれまでですが、キーボードとギターのメロディアスなアンサンブルはどこまで行っても美しく、聴いていてとても心地よいです。そして脈打つベースと力強いドラミングも個人的に評価が高いです。

 本アルバムはネオプログレ以前に発表したポーランドを代表するシンフォニックロックの逸品です。私自身、聴いてみて予想外に驚いてしまい、世の中にはまだまだ素晴らしい音楽が眠っていることを改めて実感した次第です。

それではまたっ!
 

ピンク・フロイド 炎 アルバムジャケット

Pink Floyd/Wish You Were Here
ピンク・フロイド/炎~あなたがここにいてほしい~
1975年リリース

グループの大きな転換期を迎え
時代を定義づけた歴史的な名盤

 大ヒットした前作『狂気』から3年近くの月日が経って発表されたピンク・フロイドの通算9枚目のスタジオアルバム。そのアルバムはデヴィッド・ギルモアの哀愁感のあるギターを中心としたロック色の強いサウンドになっており、視覚的な音楽の作りはそのままに暗さや浮遊感、そして単調さや複雑さを両立させた凄まじくも優しいメロディが感じられる作品となっている。アルバムジャケットは黒色の不透過シュリンクラップを破くと火だるまの男がサングラスをかけた男と握手をしている写真が現れる衝撃的なヒプノシスのデザインをはじめ、初代リーダーのシド・バレットに捧げられたと思われる曲や商業主義に傾倒する音楽業界に対するメッセージ性の強い曲などがあり、発売するやいなや全米全英のアルバムチャートで1位を獲得した歴史的な名盤でもある。

 1973年に発表した『狂気』が大ヒットし、ピンク・フロイドは一躍スターダムにのし上がり、世界的なグループとして認知される。しかし、その代償は『狂気』を越えるアルバム作りというプレッシャーと、あまりの多忙によってウォーターズとメイスンがそれぞれ離婚の危機を抱えるという問題で、アルバム制作が困難を極めたことである。そのため、1973年にコンサートをこなした彼らはその後長期休暇に入り、メンバーは各々好きなことをして時間を過ごしたという。この時、グループとしての活動が長期にわたって中断したため、実質解散状態となっていたと言われている。当初、彼らは楽器を一切使わずにコップやナイフ、マッチ棒などの日用品のみで演奏をする『Household Objects』というアルバムを作ろうとしていたらしい。これは1973年11月のディスク誌でスクープとして報道され、その後の12月には2曲『The Hard Way』と『Wine Glasses』が完成し、1974年2月にリリースすると発表されている。しかし、次第にメンバーの興味が薄れていったため、最終的に完成には至らなかったとされている。なお、この2曲は2011年に発売された『狂気』と『炎』のボックスセットに、1曲ずつ収録されて初公開され、『Wine Glasses』が『クレイジー・ダイアモンド』のイントロとして使われていたことが明らかになっている。また、彼らは1974年6月にフランスツアーを行い、ここで『クレイジー・ダイアモンド』と『Raving And Drooling』の2曲を披露。さらに同年の秋から冬にかけてイギリスでコンサートツアーを行い、先の2曲に加えて『You've Gotta Be Crazy』も演奏されたという。次のアルバムにはこの3曲を収録することが決まりかけていたが、このイギリスでのツアーの模様を収録した海賊盤がリリースされ、空前のヒットを記録するという事態になってしまう。結局、『クレイジー・ダイアモンド』以外の曲は見送られ、新たにアルバムの内容を再考せざるを得なくなったとされている。彼らは1974年にコンサートツアーがあるために再度集まって活動を再開。いくつかの新曲が出来上がり、1975年に入ってレコーディングをしようとしたが、メンバーがレコーディングに集中できず、遅々として進まない状態が続いたという。その中でも新作の収録に際して新たなレコーディングスタジオを使用していたが、不慣れなエンジニアが収録したテイクに間違えてエコーをかけてしまったため、再レコーディングをせざるを得なくなったと言われている。1974年11月には『メロディ・メイカー』誌で、「1975年1月から2月にかけてレコーディングされ、3月にリリースされる」という報道がなされたものの、制作は遅れ、すでに決定済みだった4月のシアトルから7月初旬のネブワースまでのコンサートツアーによってレコーディングが一時中断されたという。こうした紆余曲折を経て1975年9月15日にアルバム『炎~あなたがここにいてほしい~』リリースされる。

★曲目★
01.Shine On You Crazy Diamond~Part One(Ⅰ-Ⅴ)~(クレイジー・ダイアモンド 第一章)
02.Welcome To The Machine(ようこそマシーンへ)
03.Have A Cigar(葉巻はいかが)
04.Wish You Were Here(あなたがここにいてほしい)
05.Shine On You Crazy Diamond~Part Two(Ⅵ-Ⅸ)~(クレイジー・ダイアモンド 第ニ章)

 アルバムの1曲目の『クレイジー・ダイアモンド 第一章』は、深淵なリチャード・ライトの儚いシンセサイザーの響きとデヴィッド・ギルモアの哀愁のあるブルージーなギターが胸を打つ楽曲。4分辺りから曲調が変わり、リズムセクションが加わったロック調のサウンドとなり、ここでもブルージーさを極めたギルモアのギターが冴えた内容になっている。9分辺りからヴォーカルが入り、後半には臨場感あふれるサックスがフィーチャーされているという、まさに心が浄化されるようなメロディであり、暗さと浮遊感を両立した美しいサウンドに終始している。2曲目の『ようこそマシーンへ』は、無機質な機械のノイズが飛び交うような音とギターのストローク、そしてヴォーカルに合わせた劇的なシンセサイザーの響きが印象的な楽曲。全編シンセシザー音に満ち溢れたプログレッシヴらしい曲になっているが、社会のシステムに取り込まれる若者の残酷なリアルを描いた曲でもある。3曲目の『葉巻はいかが』は、独特のエフェクターをかけたクールなギターリフから始まるブルース調の楽曲。メロウなギターを中心とした非常に聴きやすい内容になっているが、歌詞はレコード会社の重役と思われる人物の一人称視点で書かれており、バンドを金儲けの道具としか思っていない当時の音楽業界に対する痛烈な風刺ソングとなっている。ちなみに、この曲でヴォーカルを務めているのはフォーク歌手のロイ・ハーパーである。4曲目の『あなたがここにいてほしい』は、1975年のツアー終了後に完成した楽曲であり、ラジオの右スピーカーから流れくるアコースティックギターの遠い音色から、ギターフレーズが被さってステレオとして本曲が鳴るという洒落たサウンドギミックが特徴の楽曲。リチャード・ライトのピアノが素晴らしく、美しくも切ないピンク・フロイドならではの名曲である。5曲目の『クレイジー・ダイアモンド 第ニ章』は、ベースと低音ギター、そして風の音と共に始まる演出が『吹けよ風、呼べよ嵐』を彷彿とさせる。4分辺りから唸るようなギター音が狂気じみているが、ヴォーカルが始まった途端、神秘的な雰囲気に包まれていく。その後、ギターのアルペジオからジャズ風のセッションが展開し、フュージョン風のメロウなアンサンブルが心地よい。そしてピアノとギターによる静かな曲調から、最後は明るいハーモニーのままフェードアウトして終えている。

 本アルバムは発売されるや10月4日付けで全英アルバムチャートで1位を獲得。さらに全米ビルボード・アルバムチャートでも1位を記録し、日本のオリコンチャートでも4位を記録する空前のヒットとなる。デヴィッド・ギルモアは、ピンク・フロイドのアルバムの中で本作が一番のお気に入りであると公言しており、リチャード・ライトも生前に同様の発言をしていたという。これ以後、ピンク・フロイドが発表するスタジオアルバムは、いずれも大がかりなコンセプトアルバムの体裁をとるようになる。1970年後半にはパンクロックやニューウェーヴ勢が台頭し、プログレッシヴロックはオールドウェーヴと揶揄されるようになった時代、ピンク・フロイドは次第にロジャー・ウォーターズのイニシアティブが強くなっていったという。1977年発表の『アニマルズ』はコンセプトアルバムであるものの、全5曲中4曲がウォーターズ単独の書き下ろしとなっており、ウォーターズがリードヴォーカルを担当している。また、サウンド面でもそれまでの幻想的な音創りは影を潜め、分かりやすいロックサウンドに変わっていったという。『アニマルズ』発表後、「Pink Floyd : In The Flesh」というヨーロッパと北アメリカをまたぐ、当時の彼らにとって最大級のコンサートツアーを開催。このツアーの最終日である7月6日のカナダのモントリオール公演で、ウォーターズは前列で大騒ぎしていた観客に激怒し、演奏途中で唾を吐き掛けるという行為に及んでいる。ウォーターズはこの行為が発想の引き金となって、コンサート終了後に次のアルバム制作に没頭することになり、一方、他のメンバーはそれぞれソロ活動を開始し、デヴィッド・ギルモアは1978年にソロアルバムを発表してヒットを記録する。1979年11月には2枚組アルバム『ザ・ウォール』を発表。シングルの『アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート2)』とともに大ヒットを記録。本アルバムでも2枚組全26曲のうち、数曲を除きウォーターズが単独で作詞と作曲を行っている。また、共同プロデューサーとしてアリス・クーパーのプロデュースなどで知られるボブ・エズリンが招かれ、アルバムのレコーディングには多数のセッション・ミュージシャンが招かれたという。しかし、グループ内ではウォーターズの独裁化が進み、『ザ・ウォール』のセッション途中でウォーターズがリチャード・ライトを解雇するなど、メンバー間の亀裂は深くなる一方であったという。その後、メンバーとの確執が解消されないまま、1985年12月にロジャー・ウォーターズは脱退し、ソロ活動へと邁進していくことになる。空中分解してしまったピンク・フロイドだったが、デヴィッド・ギルモアはニック・メイスンと共にピンク・フロイドの「解散」に強く反対してグループの存続を主張。ウォーターズの脱退を受け、自ら指揮を執って新生ピンク・フロイドを立ち上げたという。ギルモアは多数の外部ミュージシャンを招聘してアルバム制作に取り掛かり、一方のウォーターズはこの新生ピンク・フロイドの活動継続に激怒して訴訟を起こしたが和解し、1987年に『鬱』を発表。大掛かりなツアーを敢行してピンク・フロイドの復活を印象付けたという。

