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ムーブメントコーチ ロボラガーのブログ

ムーブメントコーチ(重心移動のスキルを指導)として、高校生や大学生中心にトレーニング指導をしております。現場での試行錯誤を書きたいと思います!

School of movement 認定 マスターコーチ

51年生きてきて、歓喜を味わったことが4回ある。

 

最初の歓喜は、大学4年のときに関東大学ラグビーリーグ戦の3部昇格をかけた入れ替え戦に勝利したときのことだ。

大学最後の年の目標は、4部で優勝し入れ替え戦に勝ち、3部に昇格することだった。全勝優勝を果たした、我が東京国際大学は、産業能率大学との入れ替え戦に臨んだ。そして、その歓喜の瞬間は訪れた。目標がかなった我々は、マネージャーも入れると総勢50名、全員で円陣を組み勝利の雄たけびをあげた。

3年の夏合宿で膝を大怪我した私は最終学年にかける思いが強かった。しかし、プレイに復帰できてすぐ、4回も太もも裏の肉離れを起こし戦線離脱状態。夏前になんとか復帰できるも、今度は足首を何度も捻挫し、もはや以前のプレイが出来ずに悔しくてどうしようもない日々が続く。そんなこともあったせいで、入れ替え戦に勝った時は、本当に嬉しかった。「歓喜」とはこういうことかと、初めて知った。あの日の帰りに飲んだビールの美味しさは、30年経った今でも忘れることができない。

 

2度目の歓喜は25歳のときだ。当時所属していたラグビーチームのイワサキクラブが、全国クラブチーム選手権で2連覇を果たしたロッカールームにやってきた。前年に初代日本一に輝いたイワサキクラブは、その年も全国大会を制覇することができた。試合前日に主将のピーターがみんなの前でこんな話をしてくれた。

「日本一になるチャンスはそんなに多くあるものじゃないよ」と。

そして、その瞬間は、試合後のロッカールームで起きた。シャワーを浴びている誰かが、クラブソングを歌い出した。途中からは、みんなで大合唱となった。私は怪我をしており、試合にはまったく出場もしていなかったのだが、自然と嬉し涙がでた。様々な環境で、仕事も年齢も国籍も違うチームメイト、ただラグビーという競技にとりつかれ、集まった、ほんとうに最高の仲間たち。私は、このチームメイト、チームがほんとうに好きだった。そんな、仲間だったからこその、あのロッカールームでの大合唱だった。

 

あと、2回の歓喜はまた次回書きたいと思う。

もしかしたら、私はあの歓喜を味わいたくて、スポーツの現場にいるのかもしれない。そして、携わっている選手たちにも、あの歓喜を味わって欲しいと思う。たかが、スポーツ、たかがラグビー、しかもアマチュアなのに、あれだけの歓喜を味わえるのだ。

やっぱり私はここから離れられない。

 

指導先の先生より教えて頂き、人間力大學の「人間力サミット」という、このゴールデンウィーク中に配信されたYouTube動画を3つほど見た。人間力大學の理事長の大嶋啓介さんと、ゲストとの対談である。正直、この動画を見るまで、私は大嶋さんのことも、対談される方のことも全く知らなかった。

全部で11コマあるうちの3つだけ、見ただけなのだが、どの講師の方も共通していることがあった。それは何か。

新型コロナの影響で、日本中、世界中が大変なときなのだが、このことを逆にチャンスとして捉えていることである。今まで当たり前としていたことが通用しなくなり、収束後もどうなるか誰にもわからない中、もう、自分が変わるしかないと。

 

講師の一人の福島正伸さんが、こんな話をしてくれた。

「世界中が、同じ時期に同じ課題に直面し、どうやってそれを解決していくかを共有したことは、これまでの歴史の中で初めてではないか。だから、もしかしたら、何年も経ってから、コロナのおかげで、戦争が無くなったという社会が来るかもしれない」と。そんな風にちょっと目線を変えてみると、ワクワクしませんかと言う。

