これ見て。よく見て。

「サンドおむすび」

って書いてある。

そうですお米の板でザンギとキャベツをマヨをサンドしてあるんですわ。

普通に定食。

ザンギ丸々一個。

不味いわけがない。

お米の板が、板状のおかげか柔らかくて、ザンギの歯ごたえが前面に押し出されて、ああもう定食感満載。
大きなおにぎり。

ちょっとこれ、焼き豚にマヨネーズですよ。不味いわけがない。

ヤヴァス。

NewDaysの大きなおにぎりシリーズ。
一個で2個分の大きさ。
具もたっぷり。
海苔巻き系なのにご飯も柔らかく握ってあって顎が疲れない。

お腹空いたらこのシリーズ。
NewDaysのおにぎりにはまっているのは前にも書きました。

大手コンビニも挑戦してるけど、NewDaysの朝鮮の仕方は半端ないと思うんですよ。




もうしっかりばっちり梅。

これ炊き込み食べてるみたいで美味しかったなあ。

いいっすよ。おこわ。

定番。間違いない。小町も八雲も大好き。

これが大分の味かあ。

これも最早定番。これ系の肉が入ってるのは間違いない。

お上品なお味でございました。お寿司だよこれ。美味しい。

これもしっかりゴマ。

おにぎりと言えば海苔を巻くタイプのがこれまでの中心だったと思っんですが、最近裸おにぎりもかなり多いですね。

正直に言えば、NewDaysの海苔タイプは、ご飯が固い。お米が固いんじゃなくて、握りが硬め。
この点だけ言えば、軍配はセブンイレブンに上がっちゃう。

だけどこの裸シリーズは、ご飯の握りが柔らかくほぐれて顎の力を使わないくらいとても食べやすい。

で、ほぼ毎週に近いペースで新しいのが出てくるから、楽しみで仕方ない。どれも外れないんだもの。

こんにちは。宮下です。

2019/4/25、親父が死にました。
それから色々ありすぎまして。

5月頭には足の小指にヒビ。同時に筋も痛め、杖を突かないと歩けない感じに。
6月上旬まで痛みがあり続けましたが、まあ何とか。
そして、怪我をした2週間後くらいから、突然声が出なくなりました。本当に突然です。その日お昼過ぎくらいからなんかガラガラだなと思っていたら、夕方にはガラガラどころの話じゃなくなり。
5/20前後だったかな。
原因は声帯が炎症を起こした為、デキモノができた事。
医者からは出来るだけ声帯を使わない様御達しが。仕事にならないので事務所に連絡しました。

そしてこれを治める為に抗生物質を飲んでも10日程全く良くならず、遂には口内中に最大同時に6箇所、口内炎が出来る始末。

これも3週間ほど出来続け、ああ、舌の側面の口内炎が治らないから、ああこれは堀ちえみさんや小笠原早紀と同じく舌癌か、と諦め再受診。

その頃には声帯はほぼ回復していましたが、やはり一日中喋るのは出来ないくらいには弱っておりまして。様子見しながら水分を取っては喋る、の繰り返しで。

結局口内炎に関しては舌癌でもなく、単に抵抗力が落ちていただけ、という事らしく。

結局ひと月ちょっとほぼ声を出せていなかったので、思う様に声は出せず、リハビリにまた10日くらいかけた気がします。自分なりに。

で、6/25に仕事再開。海外アニメの収録に行ってきました。この日は何事もなく終わりましたが、
7/1に今度は突如40度の発熱。不思議な熱で、頭は結構スッキリしてるのです。インフルエンザかと思い夜間救急に行くと、ただの風邪だと断言されました。

結局解熱剤を貰い、翌7/2の収録に参加。この日はまだ38度ありましたが、当然このくらいで休む訳がなく、インフルエンザでもないのだから台詞の時以外はマスクをしながら、という事で対処。
収録が終わって7/5になってやっと36度台へ。そのままラジオCM収録へ。うまく出来ませんでした。後悔の残る収録になりました。