ピンク・フロイド『炎』ジャケット:握手する炎の男とサングラスの男ピンク・フロイド『炎』ジャケ写 赤い布と木々ピンク・フロイド Wish You Were Here アルバムジャケットピンク・フロイド 炎~あなたがここにいてほしい~ アルバムジャケットピンク・フロイド 炎~あなたがここにいてほしい~ 制作風景

 

ピンク・フロイド「炎」ジャケット、握手する二人

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はモンスターアルバム『狂気』のプレッシャーを跳ね除け、全英全米1位に輝いたピンク・フロイドの通算9枚目のアルバム『炎~あなたがここにいてほしい~』を紹介しました。炎に包まれた男性とサングラスをかけた男性と握手するヒプノシスのアルバムジャケットも衝撃的ですが、私はアルバムの日本語タイトルが素晴らしいな~と思ったものです。調べてみると『炎~あなたがここにいてほしい~』という日本語のタイトルは、メンバーが日本側に指定してきたものらしいじゃないですか。本アルバムが日本で人気が高いのは、ピンク・フロイドが音楽面だけではなく、こうしたタイトル1つに及ぶほど作品に対してこだわりを持ち続けていることも大きいのではないかと考えています。

 さて、本アルバムですが『クレイジー・ダイアモンド』の曲に挟まれる形で3曲があるという構成になっていますが、個人的にすごく聴きやすかったというのが第一印象です。サイケデリック色と幻想性が強かったこれまでのアルバムよりも明らかにロック色が強くなっており、それはデヴィッド・ギルモアのブルージーなギターにも現れています。リチャード・ライトのシンセサイザーやピアノも抑えているものの各楽曲の中にしっかりと溶け込んでおり、どちらかというと暗さやけだるさのある曲調が多い彼らの曲の中でも、非常に美しく豊かなメロディになっていると思います。また、社会のシステムに取り込まれる若者の残酷なリアルを描いたものや商業主義に傾倒する音楽業界を痛烈に描いているなど、ピンク・フロイドらしい風刺の効いた歌詞も大きなポイントになっています。アルバムに収録されている『クレイジー・ダイアモンド』や『あなたがここにいてほしい』の曲は、よく初代リーダーのシド・バレットに捧げられた曲と言われています。しかし、ギルモアは「シド・バレットのことを思い出さずにこの曲を演奏することはない」と語る一方で、ウォーターズは「自分自身と向き合って書いた曲だ」と語っています。解釈は違えど、グループにとってシド・バレットの存在は大きく、彼無しにはグループは結成し得なく、一方で彼と共にバンドを続けることは不可能であるというジレンマが常にメンバーの中であったということでもあります。本アルバムはそんなシド・バレットという人物を改めて強く感じて結束を図った作品でもあると思っています。

 本アルバムは世界的にヒットした前作『狂気』というプレッシャーの中で制作された、こちらも紛れもない歴史的な傑作です。このあいだ久しぶりに聴きましたが、何度聴いてもまったく色褪せないですね。

それではまたっ!
 

パルツィヴァル バロック アルバムジャケット

Parzival/Ba-Rock
パルツィヴァル/バロック
1973年リリース

アコースティカルな楽器を巧みに利用し
中世的なサウンドを創り上げた傑作

 ドイツのグリフォンと呼ばれ、その中世の民俗音楽を基盤にしたプログレッシヴロックグループ、パルツィヴァルが1973年にリリースしたセカンドアルバム。そのアルバムはヴァイオリンやフルート、チェロといった管弦楽器をはじめ、メロトロンやピアノ、オルガンといったキーボード、そしてアコースティックギターを巧みに利用し、フォーク、アヴ​​ァンギャルド、クラシック、ポップを並外れた技術でミックスさせたバロック系シンフォニックロックとなっている。本アルバムはデビューアルバムの『レジェンド』と共に、ジャーマンシンフォニックプログレの隠れた傑作として今なお名高い。

 パルツィヴァルは1971年にドイツの北に位置する都市ブレーメンで結成されたグループである。母体となっているのは1965年にブレーメンで結成されたビートグループ、チェンバレンズである。当時16歳だったロタール・シームス(ギター、ヴォーカル)とトーマス・オリヴィエ(ドラムス、ヴォーカル)が在籍していたが、1967年にグループが解散。2人はフォークデュオの「トム&チェリー」という名でツアーを行い、すでに自分たちが作曲した曲を演奏していたという。その後、ヴァルター・クィントゥス(ヴァイオリン、コントラバス)とチェリストが加わり、1967年12月にブレーメンのライヴハウス「リラ・オイレ」でクィントゥス・クインテットを結成している。このグループから独自の音楽スタイルを確立していったとされている。彼らは1968年にラジオ・ブレーメンの生放送でラジオデビューを果たし、翌年の1969年にシームス、クィントゥス、オリヴィエの3人はトリオグループ「Beazzic Conservatory」を結成。「Beazzic」という言葉は「ビート」、「ジャズ」、「クラシック」という音楽スタイルを組み合わせた造語である。同年、ブレーメンのフルート兼ピアノ奏者のマティアス・ミュラー=メンケンスが一時加入し、グループが創作するサウンドはより幅を広げていったという。1970年になると、そんな彼らの不思議な音楽をライヴステージで聴いたアメリカのプロデューサーであるグレン・H・フリードマンとサウンドエンジニア兼パーカッショニストのデイヴ・グリンステッドが接近。デモテープを録音のために、彼らをロンドンのデッカ・スタジオに連れて行ったという。しかし、当時の英国音楽家組合は、イギリス国内での外国人による公演の制限を行っていたため、彼らはすぐにドイツに帰国することになったという。そんな彼らに声をかけたのがドイツのロックプロデューサーであるコニー・プランクである。プランクは彼らと契約をし、レコード会社のテルデックは、歴史あるテレフンケンレーベルからデビューアルバムをリリースすることを約束したという。彼らはレコーディングセッション中にグループ名をアーサー王の聖杯伝説にも登場する騎士「パルツィヴァル」に変えている。レコーディングにはゲストミュージシャンのマティアス・ミュラー=メンケンス(フルート)、ハンス・ヤスパース(ヴィオラ)、ヨアヒム・ライヒホルト(チェロ)が参加し、1971年にデビューアルバム『レジェンド』をリリースすることになる。

 その『レジェンド』のアルバムは元ザ・ビートルズのジョージ・ハリスンやリンゴ・スターからも賞賛され、ペトラ誌はアルバム『レジェンド』を年間最優秀レコードに選出している。1972年になるとブレーメンのチェロ奏者であるヴァルター・フォン・ザイドリッツが加わり、トリオはカルテットへと拡大し、テルデックからシングル「Souls Married To The Wind/One Day」がリリースされる。同年に彼らはミュージックビデオに出演するが、NDRによるとパルツィヴァルが「おそらく最初のドイツのミュージックビデオに出演したグループ」とされている。彼らは次のアルバムをレコーディングするために、ハンブルグのテルデックスタジオに入っている。この時のメンバーはロタール・シームス(ギター、ヴォーカル)、トーマス・オリヴィエ(ドラムス、ヴォーカル)、ウォルター・クィントゥス(ヴァイオリン、ピアノ、オルガン)、マティアス・ミュラー=メンケンス(フルート、ピアノ、オルガン)、ウォルター・フォン・ザイドリッツ(チェロ)、ハラルド・コニエツコ(ベース、ヴォーカル)、ハンス・ランペ(パーカッション)である。こうして1973年にセカンドアルバム『バロック』がリリースされる。

