日本のポップ・ソング・ベスト100(60位ー41位) | …

i am so disappointed.

60. 若者のすべて/フジファブリック

 

フジファブリックが2007年にリリースしたシングルで、オリコン週間シングルランキングでの最高位は30位である。当時、リアルタイムでは聴いていないし、初めて聴いたのがいつだったかもよく覚えていないのだが、おそらくこの曲の作詞・作曲者でもあるボーカルの志村正彦が亡くなった2009年よりも後だったのではないかと思う。個人的に夏は暑くて爽快なので大好きであり、ずっと終わらなければいいのにと毎年思っているのだが、いつも確実に終わってしまうのでとても残念である。「真夏のピークが去った」という天気予報士の言葉からはじまるこの曲は、そんな夏の終わりの切なくて哀しい感じをヴィヴィッドに表現した名曲である。生前に志村正彦が出演を熱望していたという「ミュージックステーション」に亡くなってから10年後の2019年にバンドは出演し、当時の映像を交えながらこの曲を演奏した。

 

 
59. Lemon/米津玄師
 
ヤマハが音声合成技術であるボーカロイドを発表したのは2003年である。これを使用した製品「初音ミク」がその4年後に発売されると大ヒットを記録し、これを用いた楽曲をインターネットで発表する人たちが増えはじめた。米津玄師もまた、ボーカロイドを用いた楽曲をインターネットで発表するところから、そのキャリアをスタートしている(当時は別の名義で活動をしていたが)。この曲はテレビドラマ「アンナチュラル」のテーマソングとして2018年にリリースされ、初配信から2年半が経った現在に至るまで、ロングヒットを続けている。明らかに新しい感覚を感じさせながらも、たとえばこの曲においては愛する人の死といった、普遍的なテーマが扱われている。
 

 
58. タイム・トラベル/原田真二
 
原田真二が1978年にリリースしたシングルで、オリコン週間シングルランキングで最高4位を記録した。世良公則、原田真二、Charはニューミュージック御三家などとも言われていたが、原田真二の音楽は洋楽テイストを感じさせる、とても都会的でスマートな感覚を持つものであった。
 
 
57. ゴロワーズを吸ったことがあるかい/かまやつひろし
 
かまやつひろしが1975年にリリースしたシングル「我が良き友よ」のカップリング曲。表題曲は吉田拓郎による提供曲で、かまやつひろし自身は自分自身のイメージに合っていないと思っていたようだが、オリコン週間シングルランキングで1位に輝く大ヒットとなった。B面では当時のかまやつひろしがやりたかったことを好き勝手にやったらしく、その結果がこの曲である。90年代にアシッド・ジャズや「渋谷系」の文脈で再評価されることになったのだが、サウンドやボーカルがカッコいいのはもちろんだが、とにかく何かに凝らなくてはダメだというような、人生をより良く生きるためのとても重要なメッセージが込められてもいる。
 

 
56. Yes-No/オフコース
 
オフコースが1980年にリリースしたシングルで、オリコン週間シングルランキングで最高8位を記録した。世の中の空気がよりライトでポップなものを志向しはじめた80年代のはじめ、ニューミュージックは暗い人が聴くものというようなイメージ付けがすすんでもいった。実際に当時、私の周りでオフコースを好んで聴いていたのは、大人しそうで地味なタイプの女性ばかりだった印象がある。そんなわけで、当時は私もまったく好きではなかったのだが、いま聴いてみるととても良い。特にこの曲はシティ・ポップというかジャパニーズ・AOR的な味わいもある一方で、「君を抱いていいの」というアイドルポップスまがいのキラーフレーズまで入っているわけで、ひじょうに聴きごたえのある内容となっている。
 
 
55. 明日、春が来たら/松たか子
 
女優の松たか子が1997年にリリースした歌手としてのデビュー・シングルで、オリコン週間シングルランキングで最高8位を記録した。春のふわふわした気分がオーガニックなボーカルと共にヴィヴィッドに表現されていて、アイドルポップでありながらクラブクラシックとしても認知されている。
 
