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ムーブメントコーチ ロボラガーのブログ

ムーブメントコーチ(重心移動のスキルを指導)として、高校生や大学生中心にトレーニング指導をしております。現場での試行錯誤を書きたいと思います!

School of movement 認定 マスターコーチ

『月刊トレーニングジャーナル』で「動き続ける」と言うエッセイを連載して、今年で早くも3年目となる。編集長の浅野さんからエッセイを書いてくれれば良いですからと言われ、エッセイならば私の思ったことを書けば良いだけなのでと引き受けてみた。しかし、月一度とは言え1,000〜1,200字の文章を書くことは思っていた以上に難しかった。
しかし、そもそもがエッセイとは何か?そこを良く理解していなかったようだ。エッセイとは日本語に訳すと随筆とある。では、随筆とは何ぞや?
『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)の中で田中泰延さんが、随筆の定義をこう書いている。
「事象と心象が交わるところに生まれる文章」
これだけだと、わかりづらいが、田中さんがこう付け加える。

事象とはすなわち、見聞きしたことや、知ったことだ。世の中のあらゆるモノ、コト、ヒトは「事象」である。それに触れて心が動き、書きたくなる気持ちが生まれる、それが「心象」である。

 

たまたまなのだが、私はどうやら随筆と呼ばれるものを書けていたようだ。なぜなら、もともと私の文章はやたらと引用が多かったのだ。自分自身に響いた、あるいは腑に落ちた言葉を取り上げて、自分の日常の中で悩んでいることへ繋げる事が多かったからだ。学生時代、書くことは決して得意ではなかった。しかし、自分が気に入った文章を引き合いに出すことで、私でもエッセイを書くことができたのだ。そして、そのやり方なら、いくらでもエッセイを書くことはできるのだ。引用する文なら、それこそいくらでもあるからだ。

結局、この私のブログも、つまりエッセイ(随筆)なのだ。

だから、今年もエッセイを書き続けたいと思う。

 

 

4月1日から5月31日まで、私の指導先のチームは全て休校となり、いっさい仕事が無くなってしまった。いつ緊急事態宣言が解除されて、また再び元通りになるかもわからないので、必死になってZoomを覚えて指導先にオンラインセッションのお願いをした。有難いことに、結局全てのチームがオンラインに移行しれくれた。これは経済的にはもちろん、精神的に本当に助かった。個人事業主として19年目になるが、これほど先行きが見えなくなったことは、もちろん初めてだった。おかげさまで4月3週目から5月末までは、ほぼ毎日、2~5セッション入り、むしろオフラインの時よりも忙しいくらいだった。しかし、やはり先行きが見えない不安は、私に相当なストレスを与えていたようだ。5月初旬、全身の痒みが止まらないので皮膚科を受診した。すると蕁麻疹とのこと、「何かストレスとかありましたか?」と聞かれた。51年生きてきて蕁麻疹は初めてだったし、明らかにこの間は、経験したことのないストレスを感じていたので、原因はストレスか。案の定、薬を処方すると痒みは消えたのだ。それでも、6月以降少しずつオフラインの仕事も元に戻り、10月以降はほぼコロナ前の仕事のペースに戻ることが出来た。スポーツクラブが3月頭にクラスターが発生し、我々の業界はコロナの影響で大きなダメージを受けていた。そんな中、本当に指導先のチームのおかげで、私自身の収入は減ることなく乗り切ることができたのだ。オンラインセッションはコロナ前までは考えたことも無かったし、指導先が高校生と大学生の部活動ということで全滅となってしまった私にとっては、まさに最大のピンチだったのに、正直、運が良かったとしか言えない。それでも、私自身がその時に取り組んだことを書いてみたい。

 