【曲目】
01.Souls Married To The Wind(風と結婚した魂たち)
02.Stories(物語)
03.Black Train(黒い列車)
04.Mrs. Virgin(ヴァージン夫人)
05.Frank Supper(フランク・サパー)
06.Scarlet Horses(スカーレット・ホース)
07.It's A Pity(それは残念)
08.Thought(思考)
09.Paradise(パラダイス)
10.Party Bird(パーティー・バード)
11.Veronique(ヴェロニク)
★トラック01、10、11はボーナストラック

 アルバムの1曲目の『風と結婚した魂たち』は、シングルにもなったアコースティックギターを中心のポップなヴォーカル曲。男女のコーラスが素晴らしく、どことなくママス&パパスを思わせる。後半にはヴァイオリンやフルートが加わり、牧歌的な演出が素晴らしい。2曲目の『物語』は、ヴァイオリンやフルートをフィーチャーしたフォーキーな楽曲。元々なアルバムの1曲目となっていた曲であり、陽気でノリの良いオープニング曲でもある。3曲目の『黒い列車』は8分を越える大曲であり、ヘヴィなギターのアルペジオと力強いリズムセクション、そしてファンキーなフルートやヴァイオリンが印象的な楽曲。サイケデリックやプログレのムードがあるものの、エレクトリック・ライト・オーケストラやザ・ツリーズを掛け合わせたような曲調がある。4曲目の『ヴァージン夫人』は、ヴァイオリンとフルート、そしてストリングスによるバラード調の楽曲。ヴォーカルはまるでファミリーのロジャー・チャップマンとヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレイターのピーター・ハミルが歌っているようである。後半では鄙びたヴァイオリンをバックに語りが入っている。5曲目の『フランク・サパー』は、フルートとギターによるバロック調の雰囲気のある楽曲。酒の席かレストランでのエフェクトをバックに華麗に演奏しているのが心地よい。6曲目の『スカーレット・ホース』は、アヴァンギャルドなヴァイオリンの音色とアコースティックギターのアルペジオから、変拍子を交えた曲調、そしてメロトロンをバックにしたシンフォニックロックとなる楽曲。中盤では泣きのエレクトリックギターや美しいフルートのソロがあり、全体的に多彩なフレーズを持つヴァイオリンの音色を堪能できる1曲となっている。7曲目の『それは残念』は、ピアノやギター、ヴァイオリンを中心としたキャッチーなポップソング。シングルで出してもおかしくはないほどメロディにあふれている。8曲目の『思考』は、ダークなヴァイオリンの調べから賑やかなパーカッション上でワイルドなフルートジャムへと発展していく楽曲。後半ではギターとヴァイオリン、フルートのアンサンブルが思わずキング・クリムゾンを彷彿とさせる瞬間がある。9曲目の『パラダイス』は8分を越える大曲であり、ダークなヴァイオリンを中心とした多彩な楽器による楽曲。メロトロンやフルート、チェロがフィーチャーされており、民族音楽的なメロディのあるプログレッシヴ性の強い内容になっている。ボーナストラックの『パーティー・バード』と『ヴェロニク』は、ギターとヴァイオリン、フルート、オルガンによる中世的で牧歌的な楽曲になっており、本アルバムの楽曲にも遜色ないくらいクオリティが高い。

 本アルバムも前作同様に注目され、前衛的なクラシック・フォーク・ロックとして国内外の批評家を魅了させたという。しかし、アルバムがリリースして間もなく、パルツィヴァルは解散を発表することになる。原因はメンバー同士の確執にあったと言われている。パルツィヴァルの共同創設者であるトーマス・オリヴィエは、2021年の雑誌Nordeventsで「私たちは21歳か22歳で、常にいがみ合っていて、些細なことでもすぐに腹を立てていた」と解散の理由を述べている。その4年後、ギタリスト兼ヴォーカルのロタール・シームスは、1977年にヴァルター・クィントゥスと共にパルツィヴァルを再結成し、アドルフ・ヒトラーを題材にしたロックオペラ『Der Führer(総統)』を制作している。の後、シームスは叙情詩を書き始め、後にメディアデザイナーとして活躍することになる。ドラマーのトーマス・オリヴィエは、方向転換して作家としての活動に専念。彼は主に物語やミュージシャンへのインタビューを執筆し、時折音楽プロジェクトも手がけたという。彼は1985年に「Thomas & Thomas」というプレスエージェンシーを設立している。解散後もレコードのリリースは止まらず、1975年にテルデックはノヴァレーベルの2枚のレコードとシングル『Souls Married to the Wind/One Day』をまとめたダブルアルバム『A German Rock Legend』をリリース。また、1981年にテルデックはテレフンケンレーベルのシリーズの一環として、パルツィヴァルのベスト盤『Parzival–Rock in Deutschland Vol. 9』をリリースしている。さらに1998年にはイーストウエスト・レコード/ワーナー・ミュージックは、ボーナストラック付きのデジタルリマスター盤として、オリジナルアルバム2枚を初めてCDでリリースしたという。解散から約50年が経った2022年に共同創設者でドラマーのトーマス・オリヴィエとハンブルクを拠点とするプロデューサー兼作曲家、そしてサウンドエンジニアのディーター・ファーバーによってパルツィヴァルが復活。コンセプト・ダブル・アルバムとなった『David–The Hymn』では、23曲の新曲と23カ国から130人のミュージシャンが参加している。そのアルバムはハイパーテンションからCDで、 シリーナ・レコーズから2024年6月に豪華なゲートフォールドカバー付きのレコードでリリースされたという。

Parzival Baroque アルバムジャケット画像パルツィヴァル『バロック』アルバムジャケットParzival 1973年 バロック アルバムジャケットParzival(パルツィヴァル)のバロック期メンバー写真パルツィヴァル、バロック期のバンド、ライブ演奏

 

パルツィヴァル『バロック』アルバムジャケット

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はアコースティック楽器とヘヴィなロックが結びつき、中世的とも言えるサウンドに昇華したドイツのプログレッシヴロックグループ、パルツィヴァルのセカンドアルバム『バロック』を紹介しました。タイトルの『Ba-Rock~バロック~』は、「Baroque」と「Rock」を掛け合わせた造語であり、フォークやアヴ​​ァンギャルド、クラシック、ポップといったジャンルを巧みに融合した前衛的な音楽となっています。民族音楽をベースにしている点や多彩な楽器を利用している点からして、英国のグリフォンに影響されたのではないかと言われています。彼らのアルバムは1970年代に2枚残しており、デビューアルバムの『レジェンド』と共に傑作とされています。デビューアルバムはフォークに関連し、ロックグループの中でもチェロとフルートを巧みに利用した作品であり、一方、本アルバムはバロックとロックをより商業的なレベルで組み合わせた歌中心の作品となっています。どちらもドイツのフォークやクラシック、そして中世音楽を豊かな楽器編成とロックの美学で組み合わせた他に類を見ないサウンドになっています。アルバムはザ・ビートルズのジョージ・ハリスンやリンゴ・スターをはじめ、多くの批評家から絶賛されますが、セカンドアルバムリリース後に解散してしまいます。ホントにあっけなく、思わず「えっ?なんで?」という言葉がリフレインするほどです。

 さて、そんな彼らのアルバムですが、ヴァイオリンやフルート、アコースティックギターのアルペジオを巧みにフィーチャーしたアンサンブルとなっており、曲ごとにヴォーカルを変えているのが特徴となっています。民族音楽を主体としたグリフォンとは少し違い、どちらかというとちゃんとロックをベースにしたフォーク・プログレの領域になっているところがすごく聴きやすいです。最初の方の曲はサイケデリックポップといった感じですが、後半になるとプログレッシヴ要素の強い楽曲になっていきます。特に8曲目の『思考』は、ダークな雰囲気のある曲調となっていて、硬質なギターとヴァイオリン、フルートのアンサンブルが思わずキング・クリムゾンを聴いているような感じになります。また、9曲目の『パラダイス』も多くの楽器を利用しつつ、変拍子やメロトロン、技巧性などプログレの要素をすべて満たしているのが凄いです。プログレファンからしたら、ジャーマンシンフォニックプログレの隠れた傑作と言われていますが、なるほど納得です。

 本アルバムはクラシックやジャズ、フォーク、トラッドを巧く融合し、独自の美学に昇華した作品です。牧歌的な中にきらりと光るテクニカルな演奏を、ぜひともその耳で聴いてみてください。グリフォン好きにはオススメです。


それではまたっ!

