今回は少しだけ父の話と年賀状のバイトの面接の話を最初にした。
父親のことはさっきも話したし話すの面倒だなあと思いながら。
でも下地として話しておいた方がいろいろと楽だろうと思って。
それから二週間の行動記録表を見て、カウンセラーさんが表現は忘れたけれど、「安定している」かなんかそんな事を言ったのだけれど、自分ではなかなか認められなくて、「たとえば郵便局のバイトの面接にも思い切って行ってみたこととか、散歩も悩んでいても思い切って行ってみたら良かったこととか」と言われてもなんかすんなりと認められない自分がいた。
その時はあまり気にしなかったのだけれど、いいところを指摘されてもすんなりと認められないのはなんでなんだろうかとぼんやりと考えた。
今回は朝、起きたとき、おそらく出勤していく人の足音を聞いて罪悪感が浮かんだこと、これは仕事に関してという宿題。
もうひとつは、夫の上司に誘われていたカメラの集いを断ったことで、人付き合いが悪いと思われるのではないかということ。
ちょっと回数も進んだことがあってか、あまり助け船を出してくれなくなった。
それと、普段、実際に認知療法の様な思考をしているか?とも聞かれた。
表現はこんな直接的ではなかったけれども。
あと、一日の中で「よかったこと」「悪かったこと」を書き出す作業はいいと思うので続けてみてくださいと。
たしかにこれは漠然とした感じが少し減っていいかなと自分でも思う。
あと、感想を言うときに前回のエントリにも書いた葛藤について聞いてみた。
そしたら、両方の数字を言った自分が自分の中にあってもいい、と。
あとは慣れると自分自身が楽になる、今は水泳や自転車を習っているのと同じようなことなので。
ということを言われた。たぶん。
父親のことはさっきも話したし話すの面倒だなあと思いながら。
でも下地として話しておいた方がいろいろと楽だろうと思って。
それから二週間の行動記録表を見て、カウンセラーさんが表現は忘れたけれど、「安定している」かなんかそんな事を言ったのだけれど、自分ではなかなか認められなくて、「たとえば郵便局のバイトの面接にも思い切って行ってみたこととか、散歩も悩んでいても思い切って行ってみたら良かったこととか」と言われてもなんかすんなりと認められない自分がいた。
その時はあまり気にしなかったのだけれど、いいところを指摘されてもすんなりと認められないのはなんでなんだろうかとぼんやりと考えた。
今回は朝、起きたとき、おそらく出勤していく人の足音を聞いて罪悪感が浮かんだこと、これは仕事に関してという宿題。
もうひとつは、夫の上司に誘われていたカメラの集いを断ったことで、人付き合いが悪いと思われるのではないかということ。
ちょっと回数も進んだことがあってか、あまり助け船を出してくれなくなった。
それと、普段、実際に認知療法の様な思考をしているか?とも聞かれた。
表現はこんな直接的ではなかったけれども。
あと、一日の中で「よかったこと」「悪かったこと」を書き出す作業はいいと思うので続けてみてくださいと。
たしかにこれは漠然とした感じが少し減っていいかなと自分でも思う。
あと、感想を言うときに前回のエントリにも書いた葛藤について聞いてみた。
そしたら、両方の数字を言った自分が自分の中にあってもいい、と。
あとは慣れると自分自身が楽になる、今は水泳や自転車を習っているのと同じようなことなので。
ということを言われた。たぶん。