 
54. 犬と猫/中村一義
 
中村一義が1997年にリリースしたデビューシングルで、オリコン週間シングルランキングでは最高79位を記録した。曲がはじまってすぐの「どう?」はボブ・ディラン「ライク・ア・ローリング・ストーン」の「How does it feel?」と比較されたし、実際にそうである。日本語ポップスの新たな地平を切り拓いたかのような衝撃もおそらく本当だったことを知っている。
 

 
53. BABY BLUE/フィッシュマンズ
 
フィッシュマンズが1996年にリリースしたアルバム「空中キャンプ」の収録曲で、シングル・カットもされた。レゲエ、ダブから影響を受けたサウンドと、佐藤伸治の彼岸から聴こえるようなボーカルが特徴だが、「意味なんかない 今にも僕は泣きそうだよ」「このまま連れてってよ」という、まさにその通りの素晴らしい音楽。
 
 
52. ベンガルトラとウィスキー/andymori
 
和製リバティーンズとかいうのがおそらく分かりやすいのかもしれないが、それに留まらぬ魅力を持った伝説のバンド(と、おそらくもっと多くの人たちから言われる未来が良いと思う)、andymoriが2008年にリリースしたデビューEP「アンディとロックとベンガルトラとウィスキー」に収録。
 

 
51. 十七歳の地図/尾崎豊
 
大人達がつくり上げた若者のカリスマとでもいうようなイメージに圧し潰された印象もある尾崎豊だが、実際にはとても優れたシンガー・ソングライターだったのだということは、この1983年のデビュー・アルバムに収録されたタイトルトラックを聴くだけでも分かるというものである。サウンドは保守的でもあるが、ボーカルには荒ぶる青春の情動とでもいうようなものが感じられる。
 
 
50. アジアの純真/PUFFY
 
奥田民生がプロデュースしたデュオ、PUFFYが1996年にリリースしたデビュー・シングルで、オリコン週間シングルで最高3位を記録した。意味があるのか無いのかよく分からない歌詞は井上陽水によるものである。やる気があるのか無いのかよく分からないのだが、遊びごころに溢れているこの感じが、当時の時代の気分にはフィットしていたようにも思える。
 
 
49. マリーゴールド/あいみょん
 
あいみょんが2018年にリリースしたシングルで、2年が経過したいまだにヒット・チャートにランクインし続けている。デビュー前からYouTubeで楽曲を配信していたというのが、いかにもいまどきのアーティストだが、シンガー・ソングライターの地力はかなりのものである。小沢健二が昨年にリリースしたアルバム「So kakkoii 宇宙」(個人的に小沢健二のソロで最も好きな作品である)の1曲目に収録された「彗星」は、「LIFE」リリースの翌年に生まれたあいみょんについても言及している。「渋谷系」とフォークソングから影響を受けたと聞いて、なるほどと思った。昨年、里帰りで夫が運転する車に長時間乗ってストレスが溜まったという主婦の話で、夫が車内であいみょんのCDを流し、どこであいみょんなんか知ったんだよ、と思ったというやつにリアリティーを感じた。あいみょんの音楽は世代を超えて、分かりやすくて心地好いのだ。だから私は実は大好きだということを、あまり言わないようにしている(という自意識過剰もひじょうに気持ち悪い)。
 

 
48. 決戦は金曜日/ドリームズ・カム・トゥルー
 
ドリームズ・カム・トゥルーが1992年にリリースしたシングルで、オリコン週間シングルランキングで1位に輝いた。ちょっとセンスの良いポップユニットだと思っていたドリームズ・カム・トゥルーがあれよあれよという間にブレイクし、少し前までは松任谷由実が占めていたようなポジションに付くような過程を、都内CDショップの店員として味わっていた。80年代の恋愛至上主義的なムードはバブル景気の崩壊が言われはじめていたこの時期にもまだ尾を引いてはいて、ユニットの存在が大きくなっていくにつれて薄れていったような気もするマイルドな下世話さがうれしたのし大好きである。シェリル・リン「ガット・トゥ・ビー・リアル」歌謡でもある。
 

 

