メタボリックがとまらない ver.5 大阪出戻り編

メタボリックがとまらない ver.5 大阪出戻り編

副題 : 粉もんの誘惑に勝てるか?

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ゴルフを始めて10年以上経ちましたが、最近になって、やっとグリーンの奥に打ち込む事が、難しい状況を呼び起こす事を理解し始めた。
まあ少しは上手くなってきた証だろう。




ゴルフの本質は、オリエンテーリングとターゲットゲームだと思っていて、上手い人ほど楽なルートが見え、そのルート上にターゲットを定め、ターゲットに向かって球を打っていく。
対する下手っぴいは、楽なルートなんて考えもせず、ターゲットは飛距離のみを元にして定め、楽なルートとは無関係なターゲットに向かって球を打つ。
下手っぴいでも、たまたま楽なルートにボールが乗る事もあるが、それはあくまで結果論で、楽なルートに向かって打った訳では無いから、危険な場所を意識した筈もないし、危険な場所に行ったとしても、それもあくまで結果論。




当然私も下手っぴいですが、それでも奥に打ち込むのが危険なのだと、やっと理解出来た理由は、何だか奥は危険そうだと思いつつ、1つ大きな番手でショットしたから。
飛ばないよう、軽めに振ったスイングが、実はベストなスイングだった訳で、危険な場所を意識していながら出た最悪の結果だったから、余計頭に染みついた。
本当に今更ですが、グリーンの奥は変な傾斜やラフがある訳で、そんな傾斜ラフを捌ける技術が私には無い事を思い知らされた。




「ゴルフは手前から」って言うけど、しみじみ本当だなあと思ったのでした。

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前の記事で、大坂選手の日本人らしい仕草が、アメリカ人にウケた要因であると書きましたが、かなり感慨深い。
なぜかと言えば、そのような日本人らしい仕草こそ、日本人が海外で成功する事を阻害する要因なのだと、日本で長い間言われてきたものだから。


「日本人は何を考えているのか判らない」というのが、海外で失敗する日本人の要因なのだと、それこそステレオタイプで長い間言われてきた。
そして外国人から見たら、シャイ過ぎる日本人の態度こそ、日本人が直さなければならない態度として言われ続けてきた訳で、ずけずけ物を言う事と、派手なオーバーアクションを身につける事が、日本人が海外で成功する為の必須条件であるかのように言われ続けた。
言うなれば、ウイリアムス選手のような態度こそが、海外で成功する為に必要な物であるし、それとは違う日本人の態度や仕草は、捨てなければならないというのが、日本で出来上がった常識だった。




しかし、世界で成功した日本人を見てると、ウイリアムス選手のような態度を会得したから、海外で成功した訳ではない事に気がつく。
本人の高い実力や適応力であったり、人に対するコミュニケーション力であったり、はたまた現地の人から尊敬される人格であったりと、確かに海外で成功しただろうが、日本でも成功すると思われる人がほとんど。
そこから考えると、日本で成功する為の必須条件と、海外で成功する為の必須条件は、根本的な部分で共通しており、ステレオタイプで言われてきたような物は、いわば現地に合わせた細かい設定程度のレベルなのだと思う。




明治維新から150年が経過しますが、その間に海外進出した日本人は、どれぐらいいるのだろう?
そのような日本人が、世界各地で日本人らしい仕草や態度を示しつつ、全体として現地で評価される行動をしてきた事で、やっと日本人が世界各地で認知され、日本人らしい仕草や態度が、好意を持って受け入れられるようになった。
評価される為には、高い実力が必要なのは当然なのだけど、日本の長い歴史の中で培われた、名こそ惜しけれの精神と、そこから発生した振舞いや仕草が、世界に認知されてきたのだと思う。




その点で大坂選手の優勝セレモニーでのコメントを見ると、高い実力を示した事は当然ではあるが、相手に対する尊敬の念を、日本人らしい仕草や態度で示したからこそ、好意を持って受け入れられた。
そこで見えたのは、日本人らしい仕草や態度だったのかも知れないけど、その根本にあるのは、大坂選手自身が持つ高い人格であったし、それを日本人らしく表現しても受け入れられるようになった、世界中で認知された日本人像だろう。




150年かけて、日本の先人達が積み重ねてきた信用が、日本人の仕草や振舞いを、世界中で認知されるに至らしめた。
これって、本当に凄い事だと思うんですけど、これをぶち壊さないよう努力し続ける事が、今を生きる日本人に必要なのだとも思った。

