近頃、諸事情により長文ブログ書く余裕がほとんどナッシング(1,200字ぐらいのやつならとある媒体向けに書いたような気がするが)、という訳で今回もこれで5回分ぐらいは何とか埋められそうなので、1981年の洋楽ソングベスト50を1回につき10曲ずつやっていきたい。この年、私は中学生で、初めて本格的に全米ヒット・チャートを追いかけはじめた。あれからまさか40年間もポップ・ミュージックを好きでい続けるとは思っていなかった。その間に趣味や嗜好は変わっているところと変わっていないところがあると思うのだが、とりあえず40年後の現時点の感覚で選んだり順位を付けたりしてみたのだ。あと、対象としたのはヒットしたり私が個人的に知った年ではなく、あくまでリリースされた年が1981年の楽曲に限定した。
50. Physical - Olivia Newton-John
全米シングル・チャート10週連続1位は、この時点では歴代最長タイ記録だったはずである。おかげでフォリナー「ガール・ライク・ユー」は10週連続2位だったが、結局、1位にはなれなかった。ちなみにこの曲の前の1位がダリル・ホール&ジョン・オーツ「プライベート・アイズ」で、次が同じく「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」だった。それはそうとして、オリビア・ニュートン・ジョンは70年代半ばに日本でも清純派カントリー歌手のようなイメージで「カントリー・ホーム」「ジョリーン」などをヒットさせていたはず。70年代後半にはジョン・トラヴォルタと共演した映画「グリース」とそのサントラが大ヒット、それでこの曲ではセクシー路線と当時のアメリカのフィットネスブームにもハマったのか、大ヒットを記録したのであった。
49. Controversy - Prince
評論家受けはしていたのだが、コマーシャル的にはいまひとつだった頃のプリンスだったが、この曲は「戦慄の貴公子」という邦題のアルバムに収録されていたシングル。確かにクセが強すぎるというか時代の何歩も先を行っているという気がしなくもないが、それでも全米シングル・チャートで最高70位にはランクインしていたようである。
48. Super Freak - Rick James
80年代モータウンを代表するヒット曲であり、後にM.C.ハマー「U・キャント・タッチ・ディス」のサンプリングネタとしても知られるようになる。
47. Slow Hand - Pointer Sisters
ポインター・シスターズにとって初の全米トップ10ヒット。AOR/ブラック・コンテンポラリーを好むコンサバティブな女子大生にも受けそうな曲で、とても良い。
46. Stop Draggin' My Heart Around - Stevie Nicks & Tom Petty & The Heartbreakers
フリートウッド・マックのスティーヴィー・ニックスがリリースしたソロ・アルバム「麗しのベラ・ドンナ」からのシングル・カットで、邦題は「嘆きの天使」。「ミュージック・マガジン」の中村とうようが大嫌いだったトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとの共演で、全米シングル・チャートで最高3位を記録した。
45. Urgent - Foreigner
イギリスではシンセ・ポップ、アメリカでは産業ロックが流行っていて、MTVが開局したこの年の時点では、かなり違いが見られた印象がある。フォリナーの大ヒット・アルバム「4」からの先行となるこの曲は産業ロックとはいえ、わりとダンサブルな感じもあり、途中で入るサックスも最高である。
44. Down Under - Men At Work
実際には83年のはじめぐらいに全米で大ヒットしていた印象があり、81年という感じはあまりしないような気もするが、実際に初めてリリースされたのはこの年だということである。オーストラリア出身のとてもユニークなバンドであり、どこかとぼけたような感じもとても良かった。
43. Rock This Town -Stray Cats
ロカビリー・ブームというのも一部ではひじょうに盛り上がっていて、その象徴的なバンドがストレイ・キャッツであった。アメリカではイギリスや日本に比べ、少し遅れてブレイクしたような印象がある。「ロック・タウンは恋の街」という邦題もなんとなくカッコよかった。
42. Let's Groove - Earth Wind & Fire
ディスコ・ブームの頃から日本でも大人気だったEW&Fだが、この曲ではボコーダーのようなものが用いられたりもして、テクノ移行を感じさせるようなところもあった。
41. All Those Years Ago - George Harrison
ジョン・レノンが凶弾に倒れたのはこの前の年の12月だったが、この曲は同じくビートルズのメンバーだったジョージ・ハリスンが過去を回想したような内容で、邦題は「過ぎ去りし日々」であった。全米シングル・チャートでは、最高2位を記録している。