 

 

 

Netherworld: In The Following Half-Light アルバムカバー

Netherworld/In The Following Half-Light
ネザーワールド/イン・ザ・フォローイング・ハーフライト
1981年リリース

壮麗なキーボードとギターを配した
メロディック・プログレハード

 カルフォルニア州でカルト的な人気を誇ったアメリカのプログレッシヴロックグループ、ネザーワールドの唯一作。そのアルバムはメロトロンやムーグ、アコースティックピアノなどのキーボードや12弦ギターを中心に、チェロ、オーボエ、ビブラフォンといった楽器を巧みに利用したジェネシス影響下の正統派シンフォニックロックとなっている。プレスした枚数は少なく、すぐに廃盤となってしまったが、2002年にムゼアからCD化されるまで海賊盤が出回るほど人気が高かったという貴重なアルバムでもある。

 ネザーワールドは1975年にアメリカのカリフォルニア州にある主要都市サンノゼで結成されたグループである。結成の経緯はランディ・ウィルソン(キーボード、ヴォーカル)が出した広告に反応したカーク・ロング(ギター、ベース)から始まる。2人は英国のイエスやジェネシス、ピンク・フロイドといったプログレッシヴロックに興味を持っており、そこにカリフォルニア州出身のザ・ドアーズのような感情的なエネルギーを融合させた音楽を作ろうと考えていたという。彼らは新たにデニー・ゴードン(ヴォーカル)、ロビン・ベルビン(ギター、オーボエ)、デイブ・クンプ(ドラムス)をメンバーにし、グループ名を冥界を意味する「ネザーワールド」として活動を開始する。彼らは地元のカリフォルニア州で多くのライヴを行い、ステージではオリジナル曲の他に、ジェネシスやキング・クリムゾン、ジミ・ヘンドリックス、ザ・ドアーズのカヴァー曲を演奏したという。彼らのライヴパフォーマンスはレーザーをはじめ、液体ライト、プロジェクション、フード付きケープなどを利用し、よりスペクタクルなものになり、人気も上々だったと言われている。そんな彼らに元ジェネシスのピーター・ガブリエルが彼らのステージに興味を持ち、セカンドアルバム『Ⅱ』のツアー中にネザーワールドのメンバーと歓談したというエピソードが残っている。1976年にギター兼オーボエのロビン・ベルビンとドラマーのデイブ・クンプが脱退し、代わりにスコット・ステイシー(ギター)、ピーター・ヤーボロー(ベース、チェロ)、セイン・ボーリン(ドラムス)が加入している。彼らはサンフランシスコやロサンゼルスといった大都市にも足を延ばして演奏し、一定のファンを掴んでいたが、自分たちと契約するレコード会社が皆無に等しく難航したという。そんな折、1980年にドラマーのセイン・ボーリンが脱退してしまい、代わりにグレッグ・ショッペが加入。彼らは多くのデモ音源を元に、このラインナップでアルバム用のレコーディングを行っている。最終的に自主レーベル(REMレコード)からリリースすることに決め、翌年の1981年にデビューアルバム『In The Following Half-Light』がリリースされる。そのアルバムはメロトロンやムーグシンセサイザーを中心とした壮麗なキーボードと12弦ギター、そしてチェロやオーボエといったクラシカルな楽器を巧みに利用したジェネシス影響下の正統派シンフォニックロックとなっている。

★曲目★
【Songs From In The Following Half-Light(『イン・ザ・フォローイング・ハーフライト』からの楽曲)】
01.Too Hard To Forget(忘れられないほど辛い)
02.Son Of Sam(サムの息子)
03.Straight Into Infinity(無限の世界へ)
04.Maybe If They Burn Me(メイビー・イフ・ゼイ・バーン・ミー)
05.Isle Of Man(マン島)
06.A Matter Of Time(時間の問題)
07.Sargasso(サルガッソ)
★ボーナストラック★
【Cumulo Nimbus ~Instrumental~(組曲『積乱雲』~インストゥルメンタル~)】
08.Part 1 -The Approaching Storm(パート1 -迫りくる嵐)
09.Part 2 -In The Mist(パート2 -霧の中で)
10.Part 3 -Among The Clouds(パート3 -雲の中で)

 アルバムはオムニバスLP『Past-Present-Future』に収録されていたボーナストラック『組曲『積乱雲』~インストゥルメンタル~』とカップリングとなったムゼア盤で紹介しよう。1曲目の『忘れられないほど辛い』は、軽快なキーボードとヘヴィなギターが交差するメロディックな楽曲。ヴォーカルはシアトリカルな響きを持ちながら美しいハーモニーを湛えており、アメリカンプログレハードらしいドラマティックな内容になっている。2曲目の『サムの息子』は7分に及ぶ大曲であり、ヘヴィなギターリフとシンセサイザーを中心としたハードな展開から始まる楽曲。後半では一転してメロトロンを駆使したシンフォニック調となり、切迫感のある内容になっている。4分辺りのギターソロは圧巻である。3曲目の『無限の世界へ』はギター主導でアップテンポで始まる楽曲。途中で劇的にテンポが変化するものの、アコースティックギターや荘厳なメロトロンを効果的に使用しておりメロディアスに仕上げている。4曲目の『メイビー・イフ・ゼイ・バーン・ミー』は、1980年代風の電子音を活かしたシンセサイザーと攻撃的なヴォーカルが印象的な楽曲。全体的に浮遊感のあるリズムセクションとスペイシーなキーボードが中心だが、後半のテクニカルなギターリフが冴えている。5曲目の『マン島』は、美しい12弦ギターの響きをバックにしたヴォーカル曲。途中からメロトロンやオルガン、チェロが加わり、クラシカルなシンフォニックロックとなる。後半は煌びやかで素晴らしいキーボードワークが堪能できる。6曲目の『時間の問題』は8分に及ぶ楽曲であり、12弦ギターとメロトロンによる美しいバラード曲。流麗なピアノをバックに情感的なヴォーカルを響かせており、4分過ぎにヘヴィなギターとストリングス、そしてシンセサイザーによる華麗な共演となっている。7曲目の『サルガッソ』は、ゆったりとしたピアノとシアトリカルなヴォーカルから始まる楽曲。非常に初期のジェネシスを彷彿とさせ、変化に富んでいることから凝ったアレンジを施したプログレッシヴ性の高い内容になっている。ボーナストラックの『組曲『積乱雲』~インストゥルメンタル~』は、1992年のオムニバスLP『Past-Present-Future』に収録されていた楽曲であり、ムゼア盤のCDからカップリングされている。3つのパートからなる組曲形式となっており、ヴォーカル無しのインストゥルメンタル曲である。『パート1 -迫りくる嵐』は危機感を表すようなリリカルなシンセサイザーとピアノ、そしてヘヴィなギターを中心とした楽曲。煌びやかなキーボード以上にギタープレイが繊細で情熱的である。『パート2 -霧の中で』は、雨音と雷鳴をバックにしたピアノの調べからオーボエをリードとした楽曲。2分ほどの短い曲だが、室内楽に近い美しいアンサンブルである。『パート3 -雲の中で』は幽玄な12弦ギターの調べとストリングスから、劇的とも言えるメロウなエレクトリックギターのソロプレイとなる楽曲。パワフルなドラミングと共にドラマティックに展開する流れが素晴らしい。

 本アルバムは自主レーベルであったため、プレスした枚数も少なく、すぐに廃盤になってしまったという。しかし、非常にクオリティの高い作品としてプログレファンを中心に高額の取引が行われ、中には1990年代まで海賊盤が出回っていたと言われている。ネザーワールドはアルバムリリース後もライヴ活動を続けていたが、1984年に解散している。解散後、キーボード奏者のランディ・ウィルソンはシンセサイザー奏者兼ソングライターのレイネ・リコと手を組み、GOGOPLEXというグループを結成。その後、ランディは北のシアトルに移り住み、シリコンバレーに戻ってアップルをはじめとする電子音楽会社で働いたという。ギタリストのカーク・ロングは1980年代にセル・ディヴィジョンというトリオグループを結成。その後は地元のインディーズグループを渡り歩くミュージシャンとして活躍したという。ちなみに他のメンバーのその後の動向は残念ながら知られていない。しかし、1992年にアメリカのプログレッシヴロックのレーベルであるSyn-Phonicからリリースされた『Past-Present-Future』に、ネザーワールドが1曲参加している。そのアルバムはリフトやイエッダ・ウルファをはじめ、他のアメリカのプログレッシヴロックグループの曲も収録されたダブルコンピレーションとなっている。収録した曲が『組曲『積乱雲』~インストゥルメンタル~』である。これでネザーワールドの活動自体は終了となるが、その10年後に動きがある。それは2002年にフランスのプログレッシヴロック発掘レーベルであるムゼアから初のCD化を果たすことになる。この再発にはオランダのシンフォニックロックマニアであり、コンピューターの達人でもあるジェリー・ヴァン・クーテンが、徹底的なウェブ検索によってネザーワールドのメンバーを見つけ出して、ムゼアに連絡を取ったとされている。そのムゼア盤にはボーナストラックにオムニバスLP『Past-Present-Future』に収録されていた10分に及ぶ三部作『組曲『積乱雲』~インストゥルメンタル~』が収録された豪華仕様となっている。

