30. 悲しい歌/ピチカート・ファイヴ (1995)
愛はすでに失われてしまい、けして二度と戻ることがないという厳然たる事実について歌われている。あくまで個人的な関係性がテーマになってはいるのだが、いま聴くと、たとえばピチカート・ファイヴのような豊かな音楽がその気分を象徴する音楽として消費されていた時代について歌われているようにも思えなくない。
29. スロウライダー/サニーデイ・サービス (1999)
この曲と深田恭子「イージーライダー」はほぼ同時期にリリースされていて、いずれもタイトルに「ライダー」が入り、ここではないどこかを指向している曲として記憶されている。ミュージックビデオで演奏するサニーデイ・サービスを見つめているあの女の子達が、いまもこの街のどこかにいる(のだろうか)。
28. HONEY/L'Arc~en~Ciel (1998)
バンドとしてひじょうに勢いがあり、シングル3作同時発売したうちの1つで、初のミリオンセラーを記録した。潔いまでにシンプルなロック・チューンで、ポップスとしての強度もすさまじい。
27. 愛の才能/川本真琴 (1996)
川本真琴のデビュー・シングルで、自身が作詞、岡村靖幸が作曲・編曲している。ティーンエイジャーの好奇心とあやうさのようなものが、バブル崩壊以降やポケベル・携帯電話の普及、親子関係の希薄化といった時代背景をも連想させるかたちでパッケージされているようにも感じられる。
26. 花火/aiko (1999)
メジャー3作目のシングルで、初のトップ10ヒット。夏の星座にぶら下がって上から花火を見下ろすというスペクタクルなシチュエーションは、忙しくなって毎年行っていた花火大会に行けなくなったaikoの願望を表現したものだという。切なくも苦しい恋の気分をハイクオリティーなポップソングというフォーマットで表現し続けるaikoの才能が世間に知れ渡るきっかけとなった曲。
25. ズルい女/シャ乱Q (1995)
ディスコ・ポップ的な楽曲でありながら、ムード歌謡を彷彿とさせるボーカルとそこはかとなく漂う水商売的な雰囲気というとても不思議な楽曲である。オリコン週間シングルランキングでは最高2位、145万枚を売り上げる大ヒットとなった。「今田耕司のシブヤ系うらりんご」のエンディングテーマに、一時期使われていた。
24. チェリー/スピッツ (1996)
何のギミックもない、ただただとても良い楽曲を演奏するロックバンドがヒット曲を出し続けるというだけでも、スピッツの存在というのは衝撃的であった。たとえば当時は実はまだ結構存在していたような気がする、基本的には洋楽しか聴かないようなタイプの音楽ファンが聴いてもけして嫌ではない、というかむしろ好ましく、それでいてメインストリームのJ-POPとしてもしっかり優れているというタイプの音楽というのはわりと珍しかったのではないだろうか。この曲などはその最たるものでもあるという印象なのだが、「”愛してる”の響きだけで 強くなれる気がしたよ」というようなフレーズがとにかく最強すぎる。
23. N.O./電気グルーヴ (1994)
サウンドはテクノでありながら、どこか侘しさを感じさせる歌詞がとても良い。元々は石野卓球が以前に組んでいたバンド、人生が解散した当時の心情をテーマにした楽曲であり、タイトルはイギリスのバンド、ニュー・オーダーの略だという。まったくの余談だが、私は歌詞に登場する「カーテン」という単語を長らく「家電」だと思い込んで聴いていた(実際に家電が何も置かれていない白い壁の部屋をイメージして聴いていた)。
22. 透明少女/NUMBER GIRL (1999)
福岡出身のオルタナティヴ・ロック・バンドだが、バンド名はビートルズとニール・ヤングの曲名から取られている。この曲はメジャーデビューシングルで、オリコン週間シングルランキングでは最高85位を記録した。海外のオルタナティヴ・ロックから影響を受けながらも明確なオリジナリティーが感じられ、その後の日本のロック・バンドに強い影響をあたえていったように思える。
21. ある光/小沢健二 (1997)
フリッパーズ・ギター解散後、「渋谷系」の王子様期、それ以降も音楽的な変遷を経た後にシングルのみでリリースされた曲。母方の祖父である下河辺孫一に捧げられた曲で、歌詞にあるようにジョン・F・ケネディ国際空港に着いた時に思いついたといわれている。「神様はいると思った 僕のアーバン・ブルーズへの貢献」といったセリフも印象的な、素晴らしい楽曲。
