うろ覚えで語るキリスト教② | ロードバイクとオートバイ

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今の目標は,毎週乗ることです。皆さんのブログで元気をいただきつつ,頑張ります。

今日は、昨年の8月に亡くなった主治医のクリニックにきています。主治医が亡くなってからも患者さん全然減ってません。後進の先生方が主治医の遺志を継いでキチンと仕事をされている証拠かと思います。

 

これは結構な待ち時間になりますので前記事からの続きを書いていきます。

あくまでも私が感じているキリスト教切り取り論であり、しかもうろ覚えで語りますので、偉い人からのお叱りはご遠慮ください(´・ω・`)

 

また、キリスト教への勧誘でもないっすよ(*´꒳`*)

そもそも最近は年いっぺんしか教会に行かない不良教会員の言うことになんて説得力はないっす(´・∀・`)

 

イエスと「私はある」と名乗られる方

 

さて、「私はある」と名乗られる方とイエス・キリストはどういう関係なのでしょうか?イエスが神のことをアバ(父ちゃん)と呼ぶので親子関係かもしれませんね。

イエスはユダヤ人たちに言いました。アブラハムは私の日を見ることを思って大いに喜んだと。

アブラハムとは旧約聖書の第一巻、創世記に登場する人物ですからイエスの時代からしても大昔の人です。それに対してユダヤ人たちは、あなたは50歳にもなっていないのにアブラハムを見たのか?とイエスに問います。それに対するイエスの回答はこれです。

「アブラハムが生まれる前から私はいるのです」

それを聞いてユダヤ人たちは激怒し、イエスを石打ちにしようとします。「私はいる」というのは自らの神性表明だからです。ユダヤ教は一神教ですから、イエスは、自分は神であると公言したわけです。神がモーセに「私はある。私はあるという者である」「I am who I am」と名乗ったのと全く同じです。

なんと、父と子は同一の存在だったのです。ただし、この記述は、キリスト教の神学が確立してきた時代のヨハネ福音書に書かれている事柄であって、歴史的事実としてイエスがそのように神性を表明したかは疑わしいところでもあるのですが。

 

ユダヤ教はどうして必要だったのか

 

ヘブライ人、ユダヤ人は、旧約聖書第二巻、出エジプト記からしてもエジプトで奴隷としてこき使われていた身です。神はモーセに、ヘブライ人を率いてエジプトから脱出するように命じます。それから紆余曲折あり、イスラエル王国を建国し、ダビデ王とその子ソロモン王の時代に栄華を極めますが、その後、バビロニアによって捕囚されたり、シリア王アンティオコス4世に迫害されたりして、遂にパレスチナはローマの属州となります。苦境の中で民族の尊厳を保ち団結を図るため、ユダヤ教は必要だったのだと思います。

 

そしてイエスがやってきた

 

律法主義に陥ったユダヤ教は形骸化してしまっていたと思います。救いも何もあったものではありません。そんな中、荒野で呼ばわるもの、バプテスマのヨハネが現れます。罪に汚れたイスラエルの民よ、悔い改めて洗礼を受けよと。イエスは30歳くらいの時に、故郷のナザレ村からやってきて、このヨハネから洗礼を受けます。このときからイエスは活動をはじめます。ヨハネから洗礼を受けてから十字架につけられるまで僅か3年間ほどであったといいます。

ヨハネがヘロデ王に殺されてから、イエスは頭角を現し、宗団を形成していきます。その宗団は神の国運動のムーブメントを引き起こしますが、ユダヤ教のサドカイ派(権威主義)やパリサイ派(律法主義)から敵視されます。

 

十字架への道

 

LovePikさんのフリー画像をつかわせていただきました。

 

イエスが体制の転覆を図っているとサドカイ派らから告げられたため、ローマ当局は兵士を使ってイエスを捕らえます。ペテロをはじめ、主だった弟子たちは散り散りに逃げ出します。ローマのユダヤ州総督ポンテオ・ピラトはイエスに罪を認めることができなかったので、「そうだ、お前らユダヤ人の過越の祭りの時、罪人に恩赦を与えてるから、イエスかバラバかどちらかを釈放しよう」と提案します。ユダヤ人たちは、バラバを釈放しイエスを十字架につけろと要求します。ローマ支配のこの時代、磔刑に処す権限があるのはローマ当局だけだったからです。しかしピラトはイエスに罪を見出せません。かと言って裁かないでいるとユダヤ人たちは暴動を起こしかねなく、そうなるとローマ本国から自分の責任を問われかねません。ピラトはイエスを鞭打ち刑に処し、ボロボロになったイエスをまたユダヤ人たちの前に立たせて「この人を見よ」と言います。それでもなお十字架につけよというユダヤ人たち。ピラトはイエスの罪状を「ユダヤ人の王」として磔刑に処します。

イエスは十字架の横木を背負わされ、刑場であるゴルゴダの丘に向かわされます。

 