Netherworld In The Following Half-Light album coverNetherworld ライブ写真、メンバー構成と演奏楽器Netherworldバンドのライブ写真

 

Netherworld アルバムジャケット画像

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はアメリカのマイナー系のプログレッシヴロックグループでありながら、一部カルト的な人気を誇っているネザーワールドの唯一作『イン・ザ・フォローイング・ハーフライト』を紹介しました。このアルバムはムゼア盤と同じ2002年に日本のベル・アンティークからもリイシューされているので、プログレにある程度精通している方はご存じかも知れません。……が、私はつい最近まで知りませんでした。1975年から活動を開始して1980年を越えてようやくアルバムリリースしたと言う流れを見ると、やっぱりアメリカの埋もれた多くのプログレグループと似た道をたどっていて、さらにプログレ発掘レーベルのムゼアからリイシューおよびCD化されるところまで同じなんですね。彼らが解散後も人気が高いのは、やはり地元に根差したライヴショーを多く開催し、シアトリカルな演出で観客を喜ばせた実績にあります。そのライヴで培った独特の技巧とエネルギーに満ちた演奏は、アルバムにも反映されていて全体的に質の高いプログレ作品になっているところが大きいのではないでしょうか。

 さて、そんな彼らのアルバムですが、当時の1970年代後半に出現したプログレグループ、ナイトウィンズやインフィニティの例にならい、英国のジェネシスやイエス、エマーソン・レイク&パーマーに触発された作品になっています。強いて言うのであれば暗鬱とした英国のプログレとは違い、全体的にアメリカンハードらしい明るく抜けの良いメロディとなっているところでしょうか。デニー・ゴードンのシアトリカル風のヴォーカルイントネーションや12弦ギターのアルペジオあたりはジェネシスに影響を受けたとしか思えません。それにも増してメロトロンやピアノ、オルガン、シンセサイザーと使い分けるキーボードのセンスが素晴らしく、複数のブレイクや高速ソロを組み合わせた展開を持っています。1980年代らしい情熱的かつ繊細なギタープレイもあり、変化に富んだ独創的なプログレッシヴロックと言っても良く、ちょうど1970年代のクラシカルなプログレと1980年代の洗練されたネオプログレの中間に位置したような作品になっていると思います。やはり10分に及ぶ三部作『組曲『積乱雲』~インストゥルメンタル~』がボーナストラックとして収録されたムゼア盤、もしくはベル・アンティーク盤がオススメです。唸るようなギターと荘厳なメロトロンのコーラスが印象的で、美しくも力強い楽曲で締めくくられます。ぜひ、いっしょに聴いてみてください。

それではまたっ!
 

 

 

フラメン・ディアリス Symptome Dei アルバムアート

Flamen Dialis/Symptome-Dei
フラメン・ディアリス/シンプトム・ダイ
1979年リリース

メロトロンを大胆にフィーチャーした
アヴァン系電子プログレッシヴロックの逸品

 キーボード奏者兼ドラマーのディディエ・ル・ガリックによって結成されたフランスのプログレッシヴロックグループ、フラメン・ディアリスが1979年に発表した唯一作。そのアルバムはクラウトロックに影響を受けた反復的なメロディの中にメロトロンと弦楽器をフィーチャーしたシリアスでダークなシンフォニックロックとなっており、電子音を用いたアヴァンギャルド・ロックの即興演奏における重要な作品とされている。25年後の2004年にCD化を果たしているが、プログレファンからはメロトロンを多用したスペイシーなマグマと呼ばれており、現在高く評価されている。

 フラメン・ディアリスはマルチ楽器奏者のディディエ・ル・ガリックによって、1976年にフランスのブルターニュで結成されたグループである。ディディエ・ル・ガリックは1971年に英国に渡り、イェクタ・プラス・バンドというグループに所属し、ドラマーとして演奏していたという。しかし、シングルをリリースしたものの成功することなく、彼は1975年にフランスに帰国。ガリックは翌年の1976年にL・ル・クレック(ヴォーカル、ハーモニカ)とB・B・レルグアック(ヴォーカル)、ティエリー・タンギー(ピアノ)と共に、古代ローマの神ユピテル(ジュピター)に仕える最高位の祭司の名をグループ名にしたフラメン・ディアリスを結成する。この時、彼の脳裏には電子音楽の原理に基づきながらもフォークの要素を取り入れ、実験的でスペイシーなプログレッシヴロックを目指そうと考えたという。このカルテットは1978年にアイリススタジオで録音したシングル『Découverte(発見)』をリリースしている。このシングル曲で手応えを感じた彼はラインナップを拡大し、弟のイヴ・ル・ガリック(キーボード、ヴォーカル)、A・エルヌーフ(フルート、ヴォーカル)、M・ル・ソート(ギター)、ジャン=ジャック・クレン(ヴォーカル)も参加。アルバムの楽曲はガリック兄弟が作曲し、イヴ・ル・ガリックはレコーディングプロデューサーも請け負ったという。こうしてFLVM(自主レーベル)から、1979年にデビューアルバム『シンプトム・ダイ』がリリースされる。そのアルバムはアナログシンセサイザーに加えてメロトロンを多用し、さらに、アコースティックギターとフルートの存在によって、シンセサイザーのスペーシーさと古風な管楽器によるノスタルジックさが融合した独特のサウンドとなっている。

★曲目★
01.Dernière Croisade(最期の十字軍)
02.La Sanctuaire D'argile(粘土の聖書)
03.Dédale Vert Du Retour(帰還への緑の迷宮)
04.Illusion(錯覚)
05.Méandres Envoutés(まわりくどい呪文)
06.Eclosion(孵化)
07.Labyrinthe Pourpre De La Connaissance(認識への紫の迷宮)
08.Arc En Lumière(光のアーチ)
09.Renaissance(再生)
10.Le Village Du Dimanche Matin(日曜日の朝の村)
11.Eclats(破片)

 アルバムの1曲目の『最期の十字軍』は、奇妙な電子音上でアラビアの影響を受けた素晴らしいアコースティックギターの音色とメロトロンが鳴り響いた楽曲。ギターという弦楽器が加わっている点で、クラウトロックにある機械的な電子音で渦巻くようなサウンドではないことが分かる。2曲目の『粘土の聖書』は、最初の2分間に不気味なチャントが入っており、キーボードによる古代の儀式ともいえるサウンドになっている。神秘的なギターの音色と南国的なパーカッションが異国情緒を誘う。3曲目の『帰還への緑の迷宮』は、フルートとアコースティックギターによる牧歌的なサウンドスケープが広がる楽曲。単調なメロディだが、妙な没入感のあるサウンドである。4曲目の『錯覚』は、まるで古楽器を利用した不協和音のようなサウンドになっており、不気味な世界観を創生している。5曲目の『まわりくどい呪文』は、風のような効果音の中で様々なシンセボイスを組み合わせた楽曲。ムーディーでありながらやや暗く、非常に内省的な曲である。6曲目の『孵化』は、荘厳なメロトロンとキーボードによるサウンドスケープとなっている。7曲目の『認識への紫の迷宮』は、重苦しいベース音と沈むようなフルートの音色が印象的である。後半ではドラムソロと反復的なベース、会話形式のシンセボイスが堪能できる。8曲目の『光のアーチ』は、メロトロンとビブラフォンを中心とした楽曲。反復的でありながらメロディアスであり、陶酔的な雰囲気を創生している。9曲目の『再生』はベースと2つのメロトロンを中心としたゆったりとした楽曲に、早いテンポのリズムセクションが加味されている。10曲目の『日曜日の朝の村』は、メロトロンを使ったアップテンポな楽曲。非常に短い曲ながらポップなメロディに満ち溢れている。11曲目の『破片』は様々な楽器が渦巻いており、不協和音と混沌に満ちた楽曲。ピアノやドラミングを中心とした即興性のある内容になっている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、古代ローマやエジプトの時代にタイムスリップしたかのような抽象的で心に残るサウンドスケープを基調とした、実験的なエレクトロニック・プログレッシヴロックである。そこにアコースティックギターとフルートによって牧歌的な雰囲気に強化され、シンセサイザーのスペーシーな動きと古風な管楽器のノスタルジックなサウンドが見事に融合している。

 アルバムは1979年というプログレッシヴな音楽が淘汰されつつあった年であり、また、自主レーベルであったこともあってプレスした枚数も少なく、すぐに廃盤となったという。元々、フラメン・ディアリスはディディエ・ル・ガリックにとってプロジェクト的な意味合いの強いグループだったこともあり、アルバムリリース後にグループは解散。メンバーはそれぞれ自分の音楽の道に進んだと思われる。ディディエ・ル・ガリックはその後、マルチミュージシャン兼スタジオプロデューサーとして活躍し、表舞台に姿を見せなくなったという。彼らが再度脚光を浴びることになるのは、埋もれたプログレッシヴミュージックのリリースに特化したイスラエルのMIOレコードと日本のマーキー・インコーポレイティドから、2004年にCD再発盤がリリースされたことだろう。そんな2000年代のプログレグループへの関心が再び高まる中、何と2009年にディディエ・ル・ガリックによってフラメン・ディアリスが再結成。2012年にセカンドアルバムにあたる『トランスフォーメーション』がリリースされる。そのアルバムはル・ガリック1人で作詞作曲、演奏を行っており、本作と同じように催眠的なポストロック風の反復と対位法的な要素を巧みに組み合わせた手法を用いながらも多様な展開を見せている。また、ル・ガリックは2017年にもサードアルバム『ドキトー・ラスベガス』を発表しており、現在でも陶酔感あふれる曲作りに邁進しているという。