なんて2ヶ月を過ごしておりました。

今朝も何となく身体はだるいのですが、まあ何とか通常営業。のつもりです。

指は動くからTwitterなんかは寧ろマメにやってましたけどね。

去年の小町の死から数えて、父の死、自分の怪我や病気と、良くないことが半年以上続いているので、流石にマネージャーにもお祓いに行った方がいいんじゃないかと言われまして。

後輩ちゃんが調べてくれて、飯田橋の東京大神宮が宮下と相性が良いらしいので近々行ってみようと思っています。

そんな現状報告でした。
まだ喉は痛いです。
そして流石大殺界。

因みに、お世話になっている別事務所のマネージャーさんからは、それが「業」ですよと。

自分がやって来たことの因果応報。
まあ自分の奥底にある本性はクズそのものだというのは自覚してるのですが、そこまで悪い事をやって来たかな?と不思議です。
その本性を変えたくて色んな考え方を学んで実行して生きて来たので。でも、そこに足りない部分があったのだろうな、という事も何となく分からないでもなく。

まあそれこそ業です。

本性、というかクズの魂は変えられないんでしょうね。
でも、人間、自然に生きるのが一番だとも思っていますので、これ以上やると多分壊れるんでしょう。壊す必要があるのかもしれないけど、それは壊れた時に対処すればいいんじゃないかと(←この辺りが怠け者のクズ)。

去年の秋、保護犬の小町が癌で死にました。
自由になってからたった4ヶ月の命でした。

その翌月、父親に膵臓癌が発覚。
年末に一度退院しましたが、実家の玄関で転んで背骨と腰骨を圧迫骨折。
1/4からまた入院生活が始まりました。

そして2019/4/25 7:47a.m.

父親が死去しました。享年83歳と約3ヶ月。

最期の2日間ほぼ意識がなかったくらいで、起きたり寝たりを細かく繰り返しつつも、せん妄はありましたがボケもせず、よく頑張ったと思います。
痛みもあったはずですが、モルヒネも使用せず、本当によく頑張りました。この辺りは、さすが親父だなと思います。
12年前に腎不全で人工透析を始め、その末の死でした。

僕は前日4/24夕方にナレーションの仕事を終え、仮眠してから雨でしたがバイクで家を出発。
東北道を走り、足利に入った2:50a.m.、母から父がもうダメだから直接病院へ行ってくれと入電。
4/25 3:00a.m.に病院に到着。
その後、母も兄家族も到着。

父は恐らくその声を聞き、それから逝ったのだと思います。寂しがり屋の父らしく。

ワンマン社長で事務の母を怒鳴りつけていた姿が一番印象に残っているし、そんな父は大嫌いで、僕は絶対に恋人や妻を怒鳴りつける男にはならないと決めました。

今でも怒鳴るディレクターがいますが、そんな人は大嫌いです。そんなものでいい芝居は出ない。

しかし同時に僕には相当甘い父でした。
仕事は気持ちがこもり、適当な仕事はしない父だと、子供の目にも見えていました。

僕が単独行動が好きなのは、父の背中を見て来たからでしょう。良くも悪くも父の影響は強いのだと思います。

父の死に際して思うのは、人間の死というのは、遺族が悲しいとか寂しいとか感じるのは後回しであって、ただただ、本人が後悔のない人生だったと思えたかどうかが重要であるという事。
その死に様を見て、遺族が何を感じるか、が心が動くべき順番なのではないかと。

死に顔は本当に仏像の様でした。
安らかな死に顔でしたので、恐らく父は父の人生を全うしたのではないかと感じました。
ですから僕が掛けた言葉は、「良かったね。お疲れ様。ありがとう。」でした。

一応葬儀はすべて終わりました。
父も帰りたがっていた家に戻って来ました。

母が1人になるので、これからどうなるかが心配です。これまで以上に実家に帰る頻度は高くなると思います。


ひとつの生き物としての生の終焉を見ました。
物語を間近で見終えました。

それが父で良かったと思います。

有難うと、何度も言います。これからも。