まず、始めにZoomのやり方を覚えようと、一足先にZoomを利用してセッションをしていた方々に初歩的なことを教えてもらい、とりあえずやってみた。と言うのも、時間はなにせ毎日24時間も使えたのだ、そう暇だったのだ。最初にセッションをさせてもらったのが、実は緊急事態宣言が出る前にパーソナル指導の依頼を頂いていた方だ。もちろんオフラインでの指導の予定だった。先方にお願いして、今回は私も初めてオンラインセッションをやるので、無料体験としてやって頂いた。対象者は大学生と高校生の兄弟でアメフト選手だ。しかしながら、最初のセッションは課題ばかりで、とても有料でやれるほどの内容ではなかった。それでも教え子で関西に住んでいるパーソナルトレーナーをやっている者とのセッションや、指導先大学チームのリーダー陣4名へのグループ指導などの機会を得ることができ、なんとか4月の3週目からは有料でのセッションにこぎつけることができた。


部活どころか学校自体が休校になってしまったチームばかりなので、私からの提案は先方にとっても受け入れやすいものだったようだ。指導先の先生から「森下さん、これをやってくれるのは有難いです」と言って頂けた。また、オンラインセッションより少し前に、ユーチューブでの動画配信も始めていた。こちらも私は初めてのチャレンジだった。約2週間、ほぼ毎日編集作業をしていたので、首、肩周りがパンパンになってしまった、いわゆる肩こりというやつだ。こちらも、人生初めて味わうものになった。

ユーチューブの内容は指導先の選手たちにコロナ前にオフラインでやっていたものや、その後のオンラインセッションでやったプログラムで、選手自身がトレーニングするときの復習として利用できるものにした。ユーチューブは一度作ると有難いもので、オンラインセッションが終わると、すぐに動画を先生に送り、選手たちにもシェアしてもらうなど、非常に大事なサポートツールになった。正直、これはコロナに関係なくやった方が良いと感じている。トレーナーでもとっくの昔にやっている人はたくさんいたのだが、私はようやく、この動画配信によるサポートを始めたのだ。

 

そんな頼りない私のオンラインセッションが継続し収入を得ることができた要因は何か?

これは、凄く格好良く聞こえるのだが、「休校で部活ができない選手たちに何かできることがないか」という、まさに対象者のことを考えたことだったように思う。もちろん、収入を確保するという目的もあったのは事実だ。しかし、上記の理由だと確信を持てることがあるのだ。

それはユーチューブでの初配信をした4月初旬、たまたま自宅に顔を出した義兄が「そうか、ユーチューブ作れば指導先の選手たちが、家でトレーニングする時に見ることができるもんね」と、言ってくれたのだ。実は、最初の動画は、知人のトレーナーの方のYouTubeの動画撮影のお手伝いに行った時に、「森下さんも、この際だからユーチューブ配信しましょう!」と言って、全ての作業をやってくれて配信したものだったのだ。つまり、ユーチューブを配信する目的とか、どんな内容のものを配信するとかは、まったく決まっていなかったのだ。しかし、義兄の言葉を初配信の翌日に聞いた私は、「あ、そうだ、それいいね。そうすれば、選手たちのためになるし、喜んでくれるね」と、はっきりと、それこそ明確にユーチューブの配信する目的と内容を決めることができたのだ。そこからは肩こりと戦いながら2週間、ユーチューブの編集作業に没頭した。

結局、ユーチューブの動画配信はその後、まったくできていないのだが、ユーチューブの面白いところは、8カ月前に配信したものを誰かが気に入ってくれたら視聴してくれることだ。現に、10月頭の『森下道場』に初めて参加して頂いた方は、緊急事態宣言のあと、リモートワーク中に私のユーチューブやTwitterを見て、その動きを練習してくれていたとのこと。そして、おそらく他にも少しずつではあるが視聴してくれている方がいるのだ。動画撮影も編集技術も未熟な私のユーチューブの再生数とチャンネル登録者数は、本当に、ゆっくりではあるが増えているのだ。正直、これは私がユーチューブを必死になって配信していた時には想像だにしていないことだった。まさに不幸中の幸いであり、正直とても嬉しいのだ。

 

