10. Whatever People Say I Am, That's What I'm Not/Arctic Monkeys (2006)
タイトルはアラン・シリトー「土曜の夜と日曜の朝」を原作とする映画のセリフから取られたという。イギリス労働者階級文学の作家で、代表作「長距離走者の孤独」は忌野清志郎がお気に入りに挙げていた。インターネット時代の新しいかたちでのファンダム形成も印象的で、このタイプの音楽が全英シングル・チャートの1位を2作連続で記録するのは、当時、すでに異例であった。満を持してリリースされた本作は期待を上回るクオリティーで、イギリスで史上最も早く売れたデビュー・アルバムとなった上に、高い賞賛を得ることにもなった。
9. FOR YOU/山下達郎 (1982)
1980年に「RIDE ON TIME」がヒットして、山下達郎の存在が熱心な音楽ファンだけではなく、世間一般に広く知れ渡ってからはじめてのアルバムである。後にシティ・ポップとして評価されることになる高い音楽性と、都会的だったりリゾート的だったりするイメージは、鈴木英人によるジャケットアートワークと共に、当時の平均的日本人の欲望にマッチしていたように思える。近年のシティ・ポップ・リバイバルによって、さらに高く評価されているようなところもあるが、当時のリアルタイマーにとっては、ずっとこのアルバムが最高傑作だったような気がする。
8. Definitely Maybe/Oasis (1994)
演奏力、ボーカルパフォーマンス、楽曲のクオリティーなどの面において、次作「モーニング・グローリー」の方が優れているのではないかという気が年々してもきているし、一般的な風潮としてはすでにもうずっと以前からそうだったようにも思える。しかし、個人的にはまだこのデビュー・アルバムの方が好きである。デビュー前から注目していたことや、デビュー・シングルがリリースされてすぐに買ったこと、初来日公演に行ったことなどによる思い入れによる部分も大きいが、「リヴ・フォーエヴァー」「スーパーソニック」「シガレッツ&アルコール」など、これだけのクラシックスが1枚のアルバムに収めれているという例も、特にこの時代においては珍しいのではないだろうか。当時でいうところの、いわゆるUKロックファンではなく、より一般的な洋楽ファンまでをもこのタイプの音楽に注目させた点においても、果たした役割はひじょうに大きい。
7. Café Bleu/The Style Council (1984)
ザ・ジャムは「悪意という名の街」ぐらいしか知らず、まったく思い入れがなかったのだが、「ミュージック・、マガジン」の記事などを読んで、とても重要なバンドだったのだ、ということを思い知らされた。その後、ポール・ウェラーが結成したザ・スタイル・カウンシルには賛否両論があったようだが、単純におしゃれでモテそうな音楽だったので、私は大好きであった。コンテンツが重要なことは間違いないのだが、スタイルも蔑ろにはできない、という価値観をこのアルバムによって強く植え付けられたような気もしている。
6. Purple Rain/Prince and The Revolution (1984)
ポップ・カルチャーの役割の一つとして、既成概念が支配する社会ではどこにも居場所がないアウトサイダー的な魂をサルベージするということもあるように思える。プリンスの音楽はロックなのかソウルなのかよく分からず、それゆえにいま一つのめり込むことができずにいたのだが、この前作から「リトル・レッド・コルヴェット」「デリリアス」などがヒットした頃からその特徴がオリジナルな魅力として認識できるようになり、そして、この大ヒットアルバムである。相変わらずひじょうに特別なことをやっているが、それがメインストリームのポップスとして受け入れられた。それどころか、時代のトレンドをリードしていくようなところもあった。これもまた、ポップスの快感であろう。
5. A LONG VACATION/大滝詠一 (1981)