また中村文昭さんが、こう言う。「地球を生き物と考えたなら、コロナが地球の寿命を延ばしたかもしれない」。「買うしかなかった僕らに、作るとか、採るとかの選択肢を思い出させたのかもしれない」と。そして、てんつくマンさんが、「10あるものが8とか6とか、5とかだんだん減っていくと、人間は落ち込んでしまう。でも、それを、もともとゼロだったんだと、ゼロベースで考えると、1になるだけで無茶苦茶嬉しくなるんです。そうなると、感謝の気持ちが生まれてくる」と。

 

おそらく、コロナが来なくても、もともと前向きに人生を歩んで来られた方々。この危機的状況だからこそ、そのポジティブな考え方に沢山のパワーもらえた。そして、メンタルトレーナーのパイオニアと呼ばれる西田文郎さんが、脳の前提条件を変えるだけで、世界は変わると。甲子園に行くことを前提として練習をするのか、どうせ無理だと思って練習するのでは、結果はまったく違うものになると。そして、この状況のことを、こんなに面白い時代はないと思うと話すのだ。

 

いやー、正直、3月初旬からコロナによる影響で、私自身、何度も心が折れそうになった。私一人の力ではどうにもならない状況に途方に暮れそうになった時もある。そして、政治家の方々の言動に歯がゆさは増すばかり。それでも、今の自分にできることに取り組もうと、オンラインでのトレーニング指導を始め、YouTubeでの配信を始め、このブログも、毎日書き始めた。おかげさまで、この3週間は日々忙しく過ごすことができ、またオンラインでも仕事として成り立ってきたこともあるので、少しずつ心のゆとりは出ていた。

そんな折に、このYouTubeでの対談を見ることができた。改めて、自分の仕事のこと、今後のこと、人生について見つめなおす、しかも、とてもポジティブに考えるチャンスとなった。

 

chance とchange は1文字しか違わない。この状況を、チャンスと思えば、自分が変わるチャンスになるのだ。数年後に、みんなで、あのコロナのおかげで、今があると思えるように、まさに、現在、この瞬間を楽しみたい!

 

以下、「人間力サミット」より

 

■中村文昭氏 × てんつくマン氏 × 大嶋啓介
『これからの時代を生き抜くために必要な力』
こちらのURLから▶︎https://youtu.be/qU-4EXLXTAY
 
■西田文郎氏 × 大嶋啓介
『アフターコロナ時代のビジネス戦略』
こちらのURLから▶︎https://youtu.be/2iOh5UobMU0
 
■福島正伸氏 × 大嶋啓介
『今を乗り越え、未来に備えるリーダーシップ』
こちらのURLから▶︎https://youtu.be/OV-xxsuTPs4
 
 

 

 

 

 

〔ラグビーの魅力にとりつかれる〕

51年生きているが、ありがたいことに、ずっと追いかけるもの、夢中になれるものがあった。高校野球部時代は、甲子園を目指すチームの1人として、大げさに言えば「どう生きるか」を、必死になって考え日々もがいていた。大学からは、ラグビーという競技に魅せられた。それまで、まったくラグビーとは無縁だった私は、毎日のように、従兄弟からもらった、第1回ラグビーワールドカップのビデオを見まくった。一つ一つのプレーを巻き戻しは再生し、何度も何度も繰り返し見た。授業の休み時間にも、他のチームメイトと、タッチフットといって、タックルなしのゲームを楽しんだ。まさに、夢中になった。

〔無謀にも会社を辞める]

そして、そのラグビーにとりつかれた病は、就職してすぐ私のもとに再来した。入社2週間で、ラグビーをもっとプレイヤーとしてやりたいという、心の奥底から湧き出る欲求に、会社を辞める決意をする。親はもちろん、上司も反対した。なぜなら、次にいくべき進路が決まっていないからだ。辞めるならせめて、次にいくべきところが決まってからにしろと。悶々としている私は、当時社会人ラグビーで連覇をしていたラグビー部の部長宛てに手紙を書いた。ようは「そちらでラグビーをやりたい」という、無謀極まる手紙だ。

