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ムーブメントコーチ ロボラガーのブログ

ムーブメントコーチ(重心移動のスキルを指導)として、高校生や大学生中心にトレーニング指導をしております。現場での試行錯誤を書きたいと思います!

School of movement 認定 マスターコーチ

1982~1984年、同志社大学ラグビー部は史上初の大学選手権3連覇を果たした。
当時の同志社には、平尾誠二さんを始めとして素晴らしい選手たちがいた。
しかし、強かった理由はもっと違うところにあった。
いわゆる伝統校の早慶明が名実ともに大学ラグビー界、いや日本のラグビー界を牽引していた。
横の早稲田に、縦の明治、魂の慶應という特徴あるラグビーで、大学ラグビーはまさに絶頂の人気スポーツだった。当時の早明戦は6万人入る国立競技場が毎年のように超満員で、チケットを入手するのも大変なくらいだったのだ。
その関東の伝統校に、同志社が立ち向かい史上初の大学選手権3連覇という偉業を成し遂げたのだ。
当時の監督は故、岡仁詩さん。岡さんの指導は、当時としては画期的なものだった。
自主性のラグビー、それが同志社のラグビーの特徴だった。
 
岡さんはこんな言葉を残している。
「自主性ほどしんどいものはない」
「学生を信じるのかどうか、信じられなかったら指導者はやめないといけない」
 
昨今こそ、当たり前のように言われていることかもしれないが、今から40年近く前では、あらゆるスポーツの現場では皆無に等しい考え方だった。主役は選手ではなく、むしろ監督の方だった時代で、多くのチームで、選手たちは監督の言う通りに必死になって練習をし、そして強くなっていたのだ。
 
岡さんが言うように、実は自主性ほどしんどいものはなく、それは時代が変わった今でも変わらないことなのだ。与えられたことをやる方が、人間楽なのだ。それは、スポーツや学生に限らず、あらゆる仕事、年齢でも同じなのだ。
 
自粛期間が解けて練習が再開した時に、フリーでやっていい時間帯を設けた。しかし、その時間を自分の頭で考えてトレーニングできない選手が多数いることに愕然とした。つまり、私からプログラムを提示しないと、ほとんど何もできなかったことに気づいたのだ。
 
でも、それは彼らのせいではない。確かに、それまでにプログラムを各自で考えさせたことはなく、いつもいつも私がいて、私が提示したプログラムを実施していたのだ。しかも下手をすると、プログラム通りに実施しない選手がいたら怒られていたのだから。別な言い方をすれば、私が学生を信じることができていなかったからに他ならないのだ。
 
岡さんの言葉によれば、私は指導者を辞めなければならない。しかし、やめるわけにはいかない。
まずは、学生を信じることがてきるかどうか。いや、信じると決めることだ。

講演家であり、人間力大學理事長の大嶋啓介さんがこんな話をしている。

「目標達成のコツも、問題解決のコツも、夢をかなえるコツは、ワクワクすることです」

目標を立てるだけではダメで、目標に対してワクワクできるかが大事なんだと。やる気のない選手がいたら、「この選手がやる気になったらどんなに凄いことなんだろう」と、そのことを想像してワクワクする。

 

私は、自分で言うものなんだが、そうとう楽観的で、物事をポジティブに考えられるタイプだ。だが、あまり未来に向けて何かができているイメージを持とうとしたことがなかった。常に、目の前のことを受け入れてポジティブに考えようと。だから、やる気のない選手がいたら、「今、自分のベストを尽くさないと、人生はもったいないよ」と、そんな説教臭いことを話してしまうのだ。たいてい、選手からは、「森下さんのようにポジティブには考えられないです」と言われて終わってしまうのだ。

 

約20年、トレーニングコーチとして大学生や高校生と接して、ずっと考えていることがある。

どうしたら、選手たちが主体的にトレーニングに取り組んでくれるか、それがテーマだ。言い方を変えれば、主体的に取り組んでくれさえすれば、指導の8割は終わったようなものだと思っている。

 

「良い先生は、かみ砕いて教える。優れた先生は、考えさせる。偉大な先生は、心に火をつける」

とは、教育学者ウィリアム・アーサー・ワードの有名な言葉である。

 