フラメン・ディアリスのシンプトム・ダイ ジャケットフラメン・ディアリス:アヴァンギャルド電子プログレディディエ・ル・ガリック、フラメン・ディアリスのポートレートディディエ・ル・ガリック:フラメン・ディアリスの肖像

 

フラメン・ディアリス Symptome-Dei ジャケット

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はマルチミュージシャンであるディディエ・ル・ガリックを中心に結成されたフランスのプログレッシヴロックグループ、フラメン・ディアリスのデビューアルバム『シンプトム・ダイ』を紹介しました。グループ名のフラメン・ディアリスとは、古代ローマの神ユピテル(ジュピター)に仕えていた最高位の祭司であり、彼は金属に触れることや馬に乗ること、そして死体を見ることなど、様々なことを禁じられた非常に制約の多い人物として知られています。そのため、フラメン・ディアリスは絶対的な純粋さと自由という属性を持った雷と王権を操る天上の神に仕えていることを示したとされています。この「ジュピターの司祭の交響曲」とも呼ばれる本アルバムは、先進的なサウンドと古代の儀式を融合させた実験的な作品になっています。それは、ル・ガリックが当時述べたように「音符は時代を超越し、最終的に色とりどりの泡が音の混沌の中で融合」するアヴァンギャルドなエレクトロニック・プログレッシヴ・ミュージックだそうです。これがフラメン・ディアリスがメロトロンを多用したスペイシーなマグマと呼ばれる所以になっています。

 さて、本アルバムはフルートやヴィブラフォン、メロトロンがアルバム全体にささやくように響き渡りますが、とうの昔に忘れ去った時代のリズム、動きといった古代からインスピレーションを得た作品になっています。プログレッシヴロックを出発点とし、どこかアマチュア的な雰囲気を漂わせつつ、奇妙なサイケデリックな世界観を創り出しながらサウンドの重厚さを際立たせています。それは映画的でありながらも生々しく、反復的な要素は1970年代初頭のドイツのクラウトロックシーンの実験精神を彷彿とさせます。この驚くほどユニークなアルバムは急遽集められたミュージシャンたちとわずか2日間でグループを結成し、テープ操作やその他のスタジオ技術を駆使してサウンドと構成を作り上げながらアルバム全曲をレコーディングしています。たった1枚のアルバムで解散してしまいますが、ディディエ・ル・ガリックが表現した音世界は、当時理解されにくかったとしか言いようがありません。クラウス・シュルツェの宇宙的な世界観、もしくはユニヴェル・ゼロの不気味な陰鬱さと破滅感、マグマのようなリズミカルな推進力が好きな人にオススメの作品です。

それではまたっ!
 

オパス・アヴァントラ アルバム7つの大罪

Opus Avantra/Lord Cromwell Plays Suite For Seven Vices
オパス・アヴァントラ/クロムウェル卿の奏する7つの大罪の為の組曲
1975年リリース

ジャズ的前衛とバロック音楽を融合させ
唯一無比の空間を構築した名盤

 「前衛(革新)=アヴァンギャルド」と「伝統=トラディショナル」のオペラという言葉をグループ名にしたイタリアのプログレッシヴロックグループ、オパス・アヴァントラのセカンドアルバム。そのアルバムはピューリタン革命で知られるイギリスの政治家、オリヴァー・クロムウェルをテーマにした7つの大罪にまつわる組曲形式のコンセプト作となっており、前作同様に耽美的なバロックの香りと前衛的なジャズ要素が同居する唯一無比の空間を構築したイタリアンプログレの傑作である。ピアノと弦楽器を主体にした組曲をインプロヴィゼーションで展開するなど、その芸術的とも言える高度な技術で支えられた演奏は今なお高く評価されている。

 オパス・アヴァントラは、イタリアの北東部の水の都として有名なヴェネチアを州都とするヴェネト州で結成されたグループである。メンバーの中核は、有名なテノール歌手のマリオ・デル・モナコを祖父に持つ女性ヴォーカリストのドネラ・デル・モナコ、オーケストラの首席ヴァイオリン奏者を務めていた父親を持つピアニストで作曲家のアルフレード・ティゾッコ、そしてグループのコンセプターであり哲学者のジョルジョ・ピゾットの3人である。アルフレード・ティゾッコがドネラ・デル・モナコと出会ったことがグループ結成の始まりだが、彼らはロキシー・ミュージックを脱退したブライアン・イーノの前衛的な音楽との出会いによって、正式にオパス・アヴァントラというグループ名で1973年から活動を開始している。すでにアンビエントなサウンドを作り続けるブライアン・イーノの影響は大きく、自分たちの提唱する伝統的にして革新的な音楽に自信を持ったと言われている。彼らは活動時にプロデューサーにレナート・マレンゴを迎えて、クラシック、ロック、民族音楽、現代音楽、コンテンポラリー・ジャズ、実験音楽などの分野に所属する、様々なゲストミュージシャンとのコラボレーションを重ねている。その中で得たインスピレーションの下、ドネラ・デル・モナコとアルフレード・ティゾッコの2人で曲を作り上げ、そこにジョルジョ・ピゾットがアイデアを入れていく流れでアレンジを加えたという。1974年にはプロデューサーにレナート・マレンゴがデモテープを手にレコード会社に回り、オパス・アヴァントラの実験的なサウンドに興味を持ったトライデント・レーベルと契約を結ぶことに成功する。トライデント・レーベルは、セミラミスやビリエット・ペル・リンフェルノといった独自性の強いプログレッシヴグループの傑作アルバムを世に出してきたレーベルである。こうして彼らはスタジオで数ヵ月をかけてレコーディングを行い、同年にファーストアルバム『オパス・アヴァントラ -ドネラ・デル・モナコ-』、いわゆる『イントロスペツィオーネ』というタイトルでリリースされる。そのアルバムはドネラが子供時代から大人になるまでの旅に基づいたコンセプト作になっており、バロックの香りが漂う伝統と抽象的でありながら偶然ともいえる音楽の革新を内包した、非常に芸術性の高いサウンドとなっている。

 アルバムリリース後、アルフレード・ティゾッコはグルッポ・イタリアーノ・ディ・ダンツァ・リベラの創設者であり振付師のフランカ・デッラ・リベラと出会っている。ティゾッコは音楽における自分たちのように、クラシックとアヴァンギャルドの間を軽やかに踊っているのを見て、ライヴステージでオペラのコンセプトに基づいた振付が必要だと感じたからだという。また、彼はこの頃にピューリタン革命で知られるイギリスの政治家、オリヴァー・クロムウェルをテーマにした7つの大罪にまつわる組曲のアイデアをオペラのために作曲している。フランカが彼のアイデアをとても気に入り、人類の進化をテーマにしたバレエのコンセプトを練り上げたという。しかし、その一方でドネラがヴェネツィア・ビエンナーレのための現代作品制作のため、シャリーノやブッソッティといった現代音楽家たちとのコラボレーションに着手。彼女はセカンドアルバムへの積極的な参加を断念することになる。レコーディング時には代わりにアメリカ人のコーラス隊が参加し、ヴォーカルが変わったためか全編英語の歌詞になっており、難解な楽曲は少なくなっているという。また、ゲストにはリッカルド・ペラーロ(チェロ)、ルチアーノ・タヴェッラ(フルート)、レナート・ザネラ(ギター)、パオロ・シアーニ(パーカッション)、エンリコ・プロフェッショーネ(ヴァイオリン)、ピエレジディオ・シュピラー(ヴァイオリン)が参加している。こうして1974年にセカンドアルバム『クロムウェル卿の奏する7つの大罪の為の組曲』がリリースされる。

★曲目★
01.Flowers On Pride(自惚れに咲く花)
02.Avarice(強欲)
03.Lust(肉欲)
04.My Vice(我が悪徳)
05.Ira(憤怒)
06.Gluttony(暴食)
07.Envy(嫉妬)
08.Sloth(怠惰)
★ボーナストラック★
09.Allemanda(アルマンド)

