山崎蒸留所を作った人と余市蒸留所を作った人が同じ人だと言うことを知っている人は少ないと思います。
竹鶴正孝は、壽屋に在籍時に山崎蒸留所を作った後、退社し、自分で余市蒸留所を作っています。モルトは出来上がるまでに12年かかるのが普通でその間余市でとれるリンゴを使ったリンゴジュースを売ることにし、それで会社の名前が日本果汁となり、そこからニッカとなったのだそうです。
余市の駅前はロータリーになっていて、今では見なくなったリンゴの木箱が並んでいます。余市はリンゴの集散地なのです。色々なことを考えながら余市蒸留所に行くのもいいものです。
最近は中国人観光客がバスで沢山くるそうです。時代は変わったのでしょうか。