なんだか、話が脱線し長くなったので、そろそろまとめる。当たり前の話だが、商売の基本は「相手に喜んでもらう」ことだ。どうしたら相手が必要としているものを提供できるか、そのために自分は何ができるのか、それを追い求めることで、結果としてお金も頂くことができる。つまり、そういうものをたくさんの方に提供できればお金もたくさん入るというわけだ。多人数の人に提供するには、実はオンラインの方が圧倒的に強いのだ。その典型がユーチューバーの方だろう。とは言え、私はとてもユーチューバーとして収益を上げるまでにはなれないが。そんな、当たり前のことであるが、正直、私は今回のことで初めて気づくことができたのだ。人に喜んでもらえて、それが仕事としても成り立つ、これほど有難いことはない。


そんなわけで、2020年のまとめとして書き始めたブログも、気づけば新年を迎えてしまった。

 というわけで、2020年の振り返りから、2021年の私の目指すべきことは、


「全ての指導先の選手やチームに喜んでもらうこと」


そのために、私にできることのレベルを上げ、私にできないことは、誰かに手伝ってもらう。そう、今まではとにかく個人事業主のクセで、何でも一人でやろうとしていたが、今年からは、もっと人に頼るのだ。

 

遅くなりましたが、2020年、お世話になりました。

そして、2021年も引き続き宜しくお願い致します!

皆さまにとってハッピーな年となりますように❕

 

ムーブメントコーチ ロボラガー

 (時々間違える方がいるのですが、

決して『ボロラガー』ではありません)

 

 

 

 

 

 

 

【2021年1月23日森下道場ご案内】

■テーマ「方向変換」

2021年、今年最初のテーマは「方向変換」。

今回はスピードカットと呼ばれる、できるだけ減速を共わない方向変換と、パワーカットと呼ばれる減速を伴う方向変換にチャレンジしたいと思います。

このスキルを間違えると、膝などの障害のリスクが高まります。かく言う私も、ラグビーをやっていた時に、まさに自爆した一人です。残念ながら、今でも左膝前十字靭帯は損傷したままです。しかし、ムーブメントスキルを学んでからは、今までよりも様々な方向変換に取り組むことが可能になっております。もちろん、膝への負担を減らしてです。

また、2020年の最後の道場と同じく、できるだけ現場でのテンポ感と同じでチャレンジしたいと思います。お時間、ご興味ある方おりましたら、ぜひご参加下さい。

 

※こういった状況ですのでZoomを使用したオンラインへの変更もありますのでご了承下さい。

 (オンラインに変更の場合にはキャンセル可能です)

※日程合わない方でもアーカイブ配信の受付もありますのでご連絡下さい。

 

6年前に講師が出会ったのがSchool of Movement。(https://school-of-movement.org/

そこでは、力学、解剖学、生理学を土台に

「安全で、思いのままに、楽しく、効率よく」動き、

「ダレデモデキル!」をゴールとし、感覚を鋭敏にすることを教わりました。

「感覚」と「現実」にはギャップがあります。これを擦り合わせる作業は、職人が何かを作る作業に似ているかもしれません。できなかった動きができるようになる過程、ぜひ一緒にそれを楽しみましょう! そう、だから講習会と呼ばすに「道場」にしております。

 

※MOF修了者の方

復習やブラッシュアップとしてご利用ください。

●日時:2021年1月23日(土) 8:00-9:30

●場所:JR中央線、西武線国分寺駅より徒歩2分

Landin(stadio)  http://namelessproduction.com/kokubunji/map.html

 

●講師:森下 茂
【資格】
・日本トレーニング指導者協会認定 上級トレーニング指導者

・School of Movement認定マスターコーチ
【現職】
・拓殖大学ラグビー部 S&Cコーチ(2004年~)
・茨城県立日立第一高校 野球部 S&Cコーチ 他多数の高校野球部
 

●対象: S&Cコーチ、アスレティックトレーナー、パーソナルトレーナー、選手、

スキルコーチ、その他運動に関わる全ての方

  

●料金:選手、スキルコーチ(部活の顧問の先生を含む):¥2,000  (オンライン変更の場合:¥1,500)
   上記以外の方(MOF修了者も含む):¥5,000 (オンライン変更の場合:¥4,000)

※参加申し込みされた方には別途、メールにて請求書を送らせて頂きます。

 

