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「二ノ宮さん、お加減はいかがでしょうか?」
今後の算段がついたところでようやく二ノ宮おじいちゃんのところへ行って声をかけると
「はあ……」
すっかり昨日までのあの軽快な冗談を飛ばす二ノ宮おじいちゃんとは別人になっていました。
「もう……気持ち悪くて……」
私が脳の病気かもしれないなどと言ってしまったことで、すっかり気持ちが弱くなってしまったように見えて、とても責任を感じたのですが……しかし、逆に言うとそれまでは痩せ我慢をして、無理にでも日本へ一緒に帰るために自分は大丈夫だと言い聞かせていたのだとも言えます。
「次にバスを止める時には病院ですから、もう少し頑張ってくださいね。でも、辛い時はいつでも呼んでください」
二ノ宮おじいちゃんとは通路を挟んだ隣に座っている三平おじいちゃんにもお願いして、私はバスの前方席へ移動しました。一番前の席にはひとみおばあちゃんの代わりにおいて行かれた中年おじさまが身を縮めて座っていました。
バスの運転手が急いでくれたお陰で1時間かからずに目的の病院に到着。2階建ての小さな病院でしたが、ともかく二ノ宮おじいちゃんには応急処置をした方が安心です。病院での通訳をするスタッフもすでに病院に到着していて、すぐにバスまで来てくれました。
「申し訳ありませんが、皆さんはこのまま車内で降りずにお待ち願います」
40名ほどのお客さんは皆、二ノ宮おじいちゃんに心配そうな視線を注ぎ、三平おじいちゃんを始め周りの人たちは口々に労いの言葉をかけました。二ノ宮おじいちゃんは周りの言葉に返事をする気力もないまま、よろよろと歩いてどうにかこうにかという感じでバスのステップを下りました。その先には病院の担架が用意されています。
ふと気が付くと、少し離れたところにあの添乗員さんのバスが停まっているのが見えました。そして、ひとみおばあちゃんがこちらへと歩いてくるのも目に入り、ようやく心の底からほっとするのを感じました。
病院での通訳と簡単に打ち合わせただけで、そこに滞在したのはほんの5分程度。待たせてばかりの他のお客さんたちのために、後ろ髪を引かれる思いで二ノ宮おじいちゃんを病院に残し、私たちはそこをバスで離れなければなりませんでした。
「ひとみさん、いつのまにあちらのバスに?」
「いつも私は遅れてしまうから、8時前に玄関で待っていたら、運転手さんが乗りなさいと言ってくれたので……」
あちらのバスのドライバーが自分たち以外には日本人団体がいないと勘違いして、親切心で早めにバスに乗せてくれたのでしょう。ひとみおばあちゃんにしてみればバスの色柄やドライバーの顔などはどれも同じように見えて区別がつかなかったのかもしれません。
可哀そうなほどに落ち込むひとみおばあちゃんを、私は責めるどころか逆に気にしないようにと慰めることしかできませんでした。
さて、その後は私がずっとひとみおばあちゃんのそばにくっついていましたので、問題なく二ノ宮おじいちゃん以外は全員揃って帰国し、無事ツアー解散となりました。
帰国後すぐに会社へ連絡し、改めて二ノ宮おじいちゃんの件を報告してその後の経過を聞くと、やはり脳梗塞だったためにしばらくは現地での入院生活になるとのこと。二ノ宮おじいちゃん自身は一人暮らしなので、緊急連絡先として登録されている息子さん家族のもとへ日本のオフィスよりすでに連絡をし、家族が現地へ向かうことになっているということでした。
「現地のスタッフに任せていますし、ローランさんはもう気になさらなくて大丈夫ですよ」
会社の担当者は明るい声でそう言ったのですが……。
私の心の中にはもやもやしたものが溜まっていて、いつまでも消えてくれませんでした。実際に一緒に居た添乗員の私が、ツアーが終わったからと言ってもう二ノ宮おじいちゃんに対して知らんふりだなんて、それで良いのだろうか?
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ハプニング連鎖ツアー自体はこれで終了したのですが、ここから二ノ宮おじいちゃんについては後日談があります。少し長くなりますので、それはまた次回書かせて頂きます。
長いお話を読んでくださってありがとうございました。また、何回も中断してすみませんでした(;^_^A