大森靖子の新曲「NIGHT ON THE PLANET -Broken World-」がリリースされ、ミュージックビデオも公開された。今年になってから発表された新曲はいずれもシンガー・ソングライター的な楽曲という印象が強かったのだが、この曲はひじょうに実験的なサウンドになっていて、しかも歌詞が英語ということで驚かされた。サウンドプロデュースが大沢伸一で、ミュージックビデオには大森靖子がプロデュースするアイドルグループ、ZOCのメンバーや、ピエール中野(凛として時雨)、サクライケンタ sugarbeansといった、ゆかりのあるアーティスト達も参加しているようだ。
12月9日にリリースされるアルバム「kintsugi」には、この曲の日本語バージョンが収録されるようである。「NIGHT ON THE PLANET」と聞くとジム・ジャームッシュのオムニバス映画を思い出してしまうのだが、実際には服飾レーベル、ケイスケカンダのワンピースから取られているという。そして、ミュージックビデオのモチーフは映画「タクシードライバー」でもあるということだが、ジム・ジャームッシュの「ナイト・オン・ザ・プラネット」にもまた、タクシードライバーが重要な役割を果たしていた。まったくの余談だが、大森靖子といえばハロー!プロジェクトのファンとしても知られているが、この曲がリリースされた翌日が誕生日のつんく♂は、かつて「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」の出囃子として、松本人志が作詞・作曲した「タクシードライバー」を、シャ乱Qで演奏していた。
大沢伸一といえばMOND GROSSOで「渋谷系」、それもクラブ・ミュージック寄りというか、「BARFOUT!」的な印象が個人的にはあり、「新宿」が初期の代表曲でもある大森靖子とはそれほど親和性を感じないと思いきや、春にリリースされたベスト・アルバム「大森靖子」では「PINK」をリミックスしたりもしていたのだった。それで、「渋谷系」的なクールでジャジーなサウンドになっているのかというと、これがなかなか混沌としていてとても良いのだ。
大森靖子の音楽の魅力の一つとして、日本語の歌詞があるわけだが、私が「モーニング娘。'14 道重さゆみの今夜もうさちゃんピース」でかかった「ミッドナイト清純異性交遊」で初めてその存在を知り、iTunesストアで購入したアルバム「絶対少女」を聴いて衝撃を受けたのも、まずはそこであった。「宅配便が届くから帰るね もう好きじゃなくなったのかな」とか「メアドが変だから好きじゃない」といったフレーズにオリジナリティーとリアリティーを感じ、それはもう日本語の歌詞としての新しさでは、桑田佳祐、佐野元春、岡村靖幸を初めて聴いた時にも匹敵するほどであった。当時、日本のポップ・ミュージックをそれほど熱心に聴いていなかったし、若者の音楽はおそらくもう分からないのではないかとも思っていたのだが、あのアルバムにはガツンと衝撃を受けた。オフィシャルサイトのプロフィールを見て、高円寺の中華料理店、成都を知ることができたのも、とても良かった。
それはそうとして、英語詞ということは、大森靖子の音楽の大きな魅力の一つである日本語の歌詞を味わうことができないということなのだが、これはこれで良いというか、英語詞であることの批評性が感じられるような気もする。映画「コミック雑誌なんかいらない」のラストで内田裕也がカメラに向かって言い放った「I can't speak fuckin' Japanese」にも似たものを感じるというか、実際にそれに近い絶望や失望を感じさせるような出来事に巻き込まれながら、それでも強く生きていくのだというアティテュードがファンを魅きつけているようなところがあるように思える。
この曲の日本語バージョンが収録されるアルバムのタイトルが「kintsugi」で、これはどういう意味かというと、「金継ぎ」のことらしい。といっても、この言葉に馴染みがない日本語ネイティブの人々もけして少なくはないように思える。これは陶磁器が割れたり欠けたりしたところを漆で接着して、金粉などで装飾する技法のことらしい。
世の中はクソなことで溢れかえっているということは、程度の差こそあれ、多くの人々に認識されていることだろう。大森靖子の「ノスタルジックJ-pop」という曲にある「あんな奴に殺されるのはちょっとダサいからスーサイドやめた」というフレーズを聴いて、自殺を思いとどまったことがあるという方のツイートを先日、目にしたのだが、これなどはその表現のエッセンスともいえるわけであり、そのようなクソな状況などに対してヘラヘラとスルーすることができなかったりするばかりに、酷い気分にさせられたり、心や体がボロボロに壊れたとしても、「金継ぎ」のように修復していくのだ、ということだろうか。