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以前は60度のウェッジを入れてましたが、今では58度のウェッジを入れている。
これは単純に、ピンのアイアンセットにおけるロブウェッジが、58度の設定だったからで、巷での定説である、一般アマチュアには60度不要論に乗っかったからではない。
もしピンのアイアンセットの設定が60度だったら、そのまま60度を使い続けただろう。




自分が必要とするクラブって、自分が想定するシチュエーションや、自分が求める結果によって左右されるはずだ。
私がロブウェッジに求めているのは、サンドウェッジより高く上がり、サンドウェッジよりボールが転がらない事であって、そのような球を、サンドウェッジのフェースを開く事で生み出すのではなく、クラブの性格で生み出して欲しいから、ロブウェッジを使用している。
これは、21度の各種クラブを選択するのと同じであって、3鉄を選択する人もいれば、ユーティリティや7番ウッドを選択する人もいるように、その人の技量の範疇で選ぶと言うより、その人の求める球筋で選ぶのと同じだと思う。




面白いもので、ロングアイアンを抜け!と言う人の多くが、易しいクラブの有りがたさを訴えているのに、そのような人に限って、ロブウェッジに関して言えば、その易しさを否定する事。
サンドウェッジをテクニカルに使えと言うなら、ロングアイアンに関しても同様に言えば良いのに、ロングアイアンではテクニックを言わずに、道具の易しさに乗っかれと言う。
テクニック論者ならテクニック、道具論者なら道具に殉じれは良いのに、なぜか相反する事を言うから始末に悪い。




ロブウェッジで、ロブショットを打つのは難しいが、ロブウェッジで、短い距離の転がらないアプローチを打つのは簡単。
ロブウェッジだからといって、ロブショット専用なクラブではないし、ロブショットの難しさは、道具が生み出す物ではなく、テクニック習得の難しさが生み出す物だ。
50ヤード以内で、ロブショット程では無いにせよ、転がらないアプローチを打ちたいのなら、ロブウェッジは最適のクラブだと思うし、一般アマチュアが苦手とするフェースの開閉も、ロブウェッジであれば問題なくなる。
テクニカルにサンドウェッジを使って、転がらない球を出そうと追求するより、メカニカルにロブウェッジを使って、そういった球を打つ方が、よっぽど一般アマチュア向けだと思う。




テクニカルに1つのクラブを使いこなすのか、それともメカニカルに色々なクラブを使い分けるのか、そういった観点でクラブ選びをするべきだと思う訳で、根拠に乏しい理屈で、クラブの難易度を決めるべきでは無いと思う。

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全米女子で優勝した大坂選手が、世界中から賞賛されているそうで、それがどの程度なのか不明ですが、誉められるというのは良い事だ。
まあ、ウイリアムス選手の態度と比べたら、どんな選手も誉められるような気がするけど、大坂選手の仕草を見てると、世界でウケるだろうなあという気がする。




大坂選手の仕草の特徴は、ステレオタイプな日本人の仕草だろう。
アメリカ基準で言えば、ハキハキしない物静かな喋り方で、何か知らんけど「すみません」と言い、握手より先にペコリとお辞儀するところなんて、ステレオタイプの日本人その物だ。
当然ながら、ステレオタイプの日本人像が先にあり、そのままの姿を大坂選手がしただけなんですが、押しの強いウイリアムス選手との比較で、より大坂選手の仕草が目立ったと思う。




面白いと思ったのは、大坂選手の見た目の肌の色で評価したのではなく、ステレオタイプの日本人の仕草で、アメリカ人が大坂選手を評価した事。
日本国内における大坂選手の評価は、ハーフとしての評価が根強いと思いますし、日本人とのハーフと言いながら、実は日本人として知らず知らず認めてない部分が強いと思いますが、移民で成立してきたアメリカ人からすると、日本人として認める部分は、肌の色より、大坂選手の日本人らしい仕草。
これは、過去の日本人の積み重ねでありますし、単純な見た目ではルーツが判断しにくい、アメリカの現実から生まれた常識なのでしょうが、一歩引いてしまう日本人の仕草が、日本国内における日本人自身の評価以上に、アメリカでは評価されているようだ。
そして、日本人に対するそのような評価を、日本人自身が知らない事は、日本での大坂選手の記者会見において、日本人としてのアイデンティティを大坂選手に聞いた記者がいた事で、証明されてしまったように思う。




日本人が考えるグローバル化は、外からの日本に対する評価を無視して、日本人がアメリカ化する事な気がする。
でも、どこまで行っても、日本人は日本人な訳で、日本人が日本人らしさを脱ぎ捨ててしまったら、それはグローバル化ではなく、無国籍化でしかない。
日本人らしさを捨てて、偽物のアメリカ人になった日本人を、アメリカを含めた世界は評価しないだろうし、それこそ薄気味悪く思うのではないだろうか?




