ムーブメントコーチ ロボラガーのブログ -9ページ目

ムーブメントコーチ ロボラガーのブログ

ムーブメントコーチ(重心移動のスキルを指導)として、高校生や大学生中心にトレーニング指導をしております。現場での試行錯誤を書きたいと思います!

School of movement 認定 マスターコーチ

今日のウエイトセッション中に、一人の選手が「森下さん、ムーブメント効果が出ました❗️」と嬉しそうに話しかけてくれた。聞けば、最近のスキル練習中に、ムーブメントトレーニングでやっていることを活かせた動きが出来たとの事。

彼は、真面目でウエイトも強いのだが、いわゆる器用なタイプではなかった。というか、むちゃくちゃ不器用なタイプな選手だ。だから、ムーブメントのセッションを今年から始めた当初は、私が伝えたい動きが全く理解出来なかったし、感覚としても掴めなかった。そのせいか、エクササイズの度に「何のために、このエクササイズをやるのか教えて下さい」と聞いてくるくらいだった。

しかし、何事にも一生懸命に取り組む彼は少しずつだが、自分なりに理解出来ること、感覚としてわかることが増えていた。だから、ムーブメントセッションの時にも、「?」はだいぶ、鳴りを潜めて、表情からして楽しんでくれているようになってきていた。

そして、ついにラグビーのパフォーマンスの中で、その効果を感じる事ができたのだ。
嬉しそうに報告してくれる彼はもちろん、私自身が、そりゃ、むちゃくちゃ嬉しかった。だから、2人でニンマリ、グータッチ👊
出来なかった事が出来るようになる。それを実感できれば、人は前向きになれる。1人でも多く彼のような選手が出てくるように、引き続き精進したい。いやー、本当に嬉しい‼️

昨日の茨城県高校野球部の監督の先生とは、前任校から合わせたら21年もお世話になっている。そして、その先生と私には、もう奇跡的と言ってもよいご縁がある。そのご縁とは、私の高校野球部時代の恩師である佐藤道輔先生である。佐藤先生は、甲子園に出場した事はないのだが、高校野球界にとんでもなく大きなインパクトを与えた方だった。佐藤先生は、私が入学する以前に、すでに数冊の本を書いていた。タイトルは『甲子園の心を求めて』で、この本が、当時の高校野球の先生方の間で、バイブルと言ってもよいくらい多くの方に読まれていた。本を書くだけでなく1978年には、春季東京都大会で準優勝し関東大会に出場し、その年の西東京大会でも準優勝していた。当時は都立高校が甲子園には一度も出場した事がなかった事もあり、『都立の星』としてマスコミにも取り上げられていた。

とは言え、準優勝しかしていないチームの監督の本が、なぜそんなにも多くの方に影響を与えたのか。ひとことで言うのは、難しいが、おそらく「全員野球」というモットーが、当時としては超画期的だったからのように思う。

高校野球に限らず、当時の強豪チームの多くは、レギュラー以外の選手は、球拾いや雑用が当たり前で、特に下級生は雑用ばかりやらされるチームがほとんどだった。しかし、都立東大和高校では100名を超える部員の全員が練習機会を均等に与えられ、さらには、体力のない一年生には雑用はやらせなかったのだ。仮にグランド整備でトンボをかける時に、最後の1本が残っていたら、下級生ではなく上級生がやるのが当たり前になっていたのだ。なぜ、佐藤先生は、レギュラー以外の選手にも練習機会を均等に与えたのか。

「高校野球は教育の一環」だからである。野球が上手い事よりも、野球を通じて人として成長することが目的だったからだ。だから、佐藤先生は、野球だけやっているチームには、無茶苦茶厳しかった。野次を飛ばすようなチームも徹底的に嫌った。「あんな、野球だけやっていれば良いようなチームに負けるな」と、試合前、練習中、ことある事に、我々に檄を飛ばしていた。その時の先生の眼光は、本当に怖いくらい鋭い目つきだった。そして、東大和高校の面白かったことが、それだけの人数の部員にも関わらず辞める選手がほぼいなかった事なのだ。実際に、私の代は35名いたのだが、誰一人辞めなかった。この辞める部員が少ないというのも、当時ではあり得ない事だった。ある甲子園常連高校の監督が、遠方より佐藤先生の元を訪れた。その理由は、自分のチームは毎年一年生が50人以上入るのだが、最終的には半分以上が辞めていくのに、何故、東大和高校は多くの部員がいるのに辞めないのかを知りたかったのだと、かつて私に話をしてくれた。

