マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「イズント・エニシング」とか「ラヴレス」とか「ep's 1988-1991 and rare tracks」などは確か以前、ストリーミング配信で聴くことができたのだが、いつの間にか聴けなくなり、つい最近また聴けることになった。純粋にとても良いこと。良い要素しかない。
先日、引っ越しをした時にまたしても大量のCDを処分したのだが、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「ラヴレス」と「イズント・エニシング」はそのまま持ってきた。「ユー・メイド・ミー・リアライズ」のシングルはかなり以前からデータでしか持っていない。しかし、結局、曲単位だと「ユー・メイド・ミー・リアライズ」がダントツで圧倒的に好きだな、と思わされる。
とはいえ、このシングルがリリースされた1988年、私はインディー・ロックなどというジャンルは滅びゆく運命にある過去の音楽だと思っていて、もうすでにほとんどまともに聴いてはいなかった。なので、この「ユー・メイド・ミー・リアライズ」という曲を初めて聴いたのもずっと後になってからである。「イズント・エニシング」ですらリアルタイムでは聴いていない。「ラヴレス」の頃はまたインディー・ロックを聴くようになっていたのでCDを買ったし、そのあまりにもユニークな音楽性に驚かされていた。しかし、初めてマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのCDを買ったのは、その少し前の「トレモロ」というEPだ。「ラヴレス」にも収録された「トゥ・ヒア・ノウズ・ホエン」が入っていた訳だが、ひじょうにアブストラクトかつ耽美的であり、いわゆるインディー・ロックのシングルとしてもひじょうに独特であった。
「ラヴレス」はマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの2作目のアルバムだったのだが、中心人物のケヴィン・シールズが完璧主義すぎてなかなか完成に至らず、制作費が予算を大幅にオーバーしている、というような話題は音楽雑誌などでも取り上げられていたような気がする。これによって、クリエイション・レコーズは倒産しかけたとか、そういう話もあったのではないだろうか。
「ラヴレス」には当時、「愛なき世代」という邦題がつけられていて、ニルヴァーナ「ネヴァーマインド」、プライマル・スクリーム「スクリーマデリカ」、ティーンエイジ・ファンクラブ「バンドワゴネスク」、セイント・エティエンヌ「フォックスベース・アルファ」、フリッパーズ・ギター「ヘッド博士の世界塔」などと同じ1991年にリリースされた。
ベクトルは様々ではあったものの、ノイジーなサウンドが受けているような傾向はあった。「ロッキング・オン」が殺伐系などと呼んでいたラウドでヘヴィーなUSインディー・ロックからはソニック・ユース、ダイナソーJr.、ピクシーズなどのブレイクを経て、ニルヴァーナ「ネヴァーマインド」がリリースされる訳だが、これがマイケル・ジャクソンやガンズ・アンド・ローゼズやU2の最新アルバムとチャートで争うほどのメインストリームでの大ヒットを記録し、ポップ・ミュージックの歴史上、ひじょうに重要な役割を果たす。この年にリリースされたピクシーズのアルバム「世界を騙せ」がよりラウドなサウンドだったり、パブリック・エナミーとアンスラックスが「ブリング・ザ・ノイズ」で競演したり、メタリカの通称ブラック・アルバムがより幅広い層にアピールしたりということが起こってもいた。ヘヴィー・メタルやハード・ロックが基本的には苦手だったはずの私までもが、メタリカのアルバムを喜んで聴いていたのだから相当なものである。
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「ラヴレス」もまた、ノイジーといえばノイジーなところもあるのだが、そのベクトルが他とは明らかに違っていて、ノイジーなのだが耽美的だという、ひじょうに不思議な音楽性を実現していた。そういった実験的なところはもちろんあるのだが、どこかポップ感覚も備わっていて、まったくとっつきにくくはない、というのがまたとても良かった。
「ラヴレス」の最後に収録された「スーン」は1990年にリリースされたEP「グライダー」に入っていたのだが、ダンス・ビートが導入されていて、当時、流行していたインディー・ダンスのようなものとも共通するものを感じさせる。
この前のアルバム「イズント・エニシング」は六本木WAVEのバーゲンでアナログ盤を買ったのだが、やはりノイジーで耽美的であり、無感覚になりたい時などによく没入して聴いていた。1992年のクリスマスイブもまさにそうであり、気がつくと部屋の中は電気ストーブのオレンジ色だけが鈍く光る夕暮れであり、そろそろ出かけなければいけなかった。待ち合わせは新宿スタジオアルタにあったCISCOで、白いセーターを着てきた彼女は闇から救い出してくれる天使ではないかと思った。
2013年にリリースされた「m b v」は、これまでストリーミング配信されたことがなかったのではないだろうか。おそらく今回が初めてである。
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインはいろいろと神格化されているようなところもあり、取っつきにくく感じられかねないかもしれないのだが、実際にはけしてそんなこともないので、これを機会にもっとライトでカジュアルに聴かれるようになると良いな,と感じる。
