「あなたの願いを叶えます」。。。 。。。「あなた願いを叶えます」
「お財布が欲しい。。。」
。。。お財布が欲しい」
叶ったのは「お財布が欲しい」
と言う気持ち。
「あなたの願いを叶えます」って、
考えてみると、
買ってくれるとは書いてないな。
では、もう一度、
「お財布を持ちたい。。。」
。。。お財布を持ちたい」
叶ったのは?「既に今あるお財布を持っていた」
考えてみると、
叶えると言っている人が叶えてくれる?
では、もう一度
「○○のお財布を受け取ります。」
「。。。○○のお財布を受け取ります。」
「まだかな,まだかなぁ〜」
「まだかな,まだかなぁ〜」
考えてみると、
誰が叶えてくれるのか?
お願いしたら、手放す。忘れる。
よく言われていることだけど、、、
確かに頭で願っても、
念力で物は手元に出てこない。
物理的な物は、誰かが運ぶ
手に入れるまで、なぜか追いかけてしまう。
追いかけているうちに、
手に入れる方法を探してしまっていたりもする。
あれこれと、方法を探すことに趣旨がズレ
頭の中でたくさんの言葉がやまびこし始める。
気づけば受け取るどころか
遠のいていたりもする。
計画を立てて、自分で購入して手にするのか、
タダ(無料)で手に入れたいのか。
それは、物理的にただ持ちたいと願うのか、
感情を高めたくて持ちたいと願うのか。
いつの間にか、
とにかく叶えたい思いを
ひたすら、頭の中でやまびこさせていたりする。
気がつけば、
方法探しにどっぷり浸かっていたりもする。
タクシーで目的地へ向かう途中に
色んな人の家に寄り
お財布欲しいとねだったり、お願いしたり
買うための方法聞いたり、、
それはもう、
外部に発信したこだまが返ってくるだけだよね。
気を取り直して、
「私はいつも良い気分。
○○のお財布も受け取って、
ますます気分が良い私。。。」
「。。。私はいつも良い気分。
○○のお財布も受け取って、
ますます気分が良い私。」
もしかしたら、
「望み」って
自分の良い気分をキープし続ける
アイテムのひとつかも知れないね。
今は手にはしていないけれど、
状況はそうはなっていないけれど、
それを持って嬉しい自分をイメージ。
エアー叶った感をイメージして
空想空間の中で喜びながら、
現実空間でも良い気分を同時進行してみる。
どんな時も、
頭の中での言葉はオウム返しで
やまびこしている。
日々のやまびこ注意報‼︎
願望を持つ前に的外れなやまびこが、
なりふり構わず響いていないか
巡回すると面白い。
自分の描く願望ストーリーは
自分にしか分からない。
願望は良い気分にする素敵なアイテム。
エアー願望達成で、良い気分を保ち続けよう。

















