耐え忍んで、粘って、そして、それが何度も繰り返されて、最終的には結果を出す。そんな仕事を今後もやっていきたいと思ってます。そのためには、恥かしくても、みっともない姿をさらけだす。私は、以下の言葉に出会い、これからも、そんな不器用な生き方をするのだと再認識してます。

「受身 -負ける練習-

 柔道の基本は受身
 受身とは投げ飛ばされる練習 人の前で叩きつけられる練習
 人の前でころぶ練習 人の前で負ける練習です。

 つまり、人の前で失敗をしたり、恥をさらす練習です。
 自分のカッコの悪さを
 多くの人の前で、ぶざまにさらけ出す練習
 それが受身です。

 柔道の基本では
 カッコよく勝つことを教えない
 素直にころぶことを教える いさぎよく負けることを教える

 長い人生には
 カッコよく勝つことよりも
 ぶざまに負けたり
 だらしなく恥をさらすことのほうが はるかに多いからです。
 だから柔道では 初めに負け方を教える
 しかも、本腰を入れて 負けることを教える

 その代わり
 ころんでもすぐ起き上がる 負けてもすぐ立ち直る
 それが受身の極意
 極意が身につけば達人だ
 ....

 相田みつをのココロの言葉 「本気」(文化出版局)より 」
(wisdomより引用)

wisdom
http://www.blwisdom.com/pr/kotoba/03/
「1989年6月4日、民主化を求める学生や市民の運動が武力で鎮圧され、当局の発表だけでも300人を超える死者を出した天安門事件から20年。中国当局は当時、この民主化運動を「反革命暴乱」と位置づけ、その後、天安門事件についての情報は一切封印してきた。今や事件について何も知らない若い世代も登場する中、党指導部は、経済成長によって国民の生活を豊かにしてきたことに、一党支配の正統性を求め、その政策は功を奏しているかにも見える。しかし、格差の拡大や汚職の蔓延で、権利意識に目覚めた市民が地方でデモや抗議行動を起こし、更にはインターネットを使って様々な主張を発信するようになり、党中央の統制が必ずしも行き届かなくなっている。中国現代史最大のタブー・天安門事件が、その後の中国の行方にどのような影響を与え、民主化はどこまで進んだのか。当事者の証言を交えて描く。」(クローズアップ現代より引用)    当時、高校生の三男を失った母親は、事件当日に、歴史的な瞬間を収めたいとカメラ持ってでていく三男に、高校生は学生運動にかかわらないほうが良いと諭したとの事です。それでも、出て行った息子は、当局に射殺されました。学校からの連絡で、母親は遺体を確認にいったそうでが、遺品と一緒に埋められた後だったとのことです。学生運動をやったわけでもない息子がなぜ殺されたのか、当局に訴え続けているそうですが、いつの間にか、その母親も、当局からマークされてる(監視される)ようになったと語ってました。中国共産党は、自らの脆弱な部分を把握しており、だからこそ、こういう事件には神経質なのかもしれません。

クローズアップ現代 6月4日(木)放送分より
http://www.nhk.or.jp/gendai/
天安門事件、4日で20年 メディア規制か
http://www.news24.jp/136883.html
今週は、散々でした。目がくらむほど気を使うことが多くて。こんな時、帰宅後パソコンの前で、なぜ、こんな仕事をしてるのだろうとか、自分は間違った選択ばかりしてきたのでは、と疑心暗鬼になります。「もしも、...」は無いのですが、俺は、なにをやってんだろうと、一旦、リセットをしたくなります。このネガティブ志向に効く一曲が、トータス松本さんの新曲、「明星」です。FMラジオから「なにもかも 間違いじゃない! なにもかも ムダじゃない!」と流れてくるサビの部分は、安価な滋養強壮ドリンクより効くかもしれません。お前は、間違ってないよってエールをもらっているようで。...この曲、ヒットするでしょうね。

「明星」、聴けます。(このPV、元気になります。)
http://www.youtube.com/watch?v=TcaX2CFWI4A&feature=related
勝間和代さんの記事が朝日新聞beに連載されてます。さて、今回のアプローチですが、今の世の中では、不景気の中、おかしいのではないかと思うことがいろいろ起きてます。どう考えて不条理であると。しかし、ここで、「起きていることはすべて正しい。」と言いきる勝間和代さんの言葉は刺激的でもあります。以下、引用です。「私たちの身の回りで起きていることは、都合のいいことばかりではなく、不都合なこともたくさんあります。....しかし、一度「正しい」と認めれば、すっきりと自分の仮説の甘さや戦略の見込み違いを受け入れられるようになります。....身の回りに起きたことは、将来にとって何かの意味があるのだと考え、まずは受け入れてみる。そんな習慣が、この言葉を知ると身につくようになると思います。私たちを思い込みから解放する、魔法の言葉なのです。」(朝日新聞beより引用)
月曜を向かえる日曜の午後あたりは、どうにも落ち着かない。たまらず、3時間ほど、所かまわず、ウォーキングをしてきた。そして、重くなった足で帰宅すると、一風呂浴びて、アルコールが適度にまわってくると、お前は頑張っているよ。ほんとにって自分で自分を慰める。その切なさに、ぴったりなのは、サンボマスターの自虐的にさえ感じる疾走感満載のサウンドだ。LOVE&PEACEの叫びも60年代と違って、自爆するかの嘆きで胸が痛む。でも、そんなこと叫んでみたいって自分も思う。そして、それでも、サラリーマンの月曜の朝はくるのだ。

サンボマスター、「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」、聴けます。
http://www.youtube.com/watch?v=eFEeNCghwA8&feature=related
サンボマスターの過去のブログ
http://blog.goo.ne.jp/rb_beat/e/624f6657292ee687930b60fd7097fcb0