47. come again/m-flo
 
m-floが2001年にリリースしたシングルで、オリコン週間シングルランキングで最高4位を記録した。当時、流行していたクラブ・ミュージックを歌謡ポップスのファンにも分かりやすくブレイクダウンしたような楽曲で、これはかなり画期的ではないかと、当時、仕事場の有線放送で聴いて驚愕した。LISAのボーカルがまたとても良くて、携帯の着信を何度もチェックしたり、「dissされる」というフレーズを歌詞に入れたところなどにも、当時の感じがよくあらわれている。
 

 
46. ズルい女/シャ乱Q
 
シャ乱Qが1995年にリリースしたシングルで、オリコン週間シングルランキングで最高2位を記録した。当時、勤務していた広告代理店の上司がカラオケでよく歌っていて、歌謡曲っぽくて嫌だなと思っていたのだが、当時の私というのも東京で会社員として生活をしていながら、自分はなるべくイギリス人なのだと思い込むというような、ひじょうに痛ましい意識で生活をしていたのでいかんともしがたい。それで、後に道重さゆみがいるモーニング娘。が好きになって、プロデューサーのつんく♂を尊敬するというフェイズに突入することを抜きにしたとしても、これは90年代なりのコズミック・ジャパニーズ・ポップスとして実に優れていたのではないかと思うのであった。
 

 
45. MARIONETTE/BOØWY
 
BOØWYが1987年にリリースしたシングルで、オリコン週間シングルランキングで1位に輝いた。BOØWYも当時はまったく良さが分からなくて、氷室京介のボーカルとこれ西城秀樹とどこが違うんだよ、というようなことを思っていたのだが、おそらく加齢により最先端の流行音楽についていけなくなっていただけである。いまは逆にそこが良いんじゃない、と思えるのだが、本質的な良さについてはおそらくちゃんと理解できてはいない。
 

 
44. LOVEマシーン/モーニング娘。
 
モーニング娘。が1999年にリリースしたシングルで、オリコン週間シングルランキングで1位に輝いた。このシングルから、ごっちんこと後藤真希がメンバーとして参加している。オーディション番組出身の企画もの的なアイドルグループというイメージはモーニング娘。に付きまとっていたが、この曲を契機に国民的アイドルグループへの道が開かれていった印象がある。仕事場の有線放送で聴いても、これはちょっとすごいことになってきているぞ。という感じはなんとなくしていた。
 

 
43. COPY/プラスチックス
 
プラスチックスが1980年にリリースしたデビュー・アルバム「ウェルカム・プラスチックス」の収録曲で、イギリスではシングルもリリースされた。テクノポップのことを当時はピコピコサウンドなどと表現されることもあったは、あっちもこっちもコピーだらけでオリジナリティーが無いことを歌っているこの曲ではコピーコピーと繰り返しているうちに歌もまたピコピコと聴こえてくる。中学生の頃に家の中の文具や学校の美術室の机にロゴマークを落書きするぐらい大好きなバンドだった。
 

 
42. ユー・メイ・ドリーム/シーナ&ザ・ロケッツ
 
シーナ&ザ・ロケッツは福岡出身のロックバンドなのだが、当時はイエロー・マジック・オーケストラと同じレーベルに所属していたり細野晴臣が作品に関わっていたりしたことにより、テクノ/ニュー・ウェイヴ系のバンドだと思っていた。この曲は1979年の暮れにシングルがリリースされていたのだが、日本航空のCMの影響もあり、翌年の夏にオリコン週間シングルランキングで最高20位のヒットを記録した。私も夏期講習の昼食代として親からもらっていたお金を節約してこの曲のレコードを買った。
 
 
41. 大迷惑/ユニコーン
 
ユニコーンは1987年にデビューした広島出身のロックバンドで、当初はビートパンクのバンドだろうと思っていたのだが、その多彩な才能をどんどん発揮していき、よりうるさ型の音楽ファンからも注目されるようになっていった。1989年にアルバム「服部」の先行シングルとしてリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高12位を記録したこの曲は、サラリーマンの海外単身赴任とそれにまつわる悲哀という当時のロックバンドとしてはとてもユニークなテーマを扱っている。いかにもバブル景気の時代を思わせる内容ではあるが、「お金なんかはちょっとでいいのだ」というメッセージが込められてもいる。