強豪大学のラグビー部でもない無名の私からの手紙に、なんと当時の部長から直接電話を頂いた。もちろん、それは採用するということではなくお断りの連絡だ。しかし、それプラス貴重なアドバイスも話してくれた。「クラブチームでやってみてはいかがですか」というものだった。私の中では、社会人の強豪チームでなんとかやれないかと、そればかりしか考えていなかった。まだJリーグができる前なので、ラグビーにしてもサッカーにしても、大学卒業後にレベルの高い環境でプレイするには、社会人チームでやるしかない。そう思い込んでいた。

 

〔クラブチームとの出会い〕

結局、8月末で会社を辞めた私は、フリーターとなった、そして、翌年3月にクラブチーム(職業はバラバラ)でも、ラグビーに力を入れているチームがあることを知り、そのチームの門を叩いた。もちろん、入部希望者は誰でも入ることができた。そのチームはその年に初めて行われた全国クラブチーム大会で、日本一になった。翌年も連覇した。しかし、私は入部した秋に膝の前十字靭帯を損傷し、試合には出ることができなかった。それでも、この仕事に就くまで29歳になるまでラグビーをプレヤーとして楽しむことができた。

土日に活動しているそのチームは茨城県にあったので、私の自宅からは片道3時間かかった。しかし、その行き帰りはまったく苦にはならなかった。

 

〔30手前、再び会社を辞める〕

そして、20代も終わりに近づくころ、ふと考えた。そろそろ選手としては限界だな、そうしたら仕事をどうしようか。このチームでラグビーをやるために土日が休みの仕事に就いていた。しかし、ラグビーを辞めたら、仕事はどうしようか、俺のやりたい仕事は他にあるのではないか。そう考えていたら、そうか、自分のやりたい仕事はトレーニングコーチだ、と。そう思った。まさか、まさか、大学卒業したときと同じく、私は結婚して半年経ったときに、次の仕事も決まっていないのに会社を辞めてしまった。しかし、有給休暇を消化中に、運よくアルバイトではあるが、30歳間近の体育大でも、トレーナーの専門学校卒業でもなく、おまけに選手としても、野球でもラグビーでも3流以下の私を拾ってくれた会社があった。しかもアルバイトの求人さえしていなかったのにだ。

 

〔トレーニングコーチへの道が開ける〕

今、思えば、奇跡的なことが起きた。奇跡としか思えない。

有給休暇中の私は、実家に置いてあった雑誌のことを思い出した。その雑誌は全国のスポーツクラブを紹介したものだった。その中の一つのスポーツ施設のことを見たかったのだ。その施設は、一般のスポーツクラブではなく、アスリートをサポートする施設だった。私は、スポーツクラブのインストラクターとして働くのではなく、スポーツの現場でトレーニングを指導したい、そんなことを考えていたので、その施設に興味があった。だから、ダメ元でその施設に電話をしてみた。ところが、現在は使われておりませんのアナウンス。その雑誌は、何年も前に偶然買っていて、しかも結婚したのだが、まだ実家の私の部屋に置いてあったのだ。電話がつながらなかったが、どうせ時間はたっぷりあった私は、真夏の暑い日に、その施設の住所まで行ってみることにした。クソ暑かったので、短パン、Tシャツ、サンダルという恰好だ。やはり、住所の場所にはその施設はなかった。が、ほぼ同じところにあるビルの郵便受けを見ると、スポーツ関係の会社の名前がある。何かその施設のことを知っているかもしれないと、エレベーターで上がり、その会社を訪ねた。「〇〇という施設は、この辺にありませんでしたか」、対応してくれた男性スタッフに聞くと、「あ、その施設ならウチが運営していたのですが、今は場所を変えてこちらでやってます」とパンフレットを渡してくれた。まさか、その施設が形を変えてあるとは想像もしていなかったのだが、その足で、その場所に行ってみた。受付で、見学を装い、施設を案内してもらった。帰りしな、思い切って、「実はこういうところで働らきたいんです」と伝えると、対応してくれたスタッフの方は、「少々お待ち下さい」との返事。すると、「今マネージャーが会ってくれるのでお待ちください」と。まさか、まさか、そんなつもりのなかった私は何といっても短パン、Tシャツ、サンダル、とても就活のスタイルではない。マネージャーと話した結果、後日面接してくれることになったのだ。そして、ラッキーなことに、私は1週間後からその会社で働くことができるようになったのだ。

