アメリカではそうなるだろう | メタボリックがとまらない ver.7 東京出戻り編

メタボリックがとまらない ver.7 東京出戻り編

副題 : もう遠距離の異動は無いだろう

https://www.jiji.com/sp/article?k=2024050900150&g=int


映画の「オッペンハイマー」が話題となったからか、アメリカで再び日本への原爆投下の是非が話題となっているようですが、アメリカの主張は、日本人の主張に沿う事は無いだろう。
これを「米帝の侵略主義の表れ」と取る人もいるでしょうが、日本が戦争で原爆を投下された唯一の国であるのと同じく、アメリカは戦争で原爆を投下した唯一の国である訳で、戦争で投下した国とされた国が、それぞれ1カ国ずつしか無い以上、捉え方の多様性が多くなる事は無い。




核兵器という物に対して、今では豊富な知識を持つ事が可能となりましたが、核兵器を使用する前の時代に、核兵器を使用する事によって生じる影響を、今の我々が持つ知識と同等に予測する事は不可能だった。
第二次世界大戦当時、マンハッタン計画にせよ、その他の国の核兵器開発にせよ、軍人や政治家、そして科学者の頭の中にあったイメージとは、それまでに存在してきた爆弾の延長線上でしかなかった訳で、今の我々が知っているような知識を、当時の人々が肌感覚として持っていたと考えるのは無理がある。
広島や長崎に原爆が投下され、その被害状況や放射線による影響を知る事によって、核兵器が、それまでの爆弾と次元の異なる兵器であると認識され、そこから知識が積み重なっていったのであって、広島や長崎に原爆が投下された時点においては、核兵器が持つヤバさは認識されていなかった。
そのような核兵器が持つヤバさ、特に政治への影響におけるヤバさは、使用後のかなり早い時点で認識された訳で、朝鮮戦争において原爆使用を大っぴらに訴えたマッカーサーが、その発言の影響もあって、日本への原爆投下を認めた、トルーマン大統領に罷免されたという事実をもって証明できると思う。




これから先も、アメリカが日本側の主張に沿う事は無いだろうし、日本がアメリカ側の主張に沿う事は無いだろう。
アメリカの主張は、アメリカという立場から見た正論だし、日本の主張は、日本という立場から見た正論であって、どちらも正しいと言えるし、どちらも間違っているとも言える。
では原爆投下という事実から、後世の私達が何を学べるのかと言えば、世の中には予想を上回る結果が生じるという事であり、予想を上回る結果がもたらす物は、使った側と使われた側の双方に傷を残すという事。
この傷の存在を理解しているのは、日米の2ヶ国しか無いのであって、他の国々は、日米2ヶ国が持つ傷を、どのように捉えるのかしか考えようがない。




アメリカの考え方がどうであろうと、それは敵国に核兵器を投下した国にしか理解出来ない。
日本の考え方がどうであろうと、それは敵国に核兵器を投下された国にしか理解出来ない。
双方に出来る事は、未来に対する資料を提示する事だけであって、その資料を見た人達が、核兵器の使用について考えるしかない。




いくら日本がアメリカを論破しようとしても、そしてアメリカが日本を論破しようとしても、それらは無意味でしかないと私は思う。