ためしてガッテンで「マインドフルネス瞑想」を紹介していた。
内容は上記サイトに詳しく載っているのでみていただけるといいと思う。

わたしも認知療法を始めて4ヶ月ほど、面接が8回、なんとなくメソッドは身についてきたかなという実感はある。で、マインドフルネスについてもカウンセリングでやるはずだったのだが、前回なぜかやらなかった。カウンセラーさんが忘れてるのか不要だと思ったのかは謎だけれども、次回のカウンセリングで聞いてみようと思う。

これから書くことは事前にネットで調べたり、前段階の説明を聞いた限りの話だけれども。

マインドフルネス瞑想はPTSDにも有効だとカウンセラーさんや、マインドフルネスの啓蒙を主としたブログなどにも書いてあるけど、単純なPTSDには有効かもしれないけど、DVの被害者やACなどが受けている複雑性PTSDの場合、それを治療する手段としては限界があると思う。
ちなみにここでいう単純というのは、一度のレイプ、事故、震災など単一性のという意味。

複雑性PTSDの治療にはやはり外傷を受けたことで混乱してる記憶の断片の整理とつなぎ合わせることで新たな認識をつくる作業、そこに抑え込まれていた負の感情をきちんと出してあげて、新たな世界観を構築する方法が有効だと思う。ナラティブセラピーてやつだけど。

そういう意味ではカラムを使う認知療法の方がまだ複雑性PTSDに適しているかなと。
ガッテンで紹介されている方法で、「過去の虐待」やそういう辛い経験を落ち葉に乗せて川に流したところで(事象として受け入れる)、そこには何が残るの?と。

そもそもその時に怒りであれ悲しみであれ負の感情をきちんと味合わなければ、何度も繰り返し出てくるのではないかと思うし、冷静に川に流せるのだろうかと。
被虐待児やDVのサバイバーなんかはそういう普通の不安の処理方法で自己を尊重する感覚を取り戻せないのでは無いか?そういう意味でもエンパワーメントはとても大切だと思う。

実際、私自身が認知療法で自動思考を修正し適合的思考に変えたところで、生育歴から来る世界観に結局支配されて、自己の空虚感や世界の絶望感から抜け出せていない。
もちろん認知療法自体はさらに傷の上塗りにならないという意味では有効であるとは思う。
また、マインドフルネス自体は不安障害やうつには効くと思う。だからうつや不安発作が何によるものかで分けるしかないのかなあと感じている。つまり、サバイバーの空虚感にはマインドフルネスは有効でないと思う。
マインドフルネス自体が思考(マインドトーク)を取り除くものであるのだから、自分が空っぽに感じる時になにを取り除くのだ!という気もするし 汗

ちなみに、お決まりの文句のように、マインドフルネスも双極性障害にはエビデンスがないと。ちなみに認知行動療法にもないらしい。(それでとあるSNSへの参加を断られた)

でもさー、双極性障害の人がなにかしらの不安障害も抱えていることは調査でわかっていることだし、双極性Ⅱ型の人のエピソードはほとんどがうつ症状なわけでもあるのだし、気分が軽くなるのであれば、躁に気をつけてどんどん使えばいいのにね。

そもそも、認知の修正が躁になってるかもしれないという警報に役立てることができるかもしれないのに。(急性期に関しては何とも言えない)
私みたいに非定型うつと思ってたら、双極性障害だったという人だって紛れ込んでる可能性がないとは言えないだろうしさ。

非定型うつと双極性障害のうつってものすごく似てるけれども、非定型うつのひとは脳内の問題ではないという事が証明されているのかな・・?
単極性も含め、気分障害自体、何かしらの揺れがあるわけだから。

なんだか躁が激しくなったときに、責任取りたくないよ~って心理士が言ってるだけの様が気がしてならないのはヒガミなんだろうか。。。
年末は買い出しやら、大掃除やらでずいぶんおたおたして、若干軽躁気味でした。
いろいろたくさん買った割にはいつもの年ほど食べられず・・・
夫も年々体力が落ちているのか正月料理はずいぶんと残しました。
わたしは食生活を変えている最中だからかもしれない。