●定員:10名
 

●持ち物 運動ができる中履き、飲み物、着替えなど
 

●申込:主催者(森下 茂):

参加希望の方は、下記をクリックの上、お申込み下さい

 

 

 

●アーカイブ配信 申し込み&決済

 

 

●道場生アーカイブ配信(トレーナー版)申し込み&決済

https://roborugger.thebase.in/items/37751235

●道場生アーカイブ配信(アスリート版)申し込み&決済

https://roborugger.thebase.in/items/37751263

 

●締切:2021/1/23(土) 
当日になっての参加も可能ですので、ご連絡ください。


 

私が高校2年の夏、野球部は西東京大会で準優勝した。私にとって一つ上の学年、13期生の存在はとてつもなく大きなものだった。選手だけで39名いた13期生は個性派ぞろい、例えるなら『アパッチ野球団』だ。ん、もしかするとアパッチ野球団を知らない人の方が多いのかもしれないが。

練習中は絶えず罵声が飛ぶ。ノックを受けていてエラーをする。すると違うポジションの先輩が「○○、なんだそれは!」「おい、やってやれや!」「ノッカー、こっちに打てや」などなど、とにかく同じチームであるのに、自分達でプレッシャーを常にかけているのだ。監督の方針で相手チームをヤジることはもっとも悪いことの一つだったので、決して試合中に相手をヤジることはなかった。が、その代わり、練習同様、味方に罵声を浴びせるのだ。「○○、打ってみろよ!」と、すると、バッターもバッターで投手に向かって暴言ははけないので、ベンチにいる味方に向かって、「おぅ、打ってやるぞ見てろよ!」 なんて投げ返すのだ。

相手からしたらまるで自分にプレッシャーをかけているのではないかと錯覚するくらい、その声には迫力があるのだ。13期生は個性が強いだけではなく、野球の実力も我々14期より格段に高かった。足がクソ速い先輩はそれこそ何人もいたし、二遊間の2人は職人芸とも言えるほど守備が上手かった。そんな13期生をまとめる主将はレギュラーにはなれなかったのだが、努力家で、皆から一目置かれる存在だった。私から見たら一つしか学年が違わないのに、むちゃくちゃ大人だった。

 

そんなアパッチ野球団の13期生のあと、私は副主将に任命された。

レギュラーどころか、チームの中でももっとも下手くそと言える私にとって、そのチームの副主将はあまりにも不釣り合いだった。前年、準優勝したこともあるが、目標はもちろん優勝し甲子園に出場することだった。

しかし、新チームは夏休みから練習試合では負けが多かった。助監督からは「お前たちは今までで、最低のチームだ」と言われる始末。相変わらず下手くそな私は、副主将となったことで、チームの成績む含めて、時が経つほどに自信を失っていた。そんな時、とある本に出会った。

 

『俺には俺の生き方がある』加藤諦三著

 

私が苦しんでいた一番の原因は下手くそとか、チームの結果が悪いとかではなかった。それは、一つ上の先輩達と自分を常に比較していたことだ。比較すれば、それは落ち込むばかりだった。なにせ、何一つとして優るものは見当たらないのだから。しかし、その本には、人と比較することをやめた方がいいという事を、もう、それはとんでもなく熱く、熱く書いてあったのだ。とは言え、そんなに簡単に人と自分を比較するという習慣は治らなかった。人と自分を比較することを辞められるようになったのは、大学に行ってからだ。もちろん、50を過ぎた今だって時々、人と自分を比較してしまうことがある。そして、たいていそんな時は自己嫌悪に陥いる。しかし、あの高2から高3の時は、もうそれが強すぎて強すぎて、完全に自信喪失、自己嫌悪の塊だったように思う。人と自分を比較するという暴挙をやめてから、人生はむちゃくちゃ楽になった、いや、豊かになったと言ったほうがいいかもしれない。

 

おそらく、自分に自信があったら本など読んでいなかったように思う。高2の時から本を読むことは、私にとってなくてはならないものになった。そういう意味では、あの時のあまりにも不甲斐ない自分、でも、その不甲斐ない自分を何とかしたくて、必死にもがいていた自分、そのおかげで読書が習慣になったのだ。

あの時の弱すぎた自分に拍手。そして、これからも悩み続けることで本を読むであろう自分に乾杯!