今回、この企画のための候補作を選ぶにあたって、いっそのことシティ・ポップや「渋谷系」は全部外してしまおうかという気分もあったのだが、結果的にはこの有り様であり、これらはポピュラー音楽ファンとしての私のとても深いところに強い影響を及ぼしているようにも思える。細かいタイトルはいろいろと省かれた代わりに、このアルバムの順位は上がっていった。シティ・ポップだということとは関係がなく、当時、流行している音楽としてこのアルバムを聴いていたし、リゾート的なイメージも当時のトレンドとして消費していた。これらの音楽は現在の私の生活とはほとんど関係がないのかもしれないが、潜在意識の奥深くで、抗うことのできない肯定感をあたえてくれるものになっているのだろうか。
4. 絶対少女/大森靖子 (2013)
「モーニング娘。'14 道重さゆみの今夜もうさちゃんピース」でかかった「ミッドナイト清純異性交遊」を聴いたことが、はじまりであった。少し気になって調べてみたところ、まずはとても熱量の高い道重さゆみファンとして認知した。このアルバムをダウンロード購入して、iPhoneで聴きながら冬の夜道を歩いているうちに、とてつもない才能を持った、オルタナティヴ・ロックがメインストリーム化して以降の、新しい感覚のシンガー・ソングライターなのではないかと思った。歌詞についても、ポップ・ミュージックが扱うことができる範囲を大きく拡張し、深めているような気がする。
3. ティー・フォー・スリー/Negicco (2016)
新潟を拠点として活動するアイドルグループ、Negiccoの結成は2003年で、私がその音楽を初めてちゃんと聴いた時点において、その活動歴は12年を超えていた。それまでに私が聴いてきて、好きになってきたいろいろなポップ・ミュージックの良いところばかりを抽出して、理想的なかたちに再構築したかのようなその音楽性に驚かされた。どうしてそれまで聴こうとしなかったのだろうと思ったが、こういうのにはおそらく然るべきタイミングというものがあるのだろう。このアルバムはメンバーと同世代の大人の女性をターゲットにしているとも当時いわれていて、アイドルグループとしてこの路線はどうなのだろうか、というような意見はファンの中からもあったような気がする。しかし、結果的にこの作品の頃ぐらいからファン層が広がり、女性ファンも増えていったような印象がある。グッド・ミュージックだけが詰まった、最高の大人ポップ・アルバムである。
2. カメラ・トーク/フリッパーズ・ギター (1990)
アズテック・カメラ、エヴリシング・バット・ザ・ガールなどはリアルタイムで聴いていて、わりと気に入っていた。さらには、大好きだったザ・スタイル・カウンシル的な要素もある。しかも、歌詞は日本語である。それもまったく感覚が新しい、たとえばイギリスのインディー・ポップと同じような価値観が、日本語によって表現されていると感じた。そして、これがただの良質なギター・ポップ・アルバムだったならそうでもなかったのだが、2曲目の「カメラ!カメラ!カメラ!」が打ち込みのようなサウンドだったところが、とても大きい。このエクレクティックさがたまらない魅力であり、これが後に発表されたギター・ポップ・バージョンならば、もっとつまらなくなっていただろうし、私があれだけ夢中になることも無かったのだろう。
1. 靖幸/岡村靖幸 (1989)
フリッパーズ・ギターならば「ヘッド博士の世界塔」、岡村靖幸なら「家庭教師」が最高傑作ということに、世間一般的にはなっているようで、おそらくそれは正しいのだろう。しかし、個人的な好みでいうならば、圧倒的に「カメラ・トーク」と「靖幸」であり、これは安易な逆張りなどではない。当時、これらのアーティストたちと近い年齢であった(そして、もちろん現在もそうなのだが)私が、どれだけその作品を切実に感じていたか、ということである。そして、音楽的な好みにどちらが近かったかということも、ひじょうに重要である。バブル景気の真っ只中で、日本は現在よりもひじょうに余裕があったわけだが、そんな時代だからこその焦燥や疎外感というようなものは深刻に実在していた。そういった絶妙で微妙な時代の空気感を記録した作品としても、このアルバムは私にとってひじょうにリアルなものであり、いま現在においても歴代で最も好きなアルバムだということができるのである。