https://www.nikkei.com/article/DGXZQOJC011YC0R00C26A9000000/沖縄知事選は、現職の玉城デニー氏が新人の古謝氏に敗れるという結果となった。
当初は保守系の候補が割れ、玉城氏にとって有利な方向へ進んでいましたが、候補者が出馬を断念した事によって流れが変わり、開票開始直後、古謝氏に当確が出るという結果となった。
さて、今回の知事選を見ていた感想ですが、左派が得意としてきたプロパガンダ型の政治活動が、沖縄でも通用しなくなったという感想を持った。
その要因の1つとして、辺野古で起きた活動船の転覆により女子高生が亡くなった事と、その後の主催者とその周辺の動きがあったと思いますが、平和活動という錦の御旗を掲げた人達が、反省を拒む自己保身の塊だった事や、他責の塊だった事が、沖縄も含めた世間に広まったという事が挙げられる。
基地建設に反対する活動家の無理な横断によって、警備員がダンプカーに轢かれて亡くなった事件後の対応も酷かったですが、転覆事故によって女子高生が亡くなった後の対応はもっと酷かった訳で、平和が大事だ、生命が大事だと普遍的な事を日頃言っている側が、実際には身内の事しか大事だと考えていない事が世間にバレた事が、支持を大きく落とした要因の1つだと言えるだろう。
2つ目の要因は、玉城氏が掲げていた沖縄経済の活性化について、2期8年の任期中に好転する兆しが見えなかった事。
これは誰がやっても難しいと思ってますが、それは沖縄という地域が、他の地域と遠く離れた島だからで、本土であれば道路や鉄道を使って、その地域から他の地域へと安価で簡単に輸送する事が出来ますし、それを考慮に入れた経済圏の構築も出来ますけど、沖縄が島である以上、他の地域と経済圏を構築する事が出来ない。
だからこそ沖縄に大きな工場が進出出来ないですし、それを基盤とした豊かな生活圏の構築も出来ない訳で、この界隈の人達が嫌いな米軍基地の存在は、沖縄県民の経済にとって大きな影響を与えていたりする。
このような構造を抱える、沖縄県の経済を良くしたいと考えているなら、辺野古の問題にだけ力を注いでいる暇は無いはずなんですが、国防や外交といった、国政に関する事に口を出すのが好きだった事が、県民からの評価を下げる結果になったのだろう。
さて選挙期間中や選挙後を振り返りますが、玉城氏や玉城氏を応援する左派勢力の発言や行動を見てると、世間から離れた価値観や常識を持っている事がハッキリ見て取れる。
選挙期間前から言ってましたが、SNSを無闇矢鱈と敵視してみたり、選挙後は政府が選挙に介入したのだと言ってみたりと、敗北した自分達には非がなく、古謝氏に投票したり応援した側こそが非であるといった発言ばかり。
このような動きから見えてくるのは、左派勢力の先鋭化といった状況な訳で、往年の日本赤軍や過激派が辿った道のりを、今の左派勢力は突き進んでいるように見える。
まあ選挙後に、彼等の好きな「総括」をしたのでしょうが、その総括の中には、自分達への素直な検証は無いようでして、全て他責という結論になっているのだろう。
彼等が得意としてきた、プロパガンダ型の政治活動は、言うなれば過去の成功モデルの踏襲でしかない。
「弱者=正義」「権力側=悪」という図式に沿って、「弱者の見方である左派=正義」であるというのが、戦後から連綿と続くプロパガンダ型政治活動のモデルですが、このような図式が成立したのは、ギリギリ旧民主党政権が成立した時までだと言える。
これは国政レベルでの話であり、この流れは地域によって温度差があるのが当然ですけど、テレビや新聞等のオールドメディアによって、世論の大きな流れが生みだされ、それに沿った左派勢力の望む選挙結果が導き出されるという空気は、オールドメディア以外のSNSを代表とする新たな媒体の誕生によって、もはや過去のものとなった。
今の政治活動に求められているのは、「正直さ」と「現実の把握」、そしてそこから導き出された「活動結果」であり、現実のミスをミスとして認めず、それを他者のせいにしてしまう事は、支持を失う材料にしかならない。
それが何故支持を失う材料となるのかと言えば、オールドメディア以外の媒体であるSNS等で、過去の発言や行動を照合されてしまうからで、これが世に言う「ブーメラン」であるし、ブーメランが多ければ多いほど、その勢力への支持は大きく失われる。
「平和が大事」「生命が大事」と叫んできた団体が、その杜撰な行動によって警備員や女子高生が亡くなる結果へと導いた事は、まさにブーメランでしかない。
そして身内だからと庇い、捜査協力を拒んだりした事は、現実世間の感情を無視した行為であるし、正直さとは正反対の行為でしかない。
身内の中では当たり前の行動でしかないのでしょうが、それ自体が世の中の当たり前から掛け離れた考え方であるという事から、左派勢力の人達は目を逸らし続けている。
自分達の価値観は、お仲間の中でしか通用しない価値観だと総括しない限り、彼等が現実的な行動をする可能性は無い。
お仲間の中で、いかに大きな声で叫ぶ事が出来るのか、それが彼等にとっての評価基準にしかならないのであって、お仲間の中で大きな声で叫んで評価されれる事だけを望み続けるほど、世間の価値観から遠く離れていく。
そして世間の価値観からの乖離が進めば進むほど、自分達こそ選ばれた選民であるとの自己評価となり、大多数の国民が愚民に見える事だろう。
左派勢力の極左化が進むでしょうね。