 

 

小学5年になる時に、親父の転勤で東京立川市から静岡市に家族で引っ越した。静岡に引っ越して、大きく変わったことがある。それは、小学校で朝と夕方に陸上の練習を開始したことだ。

クラブチームとかではなく、あくまで学校の先生が指導者で、参加は自由参加だ。立川にいた頃から足だけはクラスで速い方で、走ることが好きだった私は、当たり前のように毎朝、毎夕の練習に参加するようになった。やっている内容は、スキップしたり、ももあげしたりと今思えばダイナミックストレッチのようなものだった。特に先生から走り方を修正されたりはしなかった。その代わり、夕方の練習では決まって一番最後に100m走のタイムトライアルがあった。すると、面白いように私のタイムは伸びていった、ますます走ることが楽しくなり、気づけば5年と6年の時には、学校代表としてリレーの選手に選ばれることになった。同学年では2人だけだったので、つまりは学年で2番目に足が速い生徒になった。静岡市では、学校対抗の市大会が草薙陸上競技場で年に一度行われていた。つまり、この大会のために、朝夕の陸上練習があったというわけだ。試合に出場しない生徒(5年と6年)は、全員スタンドで応援するのだ。しかも人文字とか作っての本格的な応援だ。だから、競技場のスタンドは生徒と親達でかなりの数が入っていた。草薙陸上競技場のトラックはもちろんアンカーだ。私は第3走者だったのだが、自分の番が来るまでは、むちゃくちゃ緊張したのを覚えている。バトンをもらうために、走り出す位置にマーカーを置くのだが、その時に足が震えていたのを今でも思い出す。
 
今、思えばこの時の私の体験は、子どもが足を速くなるためのエッセンスが詰まっているように思う。
 
まず、もっとも大切なのは練習参加が自由意志ということだ。出欠をとるわけでもないので、誰がいつ出ようが休もうが何も言われない点だ。
そして、次に面白いのが、細かい指導は一切無かった点だ。もう随分昔のことなので、記憶は定かではないが、先生からフォームを強制はされたことはなかった。その代わり、毎日基礎練習だけやっていたように思う。逆に言えば、日々の練習の変化は無かった、にもかかわらず私は飽きもせずに毎日参加していたのだ。正直、練習に参加することは苦ではなく日常の一部になっていた。
それから、もう一つ大事なのが、練習の最後にタイムトライアルを必ずやっていたこと。前述したが、私自身は、このタイムが伸びることが楽しくて仕方なかった。ちなみに冬になると、このタイムトライアルが100m走ではなく、800m走になった。やはり冬には駅伝の市内大会があるからというのが、その理由だった。しかし、800m走だけは好きにはなれなかった、とにかくきつかった。それでも、私は2年間、ほぼ毎日陸上の練習に朝夕とも参加したのだ。
 
もちろん、この全てが今の時代の子どもたちに良いかどうかはわからない。子どもたちを楽しませるようなプログラムの工夫は特段何もなかった。たまたま私は、このやり方で足がドンドン速くなったので、それが嬉しくで参加することが苦にならなかったのかもしれない。でも、基礎練習を毎日できる環境を作る。指導者は細かいことにはあまり介入しない。タイムトライアルで達成感を味わったり、競争心を自然に植え付ける。
これらは、今でも十分効果的な指導方法だと思う。むしろ、積極的に学ぶべきことのようにも思える。
今は、選手はもちろん、指導者側も様々な情報を知っている。知っているがゆえに良い面もあるのだが、デメリットもある。それは、過剰に情報を提供してしまう可能性があるということだ。
「習うより慣れよ」 その指導スタイルは、運動を指導するにあたっては、もしかすると結構最適なのかもしれない。『「スポーツ万能」な子どもの育て方』 小俣よしのぶ著(竹書房)を読んで、40年ほどの前の私の小学生時代のことを思い出した。