灯ればしたしく隣があつた 山頭火(37)
三八九集 山頭火遺稿 大山澄太編 古川書房 昭和52年5月15日発行。(4-2)三八九 復活第四集 昭和七年十二月八日印刷発行「其中庵風景 種田山頭火 11.移つてきてお彼岸の花さかり2.蠅も移つて来てゐる3.身にちかくあまりにちかくつくつくぼうし4.灯ればしたしく隣があつた5.ひとりで醉へばこうろぎこうろぎ6.朝やけ雨ふる大根まかう 7.寝るよりほかない月を観てゐる8.三日月のどこやら子供の聲がある9.この柿の木が庵らしくするあるじとして10.ゆふ空から柚子のひとつをもらふ11.山をあるけば木の實ひらふともなく12.ただ一本の寒菊は御佛に13.冬蠅とゐて水もとぼしいくらし14.誰かきさうな空からこぼれる枇杷の花 」ここまで18句中14句。便宜的に番号を打った。2.蠅も移つて来てゐる とは類想ありがちだが、誰も感じる事にはちがいない。山頭火がしみじみ感じている幸せは、人々に共通の感慨をもたらすものだ。山頭火は小さな虫にも目を留める。山のいちにち蟻もあるいてゐる 行乞途上炎天のはてもなく蟻の行列 山行水行閉めて一人の障子を虫が来てたたく 山行水行蜘蛛は網張る私は私を肯定する 山行水行ゆふべなごやかな親蜘蛛子蜘蛛 孤寒まひまひしづか湧いてあふるる水なれば 鴉秋もをはりの蠅となりはひあるく 鴉焼かれる虫の香ひかんばしく 一草庵4.灯ればしたしく隣があつた これからご近所付き合いが始まる期待もあるだろうし、何かの時には助けてもらえそうで喜んでいる。落葉してさらにしたしくおとなりの灯の 柿の葉 こんな句もある、安心安心。降りさうなおとなりも大根蒔いてゐる 鴉それなりにご近所付き合いができていたのかも。6.朝やけ雨ふる大根まかう7.寝るよりほかない月を観てゐる 酒もないし、引っ越したばかりで話し相手もいないか。一人はさびしい。「こんなよい月を一人で見て寝る 放哉」こっちは酒乱なりに陽気なヤツかも。12.ただ一本の寒菊は御佛に さすが山頭火は出家の身、新居回りで見つけたささやかな寒菊を仏壇に供えている。放哉は堂守だが、「菊の乱れは月が出てゐる夜中 放哉」と、仏花にちょうどいいなどとは考えない。月明りに照らされた菊はてんでんばらばらに立っている、人間だってそうだとも言わない人だけど。前掲の焼かれる虫の香ひかんばしく 一草庵は、句集「一草庵」最後に掲載されていて、辞世の句でもある。山頭火が亡くなるまで書き續けた日記の最後には、10月6日付で4句がある。ぶすりと音たてて虫は焼け死んだ焼かれて死ぬる虫のにほひかんばしく打つよりをはる虫のいのちのもろい風焼かれる虫の香ひかんばしく死の予感があったかどうかは分からないが、死にゆく蚊を見つめながら、「ぶすりと音たてて」「にほひかんばしく」「いのちのもろい風」等と五感を通して「死」を実感している。山頭火の辞世の句に関しては別の意見があり、『層雲』昭和15年11月号に掲載されたものが出句の最後となったので、こちらとも言われている。もりもり盛りあがる雲へあゆむ 一草庵歩き回った元気な朱夏を思い出していたのだろうか。そう思うと、この句も素晴らしいし、せつない。大正十五年四月、解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出た。分け入つても分け入つても青い山 鉢の子やがて月日が経ち、中国、四国、九州を回る最後の旅を終えたのは、昭和15年1940年6月3日だった。句集「一草庵」では「もりもり盛りあがる」の句の後に3句あって、「焼かれる虫の」句へと続く。おもひでがそれからそれへ酒のこぼれて生える草の枯れゆく草のとき移る先夜今夜の犬猫事件に微苦笑しつゝ一句秋の夜や犬から貰つたり猫に与へたり何やら只ならぬことが、自分の身に起きることを察知していたようにさえ思える。「もりもり盛りあがる」の句の前にはいつ死ぬる木の実は播いておく 一草庵木の実が再び実るまでは生きられないとしても、芽を出す姿は見られると思って蒔いたのだろう。山頭火の供養に同郷の詩人中原中也の詩の一節を捧げよう――僕、ってあの人あたしの方を振向くのよ、昨日三十貫くらいある石をコジ起しちゃった、ってのよ。――まあどうして、どこで?ってあたし訊いたのよ。するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、怒ってるようなのよ、まあ……あたし怖かったわ。死ぬまえってへんなものねえ……http://nakahara.air-nifty.com/blog/2014/11/post-1423.html#google_vignette(続く)