こんにちは。
はじめに、令和8年熊本地震で被災されたみなさまにお見舞い申し上げます。
一日も早く平穏な生活が戻ることを心よりお祈り申し上げます。
今回の記事のテーマは
・ボランティアに行く動機は、愛か、エゴか?
・家系のカルマ『滅私奉公』の解消
になります。
先日、熊本へ災害ボランティアに行こうとしたのですが、急な体調不良に見舞われたため、行くことができなくなり、
「そもそも、ボランティアに行く動機を見つめ直すこと」
を促されました。
あくまで、僕自身の体験、内面の氣付きを記事にしているだけで、決して、ボランティアに従事されている方に向けたものを意図しているわけではありません。
震災後、真っ先に被災地に向かわれて、被災者の支援に回られた方、今も被災地でボランティアに従事されている方には、本当に頭が下がりますし、ボランティアの方の活動なくして復興は進みませんので、非常にありがたいことだと思います。
さて、ことの次第は、友人が運営するコミュニティで、熊本地震の災害ボランティア参加の呼びかけがあったことでした。
呼びかけに応じて、僕も行こうかと考えたのですが、予定が合わなかったので、当初は断念しようと思ったのです。
ところが、数日経つと
「やっぱり行きたい!」
「支援物資の運搬でも、交通手段のないお年寄りの送迎でも、がれきの撤去でも、自分にできることは何でもやる…!」
というやや衝動にも近いような思いがふつふつと沸いてきました。
ここで、すぐ行動には移さずに、一歩立ち止まって、自分の氣持ちと向き合い、自問自答しました。
衝動的な感情や欲求は、これまでの経験則では、自我(エゴ)の欲求だった割合が多かったからです。
もちろん、
「四の五の言う前に、思ったなら、行動に移せばいいじゃない?」
「やらない善より、やる偽善のほうが、よっぽどいいし、実際にそれで助かる人もいる。」
というお声もあると思います。
ごもっともだと思います。
ただ、これまで、衝動的な思いに駆られて行動した結果、人間関係が壊れたり、友人を傷つけたりなど、相手も自分も一層苦しむという体験をしてきました。
そういった体験を通じて、
『本質の自分からズレていたことに、早めに氣付いていれば』
そこまで大きな苦痛を伴う体験をする必要性・必然性がないということを学びました。
また、自分の
・思考
・感情
・欲求
の動き、沸きあがり方などを普段から、観察(内観)していれば、本質からのズレに氣付きやすくなるということも、併せて学びました。
そして、今回の「ボランティアに行きたい!」という感情は、やや衝動的に沸いてきたものだったため、自分の経験則から、
「きちんと内観して自問自答してから、行動に移しても、決して遅くはない」
と判断し、そうすることにしたのです。
すぐに自問自答しました。
「被災者が真夏の暑い中、不便な生活を強いられているのに、自分だけエアコンの効いた部屋でぬくぬく生活しているのは申し訳ない…という【罪悪感】から逃れたくて、ボランティアに行こうとしてるんじゃないか?」
⇒ 少しあるかもしれないと感じましたので、その感情を統合しました。
「被災者が苦しんでいる姿を見ていると、自分も苦しさを感じてくるので、その【苦しさ】を紛らわせたくて、被災者を助けに行こうとしてるんじゃないか?」
⇒ 同様に少しあるかもしれないと感じましたので、統合しました。
「困っている被災者を助けることで、自分が人の役に立っているという実感を得たくて、自分自身の【存在価値・存在意義】を確かめたくて、ボランティアに行こうとしてるんじゃないか?」
⇒ この氣持ちも少しあるかもしれないと感じましたので、統合しました。
自問自答と統合が終わって、少し経つと、やはり災害ボランティアに行きたい氣持ちが、変わらずに沸いてきました。
「これはもう、本心で行きたいということだな」
と判断し、一人で現地に行こうと決めて
・日程調整
・熊本へ行く手段、宿泊場所の検討
・リアルタイムの現地の情報収集
・喫緊で求められる支援物資の調査
などを始めました。
そうして、x等を見て、現地にボランティアなどで入られている方の最新情報をチェックしていると、急にお腹がむかむかして、具合が悪くなってきたのです。
通常の腹痛とは異なる、これまで感じたことのない独特なお腹の不調でした。
「あれ?なんだろう?
何かよくないエネルギーでも受け取ったかな…?」
とも思い、少し横たわりました。
・・・
氣付くと、そのまま眠りに落ちていて、ちょうど目が覚めたところでした。
すると、なんと、両腕にびっしり、じんましんが浮いているではありませんか…!
しかも、よく見ると、腕だけではありません。
足にも、お腹にも、首にも、顔以外は全身じんましんに覆われていました。
寝る前は、吹き出物も何もないツルツル(?)の肌だったにも関わらず、ちょっと昼寝している間に、全身にじんましんが吹き出していました。
「どういうこと…!!!?」
一体何が起こっているのか訳が分からず、少しパニックになりました。
こんなにも、全身にじんましんが吹き出たことなど、人生で一度も無かったからです。
しかも、ちょっと眠りに落ちた少しの間に…です。
「誰かに念や呪いを飛ばされた…?」
という可能性も考えましたが、すぐにその類いでないことは分かりました。
「何かに憑依されてるわけでもないし、そうなると、食物アレルギー?