 アルバムの1曲目の『自惚れに咲く花』は、クラシカルなピアノとティンパニ、フルート、ヴァイオリンによる室内楽に近い楽曲。そこに女性コーラスが含まれており、全体的に優雅なクラシックオペラといった感じである。2曲目の『強欲』は、不協和音のようなピアノとベース音からなる楽曲。激しい疑似ベートーヴェンのようなピアノを経て、ぼやけた無調のシンセサイザーパートとピアノのドローンペダルポイントで両者を融合させている。3曲目の『肉欲』は、美しいピアノソロから始まり、天上のような女性コーラスとフルート、そしてシンセサイザーのアンサンブルとなった楽曲。ゲストのレナート・ザネラのギターが良いアクセントとなっており、全体的にクラシカルながらロック的なアプローチとなっている。4曲目の『我が悪徳』は、1960年代風のアナログシンセサイザーが無調のチェン​​バロパートの背後で滑らかに回転した楽曲。非常に前衛的なサウンドだが、底辺にはクラシックをベースにした伝統的な旋律となっている。5曲目の『憤怒』は、マシンガンの効果音から強力なリズムセクション上で狂気に近いヴァイオリンやフルート音、ギター、ピアノが即興で演奏された楽曲。非常にアヴァンギャルドで実験的な内容になっているが、彼らの卓越した演奏技術で成り立った見事な1曲とも言える。後半には男女コーラスとヴァイオリン、そして荘厳なチャーチオルガンによるオペラチックな展開となっている。6曲目の『暴食』は、美しいシンセサイザーと女性コーラスを中心としたシンフォニックな楽曲。非常に穏やかで夢心地なメロディとなっており、一瞬聴き手を幸せな気分にさせてくれる。7曲目の『嫉妬』は、無調のピアノとリズムセクションからなるスリリングな楽曲。その後、シンセサイザーを加味した変拍子のあるアヴァン系のヘヴィロックとなる。8曲目の『怠惰』は、ピアノとリズムセクション、シンセサイザーによる耽美的な楽曲となっており、最初はまばらでまとまりのないピアノの旋律から、やがて劇的なクラシック音楽へと展開している。ボーナストラックの『アルマンド』は、CD化で追加されたライヴ曲。オリジナルヴォーカリストのドネラ・デル・モナコが歌ったクラシカルで鮮烈な内容になっている。

 本アルバムの曲はヴィチェンツァのテアトロ・オリンピコをはじめ、ヴェローナのフィルハーモニー管弦楽団、ミラノのテアトロ・リッタなどの数々の公演を行っている。そして1975年のラティーナ国際ダンスフェスティバルでラティーナ賞を受賞するなど、大きな成功を収めたという。これをきっかけに、フランカとの共同制作は続き、『オペラ・バッハ』、『オルトレ・イサドラ』、『TICSダンス』などの作品が生まれ、フランカが1999年に早世するまでその友情は続いたという。しかし、このセカンドアルバムをもって、オパス・アヴァントラの活動は一旦終えることになる。1977年と1978年にはミラノのヴィゴレッリ劇場で『1979 il Concerto』を販売している。これは、前日にニューヨークで亡くなったアレアのデメトリオ・ストラトスを救うための資金を集めるためのものだったという。その後、所属していたCramps Recordsが1978年に財政難に陥り、1979年に閉鎖。アルフレード・ティゾッコは、現代バレエのための作品を作ることになり、その後ソロに移行する。ドネラ・デル・モナコは、故郷のヴェネチア周辺の歌曲にスポットを当てた歌曲集をリリースし、イタリアの伝統を歌う活動へと広げていくことになる。メンバーは一度離散したが、14年後の1989年に長い沈黙の後に再度3人が集まり、3枚目のアルバム『ストラータ (大夜想曲)』をリリース。そのアルバムは人の頭脳をテーマとしたクラシック、オペラ、チェンバーロックなどが融合したプログレッシヴロックの傑作となっている。1995年には4枚目のアルバム『リリックス』、2003年には5枚目となる『ヴェネチア・エト・アニマ』をリリースしており、イタリアを中心にライヴ活動も積極的に行っている。3人は定期的にファーストアルバムから再販している日本でのツアーを長い間示唆しており、ルーマニアのブカレストのプレビューの後、2008年4月12日に川崎のCLUB CITTA'で初来日のライヴを実現している。そこにはドネラ・デル・モナコ(ヴォーカル)、アルフレード・ティゾッコ(キーボード)、ジョルジョ・ピゾット(マジスター・テネブララム)、マウロ・ハンマー(フルート)、ヴァレリオ・ガラ(ドラム)のメンバーで、本アルバムの数曲もライヴ演奏したという。

Opus Avantra: Lord Cromwell Suite surreal artOpus Avantraのクロムウェル組曲、バイオリン演奏オパス・アヴァントラ演奏風景、7つの大罪オパス・アヴァントラ:クロムウェル卿の7つの大罪

 

Opus Avantraクロムウェル卿の7つの大罪

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はイタリアンロックの中でも非常に芸術性の高い演奏を繰り広げるオパス・アヴァントラのセカンドアルバム『クロムウェル卿の奏する7つの大罪の為の組曲』を紹介しました。オパス・アヴァントラの紹介はファーストアルバム『イントロスペツィオーネ (内省)』に次いで2枚目となります。タイトルのクロムウェル卿(オリヴァー・クロムウェル)とは17世紀のイングランドの政治家で軍人です。彼は国王の専制に断固として対峙する議会派に立ち、1645年6月14日のネイズビーの戦いで国王軍と戦って勝利し、最終的に国王のチャールズ1世をスコットランドに亡命させています。しかし、クロムウェル死後にチャールズ2世を国王に迎えて王政復古を行うと、彼は反逆者として墓を暴かれ、遺体はタイバーン刑場で絞首刑の後斬首され、首はウェストミンスター・ホールの屋根に四半世紀晒されたといいます。クロムウェルは「王殺し」や「簒奪者」と徹底的に貶められましたが、18世紀に入るとアイザック・キンバーやジョン・バンクスによって見直しが行われ、現在は英雄の1人として再評価されているそうです。それでも多くのイングランドの国民はクロムウェル卿をあまり快く思っていない人が多いと聞きます。

 さて、そんなクロムウェル卿の7つの大罪(傲慢、貪欲、色欲、怒り、暴食、嫉妬、怠惰)をアルフレード・ティゾッコは組曲形式で作曲し、相容れない対立(善と悪、光と闇、前衛と伝統)の解決策を探求したコンセプトアルバムでもあります。主に6つの楽器(キーボード、フルート、ギター、ヴァイオリン、チェロ、パーカッション)とアメリカのコーラス隊からなるアンサンブルとなっていますが、ティゾッコの卓越したピアノやオルガン、シンセサイザーによる奥深い領域を探求する演奏が素晴らしく、その結果、実験的なアヴァンギャルドから伝統的なクラシック音楽まで多岐に渡っています。また、その合間にインプロヴィゼーションによるジャズ的なアプローチもあり、優雅な一面もあればスリリングな一面もあります。大胆で美しく、ところどころ少し型破りなところもありますが、常に美しいピアノから生まれる穏やかな落ち着きを保っており、やはり、1970年代のイタリアらしい音楽の精神に満ちあふれた作品だな~と思っています。

 本アルバムはバロックの伝統とジャズ的な前衛を融合させた独特の様式美を確立した作品です。前作よりもインパクトは欠けますが、非常に芸術性の高いイタリアンロックが堪能できる1枚です。ぜひ、聴いてみてください。

それではまたっ!
 

 

 

コンティニュアム Autumn Grass アルバムアート

Continuum/Autumn Grass
コンティニュアム/オータム・グラス
1971年リリース

クラシック&ジャズを融合させた
チェンバー色の強いアートロックの快作

 ハンガリー出身のマルチ楽器奏者のヨエル・シュワルツが中心となって結成された英国のプログレッシヴロックグループ、コンティニュアムのセカンドアルバム。そのアルバムはハモンドオルガンやサックス、フルート、ピアノ、ギター、そして典型的なリズムセクションを擁したロックの編成でありながら、現代作曲家パトリック・スタンフォードの楽曲『オータム・グラス』を中心に、古典的なクラシック&ジャズを披露したチェンバー色の強いサウンドとなっている。クラシック音楽に精通したミュージシャンたちが、古楽やフォーク、ジャズ、そしてロックを融合させようと試みたプログレッシヴな作品であり、英国的な味わいのある隠れた逸品となっている。