日本人らしさを持って、実力で世界に打って出る事こそ、グローバリズムに参加する事なのだと思う。
日本人や、日本のファンからすれば、そのような姿は歯痒いのかも知れないけど、あえて日本人らしく振る舞う事の方が、グローバリズムに参加するにあたって必要なのではないだろうか?




あえて過去の良い評価に乗っかり、後世に良い評価を引き継ぐ事こそ、日本人として正しい姿な気がするし、結局のところ日本人らしい振舞いこそが、日本人を評価するポイントな気がする。

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選手に対する指導において、パワハラ等が問題視されている昨今。
さすがにセクハラは問題ですが、なんでもパワハラ認定してしまう風潮に関して、ちょっと違和感があったりする。




私は今47歳ですが、本当に競技に参加していたのは、中学と高校でのバドミントンの部活だけ。
それも高校3年の時には、ほとんど部活に参加してませんでしたから、実際に活動していたと呼べる期間は、たかだか5年間と言って良い。
その後は、マイナースポーツに参加して、そこで全国大会に出場したりしましたけど、社会人になってからですので、毎日練習するような事も無く、競技生活と呼んで良いのか不明ですから、実際の競技生活は、中学と高校の5年間となるだろう。




バドミントンにおいて、私は3流の選手でしたから、バドミントンで進学出来るとか、就職出来るとかいったレベルではありませんでしたが、そういった可能性のある選手は、当然ですけど、私より選手生命が長くなる。
とは言うものの、そういった1流の選手でも、選手生命の期間は人生と比べ圧倒的に短くて、選手生命を伸ばす為には、常に高いレベルで実績を出す必要がある。
でも競技者である時には、自分の選手生命が無限に続くと勘違いしている。




そういった勘違いを、同じく競技者として過ごしてきた指導者は、当然ながら理解していて、本当に短い選手生命を伸ばす為には、短い期間で学ばなければならない事を、無理矢理にでも詰め込む必要がある事を知っている。
そこには、のんびりしている選手と、焦る指導者という図式が存在していて、なぜ焦っているのか理解出来ない選手と、のんびりするのが理解出来るが故に、余計に焦る指導者という図式となってしまう。
この図式は、選手が若いほど顕著であって、ベテランが自分で練習のペースを決められるのは、ベテラン選手自身が、1流でなければ選手生命を伸ばせない事を知っており、指導者と同様の焦りを共有しているからだ。




指導者の指導に対して、部外者がパワハラとか言ってしまう事は容易い。
選手は努力していると言い、指導者の指導力不足と言ってしまう事も容易いが、そう言ってしまう人のほとんどが、1流の素質を持たなかった素材であり、1流の選手である事を期待されなかった人達なのが現実。
元1流アスリートによる批判もあるけど、そういった人達のほとんどが、実は指導者として活動していなかったりする訳で、選手の気持ちは理解出来るけど、指導者の気持ちを理解しているかと言えば、自分が指導者で無い以上、その気持ちを理解出来る筈もない。
そして、1流の指導者であればあるほど、自分の指導してない選手の実状を知らないから、横から口を挟まないし、口を挟む事が無責任な行為である事を知っている。




このような状況を打破するには、本当の意味でのプロ指導者が活躍出来る場を、日本の中に作る必要がある。
欧米の文化と違って、日本の文化に契約の概念が薄いから、指導者を替える事=師弟関係の破壊となってしまい勝ちだけど、選手と指導者の関係=契約という概念を取り入れなければ、このような状況を打破出来ない。
「選手を指導者の所有物と勘違いしている」と、批判する事は容易だが、選手自身が指導者の物だと受け入れている以上、そのような批判は的外れだ。
ましてや、指導力や指導方法を批判するのは、そのような指導力や指導方法を評価する場が無い以上、ナンセンスとしか言い様がない。




そのような事を提言もせず、ただ指導者が悪いとだけ批判するのは、建設的ではないと私は思う。
そしてそれは、人生と比べて圧倒的に短い選手生命を、無視した発言だとも思う。

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大坂なおみ選手が全米オープンで優勝したが、その試合におけるS.ウィリアムスの態度と、表彰式における観客のブーイングが、日本でも大きな騒ぎになっている。
YouTubeのまとめサイトや、その他のまとめサイトを見てると、S.ウィリアムスの酷さや観客の酷さがクローズアップされており、本当に酷く感じてしまったが、ESPNの動画における試合のハイライトや、表彰式のフルの映像を見てると、まとめサイトにおける編集が、かなり大坂選手贔屓に片寄った、結構悪意のある編集だと思い始めた。




