第8話:小さくてかわいい…


あの夜の「僕って何なんですかね?」という問いが胸に残ったまま、私はまた日常に戻っていった。


けれど、平凡に思える職場の空気すら、後になって思えば私の人生を揺るがす舞台装置の一つなのだ。


このまま40歳独身の女性が、15歳年下イケメン男子と繰り広げる純愛ストーリーなんてものを期待している人がいたら、大変申し訳ないと思う。


なので、一度この辺で私が配属された部署について話しておきたい。
何より、この部署の人間関係もまた、私の今後を大きく狂わせる一端になるのだから。



私の配属先には、私より5歳年上の男性・谷田さん。
そして隣の席には4歳下の女性・森下さんがいる。


人数はもっといるが、今後私に深く関わるのはこの二人であることは間違いなかった。
私たちの役目は、渡辺くんたちが属する部署の補佐業務。書類や雑務をさばく、いわば縁の下の力持ちだ。



派遣初日。谷田さんは10分の遅刻をしてきた。
そして、挨拶もそこそこにカバンから菓子パンを取り出し、「いただきます」と食べ始めた。


驚く私に、森下さんが「谷田さん、これいつものことなんで」とサラリと言った瞬間、私はこの職場で生き抜けるのか早くも不安になった。



そんな初日を終えてすぐの二日目、私は渡辺くんとLINEを交換している。
あれよあれよという間に誕生日祝いまで決まり――どうにも目まぐるしい日々の始まりだった。



そして、気がつけば、渡辺くんの誕生日祝いから三日が経っていた。


私はパソコンの前で、また頭を抱えていた。


「谷田さん、この書類なんですけど、過去の参考資料が見つからなくて」
「あれ?なかったですか?おかしいなー」


そう言いながら彼が探しているのは書類ではなく、パソコン操作のためのマウスだった。そんなやり取りはすでに三度目だった。


「ちょっと上に行って喜多川さんに聞いてきますね」


私はそう言って渡辺くんの部署へ向かうことにした。
すると森下さんが「ついでにこれも」とクリアファイルを手渡してくる。
彼女、さっきも上へ行ったはずなのに、書類を一部渡すのを忘れてきたらしい。
これも一度や二度ではない。



――ため息まじりにドアを出たその瞬間。


「沢田さん!」


満面の笑みで走ってきたのは渡辺くんだった。長身のイケメンが子供のような笑顔で駆け寄る姿は、職場の風景にはあまりに場違いで、私は心の中で苦笑した。


「沢田さん、どうしたんですか?」
「書類のことで聞きたいことがあって、上に行こうと思ってたの」
「そうなんですね。あ、でも喜多川さん、今出ちゃってますよ」
「そうなんだ。じゃあ、また後で出直そうかな。この書類も届けたかったんだけど」


短いやり取りをして背を向けた瞬間、「あ!待ってください!」と彼に右手を掴まれた。


こういう時本来、驚くのは私ではないだろうか。なのに、驚いたのは私ではなく、掴んだ本人の方だった。


「あ…いや、えっと。沢田さんの手、すごい小さくてかわいいなと思って」






頭を掻きながら照れる彼の姿に、返す言葉が見つからない。


ありがとうなのか、離して、なのか。


はっと我に返った彼は深々と頭を下げ、「すみません、また余計なこと言っちゃいました」と手を離した。


私は思わず口にした。


「社会人になってから、私より手が小さい人、出会ったことないかも」


小さな手は私のコンプレックスの一つだったのに、彼は私の手を「かわいい」と笑った。


そして、指が触れ合わない程の距離で手のひらをそっと合わせ「大人と子供みたいですね」と無邪気に言う。


これも、彼にとっては何気ないやり取りのひとつなのだろうか。


私が彼を見上げると、割と近い距離でしっかりと目が合った。すると彼の方が先に赤面した。



「わ、近っ…!そんな見られると、なんか照れる!」



手の大きさ比べは照れないのに…?
――20代男子の発想は、本当に不可解だ。



「あーえっと…。僕、この書類喜多川さんに渡しておきますね!」



そう言って私が手にしていたクリアファイルをさっと取ると、彼は慌てて去っていった。 

   

残されたのは、胸の奥に何とも言えない…妙にくすぐったい感覚。



――仕事のはずなのになぁ。彼と話すとどこかふわふわとした気持ちになるのは何なんだろう。  
 


……っていうか、40にもなって「手がかわいい」と言われて照れる自分。


冷静に考えたら、なかなかにカオスでしかなかった。

でもまあ――こういうカオスも楽しいと思えてしまう自分がいることに少し笑えてしまった。





ーーーーーー
職場の雰囲気も紹介したことで色んなお話が書けそうです😊
渡辺くんエピソードもまだまだいっぱいあるので楽しんでいただけたら嬉しいです🙂‍↕️