「私をスキーに連れてって」について。 | …

i am so disappointed.

映画「私をスキーに連れてって」が公開されたのは、1987年11月21日だという。日本はおそらくひじょうに景気が良かった時期である。当時、渋谷の映画館で平日に観た覚えがある。この頃、通学していたのはまだ厚木キャンパスだったため、これを観るためにわざわざ渋谷まで行ったものと思われる。同時上映は時任三郎が主演した「永遠の1/2」であり、これもちゃんと観た。佐藤正午の原作小説も読んでいたはずなのだが、いまやよく覚えていない。

 

当時、「私をスキーに連れてって」をとても楽しく観ることができたのだが、しばらく経ってからDVDも購入した。昔を懐かしむことがメインの目的ではあったのだが、実は娯楽映画としてわりとしっかりもしているため、時代が変わっても楽しむことができるな、とも思ったのであった。

 

当初、この映画には「冬の恋人たち’87」という仮のタイトルが付けられていたようなのだが、このエピソードを話すと、大抵の人々は北海道土産でおなじみ、石屋製菓の「白い恋人」を連想するようだ。しかし、これはおそらく1968年の冬季オリンピックを撮影したフランス映画「白い恋人たち」をイメージしたものであろう。フランシス・レイによるテーマソングは、雪景色のBGMとしては定番だったような印象もあるのだが、どうなのだろうか。

 

それはそうとして、原田知世である。薬師丸ひろ子、渡辺典子と共に「角川三人娘」などとも呼ばれ、ひじょうに人気があった。レコードデビューは1982年7月5日発売の「悲しいくらいほんとの話」によってなのだが、「花の82年組」として語られることはほとんど無いように思える。この曲はオリコン週間シングルランキングで最高41位、次の「ときめきのアクシデント」が67位とそれほどヒットはしていなかった。その翌年の主演映画「時をかける少女」の主題歌が最高2位となり、大ブレイクを果たしたのであった。その後にリリースされ、これもまた最高2位を記録した「バースデイ・アルバム」には、この「時をかける少女」の他に、「守ってあげたい」のカバーや「ダンデライオン~遅咲きのタンポポ」など、松任谷由実による楽曲が計4曲も収録されていた。個人的には大貫妙子が作詞、作曲した「地下鉄のザジ」のリセ感覚が特に好きだった。

 

原田知世はその後も角川映画に主演して、主題歌をヒットさせ続けたのだが、角川事務所から独立し、ショーン・ハラダを立ち上げてから最初の出演作品が「私をスキーに連れてって」であった。角川事務所との契約が3月いっぱいまで残っていたこともあり、スキー場を主な舞台とした映画にもかかわらず、原田知世が撮影に参加できたのは4月になってからだったという。最悪の場合、ニュージーランドでロケをすることも考えられていたようなのだが、雪がよく降ってくれたために国内だけでの撮影で済んだようである。

 

この映画には松任谷由実の楽曲が多く使われているが、それを提案したのは主演の原田知世だったという。たとえば、「恋人はサンタクロース」という曲はいまや山下達郎「クリスマス・イブ」などと並び、日本のクリスマスの定番ソングと化しているような印象を受けるが、1980年のアルバム「SURF&SNOW」がより広く知れ渡ったのは、この映画によってだったような気もする。

 

三上博史はこの頃まで役者として思うように活動できていなく、住んでいた部屋の壁に台本を投げつけるような日々だったらしい。私は1986年の夏休みに、札幌の映画館で三上博史の主演映画「ビリィ★ザ★キッドの新しい夜明け」を観ていた。高橋源一郎のポストモダン小説を原案としていて、パルコが配給を行った最初の作品であった。その後、フジテレビのトレンディードラマやハウス食品の激辛カレー「カリー・ザ・ホット」のCMなどで人気を博すようになる。テレビドラマ「君が嘘をついた」では、「私をスキーに連れてって」でも共演した布施博とも絶妙なコンビネーションを見せていた。このドラマは、音楽アーティストの大江千里やおニャン子クラブ(その前はセブンティーン・クラブ)のアイドル歌手、工藤静香が重要な役で出演していることでも話題になっていたような気がする。

 

布施博といえば、油揚げもかき揚げも入ったカップうどんかそばのようなもののテレビCMに出演していて、「まだお揚げだけでいいのかな?」などと言っていた印象がひじょうに強い。

 

あと、「私をスキーに連れてって」で三上博史が東京に戻ってきてから、スキー場で聞いた原田知世の電話番号に電話をかけるのだが、それが嘘の番号でつながらないというシーンで、布施博が簡易なサンプラー機能が付いたキーボードを弾くのだが、あれに似たものを当時、私も持っていてよく遊んでいた記憶がある。

 

私は北海道出身であるため、子供の頃から日常的にスキーをするような環境で育ってきた。高校を卒業してから東京で一人暮らしをはじめたのだが、その翌年の春、仲間たちとスキーに行こうということになった。お茶の水のビクトリアで気合いを入れてウェアを選んだり、新宿から深夜バスに乗って行ったりと、たかだかスキーごときのためにこんなにも大袈裟なのをなんだか奇異にも感じたものだったが、近場に雪山など無いのだからそれも当然である。

 

「私をスキーに連れてって」のオープニング辺りで、原田知世と鳥越マリがやはり深夜バスでスキー場に向かうのだが、そこにはあの時の感じが記録されているようにも思えた。おそらく六本木の明治屋あたりが映っているのもとても良い。六本木といえば、日産ショールームだとか俳優座だとかが出てくるのも、個人的にはうれしい。

 

監督の馬場康夫はホイチョイ・プロダクションで、これが最初の映画だったようなのだが、直前までは会社員だったらしい。

 

この映画のヒットによってスキーブームが盛り上がったかのようにいわれることもあるような気もするのだが、この時点でスキーは安定して人気の高い若者のレジャーだったような印象もある。その後、ゲレンデの主役はスキーからスノーボードに変わっていくのだが、私が初めてスノーボードのことを知ったのは1992年あたりで、六本木で再会した友人に誘われた時であった。

 

新潟を拠点として活動するアイドルグループ、Negiccoが後にスキー場の近くにあるリゾートホテルでのライブのタイトルを「私をネギーに連れてって」にして、ポスターも絶妙にパロディー化しているのはなかなか良いものである(ちなみに、松任谷由実「SURF&SNOW」にインスパイアされたと思われる「Rice&Snow」というアルバムもあって、もちろん地元、新潟の名物である米と雪をあらわしたものだと思われる)。

 

それはそうとして、今年もまた観たのだが、やはりとても好きだなとしか言いようがなく、おそらくこれからも冬が近づくたびに観るのだろうな、という気分でいっぱいである。