でも、今まで、アレルギーでじんましんが出たことなんて一度もないぞ…
一体どうなってんの…??」
身体が熱いので、すぐシャワーを浴びに行きました。
身体も洗い流しましたが、じんましんは一向に治まりません。
自分の中にある何かが反応して、症状が出ているんだろうと思いました。
そこで、自分の身体(体内の精霊や細胞たち)に、原因を尋ねたのですが、何も答えてくれません。
自分のガイド(守護霊)たちにも聴きましたが、無言のまま、応答がありません。
何かしら氣付きを促されているのだろうということを察知し、
「もしかして、熊本のボランティアには行かないほうがいい…?」
という考えが頭をよぎりました。
そうこうしているうちに、目まいがしてきて、立っていられなくなり、横になりました。
真夏の30℃を超える日だというのに、すごく寒気がしてきます。
冬布団を出してきて、厚い布団の中にくるまりました。
発熱もして、苦しくて、しばらく「う~、う~」とうなり声を上げていました。
やがて、お腹のゆるみを感じたので、トイレにいきました。
用を足すと、突然、吐き氣も催してきて、そのままもどしました。
吐き氣が治まらず、トイレで突っ伏していると、
【こうなった理由が分かったか?】
とガイド(守護霊)に話しかけられました。
(なにも、吐き氣がして、苦しいこのタイミングで話しかけて来なくても…)
一瞬そう思いましたが、すぐに思い直して返答しました。
「…分かった。(ふぅ…ふぅ…)
災害ボランティアに行こうとしたのは、被災者の方に感謝されたかったから。
あと、友人や知り合いのみんなから
『被災地にボランティアに駆けつけるなんて偉いですね』
と称賛されたかったから。
いわば、スタンドプレーをしたかっただけなんだ。」
【そうじゃな】
と一言。
トイレから出ても、まだ目まいがおさまらず、ふらつきながら布団に入りました。
そして、僕がじんましんに見舞われたもう一つの理由をガイド(守護霊)がレクチャ-してくれました。
それは、
『家系のカルマの解消』
でした。
・今回のことを通じて、家系のカルマを解消した
・具体的には、先祖代々、受け継いできた『滅私奉公(めっしぼうこう)』のエネルギーを解放した
※滅私奉公・・・私利私欲や個人の利益を捨てて、国家や会社、社会などの公のために身をささげて尽くすこと
・ご先祖がたは、「家」を守るためなら、我が身をも投げ打つ覚悟で、代々過ごしてきた
・「家」を守ることが、親族含めた一族の繁栄、ならびに、同じ地域の人たちの安全を守ることにもなると信じて、何世代にも渡って生きてきた
・「個」を捨て、「家」を守るため、ひいては、地域のみんなを守るために代々生きてきた
・現在、父、姉、僕の3人で実家に暮らしているのですが、奇しくも3人とも、地方公務員を経験しており、面白いくらい見事に、ご先祖さまから受け継いで来た『滅私奉公のエネルギーの型』どおりの生き方をして、まさに公のために働いてきました
(僕は警察官を新卒から10年あまり務めました。現在は既に退職しています。)
・自分の家のことや家族のことをほったらかしにしてまで、ボランティアに赴かなくてもいい。まずは、自分の家の必要なことをやるとともに、自分を含めた家族を大事にすることが第一で、自宅が無事、自分も家族も無事で健康に過ごせることへのありがたさを感じることが大切…だというメッセージ。
・自分のことを犠牲にしてまでも、公に尽くすというあり方
『滅私奉公というエネルギーの型』
を自分たちの代で終わらせることが、僕たち家族の務め
→家系のカルマの解消
・カルマに伴う記憶・エネルギーは、細胞にも刻まれる
・その細胞に刻まれた『滅私奉公のエネルギー』の浄化のために、じんましん、悪寒、発熱、目まい、下痢、嘔吐などの症状に見舞われた
・それらの症状は、自己の本質である魂からの動機ではない理由(人から感謝されたり、称賛されたりしたいという理由)から、ボランティアに赴こうとした自分に対して、氣付きと軌道修正を促すために発症した側面ももちろんある
このようなことでしたので、災害ボランティアに行くのはやめにして、寄付を通じて被災地の支援をさせていただくことにしました。
一晩寝て起きると、じんましんもおさまって、体調も回復しました。
全身水ぶくれかのようになっていたのが、ウソのようです。
自分の身体の細胞たちに話しかけてみました。
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細胞ちゃん
【君のガイドに口止めされてたから、昨日は何も言えなかったんだよ~】
― すごく納得…。
― ありがとう、いろいろ氣付かせてくれて。
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そして、今回の件に関して、ご先祖のみなさまとお話させていただきました。
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ご先祖がた
「ありがとう。(カルマを解消してくれて)感謝している。
まだ他にも(カルマは)あるのだが、君ならきっと乗り越えてくれると信じている。」
- え…まだあるんですか…
- (今回かなり苦しい思いをしたので)できれば、もう苦しいのはご勘弁願いたいです…
(でも、家系のカルマはきっちり解消しますけれど!!)