 

なんて長い話をここまで書いてきたのか。今日、指導先の先生より、あるYouTubeを紹介して頂いた。『人間力を高めるには』という対談物なのだが、そこに出演している方々の、パワーの凄いことなんのって。見てのとおり、私もそうとうな楽観主義で、ポジティブな方なのだが、まだまだ足りないことに気づかされたのだ。そんなわけで、自分がもっとエネルギーに満ち溢れていたころの話を書いてみた次第なのだ。なにが言いたいかと言えば、やりたいことを思いきってやろう、そして、人生なんとかなるさと、そんなことを自分に言い聞かせる、それだけのための長い文章なのである。

日本に来て学生に指導する機会があった、ある競技の外国人コーチが、「なんで、選手たちは『はい』しか言わないのか」という疑問を投げかけたと言う。何を聞いても、「はい」という返事しか返ってこないのだと。たしかに、下は就学前の子どもから、上はオリンピックを目指す社会人の選手まで、日本中のあらゆるスポーツ現場で見かける光景である。

 

少年野球チームの練習を時折、見かける。まだ、低学年の子ども、エラーをすると、コーチが「もっと正面に入って、グラブは下から出せ」。すると、もちろん子どもは「はい」と答える。その返事が小さかったら、ふたたび、コーチが言う。

「わかったのか!」 「はい!」 てな有様だ。

 

かく言う私は、よくこう言ってしまう。「オッケー?」と。かつての私の指導先の選手だった一人が、現在は教員となり、今は再び私の指導先のチームの顧問の先生となった。そんな彼が現役時代の私の指導について、こんなことを話してくれた。

「森下さんに、『オッケー!』と聞かれると、『オッケーです』と言うしかないんですよね」と。

私としては、語気を強めて言っているわけではないので、なんか質問とか問題があったら言って欲しいニュアンスだったのだが、受けて側は、そうは思っていなかったということを聞いていささかショックだった。

 

以前にも書いたが、選手の感覚をいかに引き出せるかが、運動を指導するときには極めて大切になる。今、自分の身体がどうなっているのかを、自分自身で感じれられるかどうか。せっかく、選手自身が、自分の身体の声を聞こうとしているときに、指導者が、「もっと胸をはって!」という言葉を投げかけてしまうと、自分の身体の微妙な変化に気づかずに、コーチに言わるるがままに、フォームを直そうとしてしまう。もちろん、フォームを指摘されて直すことの全てが悪いわけではない。しかし、得てして運動指導者は、フォームを修正することばかりに注意がいきがちになる。その結果、選手側も、自分の中にある感覚を置き去りにして、外からの指示に従って身体を動かそうとしてしまうのだ。そうなると、どうなるか。仮にフォームを指摘されて、良くなったとしても、コーチがいないと下手をすると何もわからなくなってしまうのだ。競技をするときには、もちろん鏡もない。試合中は、自分の感覚を拠り所にするしかないのだ。自分の感覚を磨いておかないと、スランプになったときにも修正すべき対処法がわからなくなってしまうのだ。

 

この自分とのやりとりを内面化と言う言葉を使う人もいる。そして、内面化ができていないから、言語化することができないのだと。

日頃から、内面化作業ができない選手は、おそらくコーチから質問されたときに、表現する言葉を持ち合わせていないことになるのだ。だから、何を聞かれても「はい」になってしまうというわけだ。