どうしたら、選手たちの心に火をつけることができるのか、そのことを求めて、本を読み、様々な先人たちの言葉によって励まされ勇気をもらってきた。しかし、言うは易しで、実際に現場で、あからさまに態度の悪い選手や、あきからかにやる気のない選手を見ると、イライラしてしまう自分がいる。挙句の果てには説教を始めてしまい、時には反発され言い合いになってしまうのだ。

 

もちろん、私が説教をした選手が、翌日から態度が変わりやる気になるのかと言えば、ほとんどそんなことはない。下手をすると、また翌日から同じようなことで怒られる始末なのだ。どうしたらよいのか。

 

目標を立てる、なんのためにやっているかを問う、選手との関係性を築く、環境を整える、自分がお手本になる、何がきっかけで選手の心に火をつけるか、それはわからない。ならば、目の前の1人でも多くの選手が、目を輝かせて夢中になって取り組めることを追い求めたいと思う。

 

そのきっかけの一つに、大嶋さんの言葉が仲間入りする。

大切なのは目標に向けて、問題解決したことを想像してワクワクすること。未来にできたことをイメージすることを予祝というらしいのだが、今だけでなく、未来を想像してみること。ずっと、目の前の今、その瞬間こそが大切と考えて生きてきた私にとっては、この発想は新たな可能性を広げてくれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日、4か月ぶりに現場での、高校野球部のトレーニング指導があった。

4月中旬より6週間にわたり、Zoomセッションを週1回の頻度でやらせてもらったチームだ。

目標であった甲子園大会が無くなったときでも、3年生を中心に真摯にトレーニングに取り組んでいてくれた選手たち。やっと現場で会えることを心待ちにしていた。まずは、2・3年生のムーブメントトレーニングから始めることにした。しかし、なんだかどうもしっくりこない。きっとマスクをしているせいもあるのだが、声のトーンだったり、リズム感だったり、あまりに久しぶりすぎてなんだか居心地が悪いのだ。このチームは年に8~10回くらいの頻度で、なんと20年目のサポート。こんなに間隔が空いたのは初めてのこと。

自分でもびっくりするくらい感覚が狂っていた。それでも、途中から徐々に感覚が戻っているのを感じながら、後半は1年生のセッション。ようやく、ここからは違和感なく進められている自分がいる。

 

練習後、3年生と会うのは最後だからと、監督が「森下さんからひと言お願いします」と。

円陣を組んでいる選手たちの前で話し始める。「俺もね、50年生きてきてこんなことは初めてだった。みんなも知っているように、スポーツ業界は大変な状況で、俺の知り合いのトレーナーの人でも解雇された人もいる。そして、皆は甲子園という大会が無くなってしまった。でも、皆は一生懸命にZoomセッションに取り組んでくれた。正直さ、俺もむちゃくちゃ不安だったんだよな。俺の仕事はどうなるんだろうかって。だから、皆のおかげで頑張ることができたんだよな。こうしてここに立てていることは当たり前のことではないんだなって、改めて思った」 途中からは、鼻水が出て涙が出て、もう何を話しているのかわけわからない状態に。大会が無くなり、泣きたいのは選手なのに、しかも3年生に向けた最後の言葉が、ことばにもならない。

私が話し終わると、主将が3年生が書いてくれた色紙をプレゼントしてくれた。いやー、本当に嬉しかった。まさに指導者冥利に尽きる。昼食をすまし、帰ろうとすると、監督の先生が、「森下さん、今日は私が送りますよ、新車に換えばかりなのでドライブがてら」 私は監督の自宅付近までのつもりで「はい、宜しくお願いします」と答えたのだが、実は私の自宅の立川までのことだったのだ。「え、ちなみに何時間かかる予定ですか」「3時間あれば行けると思います」

結局、お言葉に甘えて、水戸から立川までの2人旅に。道中、いろんなお話を聞くことができて、やっぱり、この先生だったから選手たちは、気持ちを切らさずに前向きにいられたんだなと、再確認することができた。いやー、現場復帰の最初の仕事が、このチームで本当に良かったと思う。

 

