2005年10月29日付の全英シングル・チャートで前週までのシュガーベイブス「プッシュ・ザ・ボタンズ」に変わって初登場で1位に輝いたのは、これがデビュー・シングルとなる新人バンド、アークティック・モンキーズの「アイ・ベット・ユー・ルック・グッド・オン・ザ・ダンスフロア」であった。
長いタイトルである。このブログ記事のタイトルに入れられる文字数制限にもギリギリであり、最後にいつも付けている「。」を省略せざるをえなかった。
それはまあ良いのだが、今から15年前、2005年の時点でドラムス、ベース、ギター、ボーカルといった編成によるロック・ミュージックはすでにヒット・チャートの主流ではなかった。それだけにこの飾り気のないインディー・ロック・チューン、しかも新人バンドのデビュー・シングルが1位になったことには大きなインパクトがあった。
この曲のミュージックビデオはとてもシンプルなスタジオライブで、実際に撮影時の生演奏が収録されている。ボーカルのアレックス・ターナーがバンド名と曲名を告げ、「ハイプを信じるな(Don't believe the hype)」と言った後に演奏がはじまる。パブリック・エナミーの曲で有名になったようにも思えるこのフレーズだが、「ハイプ」とはまやかしとか誇大広告というような意味である。新人バンドにもかかわらず、デビュー・シングルが発売される前からアークティック・モンキーズは注目をあつめていて、一般的には「ハイプ」だと思われても仕方がないような状況であった。
しかし、これはよくいわれる大手レーベルや芸能事務所などが金や権力にものをいわせて強引に売り込んだ結果というのは、まったく違った。むしろそれとは真逆であり、ライブで無料配布していたCDの音源がインターネットでシェアされるなどして、草の根的に人気が広がっていったのである。インターネットの力によってメジャーになった最初のバンドだといわれることもある。
この曲のミュージックビデオはもちろん15年前に制作されたものだが、当時にしてみてもどこかレトロな印象をあたえる内容であった。あまりにも飾り気がない、シンプルなスタジオライブである。それだけ楽曲と演奏で勝負するのだという姿勢を反映したものでもあるのだろうが、狙って撮られたものだとはいえるだろう。というのも、このビデオは70年代から80年代にかけて放送されていたBBCのテレビ番組「オールド・グレイ・ホイッスル・テスト」をイメージしたもので、撮影にはあえて古いビデオカメラが用いられていたのだという。
しかし、これがよくあるノスタルジックなパロディーのような雰囲気にはならず、まさにこれこそが現在のポップだという印象をあたえたのは、バンドの存在感と楽曲や演奏の強さゆえであろう。このようなタイプのロック・ミュージックがメインストリームだった「オールド・グレイ・ホイッスル・テスト」の時代を雰囲気だけ真似るのではなく、たとえば当時、この番組に出演していたザ・ジャムでもザ・スミスでもいいのだが、そのようなバンドにも匹敵するぐらいのものを見せつけることによって、感覚そのものを甦らせるという、そういったことが起こっていたようにも思える。
アークティック・モンキーズはこの曲を含むデビュー・アルバム「ホワットエヴァー・ピープル・セイ・アイ・アム、ザッツ・ホワット・アイム・ノット」をリリースし、全英アルバム・チャートで初登場1位を記録したばかりか、その時点で史上最も速く売れたデビュー・アルバムにもなった。商業的に成功しているだけではなく、批評家やアーティストからの評価も上々であった。ロックの初期衝動的な魅力もありながら、優れた英国産ギター・ロックの歴史も継承しているような奥深さもあった。アルバムタイトルはイギリスの労働階級文学、アラン・シリトーの「土曜の夜と日曜の朝」を原作とする映画のセリフから取られている。
そう考えると、このバンドにとって最初のヒット曲がまるで週末のダンスフロアを舞台にしているようなことにも納得がいく。
歌詞に「君の名前はリオじゃないけど、僕は砂のことは気にしない」というようなフレーズがあるが、これはデュラン・デュランの1982年のヒット曲「リオ」で、ヒロインが砂まみれだったことに対する言及だと思われる。「エレクトロ・ポップで踊る、まるで1984年からのロボットのように、そう、1984年からの」というようなフレーズがあり、やはり80年代のエレポップのことなのかと思いきや、この1984というのはアレックス・ターナーがアークティック・モンキーズを結成する以前に一緒にバンドをやっていて、レヴァランド&ザ・メイカーズでも活動していたジョン・マックルーラのバンド名が1984だったらしい。これは、ジョージ・オーウェルの小説「1984年」に由来しているという。ちなみに、「ホワットエヴァー・ピープル・セイ・アイ・アム、ザッツ・ホワット・アイム・ノット」のジャケット写真で煙草を吸っている人物は、ジョン・マックルーラの兄、クリスらしい。
かと思えば、この一夜の出来事はけして純愛などではない、というような例えにシェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」から、モンタギュー家とキャピュレット家の名前が引用されたりもする。インディー・ロック、しかも全英NO.1ヒット曲の歌詞としても、ひじょうにユニークだったわけである。
イギリスでは90年代半ばに、オアシス、ブラー、パルプなどを中心とするブリットポップ・ムーヴメントが起こり、インディー・ロックがメインストリームのヒット曲にもなった。そのブームが下火になってからは、レディオヘッドやザ・ヴァーヴといった、よりシリアスなバンドが人気をあつめた。アメリカで流行していたラップとメタルをかけ合わせたような音楽がイギリスの若者にも受け、一方、イギリスではコールドプレイやトラヴィスといった、オーセンティックなタイプのロック・バンドに人気があった。
個人的にもあまり聴くものがなくなっていた時期だったのだが、2001年にザ・ストロークスの「イズ・ディス・イット」がリリースされ、一気にまた面白くなりはじめた。アメリカのホワイト・ストライプスやヤー・ヤー・ヤーズ、オーストラリアのザ・ヴァインズ、イギリスのリバティーンズなどが、ロックンロールの復権的な音楽をやっていた。続いて、スコットランドからフランツ・フェルディナンドが登場し、大人気になると、それからブロック・パーティー、フューチャーヘッズなど、よりニュー・ウェイヴ的なテイストのバンドがトレンドになっていった。
というわけで、こういったタイプの音楽がまた盛り返してきたような時期でもあり、アークティック・モンキーズのデビューはタイミング的にもひじょうに良かったのかもしれない。とはいえ、ここまでのヒットというのはやはり異例だったし、広がり方の新しさが際立ってはいたが、その原因となったのはやはりバンドの魅力に他ならない。
英国産ギター・ロックの伝統の継承という側面がある一方で、バンドのメンバーはドクター・ドレーなどのヒップホップも好んでいたという。ジャンルは異なるのだが、ビートに乗せてストリートのリアリティーを歌う(ラップする)という点においては、共通してもいるように思える。また、後々の作品においては、サウンド面においても影響が見られるようになっていく。
このデビュー・シングルが全英シングル・チャートで初登場1位になってから15年、いまだに最も人気があるロック・バンドの一つであり、新しいチャレンジもし続けている。つい先日には、新たにライブ・アルバムのリリースも発表された。その第一歩となったこの曲も、いまやクラシックといっても良いのかもしれない。
「ハイプを信じるな」、自分達がハイプとして見られていることに自覚的でありながらそう言った後に、曲が演奏される。そして、このバンドがけしてハイプなどではなかったことは、そのすぐ後に分かることになった。