元日はいつものごとく寝正月で、おうちで天皇杯を見ました。
応援しているチームなので国立に見に行きたかったけれど、チケットも完売、体調もいまひとつだし致し方なし。
おかげ様で天皇杯優勝とおめでたい気持ちでいっぱいのスタートを切ることができたかな。
ただ体調は悪い。。。

年末にの躁が出たはいいものの、体力ないのですぐにバテて、布団で過ごすことが多かった。
夫は8連休と一日出勤、3連休なので、一人で過ごす時間が少なく、ちょっと苦しかったです。

ほかに特筆しておくことは、年末にファミレスの様な中華屋さんにてのパニック。
店が混んでたうえに店員さんがおたおたしてたので、周りの雰囲気がギスギスしていて、それに呑まれて気分が悪くなってしまった。

また、年明け図書館にひとりで行ったら、なぜか利用者のほとんどが男の人で場違い感にぎょっとして、パニックおこして倒れそうになったり。
でもここで倒れたらもっと恥ずかしいとなんとか堪え忍んで、本を借りて帰りました。

おうちの中でめまい発作が起きるよりは、外に出てぐらぐらしているので、前に進んでいる途中だ!とは思っているのですが、正直なところ、あたし仕事とかできるのかしら?という自信喪失感はぬぐえない。

今日は今日で頭痛がホントにひどく、もう楽になりたい・・・とふと頭によぎったり。
はぁ・・という感じです。
今年(2011年)最後のクリニックでのカウンセリングの話。

前回は解離のことがあったので、最初に自分の調子がどうか話しておこうと思ったので話した。
この二週間は調子は悪くなく、一週目は仕事のことについての課題をいろいろ考えたりして、二週目は若干サボり気味だけれどまぁ悪くなかった。
(クリスマスというイベントがあったので忙しさに気を取られたのもある)

ところが、クリスマス頃から父親からメールが頻繁に来るようになり、
クリニック受診の前夜(明け方に近い時間)にとんでもない爆弾メールを送られてきた。
父が躁まっしぐらなのがありありと感じられるもの。
そういう事があったので動揺して不安定です、と前もって言った。
ただ実際に話しているうちは、割と安定していた。お手柔らかにしてくれたのだろうか。

仕事の話はある程度まとめていたので、それ自体はすばらしいと思いますと言われた。
具体的にイメージとしてはどれぐらいまでに就職したいとかあるかと聞かれた。
それはプレッシャーになるから考えないようにしているって答えた。
あとは面接をした後のダメージを受ける「ブランク」の対応の仕方とか。
リストを作っても実行に踏み出すのを邪魔しているものを、一つずつ外していけばいいとのことなど。

最後は次回から行う「マインドフルネス」という療法の説明。
初めて聞く言葉だったけれど、第三世代の認知療法?の様だ。
説明を聞いてもいまひとつぴんとこなかったけれど、実践のひとつの方法として「瞑想」が載っていたので、たまにやるという話をしたら、ぜひやってくださいって言ってた。
ただその言い方が、ものすごくやって欲しそうだったのでちょっとおかしかった。




生ぬるいゼリーの中にいる様な感覚、身体が器の様になり,自分の意識が小人ぐらい小さくなって身体のどこかでひっそりと隠れる感覚。
そういう事が中学生ぐらいから時々起こる様になった。
いわゆる解離だと思うのだけれど、それが久々に起こった。

わたしは解離は解離性人格障害の人だけのものと思い込んでいた。
解離が何か嫌な事がきっかけで起こるというのを自分で理解したのは、学生の頃にカウンセリング受けたとき。
たしか、ハーマンの「心的外傷と回復」にも載っていた気がする。