確かに試合中のウィリアムス選手の態度は、日本人が考える女王の態度ではなく、勝利に対する生々しい欲求が見え隠れたものだった。
ラケットを破壊し、審判に対して攻撃的に暴言を吐く姿勢は、日本人の好む姿勢ではなかったのだけど、そのような攻撃的な姿勢が、アメリカ人の求める姿勢の1つなのだとしたら、それを日本人が理解できなくても仕方がない。
日本人には受け入れられなくても、アメリカ人には受け入れられるという事実を、日本人の感覚を元に否定するのは、私は日本人の独りよがりだと思う。




次に表彰式における観客の態度についてですが、ブーイングの対象が、大坂選手だとは感じなかった。
男性司会者が話し始めた後に起きたブーイングは、全米オープンの主催者に対してのブーイングに感じられたし、次の女性のスピーチの途中で起きたブーイングも、同じく主催者に対してのブーイングに感じられた。
少なくとも、大坂選手のスピーチの際に、大坂選手に向けたブーイングは無かったし、大坂選手のスピーチに対しても、きちんとスピーチを聞き、そのスピーチに対する反応も好意的だった訳で、観客の大坂選手にたいする姿勢は、我らが誇るウィリアムス選手を、正々堂々と正面から打ち破った勝者という姿勢に感じられた。
男女を通じて、日本人として初めてのグランドスラム勝者というアナウンスに対して、観客が示した称賛の態度は、素直でフェアな態度だったように私には思える。
そして、大坂選手の前にしたウィリアムス選手のスピーチも、きちんと勝者である大坂選手を称えた、節度あるスピーチだったように思う。




更に言えば、ウィリアムス選手が批判を向けた相手は、常に審判に対してであって、大坂選手に対してでは無かった。
これが大坂選手に向けた物だったとすれば、その試合運びから見ても不当な物だと言えるけど、ウィリアムス選手は1つも大坂選手を批判しておらず、試合後の大坂選手に対する態度や、表彰式における大坂選手への態度を見ても、なんら批判されるような行動をしていない。
これを裏返せば、ウィリアムス選手に対して、大坂選手が敬意を持って試合をしたからこそ、ウィリアムス選手から批判されるような事にはならなかったし、そのような大坂選手の姿勢が見えたからこそ、大坂選手に対して観客がブーイングしなかったのだと思う。




日本人の好みからすると、試合中のウィリアムス選手の態度は、かなり好みから外れた態度だったのは確かだ。
そして試合後の会場で、観客からブーイングが起きた事も事実ではある。




しかしながら、その一部分だけを切り取って、勝ったのに虐められた大坂選手と、負けた事を認めず、観客まで総動員して虐めたウィリアムス選手という図式で、今回の事をまとめてしまうのは、とてもアンフェアな事だと思う。
そして、そのまとめだけを見て、「アメリカ人ひでえ」とか、「大坂ちゃん可哀想」とか思ってしまう日本人が増えるのだとしたら、それこそが他の文化を認めない、狭量な日本人を産み出す事であるし、唯我独尊な日本人を産み出す温床でもある。




ウィリアムス選手の試合中の態度は、正直言って私も好きになれない。
でも、試合後の大坂選手に対する態度や、表彰式での大坂選手に対する気遣い、そして表彰式後のウィリアムス選手の晴れ晴れとした笑顔について、かなり私は好感を持つ事が出来た。
そして、大坂選手のスピーチに対する観客の反応についても、私は好意を持って見る事が出来た。




私は英語が分からないけど、それでもちゃんと全体を見れば、まとめサイトとは違った感想を持てる。
切り取られた物を見て判断するのではなく、全体をを見て判断する必要性を、今回の事で感じた。

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こないだのラウンドでは、このドライバーで飛距離を伸ばせた。
ミスショットも幾つか出たけど、その要因は自分のテンポが速すぎた事なので、ドライバーの問題ではない。




ミスショットにおいて、振り遅れを問題視する一般アマチュアは多いが、振り急ぎを問題視する一般アマチュアは少ない。
これは振り遅れのミスの方が、一般アマチュアでも判りやすいからだと思いますし、実際に一般アマチュアが多く出してしまうミスが、プッシュスライスだからだと思いますけど、振り遅れも振り急ぎも等しくミスだ。
振り遅れの原因を探すのと同じく、振り急ぎの原因も同様に探さなければ、ミスの修正は難しいと思う。




