突然、小町の遠吠え(4ヶ月でたった2回の激レア)を思い出すなど。
それも、「ああ、本能に従って遠吠えしたい!したい!していいのかな...!していい?...出ちゃう...!出...(控えめに)うおぅー...」
という何たる可愛さ加減。
声自体は男みたいに低いんだけども。
控えめなのかと思いきや、元気だった時は近くの会社の敷地や他人の家の庭に入りたがって、どんなに引っ張っても頑として動かず、動かせず、仕方なく抱っこしてそこを出るしかなかったくらいに強情で力もあったりして。
控えめで強情で、我慢強くて、分別があって。
頭のいい子だった。
まだ小町の事が頭から離れない。
ペンダントに入れていつも一緒なんだけどな。
ここ数年で、1番永い正月休みを取りました。
昨年は色々あり、前々回は書きませんでしたが年末には親父の怪我と病気も発覚し、母、兄貴と共に親父の看病をしてました(色々な事務手続き含め、兄貴は流石に長男で、テキパキとやるべき事をやっていたので、俺は手伝うだけでしたが)。
そして今日は、親父とは病室で別れ、帰宅。
俺は俺で捨てなきゃいけないもの、整理しなきゃいけないものが沢山あるはずなので、年始は暫くそれをしっかりやって、身の回りの整理整頓をします。
月末からはまた仕事のキープをいただいているので、それまでにやれる事はやる。
スッキリして仕事に向かいたいですな。
写真は足利の夕焼けと、量の多い外食...。
親父がどんなでも飯は食わなきゃなりませぬ。
頼んだら出てきたものは残さず食べなきゃ気が治まらない質なので、いつも通り肥りましたわ...。
ともあれ、明日からはまた東京のスピードに戻らないとね。
頑張ろ。
別に願望が無いわけじゃないのです。
バイク関係の仕事、犬関係の仕事、ナレーション、この辺りを増やして行きたい。
今迄は事務所に世話になってばかりだけど、
「自分で動く」
そんな頭の切り替えがありましたの。
そして役者である事だけに拘ってきたけど、どうでも良くなった。役者以外の仕事もしようと。特に犬関係で。勿論役者とナレーションの仕事が一番なのだけど、それだけじゃなくなったという事です。
大学の進路を決める時、最初は法政の社会福祉学科を希望してたのに、親父に駄目と言われ、結局商学部に入学した訳だけど、人でも動物でも、やっぱり福祉や介護に興味がある訳。
小町でそれがよく分かったのさ。
まあまあ、兎に角興味のある事はひとつひとつ実現に近づけていくという事です。
今まで役者として生きる事に拘るあまり、その他を捨ててきたから。
キャパシティ的に無理だったから自然とそうなったのかもしれないけど。
無理のある大きな動きは控えめに、慎ましくそちらに動いて行きます、という事です。
開けましたね。
昨年のことを振り返っておりました。
3月にペットを飼える部屋に引っ越し。
6月に小町を貰ってくる。
その間はありがたい事に、お仕事が止まらない。
小町を貰ってからもお仕事は途切れず、こなしていましたが小町の病気発覚。
看病で睡眠時間も余裕も全く無くなっていく中、それでも仕事は頂ける。
自分の病気も1つ発覚。悪くなるなら最悪失明もあり得る為手術が必要になる可能性が出る(だけどこれは現状、悪化する様子がないので一応様子見)。
それとは別に、蓄膿症も手術をしないと治らないレベルである事を再確認。
秋からは自分史上最高に苦しかったレギュラー現場。どうしてもお芝居が出来なかった。外画は駄目なんだなと思い知らされた。何をやっても駄目。
本気で声優をやめようと考えた。
その次のレギュラー現場は主役を演じさせて頂いたので、何とかこの気持ちも復活。
小町の死。いのちの尊さを知る。
とまあ、前半は良かったけど後半は何でこんなに悪い事が重なるんだというくらいに星の巡りが悪い。主役はいい事だったし嬉しかったけども。
しかしね、それでも時間は進むのです。
そういう巡りの時もあるんでしょう。
声優の仕事は頂ける物はちゃんとやる。
小さなやりたい事を細かく実現していく。
何かの占い的にも、0の年?らしいので地道に慎ましく生きようと思います。
2020年からはその0の年?が終わるらしいし!
あとダイエット。本格的にやらないとおっさん化が止まらない。いやじゃ。それはいやじゃ。
今年も宜しくお願いします。
2LDKに住んでるのだけど、ひと部屋は物置になってた。
荷物の殆どが俺の本。
文庫、新書、雑誌、漫画、台本、辞書、参考書、etc...