 コンティニュアムは1967年にハンガリー出身のマルチ楽器奏者のヨエル・シュワルツが、オランダで構想したグループである。ヨエルは第二次世界大戦後の幼少期に難民となり、両親と共にオランダやイギリス、フランスに移り住んだ経験を持っている。1960年代初頭、ヨエルはロンドンでプロの画家として10年間作品を発表した後、オランダでクラシックや古楽を学び、ギターやフルート、クラリネットといった楽器を覚えている。ヨエルは画家の道から音楽家の道を選び、最初はヤンという名のチェコ人ギタリストと共に音楽のアイデアを練り上げ、2人は翌年の夏にはアムステルダムのクラブでデュオとして演奏したという。ちなみに「コンティニュアム」というグループ名は、ヨエルがプロとして絵を描いていたロンドンのギャラリーで開催された彼の絵画展のタイトルから採ったものである。その後、ヨエルはイギリスのロンドンに戻り、ヤンはアムステルダムに残ることを決めたため一時解散するが、その後、まもなくヨエルはクラシックギタリストのジョン・ウォーレンと出会い、2人は共通のアイデアを発展させるためにグループを結成することに決めたという。そしてマイク・ハート(コントラバス)、ディック・ワイルドマン(ドラムス)が加わり、新たなグループのラインナップが完成。このプロジェクトはグループの枠組みで正式に始まったが、ヨエルが事実上のリーダーであり、まさに彼の作品でもあったという。1970年にレコード会社のRCAは、ヨエル・シュワルツと契約を結び、同年にセルフタイトルのデビューアルバムをリリースしている。そのアルバムのA面はバッハとヘンデルの音楽による4つの即興演奏で構成されており、B面はメンバーではないリチャード・ハートリーが作曲したバイロン卿の詩作に基づいた4部構成の長編組曲だったという。ヨエルはさらに次の作品で即興演奏に探求したいと考えていたが、メンバーが抵抗したことで、1971年にヨエル以外のメンバーが脱退。その後、ピーター・ビラム(ベース、エレクトリックギター)、ハーヴェイ・トループ(ドラムス)、ティム・ライス(キーボード)を新たに加入させている。ヨエルは現代作曲家パトリック・スタンフォードがこのグループのために特別に作曲した『オータム・グラス』を収録しており、その曲の録音にはファーストアルバムのメンバーたちがゲストとして演奏に加わっている。こうして新たなメンバーと旧メンバーによるセカンドアルバム『オータム・グラス』が1972年にリリースされることになる。

【曲目】
01.Byrd Pavan(バード・パヴァン)
02.Vivaldi Synthesis Two(ヴィヴァルディ・シンセシス2)
03.Overdraft(オーバードラフト)
04.Autumn Grass(オータム・グラス)

 アルバムの1曲目の『バード・パヴァン』は、荘厳なチャーチオルガンと、それに寄り添うフルートによる美しいメロディで幕を開ける楽曲。神聖な雰囲気が漂い、まるで教会で行われる厳粛な宗教行事を彷彿とさせるが、躍動感あふれるハーモニカやサックス、そしてキーボードによる華麗な技巧を駆使したファンキーなジャズフュージョンとなる。曲名から推測するにおそらくジャズ・トランペット奏者のドナルド・バードへのオマージュであり、バードの『アール・オブ・ソールズベリー・パヴァン』とパーセルの『グラウンド・ベースによるアリア』を組み合わせた即興演奏である。2曲目の『ヴィヴァルディ・シンセシス2』は、ヴィヴァルディのギター協奏曲を現代風にアレンジした楽曲。アコースティックギターによる心地よいシンフォニックなシンセストリングスに包まれており、非常にロマンチックな旋律と響きとなっている。3曲目の『オーバードラフト』は11分に及ぶ大曲であり、穏やかなピアノとフルートのナンバーから始まり、その後には素晴らしいジャズセッションへと展開していく。この曲には、サイケデリックなギターソロと活気あふれるキーボードの技巧がフィーチャーされており、その崇高ともいえるサウンドはピアノソロの優しい音色で締めくくられている。4曲目の『オータム・グラス』は、現代作曲家であるパトリック・スタンフォードがこのグループのために特別に作曲したものであり、レコードでいうB面を全て利用した26分に及ぶ大曲である。「儀式的な祈り」と記されたこの曲は、古典的なピアノとコントラバス、チェロ、フルート、ハーモニカ、アコースティックギター、そしてティンパニといった楽器を擁したジャズとクラシック音楽が見事に融合しており、メンバーたちによる巧みなメロディと緻密な即興演奏が織り成したまさにバロック系ジャズロックと呼ぶにふさわしい内容になっている。刺激的なサウンドだが非常に牧歌的な雰囲気が漂っており、演奏者の才能が発揮されているだけではなく遊び心が見え隠れした素晴らしい曲になっている。この曲にはゲストとして脱退したクラシックギタリストのジョン・ウォーレンやパーカッショニストにディック・ワイルドマン、コントラバスにマイク・ハートが参加している。

 本アルバムは前作よりも即興的な演奏が多く、より古典的なクラシック&ジャズを披露したチェンバー色の強いサウンドとなり、多くのクラシック音楽の影響と多様な文化を融合させたアルバムは評論家から高く評価されたという。彼らは前作に続いて英国ツアーを行ったが、より音楽の高みを目指そうとするヨエルの考えに再度メンバーとの緊張が高まり、ヨエルはグループの脱退を決意。それから数ヶ月後、コンティニュアムは解散することになる。リーダーだったヨエル・シュワルツは、セッションミュージシャンとしてテナーサックスを演奏し、サウサンプトン大学で電子工学の修士号を取得。その後、ヘンリー・カウのライヴサウンドを担当し、ツアーにも参加している。また、1980年頃にはサックス奏者のヨシコ・セファーと仕事をし、1987年までライヴサウンドインスタレーション、劇場、コンサート、ツアーなどのデザインを手がけたという。1990年12月にフランスに戻って、サウンドの仕事に携わるようになったが、2015年9月13日にフランスで死去している。本アルバムはリリース以降、しばらく再販が無いまま眠りに就くことになるが、約50年経った2021年に日本のビビット・サウンド、韓国のビッグ・ピンクから初のCD盤がリリースされる。

コンティニュアム オータム・グラス アルバムジャケットコンティニュアム Autumn Grass アルバムアートコンティニュアム Autumn Grass メンバー肖像コンティニュアム Autumn Grass ジャケット写真コンティニュアムAutumnGrass 演奏風景

 

コンティニュアム オータム・グラス アルバムアート

 皆さんこんにちはそしてこんばんはです。今回は2021年に50年ぶりにCDによる再発で少し話題となった英国のプログレッシヴロックグループ、コンティニュアムのセカンドアルバム『オータム・グラス』を紹介しました。グループのリーダーであるヨエル・シュワルツは古典的なクラシックに精通したミュージシャンであり、デビューアルバムではバッハとヘンデルの音楽による4つの即興を演奏しており、後にリチャード・オブライエンとの仕事で最もよく知られる作曲家のリチャード・ハートリーの長編組曲を収録しています。そして本アルバムでも作曲家のパトリック・スタンフォードが作成した26分に及ぶ『オータム・グラス』を演奏&収録しています。パトリック・スタンフォードと言えば、『バレエ組曲:天上の炎』や『クリスマス・キャロル交響曲』、『聖フランシスの祈り』を残した著名な現代作曲家であり、クラシック音楽の影響を受けたコンティニュアムのためにわざわざ書き下ろしたというから驚きです。しかもその大曲を脱退したクラシックギタリストのジョン・ウォーレンを含む旧メンバーと共に演奏、録音したというのがステキ過ぎます。ちなみにジョン・ウォーレンはグループからの脱退を決めた後も、ヨエル・シュワルツとは親交が続いていたそうです。

 さて、そんな本アルバムですが、クラシックと古楽に精通したヨエル・シュワルツ自身が即興という形で応えた、ジャズとクラシックの見事な融合作品と言ってもよいです。1曲目の『バード・パヴァン』はジャズ・トランペット奏者のドナルド・バードのオマージュですが、古典的な「パヴァン」にジャズの要素を加えており、特にライスのオルガン演奏が際立った素晴らしい曲です。2曲目の『ヴィヴァルディ・シンセシス2』はヴィヴァルディの『ギター協奏曲』をシンセサイザーのストリングスでアレンジしたものです。どこかで聴いたことがあるな~と思っていたら、イエスのギタリストであるスティーヴ・ハウの『スティーヴ・ハウ・アルバム』でも演奏されていますね。そしてパトリック・スタンフォードがバンドのために特別に作曲したタイトル曲である『オータム・グラス』は、マイク・ハートのコントラバスやオリンパス・ストリングスのチェロセクションをはじめ、様々なゲストミュージシャンが参加しています。中でもハイライトは曲の中盤あたりで伴奏がまばらなバロック調のメロディを奏でるヨエル・シュワルツのフルートだと思っています。このテーマを基に即興演奏が展開し、次第に増える伴奏の中でフルートによる緊迫感あふれるクレッシェンドへと導きますが、最後にメインテーマによって秩序を取り戻す流れが素晴らしいです。全体を通して前衛的なクラシック音楽をはじめ、ジャズや中世音楽、そして異彩を放ったドラムソロなど、1970年代初頭のプログレッシヴロックの要素をほぼ全て網羅していて、とても緻密なアレンジが施された稀有な作品だと思います。

 本アルバムは古典的なクラシックとジャズの融合を試みた即興性の高いアルバムです。発表当時から今もなお過小評価されていますが、プログレファンにはぜひとも聴いてほしい作品です。

それではまたっ!