また、自分が前向きに仕事に取り組めるエネルギーをたくさんもらうことができた。

トレーニングコーチという仕事、正直、来年がどうなるかさえわからない不安定な仕事。それでも、20年続けてこれているのは、間違いなく、出会った選手たちと、指導者の方々のおかげである。決して、私は稼ぎが良いコーチではない。なんとか、カミさんが働いてくれているからやってこれている。それでも、やっぱり、私は高校生や大学生たちと共に、同じ空間、同じ時間を共有し続けたいと思う。

 

今、ここにいること、それは当たり前なことではないのだから。

 

 

Zoomセッションも、毎朝月曜日から金曜日まで6週間も続くと、あきらかに気持ちが切れてしまった選手とそうでない選手に分かれてしまうようだ。もちろん、こちらの指導力の無さは棚に上げておくが。

そんなわけで、今朝は、自分を見つめなおすことを少しでもやれないかと思い、急遽、座学というか、問いかけの時間に変えてみた。

前日の夜に、「明日は紙とペンを用意して、必ず机といすで待機するように」と主将にラインを送る。

同じく前日の夜に、資料を慌てて作る。と言っても問いかけがほとんどなので、大したことはないのだが。

 

枕をどうするか?

朝、8時開始とは言え、ほとんどの選手は寝起きの状態。久しく、こんな時間に何かペンをとり勉強してはいない強敵ばかり。

いいアイデアがあった。目標の確認を選手にして欲しかったので、まずはパワーポイントの資料の最初の言葉はこれだ。

〔車のナビには何が出てる?〕

「地図です」

「おー、そうだな。あとは何が出てる?」

「道?」

「ナビは何のためにあるの?」

「行く先」

「そう、目的地だよね、ゴール」

そう言って、地図のあとにゴール地点を出して見せる。

「あとは?」

「現在地」

「そうだよな、現在地を入力しないと目的地までの道順出てこないよな」

画面に現在地を示す。

そして、次のスライドを見せる。

〔目標は何ですか?〕

「書いてみて」

「現在地はどこですか?」

「書いて」

 

このナビの話は、昨年受講した講習会で教わったのだが、むちゃくちゃわかりやすい。

ゴールに行くためには現在地の把握が必要なことが、一目瞭然にわかる。

 

目標と現在地がわかれば、あとは、どうやったら目標が達成できるかを具体的に考えていく。

〔いつまでに?〕

「目標を実現するには、期限を決めるといいらしいよ」

〔いつからやるの?〕

「〇〇、いつからやるの」

「今ですかね」

〔今でしょ!〕

「おー、ここは笑うところだ」

 

そして、3分ほどのスーパープレイの動画を見て小休止。

実はここからが今日の本題。

〔では、もっと掘り下げます〕

〔目標よりも大切なことです〕

〔なぜ、〇〇をするんですか?]

〔なんのために、〇〇をするんですか?〕

〔誰のために、〇〇をするんですか?〕

〔〇〇をやる目的は何ですか?〕

〔徹底的に考えてみてください〕

 

〔なんのために、〇〇をするんですか?〕

 

3分ほど時間を与える。

 

続けて、ウエイトルームにも貼っている私の好きなガンジーの言葉を紹介する。

〔明日死ぬと思って生きなさい、永遠に生きると思って学びなさい〕

 

「俺は50過ぎてるからさ、たぶん皆より、1日1日が大切に感じるんだよ。おれも、みんなくらいの時はさ、そんなこと考えたことなかったよ。でもさ、俺もみんなも明日死ぬかもしれないんだよ。そう考えるとさ、大事なのは今、この瞬間しかないと思うんだよ」

 

あとから、主将から聞いた。

「ナビの話と、最後のなんのために、っていうの、凄く良かったです。もう、あれは3分で考えるのは無理でした」

 

どれほどの選手が主将のように、自分と向き合うことができたかはわからない。

でも、少なくとも主将の心には、何か感じるものがあったのだから、もうそれで十分だ。

最後の主将の締めの言葉は、本当に気持ちのこもった良い言葉だった。

私の話より、彼の言葉を聞いて、何かを感じた選手はたくさんいたに違いないのだ。

 

最後に、おそらくこうした時間、自分と向き合うにはオンラインセッションの方が良いように感じる。

 

