2LDKに住んでるのだけど、ひと部屋は物置になってた。
荷物の殆どが俺の本。
文庫、新書、雑誌、漫画、台本、辞書、参考書、etc...

使わない物をいつまでも置いておくから部屋が狭くなるし、今なんてこのひと部屋丸々有効に使えてないじゃないかと言う事で、昨日までは2日をかけて整理整頓。

将来、生徒を持って教える時が来た時の為に保管していた自分の習って来た教科書や台本類。まずはこれを全部捨てた。その時新たに用意すればいい。

そして辞書。中学時代から使っていた国語辞典や漢語林。英和も和英も全部段ボールに。年明けに捨てる。

文庫本。これらも捨てよう。幾つか。面白くなくて今後絶対に読まないと断言できる物は捨てる。これも段ボールに。

ここまでで大分減った。

そしてPC用ローテーブルと、今まで15年使ってた本棚の倍以上の容量のある本棚を購入。
昨日はバイクにETCをつけ終わった後、電動ドライバーも買って来てその組み立てで1日が終わった。

でもお陰で部屋の様相を見せ始めた。と言うか大体見えた。


そして夜。
ベッドに横になり、今年撮った写真で被っているものの整理も。iPhoneを弄って気に入らない写真はズバズバと消していく。

その中でやっぱり小町で手が止まってしまった。
最期の日、病院に連れていく前、もう最後になるからと2、3枚だけ撮ったもの。カートに小町をベッドごと乗せて、家を出る前、玄関で撮ったもの。勿論ちゃんと撮れない。アングルなんて決まらない。ただ小町がカートの中でグッタリしているのを撮っただけのもの。ほんとは撮る時間さえない中で、動きながら撮り殴った写真。

小町は一晩中鼻をズビズビやって肺に沸いた水を吐いて、下痢もおしっこも出るだけ垂れ流して、それでもカートの中でしっかり目を開いてた。朦朧としながらも目を閉じなかった。その小町の顔がiPhoneの画面に現れたら、もうダメだった。
その後病院に行く途中もちゃんと目を開いて街を見て一緒に歩いたのだけど、今まで笑ってばかりだった小町の写真の中にこんなに苦しそうな写真が混じっている事がやっぱりショックみたいだ。俺は。
最期の最期に真正面からもっと見てあげれば良かった。もっと見つめてあげれば良かった。

病院に連れてく用意と出てしまったウンチとおしっこの処理で朝はせかせかして、ちゃんと小町の顔を正面から見てあげられてなかったという事実が、テレビのドラマでも見てる様に、俯瞰視点の記憶として甦った。まだたった2ヶ月前なのに、あの朝の玄関までの記憶がすっかり抜け落ちていた。

胸が苦しい。苦しいなあ。
毎日毎朝、小町に線香をあげておやつとご飯をあげて、人間の言葉がわかる様になっている体で色々話しかけていて、その時は写真の中の小町は笑っているから大体楽しいのだけど。

忘れちゃいけなかった。
忘れてちゃいけなかったと思う。
あの顔さえ忘れないままでしっかり受け止めないと。

さて今日は、小町を連れて田舎に帰る。
少しだけ小町の骨を実家の庭に撒こうかな。

実は昨日、夢を見た。
その夢の中で小町をカートに乗せて線路沿いを散歩していたら、すぐ脇の金網の足元で、何やら大きな物をお尻から産もうとしてとても大きな声でギャン鳴きしているマルチーズを見た。
物が大きいから痛そうだけど、多分あれが出産なんだ。お腹の中で大きく育ち過ぎたみたいだからそりゃ痛いよな頑張れ!と思いながら見ていた所で目が覚めてしまった。

さては小町が何処かに生まれ変わったのかも知れないと、思った次第。2018年12月29日産まれのマルチーズ?他の犬種?を見つけたら、挨拶をしてみようと思う。



昨日のクリスマスイブは、小町にパスタとぶどうのジュースとケーキを食べさせた。
死んでるのだからタブーなんてないもんな。

どうも小町が逝って以来、気持ちが上がらない。
かと言って沈んでいるわけでもない。
仕事があればこなすし、まだ書けないけど一応主役もつい先週収録を終えた。あの現場は毎週楽しかった。ディレクターが真面目で静かでとても良い人だった。ああいう人は好きだ。

世間はすっかりクリスマスで、今、目の前にも大きなクリスマスツリーが電飾をキラキラと輝かせて立っている。

なんだか全部が別世界の出来事の様。

再び言うが沈んでいるわけではない。

この浮かれた世界は楽しいし、ショッピングモールで流れている、曲名の分からない洋楽だって心地の良いBGMになっている。

ただ小町が居ないのさ。

小町が生きていれば何かを感じられただろうに、その小町がもう居ない。

骨壷はまだ部屋にある。仏壇というには粗末だけど、仏具も揃えてある。
線香も水もご飯も毎日あげてる。

あの柔らかな毛と、小さな小さな尻尾の骨はペンダントに入れて常に身に付けている。

せめて1年。
自己満足に過ぎないけど、小町がうちに来てから丁度1年の2019年6月23日までは、人間の一通りのイベントとやらを見せてあげようと思ってる。

その内に俺は俺で進まなきゃならない。
声優をこなしつつ、少しずつでも動きたい。

心配事は他にあるけど、それはまだここに書くべき事では無い様な気がしてる。

..と。
取り敢えず近々の目標は、寅さん神社への参拝と、再びのお菓子断ちだな。うん。

思うのです。
お腹全体に癌が拡がって、お腹を丸められなかった小町。
前脚もろくに力が入らずそっとしか動かせなかった小町。

考えたら、痒いところもかけなかったんですよ。
2ヶ月以上。

そんなの、自分なら我慢できない。
頑張ってたんだなあいろんな事を我慢して我慢して。

本当に、小町を思う度に、彼女には尊敬の念しか浮かびません。
小町が夢に出てきたり出てこなかったり、
田舎の足利に毎週帰ったり。

この2週間はまともに働けもしない内に過ぎました。

で。
これから高速を使う事が多くなりそうなので、先ずはETCカードを申し込み。
本日審査が通ったとの事。
そしていざバイク用のETC機器を買いに行こうと思って2りんかんに行ったら、お高いんですね。
30000円は今すぐ出ません。諦めました。
今30000円を出して、それをペイできるくらいまで頻繁に高速を使うかといえば、答えはNO。
下道でも1時間プラスすれば帰れてしまうので、今すぐにはいらないなと判断しました。

いざとなれば高速出口でETCカードをおっさんに渡してやる....