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自分の魂・ハイヤーセルフや宇宙に、なるべく苦しまないかたちで、カルマを解消できるよう願いを放ちました。
その後、自分のガイドや存在たちに確認したのですが、
①
負のカルマは、個人、家系、地域や国、星や星団などの単位で存在している
②
負のカルマは、基本的に、ある特定の経験、および、その経験を通じた氣付きや学びを得ることで解消されるもの
③
ただし、今のタイミングにおいては、地球だけでなく宇宙の転換期に差し掛かっているため、少なくとも、個人や家系のカルマは、経験というかたちをとらなくても解消可能
だそうです。
③は、ある意味では、かなり大きな温情、恩恵であり、とてもありがたいことだと思います。
そのあたりのことも、やり方などの詳細を含め、現段階では分からない点が多いため、これから学んだうえで、どこかの機会でお伝えさせていただこうと思います。
【追記】
◎家系のカルマ『滅私奉公のエネルギー』を解消した結果、分かったこと、変化したこと
・自分が心の奥底で
「人から認められたい」
「チヤホヤされたい」
という欲求を今まで抱えていたことに氣付きました
・その承認欲求が、人生のところどころで、顔を覗かせていたことに氣付きました
・「人のため」と顕在意識では思っていたものの、結局のところ、心の深層では、自分が称賛されることを求めて、行動していた場面があったこと
・自分の中に欠けていた何かを埋めたくて、自分の外側に、それを埋める何か(例えば、人からの称賛など)を求め続けていたことに氣付きました
・「人から認められたい」
という執着が外れたので、心がすごく楽になりました
(執着していたことすら認識していませんでした。執着が外れたことで、初めて氣付きました。)
・地球の二極性、二元性への理解が深まりました
・滅私奉公の
「個を捨て、自己を犠牲にしてでも…という意識」
は、自己を押さえつけているため、その二極性、二元性の対極として、
「自己を生かしたい、という相反する意識」
を自分の中に生みます
・それが、二極性、二元性の法則になります
・その「自己を生かしたい」という意識が、僕の場合は、「人から認められたい」という根深い承認欲求となって、人生のそこここで現れていました
・承認欲求が顔を覗かせるたびに、統合するのですが、今振り返ると、統合しても統合しても、拭い切れないような感覚も、どこかで感じていました
・それが、今回、その承認欲求を生んだ元になっている二極性、二元性の対極の『滅私奉公のエネルギー』を解放したため、自動的に、
「根深かった承認欲求の解放」
も起きました
・つまり、僕の場合は、解放・統合する必要があったのは、承認欲求の意識そのものというよりも、その対極にあった『滅私奉公のエネルギー』だったのです
・それを図らずも、今回解消したことで、このような法則性と仕組みも理解できました
・その結果、「人から認められたい」という承認欲求/執着の鎖から解き放たれたような感覚があり、とても心が楽になりました
・自分で自分の心を鎖で縛っていたんだと、解放が起きてから、氣が付きました
(解放するまでは、縛られていたことすら認識していませんでした)
・「特別な何かをしていなくても」
「特別な何かを得ていなくても」
心がとてもリラックスして、自分の中の欠けを埋めるために、そういったことを求める意識がかなり小さくなりました
・「内に感じる心地よさ」
を感じるようになってきました
ここまでのこと、特に、
「地球の二極性、二元性の法則」
に関する理解が深まったのは、
ヒーラーでクリアリングの専門家である那月さん
から学ばせて頂いたことがとても大きいです。
いつもありがとうございます。
那月さん 「地球の二元性の法則」の記事
最後に、寄付をさせていただいても、
・支援物資の運搬
・支援物資の仕分け
・がれきの撤去
などの活動に従事してくださるボランティアの方々がいなければ、復興支援は進みません。
現地に赴いてくださった(くださっている)ボランティアの方々には、深く感謝申し上げます。ありがとうございます。
熊本の復興の支援をさせていただくとともに、被災地のみなさまが不自由のない生活を一日も早く送られるようになることを祈っております。
それでは、毎度のことではありますが、以下のようになさっていただければと思います。
(1)次のように感じた内容は、受け入れる
「そうそう」
「そのとおり」
「分かる分かる」
「だよね!」
「やはり」
「納得」
「しっくりくる」
「そういうことか!」
(2)次のように感じた内容は、受け入れない
「んん??」
「モヤモヤ…」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
「支離滅裂」
「んなわけない」
「明らかに自分の中の真実と一致しない」
(3)次のように感じた内容は、一旦、脇に置いて保留する
「へ~」
「ほ~」
「ふ~ん」
「ポカーン」
「噓か誠か、今のところは判断できない」
「一概に否定はできないかな~」
「そういうこともあるのかも」
「一理ある」
それでは
みなさまの最高・最善をお祈りしております
みなさまの天命が全うされますように
最後までお読みくださりありがとうございます!
