south coast diaries -54ページ目

コピーライト

PhD論文の著作権がとれたらしく、こんなお達しが来ました。




sunshine from irvine









         




     



それって感じ悪いよ。

朝はなんとも後味の悪いカナダ(中学)時代の友人のメールをもらってしまった。


NYで弁護士をやってる友達に誘われて使っているLinkedIn という

プロフェッショナル用のSNSでその彼女とつながってたのだけれど

自分はSNSはやる気がない、メールでつながってればいいじゃない?

みたいなメッセージをいきなりもらったので、すごく感じが悪いと思った。


「最近どう?」とか「最近こうです」みたいなことが全く書かれてなくて、いきなり。


彼女から個人メールをもらったのなんて5年ぐらい前なのだけど

「メールでつながる」とか言われてもそれ「あなたのメルアドもってるだけでいい」の間違い?


そういえば1年ぐらい前にそのひとの苗字が変わってたので「結婚したのね、おめでとう」

みたいなメッセージを送ったのだけれどもそれが全然返事戻ってこなくて、

結婚式に呼ばなかったのを悪いとか思ってるのかしら?それは自意識過剰だよ?

と思うぐらいだったのだけどそのあたりからして感じ悪かったな、と思い出した。


SNSについてはひとりひとりにとって便利さとか利用方法とか全然違うものだし、

興味のあるひと、ないひと、いろいろあるとわかってるけども

彼女の場合別に招待メールを送ったわけではなかったので、面食らってしまった。

ブログとかSNSとかサイバーの可能性というのは海外にいるとすごくありがたいものなので

いきなりネガティヴなものを持ってこられると本当に残念だと思う。


SNSにはいってるくせにいきなり病的にSNSを嫌いになるひととかいるけど、あれ何?

SNSに対する気持ちが変わるのは別にいいけど、そのSNSをやってる他のひとに

失礼にならない形にするとかいうそういう配慮がまったく欠けるのはすごく不思議な現象だと思う。


別に静かにやめればいいじゃないの?


私も別に使わないからアカウント消したSNSはあるけど、別にやってるひとに嫌な思いは

させようと思わないし。


そうやって自分のサイバーのマナーがなってないから、病的に怖がるようになるんだよ。


世の中にはLAME なひとっていうのは本当に多いと思う。

しかも、失礼なことをしてくるひとっていうのは、当人が宇宙で一番LAMEなくせに、

一瞬、こちらのほうがLAMEなのか?と思わせる名人が多いと思う。


私は友達は大事にするほうだし、幼馴染でもそういうネガティヴさは願い下げだ、と思った。




ジュリーが教えてくれたこと

切なひとをなくしたとか夢が破れたとか

なにかとても悪いことが予期せずにあったりすると

ひとは驚きと悲しみの区別がつかなくなるのではないかな


予期できてたからってちっとも楽になるわけじゃないのに

じゃあ心の準備できてればOKと思いたがる

次に同じようなことが起こったときに「やっぱりね」と思えたからって

つらさ自体は実はまったく変わらないのに


つらいことが起きる時は起きるんだから

防備に入って大切なものをつくらないだけ夢を見ないだけ

どんどんちっちゃくてつまらないひとになってくだけ


最悪のパターンに備える必要なんてない、といいたいのではなくて

ただ最初から希望を捨ててしまうのはもったいないと思う

同じ苦しみなら悪いことが起こるまでの間は

猜疑心に苛まれながら生きるよりも希望を持って生きた方がいい


それで何かが変わるかもしれないから