前回のラウンドで、今更ながら気づいたのが、前に打つ人のテンポの影響の大きさ。
こないだのOB4回は、全て振り急ぎの引っかけだったのですが、この4回の全てで前の人が同じ。
この人のテンポは速いんですけど、後ろで素振りやショットを見ているうちに、この人のテンポが伝染ったようで、4回目になって、やっと自分がヒョイと上げてる事に気がついた。
その後2回、この人の後にティーショットを打ったのですが、自分のテンポを思い出すよう素振りをしたら、ごく普通の結果が出たのでした。




目から入る情報って怖いもので、知らず知らずのうちに影響が出てくる。
この人の後に打ったから、自分のテンポに影響が出た訳で、それをアライメントの問題とか、腕の返し過ぎとか勘違いしてしまうと、別のミスを生み出す要因となる。
そういった原因もあるのは確かだけど、いつも通りに打てているかが分からなければ、ミスの原因を見つける事が難しい気がする。




そのように考えると、いつも通りのテンポで、どのような球が出るのか知らない事に気がついた。
練習場では、知らず知らずのうちに、遠くへ飛ばす事に意識が行って、そのような事を意識した事は無かった。





これじゃあ安定しないよなあ。


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今まで使っていたパターより、このパターは随分重い。
今まで使っていたパターも、同伴者のパターより随分重かったですが、こっちの方がずっと重いです。



2回前ぐらいのラウンドにて、スタート前のパット練習の時に、同伴者のパターを打たせてもらったのですが、軽くて訳が分からなかった。
確かスパイダーだったと思いますが、自分のパターより随分と軽くて、なんかボールに打ち負けてる感触が半端なく、実際に届かないパットばかりで、こりゃあダメだと思ったのだった。




今回のパターに関して言えば、転がり過ぎる不安があった。
今までのパターよりも、ボールに力が加わっている感触が濃厚で、ロングパットは勿論のこと、ショートパットも転がり過ぎそうな不安から、暫くは打ち切れないパットが続いた。
打ち切れない結果は続いたけど、でも何とかなるなあという感触はあった。




このように、軽いパターと重いパターで、届かないという点では同じ結果なんだけど、届かないと打ち切れないでは全く異なる。
届かない結果の出やすい軽いパターは、自分で打ちにいく力感が必要だと思う訳で、力感を必要とするパターは、方向性のミスを生み出しやすい気がする。
青木功の使っていたサイレントポンは、それ自体は軽いパターだったけど、かなりの鉛を青木功は貼っていたそうで、それは自分で不必要に打ちに行かないようにする工夫だったのではないか?




そのように考えると、ヘッドの弾きとパターの振り心地の合計が、距離感なのでは?と思う。
打ちに行く力感は、距離感を邪魔するファクターであって、そのような力感を考えずに済む、自分に合った重さというのが、存在するような気がする。

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今日は雨予報の中でラウンド。
最初の3ホールほどは雨に降られたが、残りはさほど雨も降らず、涼しい中でのラウンドとなった。






今回のラウンドでは、このドライバーと、






こちらのパターを、実戦投入してみた。




結論から言うと、ドライバーでのOBが4回、パット数は38パットと、初めて使用したにしては合格点。
ドライバーに関しては、やはりシャフトが合っているらしく、吹き流しを越える飛距離を連発。
パターに関しては、最初は重さに慣れなかったせいで、距離感を出すのが難しかったけど、慣れてきたら良い感じになっていった。




スコアは、50の55で105点だったけど、最低ラインの108はクリアしたので、それなりに満足。
次のラウンドの予定は未定だけど、練習する気が出てきました。

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ヤフオクの画面を開いたら、このパターが出てきた。
題名にゴールドファクトリーとは書いてないが、このGマークを見て、即決価格が許せる範囲内だったので落札した。






1ヶ月ほど前のヤフオクで、ゲージデザインが元気だった頃に作られたTPA18系のパターが出てきたんですが、最後の追加がどうしても出来なくて、落札する事が出来なかった。
縁がなかったと思って諦めたんですが、やはり残念な気持ちに変わりはなく、ちょこちょこ探してみたりしていた。
そこにコレが出てきて、あのゲージデザインの落札価格より安い即決価格だったから、勢いよくポチッた訳だ。






ヘッド自体は、Kitada Golf Designの物らしいが、同社のパターにも興味があったので一石二鳥。
ヘッド重量は重めで、シャフトも重めと来てるし、長さは短めの33インチ台と、何から何まで私の好み。
お尻にはシャフトスタビライザーが入っていて、全体的に重くなっているのも、これまた私の好みなんだから、至れり尽くせりである。




ラッキーだったなあ。

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