で、前々回、クリニックに行く前日から寒さで肩こりと頭痛がひどく、視界が狭くなる感覚が起こっていた。
自分ではいつもの筋収縮性頭痛(緊張型頭痛)かと思ってたのだけど、クリニックで診療を受けている時も、カウンセリングの時も何度も自分が奥にこもってしまって困ってしまった。

質問をされると普通に答えることはできる。
けれど、話を流していてもいいかなと思うときは解離してる、そんな感じでカウンセリングの時に気持ち悪くて仕方なかった。
「あ、いま解離してる」って気づいたら対処の仕様もあるだろうが、しているときは「気持ち悪いのは体調だ」と思っているので我慢している。まぁそういう感じだった。

カウンセリングはカラムを使った認知療法の最終確認と、仕事を探すというか仕事に就くことに向けて考えること、あとは新しい療法をやっていくとの話。
いきなり話が変わったので、冷や水をぶっかけられた様で、その後は割と普通に受け答えできてたけれど。
調子が悪いときにタイミング悪く大切な話になったので、正直しんどかった。


帰ってからは焦燥感が二日ぐらい続いてしんどかったけれど、ふとお風呂の中でしんどさの原因は見捨てられ不安だと気づいて、それで楽になった。
カウンセラーさんは仕事についても一緒に考えていきましょうって割と丁寧に言ってくれたのだけれども、それがかえって徒となり?見捨てられ不安・・・なんだかねぇ。
もう先々週の話だけれども。。
妹が来ていたので、掃除やらの準備に追われてけっこう大変だった。

土曜に実家の両親の話をしていたとき、おそらく断捨離→思い出→家族の思い出という感じのこと、つい過去の辛い体験をポロって口にしてしまって、それに誘因されて妹も似たようなひどい体験を泣きながら話し出した。

すごくびっくりしたけれど、妹に言われて私もなんとなくその状況が思い出されたので、私もその時間を共有していたのだろう。
その時点では妹に対して大丈夫だからって気持ちでいっぱいで、それ以上の何かはなかったのだけれど、妹が帰ってから、やっぱり暗い記憶と怒りとが同時に出てきて辛かった。

虐待でのフラッシュバックというのか、その後の感情の渦とかそういうの久々に味わったので先週は調子が悪かった。
生理が始まったというのもあるけれども、5日ぐらい泣きじゃくっていた。

話が脱線してしまったけれど、その話を医師には虐待とほのめかす程度で話した。
で、カウンセリングでも行動記録表に書いてあるので、それとなくつつかれたのだけれども、虐待が女性ならではの痛みだったので話したくなかった。

話したくないのはなんとなく察してくれたのか、感情の扱い方だけきちんとくみ取って整理してくれて、このヒトもちゃんとカウンセラーらしいことできるんだなって初めて思った。
(なんか上から目線で申し訳ないが学生の頃のカウンセラーさんが強い印象に残ってるので)

ただ、その時にもてあます感情を認知療法のカラムで解決できないか?みたいなことを言われて、できないし、してもすぐに消えていくという感じの話をしたら、ちょっと残念そうな様子だった。
ホントはその発想すらなかったとは言えなかった。
でも、そういうフラッシュバックから生まれる憎しみの様な感情が浮き上がってきたときは、人生真っ暗な気分に圧倒されるので仕方ない。

カウンセリング自体、20分近くこの話をしていたので、けっこうすっきりとはした。
が、それとは別に最後にもう一枚、母に対していらいらする事を整理して、カウンセラーさんが自動思考と感情が切り離される様になればいいと言ってた。
要は同じ自動思考が浮かんできても同じ程度の不快感やらを感じなくてもいいって事だと思う。

肝心の自動思考と感情の整理の仕方なんだけれども、あまり上達してない様に見られてるぽい。
不真面目にしているつもりはないのだけれども、どういうのが習得できているものなのか例がないのでわかりづらいのだ。
双極性障害のヒトは自分の感情を言語化するのが苦手で、どちらかというと行動に移すそうだ。
まぁ、それを考えるとできが悪くても仕方ないかなと思う。