佐藤先生のこと、当時の東大和高校野球部の話をしていると、もうキリがないのだが、とにかく、甲子園に出場した事がない佐藤先生の元に、甲子園の常連高校の先生方が何人も見学に来ていること、そのことが全てを物語るほど、佐藤先生の考え方は画期的であり、多くの先生方に影響を与えたのだ。


そして、その一人が、昨日の茨城県の高校野球部の先生だった。とは言え、その先生がまた凄いのが、佐藤先生の本を読んだのは高校一年生の時だった事だ。先生は本を読み、東大和高校野球部の考え方、取り組みに感動し、自分たちも東大和のような野球部になりたいと、そう思ったのだ。

そんな、先生と私は偶然にも21年前に、当時いた会社から派遣された指導先で出会ってしまったのだ。もう、その初めて私が東大和高校野球部のOBだと知った時の先生の嬉しそうな表情は決して忘れられない。なにせ、知った瞬間に奥様に電話して

「今度来てくれたトレーナーの人、東大和のOBなんだよ」と話したのだから。

それを見た私もビックリした。そんなにも佐藤先生に思いを抱いている人が目の前に、しかも新しく指導先となったチームの先生が現れたのだから。年齢も2つしか変わらない我々は、それから21年、本当にどれだけ色んな話しをさせてもらった事か。でも、根底には、お互い佐藤先生に教わった考えがあるので、理解し合えている、なんというか固い絆で結ばれた信頼関係があるのだ。同志と言っても良いかもしれない。

そんな先生と、昨日も東大和高校、佐藤先生の話で盛り上がった。その興奮が冷めないから、私はこうして今、ブログに書き連ねているのだ。もう私とその先生は出会うべくして出会ったとしか思えない。いやー、本当に一冊の本が、我々の関係性をとんでもなく強固なものにしてくれたのだ。

そして、その先生からのご縁で、茨城で指導させてもらっている野球部は、今週の木曜日から4校目になるのだ。人のご縁、これは偶然なのか、必然なのか。いずれにしても、私が35年前に東大和高校に入学した事も含めて、その不思議さに感謝しなかい。



今シーズンから横浜DeNAベイスターズのファームのS&C担当で、昨シーズンまでは、大分トリニータのアカデミーでフィジカルコーチだった松本さんが、私のパーソナルトレーニングを受けてくれた時の感想を書いてくれた。

セッションをしたのは、ちょうど松本さんが、大分トリニータでの仕事が決まり、そちらに赴く直前の時だった。

以下、松本さんの許可を得たのでシェアさせて頂きます‼️

👉

加速・減速が必須のスポーツであるサッカーではムーブメントスキルが欠かせないと思い、森下さんのパーソナルトレーニングを受けました。


それまで独学からの実践が中心であったムーブメントトレーニングを森下さんから直接指導いただいたことで、コーチングのポイントやトレーニング対象者がつまづきやすいところなど身を持って感じることができました。


見かけ上の「動き方」よりもどのように・どの方向に力を発揮するかが重要だと改めて学ぶことができたと思います。

👈


最後の、

[見かけ上の「動き方」よりもどのように・どの方向に力を発揮するかが重要だと改めて学ぶことができたと思います。]

こちら、まさにムーブメントスキルの本質を言語化して頂き、本当に有難いです。

松本さんは、現場指導だけでなく、様々な形で現場とトレーニングを繋げるものを、まさに言語化して発信してくれております。そんな松本さんに、このようなコメントを頂きむちゃくちゃ嬉しいです。


改めて、パーソナルだろうとチーム指導だろうと、セッションを受講してくれた方の何かのヒントになったり、力となれるものを提供できるよう日々精進していきたいと思う。


松本さん、お忙しい中有難うございました!

引き続き宜しくお願い致します🙇‍♂️

今日は、私と同じく(社)School of movement 認定のムーブメントコーチの古川さんが、私が20年以上もサポートしている茨城県立水戸一高野球部のトレーニングセッションを見学に来て頂いた際のレポートを紹介させて頂きます。古川さんは、高齢者のパーソナル指導や大学のアメフト部へのサポートなど幅広く活躍されております。なかなか、自分のセッションを同業の方に見て頂く機会は少ないので、古川さんのレポートはお世辞があったとしても私への最大の賛辞となりました。古川さん、有難うございました!