そして、気分転換というか、高速での安定した走行、長距離運転で少しでも疲れない様に、グリップを変えました。樽型グリップに。
φは22って事だったので、そこだけ気を付けてグリップ購入。

人生初めてのグリップ交換で、大体グリップ交換なんて、おっさんがヒートハンドルにする為に交換作業をするくらいの認識でしたので。

全部、勢いでやりました。

先ずはグリップエンドをプラスドライバーで外し。
もう使わないから純正グリップはカッターで切り裂きました。力は全然いりません。後で再利用するつもりならゆっくりと引き抜かなければならないでしょうが、そうすると恐らく、果てしなく時間が掛かるのではないかと。
こちらはスロットル側。グリップ上部の縁に見える溝。スズキ車は、ここにハンドル側のカリを噛ませて、グリップが抜けない様にしている様でした。だからこちらは接着剤もありませんでした。
溝の拡大。
こんな感じで綺麗なもの。
プラスチック凸部に全部グリップポンドを塗って、新グリップを押し込む。こんな感じになりました。
左は接着剤固定だったので、ハンドルバーには接着剤の残りカスが。
これをパーツクリーナーで柔かくしながら400番の紙やすりでグリップをやすりがけし、綺麗に。綺麗になったら、ハンドル側にグリップポンドを軽く付け、押し込みました。
ボンドの量が多すぎると、こそげ取られて溢れちゃうので少量をエンド側へ。
で、こんな感じ。
こんな感じになりました。

ひとっ走りしてきましたが、掌の湾曲によくなじんで、力を入れずにスロットルが回せます。
楽ー。

交換作業時間は正味30分。簡単でした。左右のグリップがスロットルの直径分だけ穴の大きさが違うので、それを間違えない様に。

また交換したくなったらどんどんやれそう。

見ると、このブログを始めてから、ちょうど10年目だそうです。
だそうですって、自分の記事なんだけど。
 
日頃のあれやそれやを書くのは次第にTwitterに移行してしまったので、めっきり更新の回数は減りましたが、よく続いてる物です。

この4ヶ月の小町の記事みたいに、しっかり長く書きたい時はやっぱりブログだと思うし。

しかしノリが違う。バカでチャラかったんですね。チャらくしようとしてるのになりきれていないと言うか。

今も殆ど変わっていないけど、なーんにも考えていないことがよくわかる10年前の記事達。

若いって素晴らしい。
小町が逝ってまだひと月弱ですが。

まだまだ、小町の動画や写真を見返しては、涙ぐむ日が続いてます。でもそれでも、小町の楽しかった頃の写真を見て、笑える様にもなってきました。
毎日ご飯と水を変え、もちろんお線香をあげて、お話もしていますが、小町の反応の顔が、具体的には思い出されなくなってきました。思い出さなくなってきた、という方が正しいのかもしれませんが。
写真の中にだけ小町がいる様になるのでしょうね、こうやって。

でも、飼い主は多分みんな思う事でしょうが、やっぱり小町を見たい。小町と遊びたい。

そんな風にも思ってます。


それで今朝の事。

僕はギランバレーをやってからこっち、四年程平均睡眠時間が4〜5時間なんですが、たまーに。たまーに、寝入り端に、瞼を瞑っているのに周りが見える事があります。
あれ?これ俺目を開いてるのか?と自分で疑問に思って確かめても、確実に瞼は瞑っている事が。

え?ありますよね?うん、あるある。

で、どうせ周りが見えるのだから、動いてみようと思った訳です。

そして、なかなか動き辛いというか、動き方に慣れない中、やっとこさ小町の仏壇のあるリビングへ辿り着きました。

すると、小町が寝てました。

まだ歩ける頃、いつもおやつを欲しがる時に、僕らのテーブルの傍に来て尻尾を振ってたのですが、そこに、随分小さくなりましたが小町が居ました。

この、右に見えるテーブルの手前に。


うつ伏せに寝ていたので、恐らく曲がらなくなっていた左後ろ脚も曲がる様になってた様子。

小町も僕に気づいたのか少し顔を上げた様に見えましたが、なんせ、何故か大き目のネズミくらいに小さくなってたし、そもそも遠近感がおかしいというか視界が生の視界の感覚とは違ったので、どうも小町だけ遠くてよく見えず。小さくなったと感じたのは遠かったからなのかもしれません。

でも小町である事は確実に分かって、脚も痛くなさそうだしお腹も痛くなさそうだし、何よりベッドから出てリビングの真ん中まで来てた訳で、僕は安心しました。今は自由に動けてるみたいだって。

その瞬間僕にも限界が来てそのまま眠ってしまったので、小町との邂逅はこれで終わりですが、
これが今朝の出来事。

タイトル回収。

ま、どうせ夢なんでしょうけど、ちょっと次から、目を閉じてるのに見える時があったら、意識して動く様にしてみます。夢でも幽体離脱的な事ができたら面白いもんね。