第6話:年の割には


仕事が終わり、制服から私服に着替える。

いつもと変わらないはずの服なのに、今日だけは妙に“合コンに出る女子の戦闘服”のように思えてならなかった。

昨日の夜、鏡とにらめっこして何時間経っただろう。ああでもない、こうでもないと服を変えては畳み、また着ては脱ぎ。

誕生日のお祝いに着ていく服を選ぶだけで、こんなにも悩むものだろうか。

世間の女子は、これを平然とこなしているのだろうか。

実を言えば、私は人の誕生日を覚えるのがとても苦手だ。

過去にはそれで恋人を怒らせたこともある。

だから誕生日をお祝いした回数なんて、両手で数えられるほど。

そのつけが今まわってきたのかもしれない。――「どんな服を着ていけば正解なのか」、途方もない難問を前に立ちすくんでいた。

派手な服を選べば“年甲斐もなく気合いを入れた痛いオバサン”に見えるだろうし、かといって無難すぎれば地味すぎて場がしらけてしまう。

とはいえ、相手は彼氏でもなんでもない。

結局、私は地味と派手の真ん中あたりの、どこにも引っかからない服を選んだ。

待ち合わせは18時半ーー場所は店の近くの小さな公園。実は昨日のメッセージの後に彼が行ってみたいと行っていたイタリアンバルを予約して送ってみた。『光栄です』のスタンプが返ってきたので、店選びはクリアできたのだろう。

ベンチに一人腰掛けていると、不思議と冷静になっていった。

――私、派遣で入ってこの状況。一体何をしているのだろう。

年齢を重ねると、状況に酔って舞いあがることが難しくなる。そんな自分が、少し可笑しくもあった。

「お待たせしました!」

全速力で階段を駆け上がってきた渡辺くんは、息を弾ませながら近づいてきた。

「走ってきてくれたの?」「はい!楽しみだったんで!」

彼の言葉は、いつもストレートだ。ほんの少しでも心に隙間があれば、その言葉はまっすぐ突き刺さってしまう。彼は、私の服装をちらっと見た後、じっと私の顔を覗き込んできた。

「沢田さんて…」

見上げた先、長身の彼としっかり目が合った。――ずるい。そう思った瞬間、声が上擦る。

「なっ…何…?」

彼は満面の笑みで言った。



「沢田さんって、年の割には肌が綺麗なんですね!」



頭の中に轟音。雷鳴が走る。

「それ…褒められてるの…かな?」





褒め言葉と受け取るには、あまりに危うい言葉に頬がひくひくと引き攣る。そんな私に気付いた彼は慌てて言い直した。

「あ!違います!褒めてます!めっちゃ褒めてます!」

彼は続ける。

「僕、思ったことをすぐ口に出しちゃうんです。喜多川さんにもよく怒られて…」

しゅんとした顔を見せられては、これ以上怒ることもできない。――ズルい。そう思いながら、私はまた笑って許してしまう。

「お店行こうか?」「はい!行きましょう!」

切り替えの速さも彼の持ち味なのだろう。

目の前でクルクルと変わる表情は、まるで子どものようで、眩しく見えた。

店まで歩くわずかな距離が、やけに長く感じる。隣を歩く渡辺くんは鼻歌交じりで、私はその横で“転ばないように気をつける保護者”モード。――どうして誕生日を祝うだけで、こんな変な緊張感を強いられるのか。

そして、イタリアンバルへ着くと誕生日のお祝いが始まった。

「誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます!」

乾杯から、渡辺くんは浮かれっぱなし。次々にハイボールを飲み干していく。

「渡辺さん、お酒強いんだね」

「結構強いんですよ。あ!でも“渡辺さん”って、なんかよそよそしくないですか?」

「じゃあ…渡辺くん」

本当はずっと、心の中では呼んでいたけど。

「その呼び方で!何か嬉しいっすね!こうしてお祝いしてもらえるのって」

テーブル越しに、少年のように笑う彼がいる。

「ねぇ。今日のことって誰かに話した?」

ふと不安が過る。もし喜多川さんに知られたら、派遣生活に余計な影を落としかねない。

「話してないですよ?」

彼は人差し指を唇に当てて「内緒です」と言った。

その仕草に、不覚にも胸が少しだけざわついた。そして彼はふいに私の隣へ移動してきた。テーブルを挟んで向かい合っていたはずなのに?周囲の騒がしさよりも、肩先に落ちる彼の気配の方に神経が注がれる。これは一体、どういう展開だ…?

「沢田さん、僕って…」

じっと私を見て彼が口を開く。

――そして次の彼の一言で、私は再び狼狽することになる。

もう一度言う。彼の言葉はいつだってストレートなのだ。

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今回もお読み頂きありがとうございます😆
そろそろ渡辺くんのイラストも登場させたいなと思っています🤭