 

 

正しいことを伝えたからと言っても、必ずしも相手に伝わるわけではない。極端な言い方をすれば、相手に伝われば、それが間違っていても構わないのだ。
 
でも、この境地にはなかなかなれない。我々トレーナーの役割は、怪我の予防とパフォーマンスの向上のサポートだ。そして、たいていの場合には、選手よりも身体の仕組みを理解している。つまり、どういう動きだと怪我をしやすく、解剖学的、力学的に適切な動きとは何かを理解しているのだ。
だから、当然、それができていない選手がいたら、なんとかしてその動きを修正したいと思う。
しかし、選手側には、ホントに様々な考え方の者がいる。こちらの想像を超えるような選手も中にはいるのだ。
 
もちろん、こちらの言うことを的確に聞くことができて、かつ、それを自分で咀嚼できる者もいる。しかし、おそらくこちらの割合は少ないのだ。まあ、30%いれば上出来である。野球でも3割打てたら凄いのだから。ということは、正しい言葉で説明すること以外に、どうやったら選手たちに伝わるかを考えなければいけない。
 
ひとつは、視覚による情報で伝えることだ。細かい説明はせずに、デモンストレーションを見せる、YouTubeの動画を見せるほうが、理解が進む選手もいる。あるいは、ともかく、体を動かして何度も反復することで、ようやく覚える選手もいるのだ、まさに身体で覚えるというタイプだ。
 
ほかには何があるか。私が伝えるのではなくて、選手同士で教え合うことも、その手助けになるのは間違いない。記憶というのは、インプットすることよりもアウトプットする方が定着すると言われているのだ。
 
選手が印象に残る言葉で話すこともいい。ランニングの腕ふりを指導するのに、「肘を90度に曲げて、後ろに振るときは肩甲骨を寄せて、大きく動かして」 と言うより、「鼻くそを後ろポケットに入れる、鼻くそ・ポケット!鼻くそ・ポケット!」の方が、間違いなく強烈に選手には伝わるであろう。
 
指導先の先生から伺った話だが、面白い先生がいる。その先生は、「このことを覚えて欲しい」、「絶対に伝えたい」ことがあったときに、わざと、間違えて話をするというのだ。明らかに指導者が間違えて話をすると、選手は印象に残るというわけだ。だから、その伝えたいことを結果として覚えてもらえるというのだ。
いやー、これは面白い発想だ。まだ試したことはないが、やってみる価値はありそうだ。
 
しかし、もしかしたら、そうしたハウツーの前に、そもそも論から入らなくてはいけない選手もいるかもしれない。なぜ、そのスポーツを、部活をやっているのか?それを改めて選手自身に問うてみる。つまり、なぜを追求していくのだ。そこにいることに、価値を見出していなければ、おそらくトレーニングなんていうのは、選手にとってはどうでもいい次元のことなのだ。
 
あとは何かあるか、そうだった思考の質と行動の質の改善の前に、関係性の質を改善する必要があるかもしれない。選手との信頼関係が構築されていない中で、こちらがどんなに素晴らしいことを話したとしても、なかなか選手の耳、いや心には届かないのだ。
 
私なんぞは50を超えても未熟者なのだ。こちらが説明しているときに、話を聞いていない、あきらかに態度が悪い選手がいると腹が立ってしまう。しかし、少し考えてみれば、こちらの言葉の選び方、説明の仕方、関係性の問題、などなど、その選手が話を聞いてくれない要因はたくさんあるのだ。100人いたら、100通りの要因があるし、さらに一人ひとりの、その日のコンディションも、モチベーションも違うのだ。だから、少々話を聞く態度が悪い選手がいたからと言って腹を立てる必要なんかないのだ。
 
これを言ってしまうと元も子もないのだが、そんなことで腹が立つのは、自分の器が小さいのだ。
コーチをやるかぎり、自分の学びをやめてはいけない、が、自分の言っていることが正しいなんて思わないほうがいい。自分が正しいと思っているから腹が立つのだから。それよりも、どうしたら、この選手に伝わるのかを考えることを楽しむことだ。そうなれば、むしろ話を聞かない選手のおかげで、自分自身の幅が広がるかもしれない。