 

選手が「はい」ではなく、違う言葉を表現するためには、この内面化作業が極めて大切になるのだ。そして、面白いことに、オンラインでのやりとりがこの内面化作業を加速できるかもしれないのだ。そんなことを書いてくれているのが、三重県で治療院を開設している、中村秀一院長のブログにある。中村先生は内観という言葉を使っているが、とても含蓄のある言葉である。

 

「オンライン上だとわずかなことも、伝わりにくい部分があるのですが、逆に自分の意思で行わなければならないので、内観の状態が実際より高まります」

 

オンライン上でのやりとりは不自由である。それゆえに、内観する力が高まるという。いやー、これは面白い。

 

中村秀一先生のブログ

https://omisono.localinfo.jp/posts/8200973?fbclid=IwAR1uBOmBhvdKa9XgwKJsKzQnvHcCObNMgD_XpnOV440K9wD7TJsTuKjMoNM

 

イチロー選手(あ、もう引退しておりました)がこんな言葉を残している。

「小さなことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています」

 

しかしながら、私も含めて多くの人は、この小さなことを積み重ねることができない。そのことが大事だとわかってはいるものの、三日坊主で終わることのほうが圧倒的に多い。

では、どうしたら、私のような人間でも小さなことを積み重ねることができるようになるのか。

 

脳科学者の茂木健一郎さんが、地道な作業が続くためのヒントとして、こんなことを書いている。

 

①認められる

②効果が目に見えて表れる

③自分が成長する

 

①認められる

まさに人間の欲求の一つに承認がある。誰もが経験したことがあるが、自分のやっていることを認めてくれる人がいるだけで、人はそうとう頑張れるものだ。高校時代、副主将なのに下手くそだった私は、毎日朝練習をしていた。当時の学生コーチだった1人が、そんな私のために毎日練習に付き合ってくれた。そして、今でも会うたびに、「お前たちの代で、一番頑張っていたのは茂だな」と、言ってくれるのだ。当時は、なかなか褒めてくれなかったが、卒業して何年も経っても、そう言ってもらえることは、素直に嬉しい。

自分のやっていることを、認めてくれること。それは、実は当たり前のことなのだが、地道な作業を頑張れるモチベーションにおおいに貢献する。

 

効果が目に見えて表れる

自分のやっていることが、少しでも前に進んでいることがわかること。これもむちゃくちゃ大事だ。ウエイトトレーニングでベンチプレスをやることを思い浮かべれば、それはわかりやすい。

例えば80㎏×8回×3セットという設定にチャレンジする。前回やったときは、1セット目が8回、2セット目が8回、3セット目が6回しかできなかった。しかし、今回は3セット全部、8回クリアした。もう、単純だが、これはむちゃくちゃ嬉しいのだ。今までできなかった重さが挙がる。今までよりも速く走れた。そうやって、数値化できて、その効果があることがわかれば、人はかなりやる気になるのだ。

 

③自分が成長する

②のように効果が目に見えて表れなくても、自分の成長を実感できれば、地道な作業は続くと言う。これは、言葉で表現するのは難しい。でも、言わんとすることはわかるような気がする。まさに、私の高校時代の野球部の日々の練習がそうだった。上手くいかないことのほうが多かったのだが、これをやり続ければ、自分自身を成長させることができる、そう信じていたように思う。信じたいだけだったのかもしれないが。

 

私はイチローさんではないので、とんでもないところに行けない。しかし、指導者として選手たちに携わるひとりして、この茂木さんの言葉はむちゃくちゃありがたい。

 

一人ひとりの選手を認め、少しでも効果が目に見えるような練習を考える。そして、一番表現するのが、難しいが選手自身が成長を実感できるようなセッションになるかどうか。

逆に言えば、「頑張れ! 頑張れば強くなる!」みたいな、精神論だけでは、人はなかなか成長しないのだと、そのことを肝に銘じて、今日もオンラインセッション頑張りますか。