  

【見学レポート 茨城県立水戸第一高等学校硬式野球部 森下コーチ】

2020/10/19(月) 水戸第一高等学校グラウンド

 

 

この日は平日でしたが、前日に学校のイベントが行われ、その振替休日との事で8:45~12時までのセッションでした。この水戸第一高等学校(通称:水戸一高)硬式野球部に森下さんは約20年間ストレングスコーチとして携わっており、その初年度の時に高校三年生だった選手が今、水戸一高野球部の監督をなさっているとの事です。ちなみに県内でトップクラスの進学校との事です。

 

グラウンドにつくと、練習前に準備している野球部員が、姿をみるなり準備をいったん止めてこちらに小走りで駆け寄り「こんにちは!」と元気よく挨拶しに来てくれました。挨拶するとすぐに踵を返し、準備に戻る姿が印象的でした。

 

グラウンドの準備が終わったらそのまま選手たちは各自でウォーミングアップ。個人任せでありながら、各自しっかりと入念なウォーミングアップを行っているのもまた印象的でした。2年生と1年生合わせて20名程の参加者でした。

午前中は丸ごとトレーニングのセッションという事で、ムーブメントのセッションをみっちり120分ほど、その後に自重メインのフィジカルトレーニングセッションを60分程かけて行いました。

 

ムーブメントセッションでは森下さんがバーティカル、リニアフォワード、ラテラル、リニアバックワードを時には野球の動き、時には格闘技の動きになぞらえて選手が咀嚼しやすいように説明をして、たまにジョークを交えながら終始和やかで、かつ集中した雰囲気で行われていました。

 森下さんは水戸一高には年に8回ほど、ひと月半に1回セッションに行くとの事で、今回は2年生は昨年から指導を受けているけど、1年生は森下さんのムーブメントトレーニングを直接指導を受けるのは2回目との事でした。

 そう聞いていて驚いたのが、最初のメニューで「乗り込み」を意識するメニューを行ったら2年生はもちろん、1年生もポイントをしっかりと抑えた動きが出来ていて、しかもこの動きをその後のムーブメントトレーニングを行う際にも常に選手各自が「確認」してから行っているのに驚きました。日ごろからムーブメントを行い、それを選手同士が指摘し合って積み重ねていることを想像させました。

 森下さんもセッションを行う中で「今まではこうやっていたけど、変更します」と楽しそうに今までのエクササイズをアップデートするし、選手たちも基本を忘れずにそれを受け入れる姿をみて、常に「積み重ね」と「アップデート」を繰り返してきているのだと思いました。

 森下さんのご指導を選手たちは常に集中して楽しんでトレーニングをしている雰囲気が素晴らしすぎて、最初は本当に見学とサポートだけしようと考えていたのが、気が付いたら選手と一緒になってほとんどのトレーニングに参加させていただきました。

フィジカルトレーニングでも森下さんはRTFやRT4MSで学んだ事を織り交ぜながらプログラムを組んでいました。かなりハードなトレーニングも選手たちは集中を切らさず頑張ってやり切ろうとしていました。

 

森下さんのご指導で新しい事も教えていく中で、言葉にしていなくても教え込まれているであろう事がたくさんあると感じる事が出来ました。「熟成」と「革新」がそこにあり、20年のご指導で積み重ねてこられた「信頼関係」が確かにあると感じた現場でした。

 

以上、「水戸一高硬式野球部」森下コーチの現場見学レポートでした。

 

人は変われるのか。

その少年は高校1年の冬の練習が始まる時までは、1年生の中でも体の線も細く筋力もないまったく目立たない少年だった。その野球部の冬練習の最後は必ず12分間走だった。少年はいつも真ん中より少しだけ前くらいの順位だった。ところが、いつのまにか先頭集団についていけるようになり、気づけばトップに近づきつつあった。

筋肉などまるで無かった体にも、着実に筋肉なるものが見えてきていた。

2年生になった春の体力テストでは、持久走だけでなく、50m走でもまずまずのタイムを出せるようになっていた。

少年は一冬で青年に変わった。それは単純に体力が向上するだけてわなく、何も自信がなかった彼の心に、やればできるという生まれて初めての経験を植え付けてくれた。

青年になった少年も、もうすぐ53になる。びっくりするくらい月日が経つのは早い。そして、私のように自信など全くなかった選手たちにトレーニングを指導する立場となった。やれば変われる。

そのことを伝えられれば私の役割は、ほとんど終わったも同然である。