使わない物をいつまでも置いておくから部屋が狭くなるし、今なんてこのひと部屋丸々有効に使えてないじゃないかと言う事で、昨日までは2日をかけて整理整頓。
将来、生徒を持って教える時が来た時の為に保管していた自分の習って来た教科書や台本類。まずはこれを全部捨てた。その時新たに用意すればいい。
そして辞書。中学時代から使っていた国語辞典や漢語林。英和も和英も全部段ボールに。年明けに捨てる。
文庫本。これらも捨てよう。幾つか。面白くなくて今後絶対に読まないと断言できる物は捨てる。これも段ボールに。
ここまでで大分減った。
そしてPC用ローテーブルと、今まで15年使ってた本棚の倍以上の容量のある本棚を購入。
昨日はバイクにETCをつけ終わった後、電動ドライバーも買って来てその組み立てで1日が終わった。
でもお陰で部屋の様相を見せ始めた。と言うか大体見えた。
そして夜。
ベッドに横になり、今年撮った写真で被っているものの整理も。iPhoneを弄って気に入らない写真はズバズバと消していく。
その中でやっぱり小町で手が止まってしまった。
最期の日、病院に連れていく前、もう最後になるからと2、3枚だけ撮ったもの。カートに小町をベッドごと乗せて、家を出る前、玄関で撮ったもの。勿論ちゃんと撮れない。アングルなんて決まらない。ただ小町がカートの中でグッタリしているのを撮っただけのもの。ほんとは撮る時間さえない中で、動きながら撮り殴った写真。
小町は一晩中鼻をズビズビやって肺に沸いた水を吐いて、下痢もおしっこも出るだけ垂れ流して、それでもカートの中でしっかり目を開いてた。朦朧としながらも目を閉じなかった。その小町の顔がiPhoneの画面に現れたら、もうダメだった。
その後病院に行く途中もちゃんと目を開いて街を見て一緒に歩いたのだけど、今まで笑ってばかりだった小町の写真の中にこんなに苦しそうな写真が混じっている事がやっぱりショックみたいだ。俺は。
最期の最期に真正面からもっと見てあげれば良かった。もっと見つめてあげれば良かった。
病院に連れてく用意と出てしまったウンチとおしっこの処理で朝はせかせかして、ちゃんと小町の顔を正面から見てあげられてなかったという事実が、テレビのドラマでも見てる様に、俯瞰視点の記憶として甦った。まだたった2ヶ月前なのに、あの朝の玄関までの記憶がすっかり抜け落ちていた。
胸が苦しい。苦しいなあ。
毎日毎朝、小町に線香をあげておやつとご飯をあげて、人間の言葉がわかる様になっている体で色々話しかけていて、その時は写真の中の小町は笑っているから大体楽しいのだけど。
忘れちゃいけなかった。
忘れてちゃいけなかったと思う。
あの顔さえ忘れないままでしっかり受け止めないと。
さて今日は、小町を連れて田舎に帰る。
少しだけ小町の骨を実家の庭に撒こうかな。
実は昨日、夢を見た。
その夢の中で小町をカートに乗せて線路沿いを散歩していたら、すぐ脇の金網の足元で、何やら大きな物をお尻から産もうとしてとても大きな声でギャン鳴きしているマルチーズを見た。
物が大きいから痛そうだけど、多分あれが出産なんだ。お腹の中で大きく育ち過ぎたみたいだからそりゃ痛いよな頑張れ!と思いながら見ていた所で目が覚めてしまった。
さては小町が何処かに生まれ変わったのかも知れないと、思った次第。2018年12月29日産まれのマルチーズ?他の犬種?を見つけたら、挨拶をしてみようと思う。
昨日のクリスマスイブは、小町にパスタとぶどうのジュースとケーキを食べさせた。
死んでるのだからタブーなんてないもんな。
どうも小町が逝って以来、気持ちが上がらない。
かと言って沈んでいるわけでもない。
仕事があればこなすし、まだ書けないけど一応主役もつい先週収録を終えた。あの現場は毎週楽しかった。ディレクターが真面目で静かでとても良い人だった。ああいう人は好きだ。
世間はすっかりクリスマスで、今、目の前にも大きなクリスマスツリーが電飾をキラキラと輝かせて立っている。
なんだか全部が別世界の出来事の様。
再び言うが沈んでいるわけではない。
この浮かれた世界は楽しいし、ショッピングモールで流れている、曲名の分からない洋楽だって心地の良いBGMになっている。
ただ小町が居ないのさ。
小町が生きていれば何かを感じられただろうに、その小町がもう居ない。
骨壷はまだ部屋にある。仏壇というには粗末だけど、仏具も揃えてある。
線香も水もご飯も毎日あげてる。
あの柔らかな毛と、小さな小さな尻尾の骨はペンダントに入れて常に身に付けている。
せめて1年。
自己満足に過ぎないけど、小町がうちに来てから丁度1年の2019年6月23日までは、人間の一通りのイベントとやらを見せてあげようと思ってる。
その内に俺は俺で進まなきゃならない。
声優をこなしつつ、少しずつでも動きたい。
心配事は他にあるけど、それはまだここに書くべき事では無い様な気がしてる。
..と。
取り敢えず近々の目標は、寅さん神社への参拝と、再びのお菓子断ちだな。うん。









