20. あなたとPop With You!/Negicco
Negiccoが2012年にリリースしたシングルで、後にアルバム「Melody Palette」にも収録された。夏のはじまりに典型的な気分が上がっていく感じをジャストミートで捉えた、最高のポップスである。都会的な雰囲気もありながらナチュラルなのが新潟シティ・ポップという感じで、歌詞に出てくる「ヨーン・マルニの風」は新潟の海岸線を走る国道402(ヨンマルニ)号で感じる風ということである。
19. サマーチャンピオン/浅野ゆう子
バブル景気が真っ盛りの頃、トレンディー女優として浅野温子とのW浅野で一世を風靡した浅野ゆう子がその約10年前の1979年にリリースしていた、ディスコ歌謡というか和ブギーである。作曲はセルジオ・メンデスで、海外で編集されたジャパニーズ・シティ・ポップのコンピレーションにも収録されるなど、再評価されてもいる。
18. モンロー・ウォーク/南佳孝
南佳孝が1979年にリリースしたシングルで、翌年には郷ひろみが「セクシー・ユー」のタイトルでカヴァーしたヴァージョンがヒットした。「モンロー・ウォーク」という単語の意味がどの世代まで通じるかは定かではないが、ラテン感覚のサウンドが夏の気分を盛り上げてくれた。編曲はイエロー・マジック・オーケストラの人気が社会現象化する前の、坂本龍一である。
17. 夢見る渚/杉真理
1982年に大滝詠一、佐野元春、杉真理でリリースされた「ナイアガラ・トライアングルVol.2」の収録曲で、シングルでもリリースされた。夢見心地な渚での1コマを描いた、素敵なサマー・ソングである。「渚のカセットは 繰り返す いつも ロング・バケイション」と、大滝詠一に対するリスペクトを歌詞に入れているところも微笑ましい。
16. 海/サザンオールスターズ
夏をテーマにしたサザンオールスターズの曲はいろいろあって、どれを挙げるかは人によって様々だと思うのだが、1984年のアルバム「人気者で行こう」に収録されていたこの曲を挙げるのはマイノリティーだという自覚はじゅうぶんにある。それでも、私が最も好きなサザンオールスターズはこの前後であり、個人的な思い入れも他の時期とは比べものにならない。できるだけ客観的に聴き比べてみようともするのだが、それでもこれが一番、良いと思う。シティ・ポップなサザンオールスターズを代表する1曲でもある。
15. 一本の音楽/村田和人
村田和人が1983年にリリースしたシングルで、その才能を高く評価していた山下達郎が編曲をしている。マクセルのカセットテープのCMソングとして制作された曲で、「一本の音楽が 僕の旅のパスポート」という歌詞と村田和人の都会的でありながらワイルドなヴォーカルが印象的であった。カセットテープとウォークマンなどのヘッドフォン・ステレオが全盛の時代であり、好きな曲をカセットテープに入れて旅に出るという当時の音楽ファンの典型的な行動について歌われている。
14. Summer Connection/大貫妙子
2017年に放送された「Youは何しに日本へ?」で、このアルバムを探すために来日したアメリカの音楽ファンが取り上げられたことによって、大貫妙子の1977年のアルバム「SUNSHOWER」はジャパニーズ・シティ・ポップ・リヴァイヴァルのシグネチャー的な作品になったような印象もあるが、その1曲目に収録された曲である。タイトルや歌詞からサウンドや歌まで、これぞ夏のシティ・ポップである。
13. WINDY SUMMER/杏里
「CAT'S EYE」「悲しみがとまらない」のヒットでブレイクを果たした1983年の杏里がその勢いのまま、年末にリリースして、初のオリコン週間アルバムランキング1位を記録した「Timely!」に収録された曲である。アルバムのプロデューサーを務めた角松敏生が作詞・作曲・編曲のすべてを手がけた、純度のひじょうに高いサマー・シティ・ポップ・チューンである。
12. 夏のクラクション/稲垣潤一
作詞が売野雅勇で作曲が筒美京平と、当時の歌謡界におけるヒット・メーカーたちによって書かれた、これこそがシティ・ポップ歌謡というべきだろうか。稲垣潤一の絶妙な軽さがありながらも、大人の哀愁を感じさせもするヴォーカルがちょうど良く、去りゆく夏を惜しむ気分にフィットする。1983年の夏にリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高25位を記録した。
11. 時間よ止まれ/矢沢永吉
矢沢永吉が1978年にリリースしたシングルで、オリコン週間シングルランキングで1位を記録した。資生堂のテレビCMと、とにかくラジオで流れまくっていたこともあり、個人的にはこの曲を聴くだけで小6の夏がよみがえる、というぐらいに印象的な曲である。はじめて聴いた当時から、この世のものとは思えない蜃気楼のような夏のイメージがあったのだが、40年以上経ったいまでもそれはさほど変わらず、極上のファンタジーのままである。