あなたは今日、私と共にパラダイスにいます

 

イエスを中心として、その左右にも磔刑に処される罪人がいます。一人の罪人は、お前が本当に神の子なら、今すぐ俺を十字架から降ろしてみろとイエスを罵ります。もう一人の罪人は、あなたが御国で位につかれたとき、どうか私のことも思い出してくださいと言います。その罪人に向かってイエスは言います。

「真にあなたに告げます。あなたは今日、私と共にパラダイスにいます」

死の直前でも改心はでき信仰を得て救われることは可能であるということです。

 

復活したイエス

 

エロイエロイラマサバクタニ(我が神、我が神、どうして私を見捨てられるのですか)という旧約聖書の詩篇を唱えながらイエスは息絶えます。死んで墓から下ろされたイエスは墓に入れられます。当時の墓は横穴式で、遺体を収めたら石で穴を塞ぎます。

安息日が終わり、イエスが死んでから3日目に、マグダラのマリアらが香料を塗りにイエスの墓を訪れます。「ダビンチコード」ではこのマリアがイエスの妻であり、イエスとの子を産んでその子孫の女性が出てきますね。

画像はネットから拝借

 

マリアらが墓を訪れると、既に石がどかされていているのでした。中に入るとイエスの遺体はなく、真っ白で長い衣を纏った若者が座っていました。マリアたちはギョッとします。若者は言います。

「驚くことはない。あなた方は十字架につけられたナザレのイエスを捜しているのだろうが、ここには居られない。復活されたのである」

マリアたちは墓からすっ飛んで逃げ出しました。それでこのことは誰にも言いませんでした。恐ろしかったからです。←先にも書いた通り、最初の福音書であるマルコ福音書は本来ここで終わっています。安彦良和氏の漫画「イエス」では、復活はせずに、イエスの支持者たちが遺体を移動させたとしています。

しかし、イエスが十字架につけられて、散り散りになって逃げた弟子たちは、なぜか「イエスは復活した」「イエスは神の子であり救い主である」と言いはじめ、原始キリスト教団が形成されていきます。

カトリック作家の遠藤周作は、著者「キリストの誕生」で、このイエスの弟子たちの謎の行動を「X」の発現、としていたと思います。正にうろ覚え(´・ω・`)

 

キリスト教を信じることとはイエスに出会うこと

 

さて、時代は2024年、場所は日本の喘息クリニックに帰ってきました。酸素ボンベを持っておられる患者さんが結構おられます。喘息を拗らせると体が酸素不足になって、在宅酸素療法を受けることになる場合があります。私も一時、在宅酸素療法になって外出時は酸素ボンベを持っていかなければなりませんでした。

主治医の適切な治療のお陰で在宅酸素療法を脱し、ロードバイクに乗れるまで回復しました。誠にありがたいことです。全ての喘息患者さんが良くなることを祈らざるを得ません。

 

さて、なんで私はイエスの弟子(末席中の末席)になったのだろう?

 

学生の時は電車通学でしたので、スマホなど存在しない時代でしたから、暇な電車内で本を読む機会が増えて乱読していました。

ある時、子ども向けの本であるミヒャイルエンデ「モモ」を読み、感銘を受けましたので、エンデが影響を受けたシュタイナーの「神智学」を読んでみました。しかし断定する記述ばかりで根拠が書いてないので全く理解ができず、途中でうっちゃらかしました。何も得るものがなかったです。

真実を求めて本を読むなら、科学書の方が有益でした。特に、量子力学から出てきた「超ひも理論」の方が面白く(理解したとは言ってない)、そちらに関するブルーバックスなんか読んでこの世はこういう仕組みなのかな〜なんとなくわかったような気になってましたね〜あくまでも興味の範囲ですからwww(´・∀・`)普く物質の正体は振動するヒモなんすよね〜

 

その後出てきた「神との対話」も読んでみましたが、これも根拠がない断定的な記述でしたので、理解ができず、途中でうっちゃらかしました。著者には申し訳ないですけど、私は、得るものは何もありませんでした。エビデンスがないんだもん。

 

聖書もエビデンスはないです。興味のない人からしたら延々と妄想を書き連ねているだけのものでしょう。ただし、聖書を読む中でイエス・キリストと出会う人がいるのです。旧約から新約にかけての長い長い内容の中で、イエスに出会って人はキリスト教を受け入れるのだと思います。パウロのようにイエスが現れるわけではありませんが、心の中で人はイエスに出会うのだと思います。

パウロの回心の記録は使徒行伝に書かれている物語であり、パウロ自身は「未熟児で生まれたも同然のような私の元にも現れてくださった」としか書いていませんし、実はパウロも心の中でイエスと出会ったのかもしれません。もしかすると、イエスの直弟子たちも復活したイエスと歴史的事実として出会ったのではなく、心の中で出会ったのかもしれませんね。

 

おしまい