1996年8月12日付のオリコン週間シングルランキングで好きな曲ベスト10 | …

i am so disapointed.

1996年の8月といえばオアシスのネブワース公演があり、後にこれがブリットポップのピークだったのではないか、などといわれるようになるのだが、今回はそんな頃の日本のメジャーなヒット曲、具体的にはオリコン週間シングルランキングの上位50曲の中から好きな10曲を選び、カウントダウンしながら当時の記憶などについて適当に書いていきたい。

 

10. SPARK/THE YELLOW MONKEY

 

バンド名は欧米人が日本人を蔑むニュアンスで用いていた蔑称のようなものと同じように思われるが、これが外国人から誉められたというようなことをメンバーがテレビで言っているのを見たような気がする。ロックではあるのだがどこか歌謡曲的なテイストがあり、そこがオリジナリティーで人気の要因の一つだったのかもしれない。まさにそれが主な理由で当時はそれほど好きではなかったというか、どちらかというと苦手だったような気がするのだが、BOØWYなどが大丈夫になったのとほぼ同じような感じで次第に受け入れられる、というか良さがなんとなく分かるようになっていったような気もする。

 

 

9. You're My Sunshine/安室奈美恵

 

小室哲哉サウンドというのはダンスミュージックとカラオケの要素を融合したようなものを意図していて、それが成功したなどともいわれているのだが、たとえば60年代のアメリカにおけるモータウンサウンドのように90年代の日本を象徴するようなものだったように思える。安室奈美恵においては、アムラーと呼ばれるワナビーズを生み出すなどストリートレベルでの影響を若者にあたえたという点も特筆すべきであろう。

 

 

8. LA・LA・LA LOVE SONG/久保田利伸 with ナオミ・キャンベル

 

久保田利伸は田原俊彦に「It's BAD」を提供するなどした後、1986年にデビューしたのだが、当時、「オールナイトフジ」のミニライブで見て、日本にもメインストリームでこういうソウル/R&B的な音楽をやるアーティストが出てきたのかと軽く衝撃を受け、デビューアルバム「SHAKE IT PARADISE」を買いに行った記憶がある。その後、順当にメジャー化し、テレビドラマ「ロングバケーション」の主題歌であるこの曲ではオリコン週間シングルランキングの1位に初めて輝いた。モデルのナオミ・キャンベルとは当時、ニューヨークの同じマンションに住んでいたことがきっかけでコラボレーションに至ったようだ。

 

 

7. イージュー★ライダー/奥田民生

 

ユニコーン解散後、ソロアーティストとしてのキャリアを順調に重ねていた奥田民生のヒットシングル。タイトルの「イージュー」は30を意味する「E10」から取られている(このシングルのリリース時、奥田民生は31歳になったばかりであった)。フィールグッドなロックチューンであり、「名曲をテープに吹き込んで」と歌詞にあることから、当時の録音メディアとしてはまだまだカセットテープが主流であったことが思い出される。

 

 

6. 青いイナズマ/SMAP

 

当時、実は日本のポップ・ミュージックでいま最もカッコいいのはSMAPなのではないかというような話もあったような気がするのだが、それまでのジャニーズ事務所所属アイドルとはその辺りが明らかに違っていたという印象が強い。林田健司が1994年にリリースしたシングルのカバー曲であり、森且行がオートレース選手になるため脱退し、5人体制になってから初めてのシングルであった。

 

5. 愛の言霊~Spiritual Message~/サザンオールスターズ

 

サザンオールスターズのCDを最後に買ったのは1990年の「真夏の果実」だったと思うのだが、その後は国民的人気バンドという感じで圧倒的な人気を誇っていることを認識している程度であった。当時、広告代理店で仕事をしていて、帰宅するのが23時以降ということも少なくはなかったのだが、テレビ神奈川の「ミュージックトマトJAPAN」を見ていると、この曲のビデオが流れたのだった。すでにベテランの域に達しているというのに、ラップや民族音楽的な要素を取り入れるなど、いろいろ実験的なことをやっていてやはりすごいな、というようなことを感じた記憶がある。

 

 

4. アジアの純真/PUFFY

 

元TM NETWORKの小室哲哉がプロデューサーとして成功したことが影響してか、アーティストがプロデューサーをやるケースが増えたような気がするのだが、その上手くいった例の一つが奥田民生がプロデュースしたPUFFYだったのではないだろうか。大貫亜美と吉村由美の2人組が醸し出す自然体なムードは当時の大衆が求めているものに合致していたようにも思え、圧倒的な支持を得ることになるのだが、このデビューシングルにおいては井上陽水によるナンセンスな歌詞も大きな魅力となっている。

 

 

3. 愛の才能/川本真琴

 

この曲にも当時のアーティストによるプロデューサーブームの一環という印象が強く、作曲・編曲・プロデュースは岡村靖幸である。宮台真司「制服少女たちの選択」が出版されたのはこの2年前だが、女子高校生などがかかえがちな10代の苦悩と好奇心のようなものがテーマとなっていながら、それに対する時代の欲望にも応えたようなところもある素晴らしいポップソングである。

 

2. Swallowtail Butterfly~あいのうた~/YEN TOWN BAND

 

岩井俊二監督による映画「スワロウテイル」に登場する架空のバンドによるシングルで、リードボーカルは主演したCHARAである。オリコン週間シングルランキングで1位に輝き、デビューしてからずっとユニークなボーカルやポップ感覚が評価され続けていたCHARAにとっても、一般大衆的なブレイクのきっかけになった曲である。

 

 

1. 情熱/UA

 

日本におけるクラブ・ミュージックは一部の音楽ファンによって育まれてはいたが、まだまだ一般大衆には閉じられている印象もあったのだが、この曲にはより幅広い層の人々にアピールしそうな強度が感じられた。たとえば私がこの曲を初めて良いなと認識したのは、下北沢のコンビニエンスストア店内でだったのだが、その後、たまたま聴いていたラジオ番組で小泉今日子がこの曲を口ずさんでいたりもした。オリコン週間シングルランキングでの最高位は18位だが、体感的にはそれ以上の価値があったように思え、このスマッシュヒットが翌々年のMISIA「つつみ込むように...」、宇多田ヒカル「Automatic」のヒットやJ-POPのR&B化にある程度は影響をあたえたような気もする。